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18.殿下、変顔に目覚める

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18.殿下、変顔に目覚める

ガシャンっと大きな音を立ててゼノスの腕の中に落ちる。

そう。プリンセス抱っこだ。

「ハァ……ハァ……ゲフッ……がぁ~~~っ」

どうやら俺達は何とか生き延びることが出来たようだ。

その事実を激しく咳込みながら実感していると、邪神が甲高い声で笑い出す。

「アンタ、やっぱり面白いわ。いい暇つぶしになりそう」

「約束、守ってくれるんだろうな?」

「ええ。三か月待ってあげる。それまでにもっと腕を磨いて、私を楽しませてちょうだい」

「場所は? ルゥは今どこにいる?」

「原作と同じよ」

「……ベルマーレか」

王国の三大港町の一つだ。

学校の図書館で調べたところ、ここから馬で二~三日ほどで辿り着けるとのことだった。

「ふふふっ。それじゃ、またね~ハル♡」

邪神は投げキッス一つに、赤黒いモヤの中へと消えていった。

これでひとまず全滅の危機は脱した……か。

深く、深く、それはもう深~く息をつく。

ああ、もうマジで生きた心地がしなかった。

「ねえ、ハル。原作って? あれどういう意味なの?」

「っ!!?」

あの邪神め! くそっ、何とかして誤魔化さないと。

自分のルーツや取り巻く世界が、全部フィクション由来のものだったなんて、そんな事実受け入れられるわけが……いや、ちょっと待てよ。

これってもしかして杞憂だったりする……のか……?

思えばここは魔法やら預言書やらが、当たり前のように存在する世界だ。

事実を伝えたところで、驚かせはしても傷付けてしまうようなことにはならないのかもしれない。

「ちょっと。黙ってないで答えなさいよ」

エステラが俺の腕を掴んでガシャガシャと揺らしてくる。

いつもは勝気なその瞳が、今は物凄く不安げに見えて。

……ああ、やっぱりダメだ。

ほんの少しでも最悪な――その命に疑問を抱かせてしまう可能性がある限り、この事実は絶対に表に出しちゃいけない。

代わりの事実を考えるんだ。

俺が持ってる原作知識と、よそ様の素晴らしいアイディアを混ぜ合わせて。

俺は逸る鼓動を宥めながら――意を決して口を開く。

「実はその……ここは二巡目の世界なんだ」

「はぁ??? ますます意味が分からないんだけど」

「ここにも『預言書』ってあるだろ? あれは実は一巡目の出来事を記したものなんだ」

「えっ!? じゃあ、何? 人類は一度魔族に勝ってるってこと?」

「ああ。だけど、邪神が最後っ屁を仕掛けて時が巻き戻っちゃったんだ」

「何よそれ!? 女神のバカはそれを黙って見てたってわけ!!?」

「そう言うなよ。あれはその……仕方なかったんだよ」

エステラは納得がいかないようだ。

女神こと結衣へのヘイトをますます高めてしまったように思う。

言うまでもなく結衣は全く悪くない。

これは完全に俺のミスだ。すまん、結衣。

「はぁ~、もう分かったわよ。ようは邪神は一巡目と、この二巡目の世界を区別するのに『原作』って言葉を使ってるってわけね」

「ああ。そうなる」

納得してもらえたみたいだ。

危なかった。ほっと息をついていると、ゼノスが「……そっか」とぼそりと呟く。

「陽翔は覚えてるんだね。一巡目のこと」

「ああ。俺は異界人だからな。色々とその……特殊なんだよ」

「ごめんね。何も覚えてなくて」

ゼノスはそう言ってぐっと顎に力を込めた。

まさか謝られるとは思ってなくて、俺は思わず口ごもる。

「しっ、仕方ねえよ。そういうもんだし」

「今度こそ絶対に忘れないから」

「バカ。俺も女神もそう何度も同じ轍を踏んだりしねえって。ほらっ、もういい加減おろせよ」

あまりの居た堪れなさにゼノスの胸を押す。

だけど、まさかの完全無視。

「ごめん。ごめんね」とひたすらに謝り続けてくる。

あ゛~~っ、もう!!

「え? 何?」

黒いバイザーを上げてゼノスの素顔を露わにする。

不思議そうに首を傾げるゼノス。

俺はそんなヤツの頬を手で包むと――。

「んぐ……」

むにゅむにゅと捏ねにかかった。

「お~ろ~せ~!!」

「ヤ゛ダ」

コイツは本当に……。

普段は超絶素直なくせして、妙なところで頑固になるよな。

あ、そうだ。

「くらえ!!」

「っ!!?」

「…………ぶふっ!! はははははっ!!!」

流石のゼノスも『鼻フック』をされたら一溜も無かった。

鼻の穴はマックスまで広がり、目まで潰れかけてる。

口も驚きからか大きく開いていて、アホ面レベルを更に増し増しにしていた。

「はははははっ!! ひぃ~……」

ゼノスの鼻から手を離す。

顔はもうすっかり元通り。

眩いばかりのイケメンに戻ってる。

だけど、俺の笑いはまだ引きそうにない。

あ~あっ……、あんぐらい不細工に描いてやってれば、夢を奪われるなんて経験させずに済んだのにな。

「ぶほっ!!?? ガハハハハッ!!!」

コルもまだ笑い続けている。

どうやら相当お気に召したようだ。

ツボりにツボって苦しそうまである。

「ちょっ!? 信じられない!!! 他人の鼻に指を突っ込むなんて!!! アンタの世界、マジでどうなってんのよ!!」

「あのな、これは別に誰これ構わずやるわけじゃ――」

「そういう問題じゃないでしょ!! もう!! ほんと信じらんない!! 不潔よ、不潔!!! ゼノスから離れなさい!!」

「うぉっ!? バカ!! 危ねえだろうが!!」

言うなりエステラは、俺の腕を酷く乱暴に引っ張り始めた。

一方のゼノスはというとエステラに協力するでもなく、かといって反抗するでもなく、ただぼーっとしていて。

「? ゼノス――」

「むにゅう~~」

「っ!!?」

なっ、何だ……!? ゼノスのヤツいきなりすげえ顔をし出したぞ。

唇を突き出して、ぎゅ~~っと眉を寄せている。

何がしたいんだ? あ、もしかしてこれ変顔? ウケ狙い?

「ははっ……」

ヤベ。めっちゃ愛想笑いになっちまった。

案の定、ゼノスの表情が曇り出す。

ゴメン。ゴメン!! マジゴメン!!!

「おっ?」

無言のまま地面におろされる。

あんなに強情だったのに。

そんなにショックだったのか……?

注意深くゼノスの表情を観察する。

無表情だ。感情は見て取れない。

「……あ」

その時、不意にヤツの防具が甲冑から紅色の制服に変わった。

何をする気だ?

真っ白な手が動き出す。

音もなく上へ上へと持ち上がっていって、しなやかな人差し指が鼻の中へ――。

「おっ、おいおいおい!!?」

「バカバカバカ!!! 止しなさいってば!!」

「いや、でも――」

「~~っ、もう!!! ハルのバカ!! ゼノスがおかしくなっちゃったじゃない!!」

「えぇ゛!? おっ、俺……?」

「殿下、よろしければとっておきのヤツをお教えしましょうか?」

「ぜひ、お願い出来るかな」

「止めんかい!!!!」

「いきますよ」

コルはエステラの制止を振り切って、自慢の変顔を披露し始めた。

つい先日、俺にしてくれた――目と歯をひん剥いて、舌を突き出すあれだ。

ゼノスはそれを目にするなり、「なるほど」と一言呟いて何の躊躇もなく真似し出す。

「きゃ~~~~~~~!!!!???? もうイヤぁあああ!!!!」

エステラの絶叫が響き渡る。

一方でゼノスは大はしゃぎだ。

どうやら本格的に変顔に目覚めたらしい。

「…………」

――誰をも惹きつけてやまない美貌が、奇妙に醜く歪んでいく。何度も、何度も。

これで俺の罪が赦されたとは思ってないし、俺も俺自身を赦すつもりはない。

だけど、この時ばかりは少しだけ楽を――自分を赦しかけてしまった。

もういいんじゃないか。

全部詳らかにしなくても、アイツと――なんてな。

まったく……自分に甘いにもほどがある。

二度としない。もう二度とな。

「ははははははっ!!! はぁ~~~……ナメてたわ。ンな全力でやるかふつー……」

「ねえねえ、もっと他のも教えてよ」

コルは「くっくっく」と笑いながら、やれやれと首を左右に振っている。

共闘と変顔のお陰か、コルの態度も大分軟化してきた。

二人が友達になれる日も、そう遠くはないのかもしれない。

「聖女様!! 殿下ーー!!!」

誰かが大きな土煙を立てて迫ってくる。

黒い甲冑に、白髪頭の……あれは……。