調印式
調印式
ムニンが、同盟締結書に王印を 捺 ( お ) す。
次いで羽根ペンを取り、王ゼクトの代理人としてサインを行った。
狂美帝は先んじてその作業を終えている。
参列者の視線は、祭壇めいた彫刻の施された長卓に注がれている。
そこに、狂美帝とムニンが並んで座っていた。
ムニンは翼を出している。
あれには、最果ての国の者であると印象づける意図もある。
装いは、普段のものにカーディガンみたいなものを羽織っていた。
あれはミラからの借り物である。
しかし、あれだけで十分式典用の正装っぽく見えるもんだな……。
狂美帝も今日は式典用の装いなのだろう。
……なんというか。
あれだと、姫君と言われても通用しそうにも思える。
サインが終わると二人が立ち上がり、順番に宣誓を行った。
調印式は城内の大広間で行われている。
主に式典などで使われる広間だという。
聖堂みたいな厳かな雰囲気である。
壁には仰々しいタペストリーがずらっと掛かっている。
歴代皇帝を模したらしき像なんかも並んでいる。
柱の掛け燭も煌びやかではないが、格式が感じられた。
奥の壁にはでかいステンドグラスみたいなものがある。
狂美帝とムニンは、それを背にしている位置になる。
卓の脇に控えていた宰相のカイゼ・ミラが動いた。
彼は狂美帝とムニンの正面に立ち、一礼した。
どこか儀礼的な動作でカイゼが締結書を手にする。
そのまま身体ごとこちらへ向き直り、彼は締結書を参列者たちに見せた。
「これにて、我がミラ帝国と最果ての国は正式に同盟国となりました。両国に、 永遠 ( とわ ) なる繁栄を」
カイゼが 宣 ( せん ) し、拍手が続く。
思ってたよりは気持ちの籠もった拍手に聞こえる。
参列者は50人くらいか。
この国の式典としては少ないのか多いのか。
それはわからない。
表情の厳しいヤツも何人か見える。
が、大方は好意的な空気に思えた。
ムニンの仲間である俺たちへ向けられる視線も――
「…………」
いや、視線がいってるのはほとんどセラスの方だなこれ。
用意された腰掛けに、俺とセラスは隣合って座っていた。
俺はいつもの蠅王装。
セラスの方は蠅騎士装ではなく――ドレス姿。
ミラ側から提供されたドレスである。
セラスは最初やんわり拒否した。
が、皇帝直々の頼みとあっては断り切れず。
一応、ドレスはこちらで選ばせてくれた。
セラスは白を基調としたドレスを選んだ。
青があしらってある。
肩や胸の露出はない。
貴婦人っぽい長手袋をしていて、手の甲の部分には刺繍。
髪は高い位置で括られ、長いポニーテールになっている。
リボンは白で、そこにアクセントの青。
靴も同じ色味。
形状はヒールっぽい。
踊り子とかが履いてそうな感じだ。
そこから覗く足首は白いタイツに包まれている。
そういえば……。
セラスのこういういかにもな装いは、初めて見る気がする。
”清楚で可憐なお姫様”
語彙力が貧弱でアレだが、そんな印象である。
いや、つーか。
そもそも出自としてはそうなのか。
実際、エルフの姫君なわけで。
「そういや、本物だったな……」
「?」
俺のつぶやきに、セラスが隣で疑問符を浮かべていた。
にしても――ムニンは、落ち着き払っている。
広間に来る直前とはうって変わった平静ぶりである。
大人びているというか。
年相応というか。
ああしていると、やっぱり年上の大人なんだなと思う。
ていうか、場所や状況に応じての切り替えが上手い。
ま……それが”大人”ってもんなのかもな。
式典が終わると、別の広間に移動するよう促される。
このあと、軽い夜会が催されるのだ。
つまり予定通り……。
そこで選帝三家やら貴族やらと”交流”しろ、というわけだ。
今いる広間は、すでに移動の流れになっていた。
俺も腰を浮かせる。
「ムニンは狂美帝と行くみたいだ。俺たちも行くか」
「はい」
二人、広間を出る。
「…………」
広間を出ると、10人ほど出待ちみたいな連中がいた。
全員男で、式に参列していた貴族のようだ。
選帝三家の当主とやらは――、……いなさそうだが。
”セラスに話しかけたい”
視線や空気からそれがはっきり伝わってきた。
自重しているようで、前のめりな雰囲気がある。
セラスはというと……。
気後れしているようだ。
頼るみたいに、俺の方へさりげなく身を寄せている。
「次の広間に行くまでちゃんとついててやるから、安心しろ」
恥じ入るように、俯くセラス。
「申し訳ありません……お願い、できますか」
ネーアにいた頃は夜会とかが苦手だったと聞いている。
ある時期からは姫さまの意向でほとんど参加させなかった――
とか、だったか。
ま、毎度ひっきりなしに話しかけられればしんどくもなるだろう。
視線を注がれ続けるってのも、居心地が悪いもんなのかもしれない。
……逆に。
俺は、注目されないモブとして長く生活していた。
あまりその感覚は――わからない。
セラスは、緊張で硬くなっていた。
「腰」
「え?」
「腰に、手を回してもいいか?」
「え、ええ……どうぞ? はい……問題ございませんが?」
セラスの細い腰に手を回す。
「ぁ――」
「これを見れば、遠慮なく話しかけてくるヤツも――」
出待ちの面々を軽く見渡す。
「そうは、いないだろ」
あまり気持ちのいいやり方ではないが。
明確に、
”セラス・アシュレインは蠅王のものである”
と示す行為。
遠回しに、
”だから手を出すな”
というアピール。
単純に言えば、意識的に見せつける。
今までは特にこういうことはしなかった。
する気も、必要もなかった。
が、これでこのあとの干渉は弁えたものになる――と思う。
また、狂美帝は蠅王ノ戦団を見込んでいる。
下手を踏めば狂美帝に”告げ口”も、ありうるわけで。
「これでも話しかけてくるヤツは、逆に……あまりそういう気はないと思っていいかもな」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「どういたしまして。ま、あんまり褒められたやり方でもないけどな」
「いえ……事実、ですから」
「事実?」
「ぁ――ぃぇ」
ほどなくセラスは、
「はい」
小声でそう、頷いた。
シュゥゥゥ、と。
茹だったタコみたいに俯くセラス。
目をまんまるにしている。
肩の感じから、別の意味で妙に力んでいるのがわかった。
俺は軽く顔を寄せ、
「こういう時はいつも姫さまが?」
「――あ、はい……常に私を気にかけてくださって、いつも助け船を」
「夜会のたびにそんなじゃ、気も休まらないな」
「いえ……今日はその、あなたが……」
言葉に詰まるセラス。
「嫌な意味で照れてるんじゃなければ、それでいいさ。セラスがそれでいいなら、だが」
ええっと、と囁き声で軽く考え込むセラス。
「もちろんよろしい、です――、……はい」
嫌なわけじゃないなら、問題ない。
ただ、
「さすがにこれは、くっつきすぎじゃないか」
「……あ! 申し訳っ――」
「ほら、行くぞ」
俺たちは、そのまま次の広間まで移動した。
部屋に近づくと、旨そうな料理のニオイがしてくる。
今度の広間には、立食パーティーのような光景が広がっていた。
贅を尽くした料理が各テーブルに並んでいる。
部屋の奥には 主賓 ( しゅひん ) 的な卓が見える。
そこにはやはり狂美帝とムニンが並んで腰かけていた。
何人かが次々とムニンに声をかける。
面通しの挨拶みたいなものだろう。
俺は、ムニンが適度に見える卓までセラスと移動した。
……何人かぞろぞろとついてくる。
俺はしばらくムニンに顔を向けてみた。
と、ムニンが俺に気づく。
軽い仕草で、
”そっちは大丈夫か?”
と尋ねてみる。
大丈夫よ、とムニンから無言の返し。
見た感じ、隣の狂美帝が適度にフォローしてくれてるようだ。
あっちは任せて大丈夫だろう。
で……
「ベルゼギア殿」
俺たちに声をかけるかを、遠巻きに迷っている連中。
悠々と、それを割って話しかけてきた男がいた。
「宰相のカイゼ・ミラと申します。直接の挨拶が遅れてしまい、申し訳ない」
ミラ三兄弟の次男。
元第二皇位継承者。
こちらも他の二人に負けず美男子である。
ただ、他二人より顔つきは男らしい。
キリリとした眉が印象的だった。
口もとや表情は厳めしく引き締まっている。
豊かな金髪。
他二人と比べるとはっきりわかる濃い金色をしている。
かなりの長髪で、腰下まであった。
が、中性的な感じはない。
他二人と比べるとむしろ”男”を感じる。
背は長身だが、ルハイトよりはやや低い。
細身っぽいが、ゆったりした長衣なので実際のところはわからない。
「はは」
短く笑って、卓の周りを見渡すカイゼ。
「皆、セラス嬢が気になるようだ。いやまあ、このドレス姿では仕方ないことだろうな。陛下を見慣れている我々でも、ついハッとしてしまうほどだ」
そう言ってる割には……。
この宰相、他と違いあまりセラスに心を奪われている様子がない。
狂美帝の方を見やる。
すぐに俺に気づいた。
俺はあごの動きで、軽くカイゼの方を示す。
すると、狂美帝は一つ頷いてみせた。
なるほど。
狂美帝がこの卓へ遣わせた、と。
俺は言った。
「こちらこそご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、カイゼ様。こうして腰を落ち着けてお話しするのは初めてでしたね」
「”様”は持ち上げすぎだな、蠅王」
「では、カイゼ殿」
「うむ。陛下から君の働きについては聞いている……他にも色々とな。安心するといい。陛下が信じるなら俺たちは信じるしかない――否、信じるのだ」
「あなたも陛下を心からご信頼なさっているのですね」
「まあな。支えるに値する人物だ」
ちなみに俺たちは、まだ椅子に座っていなかった。
話しながらさりげなく椅子を勧める。
カイゼは、控えめなジェスチャーで遠慮した。
彼の視線がそのまま狂美帝の姿を追う。
カイゼが何か言いかけた。
が、口を閉じた。
しかし再び、彼は意を決した顔で口を開いた。
「――裏切ってくれるなよ、蠅王」
それは、脅しではなく。
弟を心配する兄の情、とでも言おうか。
釘を刺すのではなく――願い。
そんな感じだった。
と、カイゼが俺に身を寄せてきた。
敵意はない。
彼は内緒話でもするみたいに、
「ツィーネはおそらく、君に好意を持っている」
再び狂美帝へ視線をやるカイゼ。
「あれには友と呼べる存在がいない……いなかった。もちろん、なりたがる者は後を絶たない。あれは相手を”選ぶ”からな。基準はわからないが、無意識に選別している――自己防衛のために。要は”皇帝”なのさ……根っからの」
よき理解者は二人。
狂美帝は、そんなことを言っていたが。
「その役目、あなたとルハイト殿ではだめなのですか?」
「兄弟は”兄弟”であって、友ではない。わかるだろ?」
「なるほど。それと……先ほどのお言葉ですが、どうかご安心を。今はワタシも、陛下は信頼に値する人物と確信しております」
カイゼは不敵な笑みを浮かべ、身体を離した。
「君は、俺が陛下に言われてここへ来たのに気づいているようだ……が、俺としても陛下の”お気に入り”と一度直接話してみたかったものでな。少なくとも……今のところ悪い印象はない。ま……さっきも言ったように、陛下が信頼するなら、どのみち俺も信頼するしかないわけだが」
セラスからは”真実”の合図。
言っていることは、真実のようだ。
「ただ……俺の方は前哨戦、と言ったところだぞ」
カイゼが投げるその視線の先――
「…………」
さっきから再び、人垣が割れていた。
割れてできたスペースには三人の男女が立っている。
おそらく、あの三人は……
「あちらの選帝三家のご当主たちも――君と少し、話をしてみたいそうだ」
コミックガルド様にて、コミカライズ32話の無料更新分が公開されております。イヴのかっこいいシーンがありつつ、最後のシーンはトーカのトーカらしい感じが強く出ている回だと思います。33話は有料となっていますが、最後の方はコミカライズ用に書き下ろしたショートストーリーを下地にしたシーンですね。