三、サロンストラッグル
三、サロンストラッグル
そして、あっという間に月曜日がやってきた。
淡い照明の灯されたエコールキッチン・エリスの店内は、サロンストラッグル開催に合わせて既に準備が整っていた。
中央に大き目のテーブルが二つ配置され、周りにはマジックミラーの壁が立ち並ぶ。
続々と訪れる観戦者たち。
すでに飛鳥様たちもスタンバイしている。
今や店内は異様な熱気に包まれていた。
わかっていたけど、こんなにも注目度が高かったんだ。
それを端的に表しているのが、二階にあるもっとも眺めの良い場所に陣取っている一団だ。
そこにいるのは五人か六人か――正確な人数はここからじゃわからないけれど、全員が頭にティアラを乗せているのだ。
サロンの支配者たちが揃ってこの勝負の行く末を見守っている。いや、見守るなんて優しい物ではない。むしろ探るような視線を投げかけてきている。
勝負の結果次第では、次は自分たちが、なんて思っているのかもしれない。
ぶるぶると身震いしてきた。
「月曜日の放課後、皆さまいかがお過ごしでしょうか」
突然、張り詰めた空気を壊すような明るい声が聞こえた。
「本日は御影神楽様所有・天空サロンに対して、猫屋敷飛鳥様がサロンストラッグルを挑まれたということで、その中継へとやってきております」
ちゅちゅ、中継?
「今回サロンストラッグルへは、なんと天空サロンからは家政科の一年生が二人選ばれているのです。しかし、ただの一年生ではありません。そのうちの一人である彼女は皆さまもご存じ、天使姫子様のセラフなのです。天空サロンの所有権を賭けた大役を任されたその意気込みをお伺いしてみましょう」
一体何事かと目を丸くしていると、目の前にマイクが突きつけられた。
「ごきげんよう。天使女学院報道部の者ですが、少しよろしいでしょうか」
「ほ、報道部?」
そんなものまで来ているの?
どこで流されているのか、カメラまでスタンバイしている。
「はい。蛍みさきさん、今のお気持ちはいかがでしょうか」
「い、今のお気持ちですか? そ、そのとにかく頑張るとしか......」
いきなりそんなことを聞かれても困る......。
「みさきは今日の為に、必死に練習を繰り返してきました。かならずやこの戦いに勝利をもたらしてくれると信じています」
「ひ、姫子さん」
困り果てていたわたしの背後から、助け船を出してくれたのは姫子さんだった。
わたしを後ろから抱きしめて、安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「おーっと、これは珍しい。姫子様がご自身の方からカメラの前に姿を現してくれました。早速突撃インタビューをしてみたいと思います」
カメラとマイクが一斉に姫子さんの方へと向けられる。
「みさきは準備をしていらっしゃい。今まで練習してきたことを思い出して、慌てなければ大丈夫よ」
「はいっ」
腰のあたりを軽く押されて、わたしはそそくさと画面の外へと逃げ出した。
よかった。まさか報道部なんてものまで来ていたなんて......。
姫子さんが引きうけてくれたから良かったものの、あのままあれやらこれやら聞かれていたら、今まで覚えていたものが抜け落ちていたかもしれない。
「まるで見世物ね」
「きららちゃん」
一体どこに隠れていたのか、きららちゃんがひょっこりと姿を現した。
「あんなのに見つかったら私なんていい的だわ」
きららちゃんは、ここ一週間ほど学院内を騒がせて、さらにはサロンストラッグルに出て進退をかけているのだから、あの手の人たちにとっては絶好の取材対象だろう。
いくらマイクを持っている人が社交科の生徒であろうとも、素直に応じるわけにはいかない。
「これもサロンを所有する者の義務とはいえ、今回は少し事情が違うのだから、早めに始めることにしましょうか。あやか――」
わたしたちのことを見ていた神楽様が、九絵姉妹を呼び寄せた。わたしたちのことを気遣ってくれたみたいだ。
「準備が出来ているのなら始めましょう」
『了解ですわ』
仰々しく九絵姉妹が頷くと、高らかにサロンストラッグルの開始を告げる。
「皆さま、本日はお忙しい処お集まりいただきありがとうございます」
「ただいまより、天空サロンを賭けたサロンストラッグルを始めさせて頂きたいと存じます」
パチパチパチと、小さな拍手が沸き起こる。
それまで姫子さんを取材していた報道部が、慌てて駆け寄ってきた。
ついにサロンストラッグルの開幕だ。
わたしたちはそれぞれに用意された席に座り、ナプキンを広げていつでも料理が出てきても良いように準備を整える。
テーブルを挟んで神楽様の対面にわたしときららちゃんが座る。
飛鳥様のほうも、めいさんと向かい合わせの座り方だ。
「サロンストラッグル開始の前に、一つ注意事項がございます」
「勝負の最中、敵味方を問わず会話することを禁止させていただきます」
司会進行を務める九絵姉妹が、わたしたちを前に一つルールを追加した。
会話の禁止?
「これには勝負の性質上、食べ方をその場で教える、といったことで出来てしまうのでその防止策となっております」
「食事は会話しながら楽しく頂くものではありますが、今回はどうぞご遠慮くださいませ」
なるほど、その場で聞くなんて手もあったのか。まあ、一回聞いただけで出来るようになるなら苦労はない。何度も練習してようやく身につくものであるということは、この二日間で嫌というほど思い知った。
でも、何かひっかかる。んーなんだろ。見落としではないけれど、何か違和感のあるルールだ。
「それでは早速オードブルから始めさせて頂きたいと思います」
「神楽様、飛鳥様、どうぞくじをお引きください」
感じた違和感を確かめる暇もなく勝負は開始されてしまう。
気にするほどのことでもないかな、と思っていたのだが、その違和感の正体は意外なほど早く判明することになる。
神楽様と飛鳥様が、それぞれに用意された箱からプラスティックのカードを取りだす。
「それでは拝見させていただきます。......神楽様の引いた料理はエスカルゴのプロヴァンス風」
「飛鳥様の引いた料理はスモークサーモンとオニオンスライスでございます」
よしっ、と心の中でガッツポーズをした。
味の違いはあるにせよ、最初から練習の成果が出せる。
運ばれてきたエスカルゴは殻つきだけど、当然トングもついてくる。これは難なくクリア――出来そうだ。
きららちゃんもほっとした様子で、こちらに視線を送ってくる。会話が禁止されているので、目だけで「やったね」と返しておいた。
神楽様はといえば、出された料理を見ても眉ひとつ動かすことなく落ち着いたものだ。
『さあ召しあがれ』
九絵姉妹合図の元、それぞれが料理に手をつけ始める。
そこでわたしは気がついた。先ほどの違和感の正体。
神楽様はトングでエスカルゴを固定しながら、難なく中身を取り出して口に運んで行く。
わたしが教えてもらった食べ方と同じだ。
......あれ? これって食べ方を教えるのと大差ないのでは?
口で言わなくても、食べ方を見せれば初見の物でも問題なく食べることが出来てしまう。
これでは先ほど言った注意事項が意味をなさなくなってしまう。
そうか、これが引っかかっていたんだ。
九絵姉妹のミス?
いや、あの姉妹に限ってそんな間の抜けたことをするとは思えないけど......。
これを指摘するのは簡単だけど、それで会話禁止のルールを破ったと言われて減点されたら困るし......。あるいはそれが九絵姉妹の狙いだったりする可能性もあるわけで、一番いいのはこのままスル――しておくことのように思える。
さんざん練習はしてきたけれど、まだ完璧に自信があるかと言われるとそうではない。
食べ方に迷った時に神楽様を参考にできるわけだし、わたしにとってはありがたいことだ。
好意的に解釈すると、わたしたちを助ける為に、わざと抜け道的なものを用意したのかもしれない。
うーん......。どの道今更ルールの変更をするとも思えないし、このまま行くしかない。
迷いながらも、少し遅れてエスカルゴに手をつけた。お皿を少し手前に引き寄せトングでエスカルゴを捕まえる。
「んんっ」
一つ口に運んで、思わず声が漏れそうになった。
何これ美味しい。練習で食べたのとは大違いだ。
ソースの違いだろうか。これなら何個でも食べられそう。
エレガントかつ優雅にオードブルは難なく乗り切ることができた。
二品目のスープは神楽様、飛鳥様共にコーンスープを引き当てた。ただし、わたしたちのものはブイヨンカップに入れられて、飛鳥様たちのものはスープボウルに入れられていた。
これはもうただひたすらに音を立てずに飲むことが重要だ。
ブイヨンカップの場合は、取っ手を持って直接飲んでもいいらしいけど、練習通りスプーンで飲むことにした。神楽様もきららちゃんもスプーンで飲むことを選んだようだ。
何度もスプーンを往復させ、なかなかに忍耐のいる作業――。
背後に立てられたマジックミラーの向こうから、報道部が実況する声が聞こえてくる。
......これ、放送して盛り上がるのだろうか。そんな心配をする余裕が出始めてきていた。
ここまでは問題なくきているはず。減点も両サイドともなさそうに思える。
このままいけば、わたしたちの勝利は確実だ。
しかし、油断はできない。ここまでは前哨戦にすぎない。三品目はポワソン――魚料理だ。
ここからが本格的にナイフとフォーク捌きを求められる。
「神楽様の引き当てた料理はニジマスのムニエル」
「飛鳥様の引き当てた料理はサンマの塩焼きでございます」
きました。多分これがこの勝負の最難関ではないかと思う。
飛鳥様のほうは突然の和風テイストだけど、箸なんてものは添えられていなかった。
両方とも丸々一尾出されて骨付きの状態だ。この骨をうまくはずせるかが苦労するところ。
ここはもう最重点として練習してきた。ひれをはがして、中骨に沿って切れ込みを入れて、上身の手前半分をお皿の手前に移して......。
頭の中で手順を繰り返し、念のため神楽様の様子も伺いながら食べ始める。
うんうん、順調、順調。
中骨を抜いて、お皿の奥へ移して、今度は下身を同じようにして一口ずつ切り分ける。
三人とも一糸乱れぬナイフとフォーク捌きで、綺麗にニジマスを平らげていく。
――アクシデントが起こったのは、食べ終わった頃だった。
といっても、それは飛鳥様の方で起きた。
飛鳥様とめいさんも、綺麗にサンマを平らげていたのだけど、突然めいさんが席を立ったのだ。
そして飛鳥様の方へと歩み寄ると、ポケットからハンカチを取り出して、飛鳥様の口元を拭い始めた。
食べ残しが口元についていたのだと思うけど、これはどう考えても減点対象だと思う。
めいさんもそんなことは重々承知だと思うけど、飛鳥様の食べ残しをつけたままのあられもない姿を放送させるわけにはいかないと、苦渋の決断をしたのだろう。
それはメイドとしては正しいことなのかもしれない。でも、今は勝負の最中だ。これで飛鳥様が負けるようなことになったらどうするつもりなのだろう。
飛鳥様はお怒りになるかもと思ったけれど、素直に口元を拭いてもらいナイフとフォークを下ろした。
信頼された主従関係がそこにはあるように見えた。
めいさんは、あくまでもメイドであるという立場を最優先したようだ。
四品目はソルべ。口直しのシャーベットだ。
スプーンで少しずつ食べれば問題ない。
気をつけるべきは手皿をしないこと。こぼれる心配をするほどすくわずに食べれば大丈夫だ。
そして次が肉料理。ここまできたらもうミスはしたくない。
神楽様が引き当てたのは、骨付き肉の手羽元――いわゆるフライドチキンだった。
「うう......」
運ばれてきた料理を見て、わたしは唸り声をあげた。
これは魚料理よりも大変かもしれない......。
ただでさえ骨付き料理は食べにくいというのに、これはさらに丸々と肉がついており、不安定なことこの上ない。
おまけにフィンガーボウルは出されず、すなわち手を使わずにナイフとフォークだけで食べろと暗に告げていた。
骨付き肉を食べる練習もしたけど、ここまで食べ辛い状態で出ることは予想していなかった。
万が一ころころ転がして、お皿からの脱出を許せば大減点間違いなしだ。
飛鳥様の方はといえば、飛騨牛のサーロインステーキとまさに肉料理の定番ともいえる非常に食べやすそうなものだった。
慎重に、ただひたすら慎重に、まずは上の方から肉をはがしていく。
これは絶対にミスさせることを念頭に置いた料理に違いない。その一番最悪なものを引いてしまったのだろう。普通ならもっと食べやすくされていたり、多少手を使ってもいいようにフィンガーボウルが用意されていたりするはずだ。
汗のにじむような攻防が続く。
わたしだって姫子さんに手取り足取り教えてもらったのだ。初めの頃から比べれば格段に上達しているはずだ。
ゆっくりとナイフを動かし続け、ようやく上半分を取り除くことに成功した。
気分はもはやメスを握るお医者さんだ。
苦労して切り取った上身を食べて、さあ問題の中骨の除去だとナイフを構えた時にソレは起きた。
神楽様が......神楽様があろうことか半身を食べたフライドチキンをひっくり返したのだ。
ええっ!?
ちょっと待って。それは絶対にやってはいけないことではなかっただろうか。姫子さんの教えでは、骨付き肉も魚も食べ方はほぼ同じだったはず。それともわたしの勘違いで、フライドチキンはそうやって食べるのが正しのだろうか。
確かに転がりやすい形をしているから、そうした方が食べやすそうではあるのだけど。
くっ......。
どうしたらいいのだろう。
「はーっ......はーっ......」
見ればきららちゃんも固まっていた。その表情からは物凄い葛藤が見て取れる。
一体どっちが正解?
姫子さん? 神楽様?
助けを求めたいけど、周りはマジックミラーの壁に囲まれて姫子さんの姿は見えない。
神楽様にお聞きしたいけど、会話は禁止されている。
こんなところであのルールが生きてくるなんて......。
わたしたちが動きを止めていると、神楽様が「何をやっているの」と言いたげに睨んできた。
同じようにして食べなさいと、自らのお皿に視線を何度か落とす。
やっぱり神楽様が正解なの?
もしここで食べ方が別れたら、確実にどちらかが間違うことになる。
ここは神楽様に合わせて、全員正解であることが一番いいのだけど......。
でも、姫子さんが間違ったことを教えるわけがない。
............。
「はあー......」
一つ大きな息を吐いた。
ごめんなさい神楽様。わたしは姫子さんを信じます。
迷いは捨てた。そのまま思い切ってナイフを差し込み、中骨を取りだすことに決めた。
神楽様が眉を吊り上げる。周りからはどよめきの様なものが聞こえた気がした。
後でお叱りは確実だろう。それは仕方ない。
わたしは姫子さんを信じた。きららちゃんは――。
きららちゃんもようやく覚悟を決めたようだ。ナイフとフォークを使い、フライドチキンをゆっくりと引っくり返した。
そっか。きららちゃんは神楽様を信じたんだ。
これでどちらかが減点されることは確実だけど、わたし一人だけが違っていたのならまだ勝ち目はある。
今のところ大きな減点になりそうなのはこのアントレ――肉料理だけだ。
飛鳥様のほうも、めいさんの行為で減点はあるだろうから逆転はされないはず。
大波乱で迎えた六品目はサラードゥ。
神楽様が引いたのはプロヴァンス風グリーンサラダ。
飛鳥様が引いたのはキャロット・ラペだった。
それを見た瞬間、飛鳥様が「うげー」とお嬢様らしからぬ声をあげた。どうやらニンジンはお嫌いらしい。
顔をしかめながら嫌々口に運んでいた。
わたしたちの方はというと、これは特に問題はなかった。
食べにくい物もないし、フォークを刺しにくい葉物野菜も重ねることでなんなく食べることが出来る。
残すところはアントルメとカフェのみ。
勝負はすでに終盤戦。
もう一つもミスはしたくないのに、神楽様が引いたのは苺のミルフィーユだった。
それに対して飛鳥様はフロマージュケーキのブルーベリーソース和えだった。
ドーナツが出てくることを期待していたわけではないけれど、ミルフィーユはまたしてもかなり神経を使う食べ物だ。
幾重にも重ねられたパイ生地とその間に挟まれた苺と生クリーム。
パイ生地を崩さずに食べるのは非常に難しく、お皿を汚さないようにして食べるのは姫子さんでも難しいと言っていた。
横に倒して食べるといいらしいのだけど、パイ生地の一番上にまで苺と生クリームでデコレーションしてあって、フライドチキンの時と同じで食べ方の指定をされているような感じだった。
こういう場合はフォークで上半分くらいを刺して、ナイフで縦、横と切っていけばいいと教えてもらった。
パイ生地を一枚ずつはがして食べる方法もあるらしいけど、もうさすがにそれはわたしの腕前では不可能だ。
パイ生地を崩さないように、少しずつ少しずつナイフを小刻みに動かしながら切っていく。
こんな面倒くさい食べ方じゃなくて、一気にかぶりつきたい。その衝動を抑えながら、それはもう必死に切り分けていった。
そして最後のカフェ。
気を抜くわけにはいかないけれど、これはさすがに大丈夫。
わたしたちはダージリンティ、飛鳥様たちはデミタスコーヒー。
啜る音さえ立てなければ一番落ち着いて味わうことができる。
『以上を持ちまして、全八品とさせていただきます』
全員が飲み終えたのを見計らい、九絵姉妹が勝負の終わりを告げた。
疲れた......とにかく疲れた......。
こんなにも疲れるなら、テーブルマナーが必要な席に招かれるような淑女にならなくていいと、本気で思えるほどだ。
こんなことを当たり前のようにこなさなければならない社交科のお嬢様たちに、同情すらしてしまう。
『ただいま採点をしてまいりますので、少々お待ち下さい』
言いながら、九絵姉妹がそそくさと舞台裏へと消える。
初めは楽勝と思われた勝負だったのに、気がつけば予断を許さない状況になっている。
もし負けてしまったら、天空サロンを失うだけじゃなくて、きららちゃんまで学院を去らなければいけなくなってしまう。
「みさき」
九絵姉妹の姿が消えると、早速神楽様が話しかけてきた。
その口調は世間話をするようなものでも、労をねぎらうようなものでもない。
あきらかに詰問するときの厳しい口調だ。
「は、はい......」
神楽様にしてみれば、わたし一人が大間違いをしたのだから、問い詰めたくなるのも無理はない。
「まだ結果は出ていませんので今は何も言いません。ですが、今回のことにたいして色々と言わなければならないことがあります。わかっていますね」
「はい......」
力なく返事をした。
こればかりは仕方がない。チームの輪を乱したのは、わたしなのだから。
すこし気まずい沈黙が場を支配する。
しかし、それは長くは続かなかった。
すぐに九絵姉妹が戻ってきたのだ。
「採点結果が出ましたわ」
「どうぞ皆様お集まりになってくださいな」
さて、一体どうなったことやら。
マジックミラーが取り除かれ、天空サロンのメンバーと西天離宮のメンバーがわたしたちの周りに集まってくる。
「みさき」
「姫子さん」
姫子さんがわたしの肩に手を置いて、優しく微笑みかけてくれた。
「ごめんなさい。わたしが足を引っ張るような真似を......」
「いいえ、そんなことはないわ。今はあやかさんたちの話を聞きましょう」
姫子さんの笑顔を見ていると、心が軽くなる気がした。
わたしは姫子さんの期待に応えることができたのだろうか。
「それでは発表いたします」
「まずは減点対象となった部分からです」
「いくつかありますが、一点の減点となった箇所からお知らせいたします」
ごくりと喉が鳴る。わたし自身では肉料理のところ以外ではミスをしていないつもりだけど......。
「一品目のオードブルですが、みさきはお皿を手元に動かしましたね」
うえ? あれに何か問題が?
「洋食のお皿は置かれた場所から動かさないのがマナーです。よって減点一」
「そ、そんなぁ」
だって、少し遠いところにあったし、動かさないと変な体勢で食べることになりそうだったから......。
「あれは、置かれた位置が意地悪だったわ。私もそんなところまで見ると思っていなかったから、みさきが悪いわけではないわ」
姫子さんがかばってくれたけど、いきなり減点されてしまった。
「続いて三品目のポワソンですが」
ああ、これはめいさんが席を立ったところだ。
「飛鳥様に減点一とさせていただきます」
「なんでよっ」
「なんで、ですって?」
「そんなこともわかりませんの?」
噛みつく飛鳥様に、九絵姉妹が両サイドから見下ろした。
「口の周りに食べ残しをつけるなんて淑女として失格ですわ」
「ましてや自分で気がつくこともなく、めいさんに拭いてもらうなんて言語道断」
「子供ではないのですから自分のことくらい自分でなさったらいかが?」
「この場合、めいさんにそんなことをさせてしまったおチビに減点するのが当然ですわ」
「おチビって言うな!」
悪態をつきながらも、飛鳥様は一応納得したようだ。それ以上の抗議はしなかった。
これで、減点はそれぞれ一点ずつ。わたしの減点が帳消しになって、振り出しに戻ったわけだ。
「次にアントレですが、双方に減点箇所があります」
「が、天空サロンサイドの減点箇所は後回しにさせていただきます」
これは当然、わたしたちの食べ方が分かれたところだろうなぁ。後回しにするということは、減点される点数が多いということだ。
うう、胃が痛くなってくる。
「西天離宮サイドですが、今回も飛鳥様に減点一です」
「食器のぶつかる音がしておりましたので、異論はありませんね」
「ぬぐぅ......」
あの時は自分のことで精いっぱいだったけど、飛鳥様そんなミスをしていたんだ。
「また、その際の食べ方が大変優雅さに欠けておりましたので、さらに減点一とさせていただきます」
「くう......」
よし、これで二点分のアドバンテージだ。元から五点分差があるから、七点まで差が広がった。
「続いてアントルメですが、みさきときららに減点一ずつです」
うっ......。ミルフィーユか......。ちゃんと綺麗に食べられたつもりだったけど......。
「先ほどの飛鳥様と同じ理由で、食べる姿が必死になりすぎていた為です」
「食べ方に問題はありませんでしたが、あまりにも鬼気迫る様子でしたので減点とさせていただきます」
しまった。パイ生地を崩さないようには気をつけていたけど、他のことに注意が回っていなかったみたいだ。
これでまたしてもアドバンテージが帳消しになってしまった。
「以上で減点一の箇所は終わりです」
「それでは今回の勝負で一番の問題となった、天空サロンサイドのアントレの発表をさせていただきます」
きたっ。この結果次第で勝敗が決まってしまう。
結局点数差は五点のまま。もし、ミスをしたのがわたしだけだったら、三点の減点で済み、こちらの勝利になる。でも、逆だったら六点の減点になってしまう。
そうなったら、わたしたちの負けだ。
「これはもう大変残念な結果と言わざるをえません」
「身内のこととはいえ、勝負は勝負。厳しく判定をさせていただきました」
あれ? 何か嫌な予感......。
「骨付き肉の食べ方ですが、途中で引っくり返すなどありえません」
「よって、神楽様ときららに減点三ずつですわ」
「なんですって!」
大声をあげたのは神楽様だ。
「ちょっとお待ちなさい。どういうことなのよ。わたくしが間違いを犯したとでも?」
「その通りですわ」
「我が主ながら、なんと情けないことなのでしょう」
九絵姉妹がわざとらしく眉間を押さえて泣く真似をした。
茫然としているのは神楽様だ。
あれだけ自信を持っていたのだから、ショックは大きいだろう。
「なぜ......わたくしはあの食べ方が正しいと教わったはずだわ」
神楽様はよろよろと体制を崩してテーブルに手をついた。
「まったく、誰が見てもあの食べ方は問題があるとわかるでしょうに」
「それをドヤ顔で一年生に披露したのだから笑いが止まりませんわ」
『おーっほっほっほっほ』
九絵姉妹は本当に声高らかに笑い出してしまった。
「そんなはずが......って、ちょっとお待ちなさい。あの食べ方を教えたのはあなたたちじゃありませんの!」
え?
「あら、自らの失態を私たちに押しつけるつもりですか?」
「なんて根性の曲がった主人ですこと」
「とぼけるんじゃありません。わたくしはちゃんと覚えています。あなたたちが骨付き肉だけは食べ方が違うから注意したほうがいいと、昔から散々言ってきたじゃないの」
「あら、そうだったかしら」
「記憶にございませんわ」
うわぁ、最悪だ。九絵姉妹は確信犯だ。
裏切りです、謀叛です。敵が身内にいました。
「ちょっとあんたたち、仲間割れなら後でやってよね。まずは結果をいいなさい、結果を!」
飛鳥様がとびきりの笑顔でわたしたちの間に入ってくる。
当然だ。間違えたのが神楽様ときららちゃんなら減点六で、逆転ということになってしまう。
「そうですわね。それでは最終結果の発表です」
「天空サロン減点九、西天離宮減点三」
「最初の持ち点からそれぞれの減点された点数を引きますと――」
「天空サロン二十六点、西天離宮二十七点となり――」
『西天離宮、猫屋敷飛鳥様の勝利となります』
絶望的な結果が九絵姉妹の口から告げられた。
負け......ちゃった......。
ドサっと、隣できららちゃんが膝から崩れ落ちた。
「やったわ! めい、あたしたちが勝ったのよ!」
「はい、飛鳥お嬢様、おめでとうございます」
飛鳥様とめいさんが抱き合って喜びあう。
これで天空サロンはもう神楽様のものではなくなってしまうんだ。そしてきららちゃんは......。
「何をしているの、星野きらら」
「立ちなさい。あなたにはテストの結果を伝えます」
九絵姉妹が無情にも、きららちゃんに追い打ちをかけようとする。
「待って下さい。あれは何かの間違いで――きららちゃんもちゃんとした食べ方は知っていたんです」
なんとしてもきららちゃんの退学だけは阻止しなければ。
『おどきなさい』
しかし、わたしの必死の抵抗も空しく、あっさりと突き飛ばされてしまう。
「星野きらら、あなたに問いましょう」
「なぜあの時、神楽様の真似をしたのか」
「それは......」
きららちゃんが弱々しく顔を上げる。
『それは?』
「それは......、私の主人が神楽様......になるはずだったから。神楽様があの食べ方で正しいと言ったのなら、たとえ間違っていたとしても、私にはそれが正しい食べ方だったからです」
そうなんだ。きららちゃんはあの時、そんなことを考えていたんだ。
『わかりました』
九絵姉妹が顔を見合わせて頷いた。
『星野きらら、この度のセラフ採用テスト、合格とします』
『え?』
九絵姉妹のように、わたしときららちゃんの声が重なった。
「世のルールとは支配者が作るもの」
「あなたは自らが主人と仰ぐ、神楽様の作ったルールを忠実に守りました」
「セラフになるということはそれでいいのです」
「主人を信じること。それが一番大事なのです」
「そ、それじゃあきららちゃんは学院を去らなくてもいいんですか? 勝負に負けたのに」
「初めから勝負の勝ち負けなんてテスト内容に入れてなかったでしょう」
「テーブルマナーを通して、星野きららという人物を見極めると言っただけよ」
「それじゃあ、本当に?」
「ええ」
「ですわよね」
わたしと九絵姉妹が神楽様の方を見る。
すると、神楽様は苦虫を噛み潰したような表情でため息をついた。
「ええ、星野きららの件は合格です。ただし、やはり他の生徒たちへの影響も考えて、まずはエクスシアから、その後折を見てセラフに格上げということでどうかしら」
『まあまあ、大失態をやらかした人が偉そうですこと』
「うるさいですわっ!」
九絵姉妹を叱責して、神楽様はきららちゃんに手を差し伸べた。
「それでいいかしら」
「はい」
きららちゃんが神楽様の手を取った。
「よろしくお願いします、神楽様」
よかった。本当によかったよ。
でも、天空サロンが......。
「ちょっと盛り上がっているところ悪いけど、さっさとサロンの受け渡しをしてもらえるかしら。今日から天空サロンはあたしのものになるんだから」
飛鳥様が神楽様に立ち退きを迫る。
せっかくきららちゃんが仲間になったのに、こんなことになるなんて......。
「ああ、そうでしたわね」
「まずは一回戦の突破おめでとうございます、と言わせて頂きますわ」
「は?」
九絵姉妹の言葉に、飛鳥様の目が点になった。
「何言ってるのよ。往生際が悪いわよ!」
「いえいえ、事実を申したまでですわ」
「飛鳥様の支払っているサロン使用料は神楽様はもとより、私たちが支払っている額よりも遥かに少ないものです」
「はあー?」
「その少ない額で天空サロンを奪おうとするのなら、次に私たちを倒さなければなりません」
「これはサロンストラッグルの正規ルールに則った話です」
「はああーーー?」
「ちなみに私たちに勝ったとしても、次に控えているのは姫子様です」
「姫子様も同様に、飛鳥様よりも高い額のサロン使用料を支払っています」
「はあああああーーーーーー?」
「つまり、サロンストラッグルのルール上、飛鳥様が天空サロンを奪おうとしたら、飛鳥様よりも高い使用料を払っている人全てに勝たないといけないのです」
「でも、安心してください。そこまでの額を支払っているのは私たちと姫子様までですから」
「はあああああああああーーーーーーーーーーーーー!?」
『そうですわよね、アンジェリカ様』
九絵姉妹が笑顔でアンジェリカ様に同意を求める。
「一応そうなるわね。複数の人が使用料を払っているところは珍しいから、そのルールを知らなくても無理はないけれど......」
「はああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
『ということで次なる勝負は明日でいいですわよね』
絶叫して、何が何だかわかっていないっぽい飛鳥様に、九絵姉妹が言い放つ。
「乗馬で勝負ですわ!」
「フェンシングで勝負ですわ!」
かくしてサロンストラッグル、一回戦は終わりを告げた――。
***
「姫子さんはこのこと知っていたんですか?」
勝負も終わり、わたしたちは姫子さんの部屋へと戻って来ていた。
テーブルの上にはドーナツが広げられている。
わたしのことを労う為に、姫子さんが買ってくれたものだった。
堅苦しい料理を食べた後だけに、こういうカジュアルな食べ物が嬉しい。
「一応頭の片隅にはあったけれど、今までは負けるなんてことがなかったから気にしてもいなかったわね。あやかさんたちはしっかりと把握していたみたいだけど」
結局、九絵姉妹の手の平の上で踊っていただけということか。
よくよく考えれば初めからおかしかったのだ。会話の禁止なんて、明らかに神楽様とわたしたちをはめる為のルールだし、あのくじ引きだって別々の箱だったし、中に何が入っているかも公開されなかった。
アントレでは全部骨付き肉になっていたんじゃないかと疑ってしまう。
......いや、多分そうなっていたんだろう。
減点の点数だって「優雅さにかける」なんて九絵姉妹がいくらでも操作できそうな項目だし......。
「まあ、よいではないの。星野さんもテストには合格したのだし」
「そうですね......」
きららちゃんのことも初めから合格にしてくれるつもりだったのかなぁ。
「それよりも、一つみさきに聞きたいことがあるのだけど」
「なんですか?」
答えながら、ドーナツを無遠慮に手掴みで口の中に放り込む。
「どうしてみさきは神楽さんの真似をしなかったの?」
「それは......」
「ねえ、どうして?」
姫子さんが可愛らしく首を傾ける。これはもうわかっていて言っているんだ。
まあいいか。素直に言っても。
「わたしの主は姫子さんですから。姫子さんの教えてくれたことを信じたまでです」
「ふふ、嬉しいわ」
姫子さんが笑顔でドーナツをわたしの口元に運んでくる。
「もうっ」
やっぱり言わなければ良かったかなと思いながら、姫子さんの差し出してくれたドーナツを食べたのだった。
***
そして、サロンストラッグルの二回戦がどうなったかといえば――。
それはもう飛鳥様が可哀想になるくらい圧倒的な差で九絵姉妹が勝利を飾り、今まで通り天空サロンは神楽様が支配することになったのだった。
ガールズキングダムⅡ~サロンストラッグル~ ――了――

