1 初恋の終わり
1 初恋の終わり
花冷えの朝、まだ霞がかった空を見上げる。
薄桃色の桜の花びらが、やわらかな風に舞い、あの輝かしい日々にそっと想いを馳せた。
glorious daysー
「やっぱり、この髪飾りが一番かすみお姉ちゃんの長い髪に似合いそう」
あかねは鏡を覗きながら、白いレースが長く垂れた髪飾りをそっと自分の髪に当てている。
ったく、これだから女のショッピングは。
乱馬は呆れ顔で、あかねに声をかける。
「もう行こうぜ。帰りに東風先生にも声かけてくんだろ?今日のかすみさんの誕生日パーティーの件で」
乱馬の言葉に、あかねははっとする。
「そうだ!パーティーの時間変更になったから、声かけなくっちゃいけないんだった」
あかねは髪飾りを包んでもらうと、乱馬とともに足早に店を出た。
店を出ると、途端にむわっとした夏の暑さが戻ってくる。
遠くで、蝉の声が聞こえてくる。
「別に時間の変更を知らせるくらい、電話でよくねえか?」
接骨院へ向かう道を並んで歩きながら、乱馬は呟く。
「いいじゃない。通り道なんだし。直接言った方が安心でしょ?」
どこか、弾んだ口調であかねは言う。
あかねの長い髪が、歩くたび背中で揺れる。
一緒に暮らし始めて、まだ三ヶ月ほどだったが、 乱馬にはその理由がよくわかっていた。
「東風先生に会えるいい口実だもんな」
乱馬が言うと、あかねは顔を真っ赤にして乱馬を睨みつける。
「な、なに言ってんのよ! 変なこと言わないで。あたしは別に…」
あかねの語尾が弱まっていく。
やがて小乃接骨院へと到着した。
あかねと乱馬が中へ入ると、窓から西日の射す、がらんとした待合室が広がっていた。
もう診察時間は終了しているようだった。
診察室の扉は少し開いていて、中から話し声が漏れ聞こえる。
あかねと乱馬は診察室の方へと向かっていった。
「かっ、かすみさん!!」
東風の声に、診察室の前まで来たあかねと乱馬の足がピタッと止まる。
診察室の扉の隙間から、東風とかすみの姿が見える。
「はい、なんでしょう?」
かすみは、包み込むような笑顔で東風に尋ねた。
「あ、そ、その…ぼっぼくと…その、け、けっ…結婚して下さい!」
一瞬の沈黙の後、
「はい、よろしくお願いします」
かすみはにこりと微笑んで、そう答えた。
そして、二人の距離が近づいていき…。
あかねははっとして、唖然としている乱馬の背中を無理矢理押して接骨院を出た。
川沿いの道。
オレンジ色の夕日が滲むその道を、ただ歩いていた。
沈黙の中、川の流れる音だけが聞こえていた。
あかねの半歩後ろを歩きながら、乱馬はあかねに声をかけることができなかった。
背中が、話すことを全力で拒否していた。
あかねが今、どんな顔をしているのかさえ、乱馬にはわからなかった。