第三章 疫病神、本懐を遂ぐ⑥ 終
第三章 疫病神、本懐を遂ぐ⑥ 終
「えーっと。圧迫面接?」「ケンちゃん、こいつのこと好きなだけこき使ってくれたらええから」 寺のデコボコ三人衆が 浅野健吾 ( あさのけんご ) の屋台を訪れたのは、日曜昼間の混雑時を少し過ぎた頃だった。無音で囲んで悲鳴をあげられたので三人衆は反省した。体が大きい人間はその威圧感を理解していないと叱られたからだ。 従業員として応募したのは浅野の目の前に座っている早坂でも、背後に立っている九条と川瀬でもない。テーブルにコロンと置かれた小さな置物がそうだ。浅野はどうしたら? みたいな顔で早坂を見ているが、この胡散臭い僧侶は「どうですか? おたくの従業員として壊れるまで働く覚悟です」と派遣会社のブラックマネージャーみたいなセリフを吐いた。が、表情は大真面目だ。 浅野は置物の安定しない尻の下に予備の黒タオルを敷き、それでは、と言った。 よく見なければわからないけれど狸さんですね。招き狸というものなら大きなものを思い浮かべますが、あなたは手のひらにおさまるほど小さい。なにか得意なことは……なるほど、福の神ですか。けれどもあなたを持ち込んだのはこのメンツ……正直迷っています。 するとそこに近所の子どもが数人やってきた。店頭に置いてあるレトロなアイスクリーム冷凍ケースがお目当てなのだ。ちょっと待っといてと声をかけられたので面接は一時中断する。 浅野は子どもの相手をしながら、どうするか、うちのような屋台店でよければ、と快諾してもいいものなのだろうか、まずは試用期間を設けて……なんてぶつぶつ言っている。狸がそちらを向くように少しだけ体を動かした。なるほどねと九条は手に狸を持ち、冷凍庫の前にいる浅野のそばに移動した。「浅野さん、ここって子どももようさん来るんですか?」「うん、今日は日曜やし。もうすぐ夏休みやからそしたらほぼ毎日来るなあ」 もしかして子ども苦手ですか? と浅野が面接を再開する。九条が狸と顔を合わせながら話すような素振りを見せるのを不思議そうな目で見つめながら。 「ねえ、ふうちゃん」 九条は子どもに混ざって冷凍庫を漁っている早坂に声をかけた。「狸が昔別れた子ども気にしてる」 子ども? と早坂は首をかしげ、ああ、あの子か。とアイスの袋を開けた。 「疫病神が離れたんならそのあとは幸せになるしかないやろ」「やってさ、福の神」 よかったな、という九条の言葉に狸が満面の笑みを浮かべた。浅野はやっぱり不思議そうな顔をしながらも、その場の空気に押されるように「よかったね」と何度も頷いている。 曰くつきのものだと察しただろう。だが手に負えないほど危険なものを持ち込むほどひとでなしの奴らではない、と折り合いをつけたようだ。浅野は、腹を決めたという表情で「そしたら、」とあたりを見まわした。「勤務場所はここで」 浅野が冷凍ケースのうしろに置いている棚に黒いタオルを敷き直し、狸をそこに置く。不思議なことに、まるで最初からそこに居たみたいに馴染んで見えた。「あんまり気を張らなくてもいいですから。なんやったら俺が頑張って稼ぐし……」 浅野の言葉に川瀬が噴き出した。「招き狸の意味ないよね。けど人間って案外頑丈やから」 見て、とスマホを出されてそこに映った動画を見る。ひとりの女性が「当社のアンティーク、全世界どこでも買い取りにうかがいます!」 と『日本最北端の地の碑』と書かれた碑の前で勇ましく宣伝している。九条と早坂はおお、と拍手しているが浅野にはなんのことだかわからない。「この方は?」「……呪いを受けたけど倒れんかった人?」「呪い? もしかしてこの狸……ああもうええわ」 すべてを受け入れた浅野が狸の腹をつついた。「今日から働いてもらいますから!」 少しだけ傾きかけた太陽が店内に差し込んできた。色褪せた素焼きの体に光が当たってきらきらと反射している。店先でアイスを食べていた子どもが、「こんどこれに色塗ってもええ?」とさっそく狸を持ち上げる。「ド派手に塗ったって」と九条が言い、まだアイスを選んでいる川瀬を残して、早坂とふたりで店を出た。 帰るつもりで店を出てきたが、タマムシ色の車を運転してきたのは持ち主の川瀬だった。キーは悠が持ってるな、と早坂が車にもたれかかる。九条もつられて横に並んだら手の甲が当たってしまい、思わずそのまま握りしめそうになる。今更よけるのもわざとらしい気がして、かすかに肌を触れさせたまま黙っていた。 「なあリク」「うん」「……しんどなかった?」 やっぱり潤んだ早坂の目に見つめられると嘘は言えない。ほんとはちょっとだけしんどかった、と白状するとやっぱりな、と笑われてしまった。「けどふうちゃんおったから」 大丈夫やった、と思い切って手を握ってみる。さらりと乾いた手のひらが一瞬びくりと跳ねたが、すぐに柔らかく九条の手の中におさまった。「な、リク。もっと俺にできることあったら言うてな」「十分や。ありがとう」 早坂の指にほんの少しだけ力が込められた。体中から汗が噴き出す気がする。 七月の太陽がアスファルトを焦がし、低い空に見える白い月の影だけが涼し気な顔をしてふたりを見下ろしていた。終.