3 視線の先
3 視線の先
その夜、天道家ではかすみの誕生日パーティーが始まろうとしていた。
食卓には出前で届いた寿司やご馳走が所狭しと並べられている。
「結局、かすみお姉ちゃんのパーティーはいつもこうなっちゃうのよね」
あかねは、彩りよく並んだ料理を見回しながら呟く。
「他に料理できる人いないからね。まさか、ゲストにお料理頼むわけにもいかないしね」
なびきはそう言いながら、いつもの席に腰を下ろした。
「美味しそうでいいじゃない」
かすみはそう言って優しく微笑んだ。
ピンポーン。
その時、呼び鈴が鳴り、かすみはいそいそと玄関へと向かう。
「東風先生かしら」
なびきが言うと、あかねは一瞬瞳の奥が曇ったが、すぐにいつもの笑顔に戻り、すでに腰掛けている乱馬の隣に腰を下ろした。
「それにしても、急にバッサリいったものね、あかね」
なびきはあかねの短くなった髪をまじまじと見つめた。
「小学生以来じゃない?ショート」
「うん、そろそろイメージチェンジしたかったんだ」
短くなった髪が、あかねの頬にさらりとかかる。
乱馬は二人の会話を聞きながら、ちらりとあかねの顔を盗み見る。
目元の赤みはおさまっていて、ぱっと見はわからないほどになっていた。
あかねの笑顔を見ていると、先ほどまでの出来事は夢だったのかと錯覚してしまうほどだった。
強がってるのか、もう吹っ切れたのか。
乱馬はなぜか胸の奥がモヤモヤとしていた。
「それにしても、ちょっとガタガタじゃない? どこの美容室よ。やり直ししてきた方がいいんじゃないの?」
なびきの言葉に乱馬は思わずムッとする。
「そう?いいの、このままで」
あかねは気にした様子もなく答えた。
乱馬はあかねの言葉に、思わず頬を赤らめた。
やがて、かすみが東風を引き連れて居間へと入ってきた。
東風はどこかぎこちなく、緊張した面持ちだった。いつもとは違って、珍しくスーツ姿だった。
「パーティーの前に、皆さんにご報告があります」
東風は早雲の前まで進むと、深く一礼して正座した。
その後ろにかすみも正座をした。
「早雲さん。かすみさんを僕に下さい」
東風とかすみは、早雲に向かって深く頭を下げる。
早雲は無言で二人を見つめ、それから深く頷いた。
「かすみは長女で、ずっと家族のために尽くしてくれました。これからは、東風くん。君がかすみを幸せにしてやって下さい」
早雲もまた、静かに頭を下げる。
居間にしばしの沈黙が流れた。
そして、今日は祝い酒だと、早雲と玄馬は酒瓶を開け始める。
「さぁさぁ、君も飲みなさい」
早雲は東風に酒を注ぐ。
先ほどまでの張り詰めた空気はすっかり解けていた。
「誕生日会が、婚約祝いまで兼ねちゃったわね」
なびきはかすみにプレゼントの包みを渡す。
「ほら、あんたらもあるんでしょ?」
なびきに促され、あかねと乱馬はそれぞれの包みをかすみへ渡す。
「婚約おめでとう、かすみお姉ちゃん」
「ありがとう、開けてもいいかしら?」
かすみはにこやかにそう言うと、プレゼントの包みをそっと開いていく。
なびきからのプレゼントは、金運が良くなるという黄色の財布だった。
そして、次に乱馬からのプレゼントを開く。
「あら、可愛いブローチね」
「なににしたらいいかわかんねーから、あかねに選ぶの手伝ってもらって」
乱馬は照れながら、かすみから視線を逸らした。
「ありがとう、大切にするわね。で、これがあかねから」
かすみが包みを開ける。
先ほど、お店で選んだ白いレースの髪留めだった。
「あら、素敵じゃない!お姉ちゃんの長い髪に似合いそうね、つけてみたら?」
かすみは髪留めを取り出し、長い髪にそっと添えた。
白いレースが栗茶色の髪にふわりと重なり、まるで花嫁のヴェールのように見えた。
みんなの視線が、かすみの美しさに吸い寄せられた。
ただ一人を除いては。
ほんの数時間前まで、あかねが自分の長い髪に当てて選んでいた髪飾り。
けれど、今のあかねの髪には、もう留めることができない。
乱馬は、かすみに向けて精いっぱい笑うあかねから、ひとり目を離せずにいた。