第3話
第3話
「ウチに来る時だって、チェックはあったはずだろ。お前が佐々島だってバレずにどうやってここに入ったんだよ。身元は調べられるだろ。身分偽るなんて何やってんだ?」「それは…確かにいけないことだとわかっています。ただ、どうしてもここに来たかったんです…」思い詰めたような顔をする河野に、明は動揺する。『何なんだ、こいつは…』「嘘を吐いて入ったことはいけなかったと思っています…ですが、どうか…内緒にしていただけませんか。お願いです…私をここに置いてください!」河野は切実に明に請う。「…ったく、まんまとお前をウチに入れてるんじゃ、ウチの親がバカみたいだろ…一体、どんな手使ったんだよ…」「はい…都内に、執事などの使用人を斡旋しているエージェントがあるんです」「そうなのか?」その様なサービスがあるとは知らなかったので、明は瞬(しばたた)かせる。「そこは、質の高いエージェントで、国内の各名家が利用していると前から知っていたんです。そのエージェントは、扱っている執事も一流ですし、東野家でも利用していると聞きました」「マジかよ…俺、聞いたことなかったぞ」自分も東野家の人間だが、親からもそういったことは知らされてはいなかったのだ。「それで私は、全く関係のない苗字を名乗って自分とは違う人間になり、エージェントに登録し、こちらを受けたのです」「へぇ…」明は妙に感心してしまう。「私は、イギリスでも訓練を受けてきましたので、その面で分が良かったようです」「そうなのか?」「イギリスのバトラー校は有名ですし、そこで学べば一流の執事とも言われますので、アドバンテージがあるのです」まさか目の前の彼が、そこまでやっていたとは思わなかった。「へぇ…そんなもんなのか…」「結構な強みになるんです。苗字の件は、高校時代の同級生に借りました。私の利用していたエージェントは、秘密保持が徹底しているので、匿名性が高く私はこちらにくることができました。まぁ、私がエージェントに私の素性を隠すように頼んだということもあったのですが…」そこまでして、わざわざ東野家に来たというのか。「それで?」明が河野に先を促す。「東野家ではエージェントを信頼しているらしいので、明るみにならずに済んだのです。エージェント側も私が佐々島家の人間だと知っていて、それで怪しくはないとわかった上で東野家に派遣してくれたのです」「秘密保持ねぇ…けど、それって詐称だろ。犯罪まがいじゃないのか」「申し訳ありません。ですが、こうしないと、ここへは来られなかったんです。どうかお許しください」河野は頭を下げた。自分と同等の家に生まれた河野が、なぜこうまでもするのだろうか。「…わかったよ、頭あげろ。俺はお前を知ってるし、お前のことは保証する。いろよ、ここに」明がそう言うと、河野は頭を上げて顔を輝かせ感謝の意味で頭を下げた。「ありがとうございます!」 明はそのエージェントとやらを知らなかったので、勉強不足だったと内心恥じた。河野はとっくに知っていたというのに…。佐々島がどうやってこの屋敷に入ったのかは何となくわかったが、明には、佐々島がどうしてそこまでして屋敷にやってきたのか、全くわからない。「ってか、何でウチに来たんだ?お前、自分の家はどうしたんだよ」「家は長男が継ぎますので、問題はございません」「そうかよ…」「私は、家を出たかったのです。なので、こちらのお屋敷に来れば面白いだろうと…それでこちらにやってまいりました」凛とした佇まいで河野はそう言い切った。裕福な、河野の家を本当に出たということなのだろうか…。しかし、本当にそれだけでこの屋敷に来たとは考えにくいのだが…。