アッジズにて
アッジズにて
◇【安智弘】◇
アライオンの王都に神創迷宮が現出するより、少し前のこと――――
□
ヨナト公国――王都アッジズ。
安智弘は、リンジらと共に南門からアッジズ入りした。
もちろん安たちだけではない。
聖眼防衛の志願者たちも王都へ続々と流入している。
門の中では、荷物を持った者や荷馬車がせかせかと往来していた。
活気――とは、微妙に違う。
緊迫感の漂うヒリついた空気。
さらに王都は、先の大侵攻で受けた爪痕もまだ痛々しく残っていた。
修繕がまだ追いついていないのだろう。
倒壊したままの建物も多く目につく。
王都民は大半が避難済み。
今いる区画は戦争を控えた”基地”の様相を呈している。
リンジが王都の中心方面を指差し、
「あれが第二 守護壁 ( しゅごへき ) 、だったかな」
示された壁の向こう側――城の上部が見えている。
灰に近い白と薄い青に彩られた城。
城の方角にはいくつか尖塔も見えた。
第二守護壁とやらは城とその周辺区画を囲っているようだ。
リンジが、先ほど抜けてきた門の方を振り返る。
「んで、おれたちが今潜ってきたのが……第一守護壁だったかな」
第一守護壁の内側には城下町が広がっている。
つまり、安たちが今いるところだ。
再びリンジは第二守護壁の方に向き直り、
「そしてアッジズ入り前から、遠目にも見えてたあれが――」
城を見上げるリンジ。
彼が指差した城のてっぺん。
先ほどから安も”それ”を見上げていた。
リンジの言葉を引き取るように、安はそれの名を口にする。
「ヨナトの、聖眼……」
聖眼はまさに”眼”と言えた。
より正確に言うなら眼を模した紋様。
楕円形の石像のようなものに、紋様が描かれている。
どことなく前衛アートっぽく見えなくもない。
あの淡いグレー寄りの白を”白目”とするなら、薄い水色の部分が”黒目”か。
(実物を目にするまでは、もっと生物的なイメージだったけど……)
カラフルな紋様の施された石像――そんな印象。
この位置からだと、浮いているみたいにも見える。
てっぺんの塔の上には、台座めいたものもあった。
石の花弁のようなものが台座の周りを囲っている。
等間隔に並ぶそれらの花弁は、どれも上方の聖眼へ向かって伸びていた。
そう――どこか、聖眼を讃えるかのように。
聖眼は花弁の内側――そのもっと高い位置にある。
なので、あの花弁は聖眼を守るというよりは、装飾に近いのかもしれない。
「…………」
大陸すべての空を監視する古代兵器――聖眼。
一定以上の高度にいる金眼がいれば、どこにいてもそれを撃ち落とす。
でも、と安は思った。
(この王都でいちばん目立つあんな高い位置にぽつんと……無防備といえば、無防備にも思えるけど……)
並んで聖眼を眺めていたオウルが、
「ところでリンジさん、トモヒロが異界の勇者ってのは隠したままにしておくんですか?」
これから起こる戦いは生半可でないものとなるだろう。
そういう戦いにおいて、上級勇者なら戦力としての存在感は大きい。
オウルは、そう主張した。
「たとえば戦力の振り分けとか……やっぱ戦略を立てる側の立場で考えると、勇者が味方にいるって情報は把握しといた方がいい気もするんですけど……」
オウルの言にリンジは「まあな……」と納得を示しつつも、
「けど、それを決めるのもトモヒロ自身だ」
安を見るリンジ。
「これはトモヒロが自分で決断して赴いた戦いだ。だからどうするかを決めるのも、トモヒロに任せる」
▽
結論として、安たちは城へ向かうことになった。
安がそう決断した。
決断後にリンジが聖眼防衛志願者のまとめ役の一人に声をかけると、
『……異界の勇者? 本当か?』
懐疑的な視線を向ける男に、安はスキルを披露してみせた。
百聞は一見にしかず。
これは即効果があった。
黒炎を使う上級勇者の存在は知っていたらしい。
しかも名乗った途端、不思議と態度まで急変した。
男はすぐ連絡役を呼びつけると、城へ向かわせた。
ほどなくして連絡役が戻ってきて、そのまま城へ来るよう言われた。
こうして、安たちは徒歩で城を目指した。
ちなみに今は状況が状況だからか、馬車を回す余裕はないようだった。
第二守護壁を抜け、さらに立派な屋敷や神殿の建ち並ぶ区画を抜ける。
城下町と比べると少し上等な地区だった。
とはいえ、ここも先の大侵攻で受けた被害がまだ生々しく残っている。
そして最終守護壁と呼ばれる壁を抜け――安たちは、城の敷地内に入った。
「なんつーか……驚くほどあっさり通れましたね」
言って、オウルが城の敷地内をキョロキョロ見回す。
他のリンジの仲間たちも物珍しそうに視線を巡らせていた。
こうして城に足を踏み入れるのは初めてとのことだ。
見ると、城内の敷地内も先の大侵攻の被害を受けたらしい。
いや、むしろ貴族の屋敷が集まっていた区画より被害が大きい気もした。
また、城の中もやはり”戦争の準備の真っ最中”な雰囲気が漂っていて――
「な……なんだ、あれ?」
オウルがあるものに気づき、あんぐりと口を開けた。
リンジが、
「ほら、きっとあれだ……例の聖騎兵とかいう、古代の巨大魔導人形じゃねぇか?」
まだ撤去されていない瓦礫に倒れ込んでいる巨人。
見方によっては、瓦礫に身体を支えられているような態勢。
安は、なんだかファンタジー風なロボットみたいな印象を受けた。
巨人の周囲には工事現場めいた足場が組まれている。
あのままの状態で修繕を進めているのだろうか?
リンジが記憶を探る顔をして、
「確かヨナト方面に送られた大魔帝軍の側近級とやり合って、相打ちになったみたいな話を聞いたが……、――ん?」
案内役の者がやって来て、声をかけてきた。
安たちはその者に連れられ、城内の一室へ招き入れられた。
そうして彼らが通されたのは、
「よく来たわね。私がヨナトの女王――アルマ・セントノキアよ」
女王の間であった。
安たちはかしずき、皆、恐縮した顔をしていた。
まさか――いきなり女王と謁見とは、思ってもいなかった。
この場には他に、物々しい護衛の騎士が何人もいる。
また、女王の隣には松葉杖をつく黒い眼帯の銀髪の女がいた。
「 面 ( おもて ) を上げなさい」
女王が言った。
「今はむしろあなたの力を私たちが頼らないといけない立場……そうかしこまることもないわ。いちいち儀礼的なやり取りをしている暇もない。礼節を忘れていない点は評価するけれどね」
安たちは言われた通り、顔を上げた。
玉座の背後に、聖眼を模した巨大装飾が掲げられている。
女王が玉座を離れ、近づいてきた。
連動するように銀髪の女も続く。
さらに、女王の左右の脇を騎士たちが固めようとする。
が、騎士たちの動きは女王が手で制した。
「この状況でヴィシスの手駒であった勇者が、聖眼防衛の志願者としてアッジズに 潜 ( ・ ) り ( ・ ) 込 ( ・ ) ん ( ・ ) で ( ・ ) き ( ・ ) た ( ・ ) となれば――これほど怪しい者もない」
女王のその言葉に、安は肝が冷える思いがした。
確かに。
ヴィシスの送り込んだ刺客と思われても、おかしくはない。
しかし、と疑問も抱く。
とすると、女王と直接謁見できているこの状況に説明がつかない気もする。
腐っても安智弘は一応、上級勇者である。
刺客と訝しむなら、この距離まで近づけるのは危険そのものと言える。
女王が言った。
「でもあなた――つまりトモヒロ・ヤスについてはミラから事前に”黒炎の勇者はすでに女神と敵対する立場にあり、味方である。ゆえにヨナトにて確認された場合、可能ならば支援を願う”……そんな書簡をもらっていたの。狂美帝とルハイト・ミラ、それぞれ直筆のものが一通ずつね。筆跡も二人のもので間違いなかった。その書簡によれば、現在、反女神勢力の中核にいる蠅王ベルゼギアやセラス・アシュレイン、それから、最果ての国の王の代理であるムニンという人物もトモヒロ・ヤスについては同意見だそうよ」
観察する目で安を見る女王。
「その傷……ヴィシスに?」
「……間接的にですが。ヴィシスは僕――自分を用済みとして、始末する気だったようです」
なるほど、と女王。
「ヴィシスと敵対する理由は、十分なわけね」
「しかし――あの負傷すらも、我々を油断させるための罠かもしれません」
口を挟んだのは、女王の隣に控えていた銀髪の女。
ヨナトの聖女――キュリア・ギルステイン。
先ほどリンジがこっそり教えてくれた。
安は、彼女を目にするのは初めてである。
露出している肌の部分に痛々しい包帯が見え隠れしていた。
先の大侵攻で先ほど目にした聖騎兵に搭乗し、重傷を負ったそうだ。
聖女の疑念に、女王が答える。
「キュリア、私を案じるあなたの気遣いは嬉しいけど……今は上級勇者の力を頼りたい。刺客の可能性を天秤にかけても、私は彼を味方として扱うつもり」
会話を聞きながら、安はあの蠅の王の姿を思い浮かべていた。
(――ベルゼギアさん)
遠くにいる彼らが今も自分を気遣ってくれている。
それは、嬉しいことだった。
強い決意をその瞳に秘めた女王は、
「このあと東から、マグナル軍がマグナルの民を率いてヨナト入りします。そして南からは、ルハイト・ミラが白狼王と共に軍を率い、同じく加勢に来る予定です」
女王の言葉に聖女が続き、
「ここアッジズを目指していると思しき聖体の大軍が、マグナル軍のさらに東で確認されている。聖体軍はマグナルの民と地を踏みにじりながら西――つまり、ここアッジズへ向かっているようだ」
マグナルの民はヨナトへ避難してきている。
ちなみにヨナトの民は、すでにヨナトの西地方へ避難している。
なので、もう西地方ではマグナルの避難民を受け入れる余裕がない。
そのためマグナルの民はヨナトの南――ミラを目指す。
つまり、安たちが来たルートを逆に戻る形である。
国境以南には避難民のキャンプ地をミラが用意する。
ただ――国境以南には、金眼の群れが出没していた。
安たちが避けた街道などにも金眼の群れが 集 ( つど ) っていた。
が、それら金眼は北上中のミラ軍が駆逐しつつ進む。
これにより一時的な避難民キャンプ地の安全を確保する算段らしい。
物資も順次ミラから輸送される。
安は気づいた。
(……未来を、捨ててないんだ)
戦えない者をこの戦いへ無理に投入したりしない。
彼らは、考えている。
戦いに 勝 ( ・ ) っ ( ・ ) た ( ・ ) あとのことを。
戦いが終わったあと、未来を紡いでいく者たちのことを。
安は別れた”彼ら”を思い浮かべる。
ユーリ。
彼女の母親。
途中で別れた旅の仲間たち……。
(あの人たちは)
こんなところで、終わっていい人たちじゃない。
こぶしを握りしめる。
(だから……絶対、つないでみせる……)
あの人たちの未来を。
▽
安たちは、城内の一室を与えられた。
部屋は無骨で埃っぽさこそあるが、なかなか広い。
元々は衛兵の古い詰め所だったとか。
オウルがベッドに寝転がり、
「こりゃあ野営より、よっぽど快適だ」
リンジがドト棒を咥え、通りすぎる際に手を安の肩に置いた。
「トモヒロのおかげだな」
安は曖昧な笑みで応え、ベッドの縁に座る。
そして組み合わせた両手の甲に額を当て、目を閉じた。
(この城や王都の空気……)
今までも、なかったとは言えない。
ただ――アッジズに入り、いよいよ本格的に実感が湧いてきた。
なぜだろう?
あの魔防の白城の時より現実感が、強く、重い。
何が違うのだろう?
これまでの経験だろうか?
あるいは、覚悟か。
それとも……。
守る者に対する心持ちの、違いか――
「…………」
恐怖と、緊張を逃がすようにして。
静かに息を吐く。
……どうあれ。
そう遠くない未来、はじまるのだ。
おそらくは――多分。
最後の戦いが。
そうして――目まぐるしく戦いの準備が整う中、マグナル軍がアッジズに到着した。
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