勇者たちは、戦いを終えて
勇者たちは、戦いを終えて
今話の中で登場するとある名称ですが、さりげなく、最序盤の方ですでに名前だけは登場しておりました。
◇【十河綾香】◇
大魔帝との戦いを終えた十河綾香は、別行動グループの面々と合流した。
高雄樹が途中、離脱したという。
『姉貴のところに行かなくちゃならない』
そう言い残して。
樹はカヤ子たちに謝ったそうだ。
ちなみにこの時、彼らはすでにかなりの数の金眼を倒していた。
樹が離脱する頃にはもう生きた金眼が見つからないくらいだったとか。
離脱前に遭遇した金眼――その九割以上を、樹が倒したという。
樹の離脱後、別行動グループが綾香との再合流までに遭遇した金眼は二匹。
たった、二匹である。
しかもそれは邪王素が消えたあとのこと。
なのでカヤ子たちは城内の現地人の騎士や兵とも合流できた。
ゆえに数に任せ、遭遇した金眼は危なげなく始末できた。
これを考えると、それまでにたくさんの強そうな金眼を一人で始末してくれていた樹の貢献は、やはり大きい。
一方、綾香もこちらで起きたことを説明しなくてはならなかった。
言い出しづらかったが、伝えないわけにはいかない。
グループの面々の驚きぶりは――予想通り。
そもそも綾香自身、いまだに信じられないのだ。
まさか桐原拓斗が――倒すべき大魔帝側へ、回るなど。
「で、でもそれは……味方になったふりをして、ほら……それで大魔帝を油断させて……倒すつもり、とか? な、ないかな……?」
南野萌絵が身を縮め、おずおずと言った。
その声には希望的観測に似た響きがある。
本心を言えば綾香には――わからない、としか答えられない。
桐原拓斗が何を考えているのか、まるでわからないのだ。
仮にも同じ教室で学生生活を共にしたクラスメイトだというのに。
萌絵が答えを待っている。
安心したいのだ――綾香に、言ってほしいのだ。
きっとそうだ、と。
だから、
「ええ、きっとそうだと……信じましょう」
「そ、そうだよね……っ!」
萌絵の顔が明るくなる。
ズキッ、と胸が痛んだ。
なんだか純粋な萌絵を、騙しているようで。
こういう時こそ――
(聖さん……聖さんに、意見を聞きたい……)
彼女ならきっと道を示してくれるはず。
このクラスで誰より物事が見えている人だから。
だけど本当は、わかっている。
(自分の頭で考えなくちゃいけない。頼ってばかりじゃ、対等な関係になんかなれない)
そういえば、と思う。
聖はここから一時離脱して一体、何をしに――
「ソゴウ、さん♪」
皆の視線がその”声”へと、引き寄せられる。
にっこり、と。
彼女――女神ヴィシスが、首を傾げた。
「もしかして……大魔帝を、倒したのでしょうか?」
▽
「――――はぁあ?――――」
事の 顛末 ( てんまつ ) を聞き終えた女神は、いよいよ綾香が正気を失ったのかと言わんばかりに、眉を顰めた。
「キリハラさんが……大魔帝側に、ついたぁ?」
「はい……あの辺りで一緒に、消えて……」
綾香は消えるまでの成り行きを伝えた。
やはり、と女神が呟く。
「大魔帝は、転移石を手に入れていましたか」
悩ましげに、んん~、と唸る女神。
「しかしこれは……どっちなのでしょう? あえて敵の懐に潜り込んだ……? まさか本当に……共闘関係を?」
ちっちっちっ、と。
舌打ちを軽やかに連打する女神。
「そこまで――――そこまで、愚かだと……?」
「あの、女神様……」
「過去にも根源なる邪悪が、人間を駒として使った例はある……けれど勇者と手を組むなど、前代未聞。どう考えてもタクト・キリハラは大魔帝に始末される――それが、道理。根源なる邪悪が勇者と共闘など、ありえない……つまり結果としてS級を、二人も失った……? ん~、私――とっても困りました! ふ、ざ、け、る、な♪」
ぱぁ、と。
女神が両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
「んふふ~♪ これは一体どういう展開なのでしょう、ソゴウさーん?」
「ど、どういう展開なのかと私に聞かれましても……あの……」
綾香は幾分、気圧されていた。
他の勇者が気づいている気配はない。
が、
(なんだか女神様の威圧感が、増してる……? それに――)
なんだろう?
女神から放たれる、この敵意にも似た空気。
暗に、
”何をこいつはいけしゃあしゃあと”
そんな風に責められている感じすらある。
それから――あの負傷らしき痕跡。
金眼の魔物に遭遇して負傷したのだろうか?
そうだ。
女神といえど邪王素下では弱体化する、と聞いている。
(――あ、そうか。聖さんが一時的に離脱した理由って……)
女神の安否を確かめに行ったのだ。
元の世界へ戻るのに女神の存在は必要不可欠。
万が一女神が死んでしまったら、戻れなくなるかもしれないのだ。
綾香は周囲を一度確認し、
「ところで女神様……聖さんたちは、どこですか?」
「ですよねー?」
「え?」
「心配、ですよねー?」
「は、はい……あの、聖さんたちに――何か?」
と、そこで。
女神が停止し――意外そうな顔をした。
「あら?」
「?」
何を、そんなに不思議がっているのだろうか?
「あらあら? あらあらあらあらぁ? あららららぁ? この、反応――本当に、何も知らない……? アレは……ヒジリは――こいつに目的を隠したまま、私を……?」
再び思案げになる女神。
思わず口をついて言葉が出ている――そんな様子で。
何か、ちぐはぐな感じがあった。
綾香の認識。
女神の認識。
この二つが、食い違っている感じ。
女神は綾香を観察したのち、
「ソゴウさん……あなたに、伝えておかねばならないことがあります」
そうして女神が告げたのは――高雄姉妹の、裏切りだった。
▽
「聖――さん、と……樹さん、が……? そ、そんな! どういうことなんですか!?」
心底残念そうに肩を落とす女神。
「どうもこうも、お話しした通りなのですよ……被害妄想が膨らんだ果てに、私がヒジリさんたちを 謀 ( たばか ) ろうとしていると思い込んだらしく……神経が弱り切って、正常な判断ができなくなっていたものと思われます……」
「そん、な」
他の生徒も浅からぬ衝撃を受けている。
信じられない、という顔が並んでいた。
(あ――)
別れ際の聖の様子や言葉が、綾香の脳裏を駆け巡る。
そうか。
彼女は、女神を”守り”に行ったのではなかった。
女神を、
(倒しに、行った……)
でも。
どうして?
その時、
「――――――――」
不穏を帯びた血流が、急速に、綾香の中でその速度を上げた。
「ひ、聖さんは!? 聖さんたちは、どうなったんですか!? まさか――」
「私に返り討ちにあって、逃亡しました」
「と、逃亡……」
「いえ、正確には……私が見逃して差し上げた、ですが」
無意識に綾香は、女神の左右の腕を掴んでいた。
「い、生きているんですね!?」
「傷を負ってはいますが……ご安心ください。疑心暗鬼の末にいわれなき弓を引かれようと、あなたたち勇者は私の希望――いえ、この世界の希望なのです。そう簡単に殺したりなどしません。ご存じの通り、私は慈悲の女神ですから」
軽い脱力感と、安堵。
思わず、膝が折れた。
「よか、った……」
「ですが油断は禁物です。大魔帝がまだ生きている以上……大魔帝がこれを好機と見て、私たちから離れたヒジリさんたちを始末しにかかる危険があります」
「!」
そうだ。
十分、ありうる。
「ヒジリさんたちは私が手の者を使って、責任をもって捜索させます。ただ、さすがに私を殺そうとした件を不問に付すとまでは――」
「理由、が」
「はい?」
「な、何か……理由があるはずです。だって、聖さん……聖さん、だから……」
けれど、腑には落ちた。
だから別れ際――あんな風に、言ったのだ。
言ったんだ。
「ご安心ください」
女神がやや膝を曲げ、綾香の頭に手を置いた。
それから、視線の位置を合わせる。
「まれにあるのです。私は、ほら……誤解を受けやすいところがあるでしょう? ヒジリさんはどうも、私があなたたちを元の世界へ返す気がないと思い込んだようでして……」
聖の言葉の端々。
実は、綾香もそういったニュアンスは感じ取っていた。
「あの、女神様……大魔帝の、心ぞ――」
「大魔帝の心臓が巨大な力の源で、私があなたたちを帰還させるのにそれを使わず――自分のものとして手に入れたがっている、と?」
「!」
やれやれ、と女神は首を振った。
「確かに根源なる邪悪の心臓は、巨大な力を秘めています。ゆえに、過去にもそういった被害妄想を抱いた勇者はいました。わかりますよ、そう考えたくなってしまうのは」
「聖さんも、そうやって誤解した……と?」
「特に勇者の方々は日々、巨大な重圧に耐えています。ですが人間の精神は恐ろしく脆い。すぐ自分自身に負けてしまいます。そしてそんな自分の弱さを認めたくなくて……最後は自分以外の者に、そうなった原因を求めようとします。被害妄想が膨らんでいき、果てに……自分がこうなった根本原因はあいつに違いないと、なぜか見当違いの相手に憎悪を抱くようになったりします。わかるのです。弱い生き物である人間のことは、ずっと見てきましたから」
「ひ、聖さんはそんな人じゃありません! 聖さんはとても強くて……戦いだけじゃなくて、何より心が、強い人で……ッ」
慈しむ目で綾香の肩に手を置く女神。
「わかります。おっしゃるように、彼女は強い……頭もいい。ですが頭がいいゆえに、考えすぎてしまったのでしょう……」
「 い ( ・ ) い ( ・ ) え ( ・ ) 」
「?」
綾香は膝を伸ばし、女神から一歩離れた。
「すみません、女神様……私は――あなたよりも、聖さんを信じます。聖さんは……なんの確証もなく、あなたに弓を引くような人じゃない……」
綾香は他の生徒の盾になるようにして、
「何か隠しごとがあるなら……言って、くださいっ……でないと……私もこれ以上、積極的に協力はできません……ッ!」
ゆらり、と立ち上がる女神。
「んふふ……信頼されていますねぇヒジリさん……まったく、同性をたらし込む手管がずば抜けています……」
「私だって――女神様を信じたいです! 元の世界に、戻りたいです! でも……」
「確かに、ありました」
「え?」
女神の雰囲気がやや、変わった。
「ヒジリさんが私を疑ったのには、確かに、それなりの理由があります。どうも狂美帝の手の者が暗に接触し、たぶらかしたようなのです」
「ミラの皇帝……が?」
この大魔帝との戦いのさなか。
アライオンに反旗を翻した西の帝国――その皇帝。
「勇者をミラ側に取り込もうと暗躍していたようです。多分”女神に頼らずとも元の世界へ戻る方法がある”とでも吹き込まれたのでしょう。あるいは私を倒せば、代わりに信用に足る他の神族が派遣されるから大丈夫、とか」
『女神に頼らずとも元の世界へ戻れる方法があるかもしれない――そう言ったら、どうする?』
過去の聖の言葉。
反女神を標榜するミラが聖に、そう吹き込んでいたのなら。
一応……辻褄は、合う。
ミラにとって勇者の持つ力は脅威のはず。
味方に引き入れようとしてもおかしくはない。
ふぅ、と呆れたように息をつく女神。
「ですが実際は、逆召喚の儀は私以外できませんし、ましてや、他の神族など派遣されません。私こそが唯一、この世界の守り手なのです」
しかしその一方、どこか女神を信用し切れないのも事実で――
「やめましょう、ソゴウさん」
「え?」
「あなたはもう年齢的に、自分の頭で考えられない子どもではないはず……いい加減、なんでも感情や感覚で疑ってかかるのはやめましょう――そろそろ、大人になりましょう? あれもこれも感情や感覚で判断するのが楽なのはわかります。ですが本来、それが許されるのは子どもまでなんです。感情先行で動くと大抵最後は痛い目をみます……これは、本気であなたのためを思って言っているんですよ? ここで、あなたを失うわけにはいきませんから」
いわゆる”大人”の表情で、女神が言った。
空気が、違っている。
ニコニコ微笑んでいるいつもの女神ではなく。
どこか、そう――演技を解いたような、そんな感じで。
「私の過去の言動を考えると、いらぬ誤解を与える要素はあったのかもしれません。それは、認めましょう」
再び、女神がため息。
「ですが……正直言って、もう今回の勇者――あなたがたには、ほとほと疲れ果てました」
「…………」
「これほど強力な力を持った勇者も初めてでしたが……ここまで制御のきかない勇者も初めてなのです。はっきり言って、私の手に余ります。このままだといずれこちらの頭までおかしくなってしまいそう……ですので本音を言えば――さっさと大魔帝を倒して、もう、さっさと元の世界に帰っていただきたいのです。これは、本心です」
どこかうんざりした風に。
女神は、言った。
「――――――――」
今の言葉は。
これまでの女神と、何か、違っている。
そう。
上辺だけと見える笑顔の普段の女神とは、違っていて。
だから――本音と言われて、どこか納得できてしまう響きがあって。
耳に触りがいいだけの言葉じゃない。
ちゃんと耳に痛いこともはっきり、口にしていて。
「ソゴウさん」
「は、はい……」
「不問とします」
「え?」
「無事アヤカ・ソゴウが大魔帝を倒したあかつきには、ヒジリ・タカオ、イツキ・タカオによるこのたびの反逆行為……及び、タクト・キリハラの裏切り行為――これらすべてを、不問としましょう」
「ふも、ん……」
「捜索はさせますが、いずれも罪には問いません」
「!」
「しかし彼らと接触できても、信じてもらえるかはわかりません。ですので場合によっては、ソゴウさん……あなたに、説得や確保をお願いする可能性があります。いえ――むしろ適役はあなたでしょう。彼らを連れ戻すのはあなたの役目です。イインチョウとは、そういうものなのでしょう?」
「は、はいっ……」
「もしあなたがキリハラさんと戦いづらいのであれば――キリハラさんは、私が確保しましょう」
「女神様、が……ッ?」
「私は邪王素下――大魔帝の近くだと極端に弱体化してしまいますが、離れてさえいれば勇者を 凌駕 ( りょうが ) する力を持っています。事実、弱体化していてもあのタカオ姉妹を退け、ここに立っているのですから」
そうだ。
女神は大魔帝の邪王素下にあった。
なのに――あの聖たちを、退けたという。
「ご安心を。ソゴウさんが望むなら、キリハラさんはなるべく傷つけず確保します。誘いをかけ、彼を大魔帝から引き剥がす手だってあるはずです……そうなった時、私がキリハラさんを確保します。あなたはタカオ姉妹を発見した際の説得と――大魔帝の撃破を。もう一度言います。S級二人が敵側にたぶらかされて姿を消した今……あなたこそが、この世界の最後の希望なのです」
「女神、様……」
女神の表情は真剣そのもの。
普段のどこか人を食ったような感じが、ない。
「もう、一人として欠けず元の世界に戻る――それがあなたの望みでしょう?」
「は、はい……」
「いずれアサギさんたちも戻ってくるかと思います」
「あの……ヨナト方面の西軍で戦ったあと、連絡が取れなくなっていると聞きましたが……」
「連絡が来ました」
「!」
「こちらへ戻る途中でミラの勢力に阻まれ、今は身を隠しているとのことです」
「そ、そんな! だったら、私が助けに――」
「手紙には”時間はかかるかもしれないけど、自力で戻るから心配は無用です”と書かれていました。ですが――こちらはそれを待たず、私の方で手を打つつもりです。座して待つつもりはありませんのでご安心を。手の者を送り、どうにか接触を試みます。ソゴウさんは一旦そちらは気にせず、今は大魔帝との戦いに備えてほしいのです」
「は、はい……あの、それと女神様……」
「はいはい、なんでしょう?」
「――安君は、まだ?」
安智弘は特別な任務を与えられたと聞いた。
西へ向かった、と聞いたが。
できることなら――相談の一つでも、してほしかった。
……関係的にやはり、難しかったかもしれないが。
「そちらもアサギさんたちと合流できるよう、私の方で取り計らいましょう」
「ありがとうございます……お願い、します」
「そうしてアサギさんやヤスさんたちと合流したら――最終決戦への準備を、進めましょう」
そうだ。
みんなで戻る――元の世界に。
自分が大魔帝を倒しさえすれば、すべて上手くいく。
桐原拓斗も。
高雄姉妹も。
生きて、戻れる。
自分がやる。
やらなくては。
ただ……心配なのは、桐原拓斗。
今、彼は敵陣営のど真ん中にいると言っていい。
殺されない保証が――ない。
「綾香、ちゃん……大丈、夫?」
怯え気味に声をかけてきたのは、南野萌絵。
「え?」
「あ、その……なんだか怖い顔、してたから……」
ハッとして周りを見る。
他のクラスメイトも一歩、距離を置いていた。
「ご、ごめんなさいっ……短い間に、信じられないことがいっぺんに起きすぎて――聖さんたちのこととか、桐原君のこととか……まだ心の整理が、つかなくて……き、気負いすぎかもしれないわねっ」
笑みを取り繕う綾香。
「自分で全部、背負い込まないで」
ギュッ
「あ――」
「微力だけど力になる……聖さんの代わりには、なれないかもしれないけど」
綾香の手を取り握ったのは――周防カヤ子。
「周防、さん……」
「独りじゃないから、十河さんは」
「ッ――そ、そうだぜ!」
二瓶幸孝が続く。
「そ、そうだって!」
さらに続いたのは、室田絵里衣。
「た、確かに高雄ズの話はショック受けたけどさ……っ! なんか誤解があったんでしょ? だからこそ女神様だって殺せる力があったのに殺さなかったんだし……っ! 桐原だって、殺さずに連れ戻してくれるって言ってくれてるし! 浅葱たちや安だって、戻ってくる! だ、大丈夫だって! 今回だって大変だったけど――みんな、生きてんじゃん!」
「そ、そうよね……みんな、生きてる……」
そうだ。
まだ、終わってはいない。
何より――独りじゃない。
「ありがとう……周防さん、みんな……」
守るんだ――自分を支えてくれる、みんなを。
絶対に。
せめて、
ク ( ・ ) ラ ( ・ ) ス ( ・ ) メ ( ・ ) イ ( ・ ) ト ( ・ ) だ ( ・ ) け ( ・ ) は ( ・ ) 、 意 ( ・ ) 地 ( ・ ) で ( ・ ) も ( ・ ) 。
「――――――――」
綾香はそこでふと、思い出した。
聖から渡されたあのメモ――彼女が、綾香に託したメモ。
何が書かれているのか。
が、ここで確認しない方がいい気がした。
あとで、一人の時に読もう。
女神がいつもの笑顔で、両手を合わせた。
「素晴らしい助け合いの精神です。実に、美しいですね♪」
綾香は女神を見る。
やはり――違う。
何かが。
違 ( ・ ) う ( ・ ) 。
◇【女神ヴィシス】◇
「ようこそお越しくださいました、ヴィシス様」
「ふふ、お疲れさまです」
ヴィシスが訪れたのはヴィシス教団の神殿。
神殿はアライオン王都の西区――その端に位置している。
ヴィシス教団。
特に女神を熱心に信奉する者たちの集まりである。
「先の大魔帝の奇襲ですが、こちらに被害は?」
「不調を訴える者はおりますが、問題はございません」
「さすがは私の愛する 仔 ( こ ) らです」
「あ、ありがたきお言葉……」
「地下神殿へまいります。重々承知とは思いますが、誰も入れていませんね?」
「はい。ヴィシス様以外はネズミ一匹たりとも通しはしません」
「素晴らしい信心です。あなたの死後の魂は、私が必ずや天の救門へと導きましょう」
――――コツーン、コツーン――――
一人、階段をくだるヴィシス。
下へくだるほど、無音に近い静寂が存在感を増す。
階段をおり切って、回廊を進み、ヴィシスは一つの扉の前で止まった。
水晶体に触れて認証を終える。
同じように二つの扉を開き――入室。
最も硬いとされる稀少な鉱石で作られた部屋。
意匠は最低限。
飾り気など必要ない。
部屋の中央に浮かぶ――淡い光を放つ、菱形の縦に長い石。
この大陸には存在しない素材で生成されたクリスタル。
ヴィシスはクリスタルの”色”を、改めて確認する。
「問題は、なさそうですね」
忌ま忌ましさを胸に踵を返し、部屋を出る。
扉を再封印し、回廊を一つ折れ、別の部屋の扉を開けた。
入り口の枠に軽く寄りかかり、
「そうして生まれ変わったわけですが……うふふ、ご機嫌はいかがでしょう?」
「母上?」
「もしかすると近々、あなたの出番があるやもしれません。完璧に仕上げるためにはもう少し、時間がほしかった気もしますが」
「母上……」
「しかし、今のあなたならきっと素晴らしい働きをしてくれるでしょう――――――――オヤマダさん」
「母上」
表向きショウゴ・オヤマダは”治療中”となっている。
が、実際は微妙に違う。
「 他 ( ・ ) の ( ・ ) 者 ( ・ ) も、いずれ目覚めさせます。身の程を弁えなかったあの愚かな姉妹のおかげで少々予定が狂って、前倒しになった感はありますが……」
「母上っ」
あのクリスタルが脳裏をよぎる。
いや、とヴィシスは考え直した。
ひとまず”この程度”なら問題あるまい。
ふ、と微笑む。
「ま、結果としてはよい契機だったのかもしれません」
「母上!」
経過観察を終えたヴィシスは、神殿の地上部分へ戻るため階段へと向かった。
一段一段、地上を目指す。
そろそろ最果ての国を攻略したと報告が入ってくる頃だろう。
禁字族を根絶やしにしたら――次は、ミラ。
ミラの反乱も実際は脆い支えの上に成り立っている。
あの狂美帝さえ死ねば、勢いは一気に衰える。
あそこはそういう国だ。
暗殺向きのあの力を得たジョンドゥなら安心して任せられる。
相手が狂美帝でも、あれならば確実に暗殺をこなすだろう。
「トモヒロ・ヤスは――あの第六のことですから、まあ最終的には殺したでしょう。あれの死は、ミラのせいにしましょうかね」
そうなればきっとアヤカ・ソゴウはミラを恨む。
想定外は起こっているが、ある意味”動かしやすい”のだけが残った。
そうして階段をのぼり切り、神殿の地上部分に戻った時だった。
神官長が隠しきれぬ焦りを顔に浮かべ、小走りに近寄ってきた。
「ヴィシス、様……」
「あらあらあら? どうしました? あなたが狼狽するなど、珍しい」
「そ、その……ヴィシス様の、アライオン十三騎兵隊が――」