LNCrawler

二十四話

Is レイヴンズ・レゾナンス — www.pixiv.net · All chapters

二十四話

夜の食堂は、昼間とは違う静けさがあった。夕食の時間を少し過ぎていたからだろう。まばらな人影の中で、一夏たちはテーブルを囲んでいた。テレビからは、昼間のトーナメント中止のニュースが流れている。アナウンサーが淡々と読み上げる。

『——主催者側は、トーナメント中止の原因となった事故の調査を進める一方で、データ収集のため各ブロックの一回戦を全て行う方針を発表しました。会場と日程を変更しての開催となる見込みです』

「結局、やるんだな。一回戦全部」

一夏は箸を止めてテレビの画面を見つめた。あの黒いISの一件があったというのに、主催者は試合を続けるらしい。

「当たり前よ。トーナメントはデータ収集の場でもあるから。事故があったからといって中止にはできないわよ」

「そういうものなのか」

一夏は、少し複雑な気持ちで呟いた。ラウラの身に起きたことを思うと、手放しで納得できる話ではなかった。テレビのニュースが、場所と日付の変更についての詳細を伝え始める。それを聞き流しながら、一夏はふと箸を置いた。

「なあ、みんなに聞きたいことがあるんだ」

その声に、箒、セシリアシャルル、鈴音の四人が顔を上げた。一夏は、少し言いにくそうにしながら口を開いた。

「ISのプライベート・チャンネルとは違う、二人だけの空間で話ができる方法って、あるか?」

一瞬、沈黙が流れた。箒が、眉をひそめる。

「二人だけの空間? 何だ、それは」

「聞いたことがないわね。そんな機能」

鈴音も、首を傾げた。だがシャルルとセシリアは、少し違う反応を示した。シャルルが、考え込むように顎に手を当てる。

「もしかして、それって……IS同士の情報交換ネットワークの影響で、操縦者同士に特殊な相互意識干渉が起こるっていう話かな」

「ああ、私もその話なら聞いたことがありますわ」

セシリアが、紅茶のカップを手にしながら頷いた。

「ISの情報交換ネットワークは、本来、機体のデータを共有するためのものですけれど、稀に操縦者の意識にまで干渉することがあると。特に、強い繋がりを持つ者同士の間で」

「それだ。それかもしれない」

一夏は、思わず身を乗り出した。

「僕も、その話を聞いたことがあるよ」

シャルルが、続けた。

「ISの開発者である篠ノ之束さんが、ISの全機能を公表しないまま失踪しているのは知ってるよね。それに、ISは自己進化を続けるから全てを把握するのは不可能だって、どこかの記事で読んだことがある」

一夏は、その名前を聞いて内心で少しだけ複雑な気持ちになった。束。あの、飄々とした掴みどころのない科学者。彼女なら、確かにありえそうだ。何しろISを一人で作り上げた人物なのだから。

「束さんか。ありえそうだな、うん」

一夏は、そう言って苦笑いした。だがその直後だった。

「ちょっと待て、一夏」

箒の声が、少しだけ低くなった。一夏が顔を上げると、箒はじっと一夏を見つめていた。

「その『二人だけの空間』とやらを、誰としたんだ」

その言葉に、セシリアとシャルルと鈴音の視線が、一斉に一夏に集まった。

「えっ」

「聞いているんだ。誰とした」

箒の声には、有無を言わさぬ強さがあった。セシリアが、紅茶のカップを置く。その音が、やけに大きく響いた。

「まさかですわよね。織斑さん。よりによってあの子とそんなことを」

「あの子って……」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女しかいないでしょう」

セシリアの言葉に一夏は言葉を詰まらせた。その反応が、何よりの答えだった。シャルルが、少しだけ目を丸くした。

「織斑君。ラウラさんと、その空間で話したの?」

「あ、ああ。そういえば、話したような……」

一夏は、曖昧に頷いた。すると四人の視線が、さらに強くなった。

「そういえば、とは何だ。話したのか話してないのか、はっきりしろ」

鈴音が、鋭く突っ込んだ。一夏は頭を掻きながら、正直に白状した。

「いや、その……正直、あんまり覚えてないんだ。ラウラと何か話したってことだけは、覚えてるんだけど。内容はほとんどうろ覚えで」

「うろ覚え……?」

箒が、眉をひそめた。

「あのな、一夏。夢でも見たような口ぶりだが、それでよくそんな話ができるな」

「夢……そういえば、そんな感じだったかもしれない。あの空間は、なんだか夢の中にいるみたいでさ。ラウラも、夢の中にいるみたいな顔してたし」

一夏の言葉に四人は顔を見合わせた。シャルルが、少しだけ真剣な表情で言った。

「相互意識干渉が、夢のような形で現れることはあるかもしれない。僕が聞いた話では、意識の深い部分で繋がるとそういう風に感じることがあるって」

「けど、それがラウラが相手だとは」

鈴音が、呆れたように言った。セシリアは、少しだけ不機嫌そうに紅茶のカップを手に取った。

「まあ、ラウラさんは織斑さんに強い興味を持っていましたからね。それがああいう形で現れたとしても、不思議ではないですけれど」

その言葉には、少しだけ棘があった。一夏はその棘の意味を理解しないまま、首を傾げた。

「そうなのか?」

「そうですわよ。まったく、織斑さんは」

セシリアは、そう言って、紅茶を一口飲んだ。箒は腕を組んだまま、黙っていた。その表情は少しだけ複雑そうだった。

「まあ、いい。だが、次にその空間で誰かと話す時は、ちゃんと覚えておけ」

箒がそう言った。その声には少しだけ棘があった。一夏はなぜか謝りたい気持ちになりながら、頷いた。

「わ、分かった。気をつける」

その夜の食堂は、いつもより少しだけ騒がしかった。

食堂を出た廊下は夜の静けさに包まれていた。等間隔に並ぶ照明が、白い床に柔らかな光の輪を落としている。箒とセシリアと鈴音は、それぞれの部屋へと戻っていった。残された一夏とシャルルは、並んで廊下を歩いていた。

「今日はいろいろあったね」

シャルルが、静かに言った。その声はどこか疲れを含んでいた。無理もない。昼間のトーナメントであれだけの戦いをしたのだ。

「ああ。まさか、あんなことになるとは思わなかった」

一夏は頷いた。ラウラの機体が変異したこと。黒いISとの戦い。そして、あの夢のような空間でのラウラとの会話。思い返せば、今日は本当にいろいろなことがあった。

「シャルルは、疲れただろ。早く休んだ方がいい」

「そうだね。でも、その前に……」

シャルルが、何かを言いかけた時だった。

「あ、織斑君。デュノアさん」

背後から、声がかけられた。振り返ると山田真耶がこちらへ歩いてくるのが見えた。アンダーリムの眼鏡が、照明の光を反射している。

「山田先生。どうしたんですか、こんなところで」

「ええ、ちょうどよかったです。二人にお知らせがありまして」

真耶は、そう言ってにこやかに笑った。その笑顔は、いつもと変わらず穏やかだ。

「実は、今日から大浴場が使えるようになったんです。点検が終わったので。それに今日は生徒達が使えない日なのでせっかくだから二人に入ってもらおうって話になったんです」

「大浴場……」

一夏は、思わず声を漏らした。大浴場。それはつまり、風呂だ。しかも学園の生徒が共同で使うような大きな風呂。一夏は、隣に立つシャルルを思わず横目で見た。シャルルは、一瞬だけ表情を硬くした。そして、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻ったが、一夏にはその変化がはっきりと分かった。

(そうだ。シャルルは……)

シャルルの正体は女性だ。表向きは男子生徒として学園に通っているが、その実彼女は女性なのだ。大浴場に入るとなれば、その正体が露見する危険がある。

一夏は、内心で冷や汗をかいた。つまり、一夏はともかくシャルルも男子として入らなければならないということだ。だが、シャルルは女性なのだ。そんなところに入れば、一発で正体がバレてしまう。

「どうしたんですか? 二人とも、浮かない顔して」

「いや、その……ちょっと」

一夏が言葉を濁していると、真耶は何かを察したようにふっと笑った。

「大浴場の鍵なら、私が持っています。脱衣所の前で待っているから、着替えを持ってきてくださいね」

真耶は、そう言って鍵を取り出して見せた。その鍵は、確かに大浴場のものらしい。だが、その言葉には一夏が悩む隙を与えないほどの自然さがあった。

「じゃあ、私は先に行ってますから。脱衣所の前で待っていますね」

真耶は、そう言ってくるりと背を向けた。そして、廊下の向こうへと歩いていってしまった。その背中が、角を曲がって見えなくなる。残された一夏とシャルルは、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

「……どうする、シャルル」

一夏は、静かに問いかけた。シャルルは、少しの間黙っていた。そして小さく息を吐いた。

「どうするって……行くしかないんじゃないかな。先生が待ってるし」

「でも、お前……」

「分かってる。僕が女だってことは、織斑君しか知らない。だから気をつけるよ」

シャルルの声はどこか覚悟を決めたような響きがあった。一夏は、そんなシャルルの横顔を見つめた。その表情には、いつもの穏やかさの中に少しだけ緊張が混じっているように見えた。

「とりあえず、部屋に戻って着替えを持ってこよう。それから、考えるよ」

「ああ。そうだな」

一夏は頷いた。そして、二人は再び廊下を歩き出した。歩きながら、一夏は頭の中で必死に考えを巡らせていた。どうすれば、シャルルの正体を隠したまま大浴場を乗り切れるのか。だが、いくら考えても名案は浮かばなかった。

「まあ、何とかなるさ。うん」

一夏は、自分に言い聞かせるようにそう言った。シャルルは、少しだけ苦笑いした。

「織斑君らしいね、その楽観さ」

「楽観じゃないって。ちゃんと考えがあるんだ」

「あるの?」

「……あることにしておいてくれ」

一夏の言葉に、シャルルは小さく笑った。その笑い声は、少しだけ緊張を和らげてくれた。二人は部屋に戻ると、それぞれ着替えを用意した。一夏はタオルと着替えを手に取り、シャルルも同じように準備を整えた。シャルルは、タオルを多めに持っているようだった。おそらく、身体を隠すためだろう。一夏は、その姿を見て少しだけ胸が痛んだ。シャルルは、こんな風にいつも気を遣っているのだ。自分の正体を隠すために。

「よし、行くか」

「うん」

二人は、部屋を出た。廊下は先ほどよりも少しだけ薄暗く感じられた。照明が、夜の時間帯用に調整されているのだろう。大浴場は、寮の端の方にある。二人は並んで廊下を歩いた。やがて、脱衣所の前に差し掛かる。そこには、約束通り真耶が立っていた。

「来ましたね。どうぞ入って下さい」

真耶は、そう言って鍵を差し込んだ。カチリ、という音が響き扉が開かれる。中からは、湯気と共にほのかな石鹸の香りが漂ってきた。一夏は、ごくりと喉を鳴らした。そして、隣に立つシャルルの顔をそっと見た。シャルルは、静かに息を吸い込んでいた。その横顔は、覚悟を決めた者のそれだった。

(シャルル。大丈夫だ。俺が何とかするから)

一夏は、心の中でそう呟いた。だがその「何とかする」というのが具体的にどういうことなのか、一夏自身にもまだ分かっていなかった。