四十八話
四十八話
翌日。SHRと一限目の半分を使って、今月中程に行われる全校集会が行われた。場所は学園の大ホール。千人を優に超える女子生徒たちが、ずらりと席に着いている。その喧騒は、いつも以上に賑やかだった。学園祭が近いということもあり、どこか浮足立った空気がある。
一夏は、そんな女子生徒たちの輪の中にぽつんと座っていた。周囲からは、ひそひそと話し声が聞こえてくる。だが、その内容は一夏には届いていない。今の一夏の意識は、頭の中の声と白鴉・熾天の調整についてのやり取りに向いていた。
(——昨日の実戦訓練のデータ、見たか?)
(ああ。UNACの反応速度、もう少し上げられそうだな)
(そうだな。だが上げすぎると操縦者への負荷が問題になる。特にU3の狙撃は、タイミングが重要だ。反応速度を上げるなら、同時にフォーミュラブレインの調整も必要になる)
(分かってる。そこは後で詰めるとして——)
(——おい、そろそろだぞ)
(え?)
一夏は、顔を上げた。壇上では生徒会役員の女子がマイクの前に立っていた。
「それでは、生徒会長から説明させていただきます」
その声に、女子生徒たちが一斉に正面を向く。一夏も、慌てて姿勢を正した。楯無が壇上へと歩み出てくる。その足取りは、いつもながらに軽やかだ。壇上の中央に立つと、楯無はにっこりと笑った。
「はい、みなさんこんにちは。生徒会長の更識楯無です」
「「「こんにちは!」」」
「元気があってよろしい。さて、今日はみなさんに大切なお知らせがあります」
楯無は、そう言って一度言葉を切った。そして、楽しげに続ける。
「今月に開催される学園祭についてですが、今回に限り特別ルールを設けることにしました」
その言葉に、女子生徒たちがざわめいた。特別ルール。学園祭といえば、毎年各部活動ごとに催し物を出し、それに対して投票を行う。上位組には部費に特別助成金が出る。それが、恒例のシステムだ。だが今回はそれに加えて何かがあるらしい。楯無は、閉じた扇子をポンと手のひらに打ちつけた。そして、横にスライドさせる。それに応じるように、壇上の背後に空間ディスプレイが投影された。映っていたのは——
「——え?」
一夏は、思わず声を漏らした。そこに映っていたのは、一夏自身の写真だった。どこで撮られたものか、まったく覚えがない。女子生徒たちが、一斉に一夏の方へと視線を寄せた。一夏は、戸惑いながら周囲を見回した。だが、誰も助けてはくれない。
「名付けて——」
楯無が、声高らかに言った。
「『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」
その瞬間、ホールが揺れた。女子生徒たち全員が、驚愕しながら叫び声を上げる。その声は、もはや悲鳴に近い。一夏はあまりのことに言葉を失っていた。
「静かに!」
楯無の一喝でホールが静まり返った。その声には、有無を言わせぬ力があった。楯無は、満足そうに頷くと続けた。
「学園祭では、毎年各部活動ごとに催し物を出して、それに対して投票を行い上位組には部費に特別助成金が出る仕組みでした。でもね、それじゃあつまらないと思ったのよ」
「つまらないって……」
「せっかくの学園祭なんだから、もっと盛り上がりたいじゃない? だから、今回は特別に——織斑一夏を一位の部活に強制入部させることにしました!」
その瞬間、ホールが再び揺れた。今度は雄たけびにも似た声だった。各部活動に入っている女子生徒たちが、一斉に立ち上がり出し物のアイデアを叫び始める。
「茶道部! 一夏くんに着物を着せてお茶会を開くわ!」
「剣道部! 一夏くんと模擬試合よ!」
「料理部! 一夏くんに手料理を振る舞うの!」
「水泳部! 一夏くんに水着を着てもらうわよ!」
次々と飛び出す欲望に満ちた声に一夏はただ呆然とするばかりだった。聞いてない。まったく聞いてない。一夏は、壇上の楯無を見た。楯無は一夏と目が合うと、にっこりとウインクをした。その笑顔は、どこまでも楽しげだった。
(——大変な事になったなぁ)
頭の中の声が、一夏を憐れむように呟いた。その声には、どこか他人事のような響きがある。いや、完全に他人事だ。一夏は思わず心の中で叫んだ。
(言ってる場合か!)
だが、声はそれきり何も言わなかった。ただ、静かに笑っているような気配だけが、一夏の頭の中に残っていた。女子生徒たちの熱気は、ますます高まっていく。一夏は、しばらくの間その熱気に圧倒されながら、ただ壇上の楯無を見つめていた。
―――
同日、教室にて特別HRが行われていた。全校集会の熱気がまだ冷めやらぬ中、一年一組の教室は異様な興奮に包まれていた。一夏は教壇の前に立ち、クラスメイトたちから出された案の山を前に頭を抱えていた。
「えーと……まず、これはなんだ?」
「一夏くんと二人きりでお茶会よ!」
「却下」
「えーっ!」
「次。これは?」
「一夏くんに水着を着てもらってプール撮影会!」
「問答無用で却下」
「なんでよ!」
「次。これは?」
「一夏くんと模擬結婚式!」
「却下。つーか、なんで全部俺が絡むんだよ」
「だって一夏くんが欲しいんだもん!」
「意味が分からない!」
一夏は次々と出される案を容赦なく却下していった。どれもこれも一夏一人に負担が集中し、かつ自分の欲望に染まった内容ばかりだった。クラスの女子達からブーイングが飛ぶ。
「一夏くんのケチ!」
「減らず口を!」
「だったら、もっとマシなの無いのかよ!」
一夏がそう叫ぶと教室がしんと静まり返った。女子達は互いに顔を見合わせ、考え込む。しばらくの沈黙の後、ラウラが手を挙げた。
「喫茶店はどうだろうか」
「喫茶店?」
「ああ。飲食店なら経費の回収が出来るし、外部からの客の休憩所としても需要がある。学園祭では歩き回って疲れた客が多いからな。休憩所兼飲食店というのは、悪くない選択だと思うが」
「なるほど……」
一夏は思わず感心した。ラウラの案は、至極まっとうだった。一夏一人に負担が集中することもないし、クラス全員で取り組める。何より、学園祭という場において実用的だ。そこに、シャルロットが追加の案を出した。
「どうせなら、メイド喫茶にしようよ」
「メイド喫茶?」
「うん。ただの喫茶店より、断然ウケると思うんだ。学園祭だし、みんな非日常を楽しみたいでしょ? メイド服を着た女の子が給仕してくれる喫茶店。これ、絶対に人気が出るよ」
「なるほどな……」
一夏は、腕を組んで考えた。ラウラの案にシャルロットの案が加わった形だ。喫茶店としての実用性を保ちつつ、メイド喫茶としての娯楽性も兼ね備えている。今まで出てきた案の中では、断然まともだ。一夏は教壇からクラスメイトたちを見渡した。
「みんな、どうだ? ラウラとシャルロットの案で」
「賛成!」
「私も賛成よ!」
「メイド喫茶、いいわね!」
「異議なし!」
女子達の声が教室に響き渡った。満場一致。一夏は、少しだけ安堵の息を吐いた。これで、ようやく話がまとまった。
「よし。じゃあ、一年一組の出し物はメイド喫茶に決定だ」
「「「おおーっ!」」」
女子達が、歓声を上げる。一夏はそんなクラスメイトたちの様子を見ながら、ふと頭の中の声に意識を向けた。何も聞こえない。だが、どこかで笑っているような気配だけが、ぼんやりと感じられた。
その後、一夏は職員室へと足を運んだ。放課後の職員室はまばらにしか人がいない。千冬は自分の席で書類の山と格闘していた。一夏が近づくと千冬は顔も上げずに言った。
「何の用だ」
「一組の出し物が決まったので報告に来ました」
「言え」
「メイド喫茶です」
千冬の手が止まった。ゆっくりと顔を上げ一夏を見る。その視線はいつものように冷徹だった。
「無難な物を選んだなぁ」
「ええ。まあ、色々あって……」
「色々あったんだろうな。全校集会のあれを見れば分かる」
千冬はそう言って小さく息を吐いた。そして机の引き出しから一枚の用紙を取り出し、一夏へと差し出した。
「使用する機材と必要な食材を書いて、学園祭当日の一週間前に出せ」
「はい」
「あと、これも言っておく」
一夏が申請書を受け取ると千冬は少しだけ声のトーンを落として続けた。
「学園祭には、各国の軍事関係者やIS関連企業など、多くの人が来る。一般人の参加は基本的に不可だが、生徒一人につき一枚配られるチケットで入場できる。渡す相手は、よく考えろ」
「分かりました」
一夏はそう答えて頭を下げた。チケットのことを考えると頭が痛くなりそうだった。だが今は目の前のことに集中しよう。一夏は職員室を後にした。廊下に出ると、そこに楯無がいた。
「やあ、一夏君」
楯無が、いつものように軽やかな声で挨拶してくる。その笑顔は、昨日の全校集会でのものと同じだった。一夏は、思わず身構えた。あの「争奪戦」を宣言した張本人だ。油断はできない。
「……こんにちは、楯無先輩」
「なんだか、よそよそしいね」
「いや、その……全校集会のことがあったので」
「あはは。気にしてるんだ?」
「気にしますよ。あれだけ大々的に宣言されたら」
「まあまあ、そう硬くならないでよ。先輩とのスキンシップでしょ?」
「だから意味が分からないんですけど」
一夏がそう言ってため息をつく。楯無は、そんな一夏の反応を楽しむようにくすくすと笑った。
「それで? 職員室に何の用だったの?」
「一組の出し物の報告です。メイド喫茶をやることになったので」
「メイド喫茶! いいじゃない!」
「まあ、無難なところですけどね」
「うんうん。ちなみに、誰がメイド服を着るの?」
「それは、まだ決めてないですけど……」
「ふーん。一夏君も着るの?」
「なんで俺が!」
「だって、一夏君がメイド服着たら絶対ウケると思うよ?」
「遠慮します」
一夏は、即座にそう答えた。楯無は残念そうに肩をすくめた。だが、その目はまだ何かを企んでいるように見える。一夏は、そんな楯無から少しだけ距離を取った。
「それじゃあ、俺はこれで」
一夏は楯無に軽く会釈をすると、そのままアリーナへ向かおうとした。訓練の予定があるのだ。だが——
「ねえねえ、もっと話そうよ」
楯無がそう言ってするりと一夏の横に並んだ。その動きはあまりに自然で、一夏は思わず足を止めかけた。いや、止めるわけにはいかない。一夏はそのまま歩き続ける。
(——どう思う?)
一夏は、頭の中の声に問いかけた。
(そうだな。隙が無い。振り切るのは難しい)
声が、静かにそう答えた。一夏も同感だった。楯無の動きには、一切の無駄がない。並んで歩いているだけなのに、まるで戦場での立ち回りを見ているかのようだ。振り切ろうとすれば、おそらくその瞬間に何かをされる。一夏はそう確信していた。
「それで、何の話ですか」
「うん。単刀直入に言うとね。私も一夏君のISの訓練に参加していい?」
一夏は、思わず楯無の顔を見た。楯無は、いつもの飄々とした笑みを浮かべている。だが、その目はどこか真剣だった。
「何故ですか?」
「一夏君のこれまでの模擬戦の結果を見て、生徒会長として興味があるから」
「生徒会長として?」
一夏は、首を傾げた。生徒会長としてISの訓練に参加したい。その理由が、いまいち掴めない。何故生徒会長がISの訓練に興味を持つのか。一夏がそう思っていると、楯無は説明しようと口を開いた。だが、その瞬間だった。
「楯無先輩!」
鋭い声が響いた。廊下の向こうから、剣道部の女子が凄まじい勢いで走り込んできた。手には竹刀を握っている。その目は、獲物を狙う獣のようだった。だが楯無は、動じない。振るわれる竹刀を最小限の動きでかわすと、その腕を掴んで流した。剣道部の女子は、そのまま廊下に転がる。
「あらあら。危ないわね」
楯無が、そう言って微笑む。だがその直後だった。
「今度は弓道部か」
一夏は、思わずそう呟いた。廊下の突き当たり、弓道部の女子が弓を構えていた。放たれた矢が、窓ガラスを破壊しながら楯無へと迫る。楯無は、その矢をひらりとかわした。そして、落ちていた剣道部の竹刀を拾い上げると、迷いなく投擲する。竹刀は一直線に弓道部の女子の眉間へと飛び、命中した。弓道部の女子はその場に倒れた。
「知らないようだから教えてあげる」
楯無が、そう言って一夏の方へと振り返る。その声は、いつもの飄々としたものではなく、どこか厳かだった。
「IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明している」
その瞬間だった。掃除用ロッカーの扉が開き、中からボクシング部の女子が飛び出してきた。その拳が、楯無へと迫る。だが楯無はその拳を掌底で受け止めた。カウンターの掌底が、ボクシング部の女子の顎を捉える。彼女は、そのまま沈黙した。
「生徒会長。即ち、全ての生徒の長たる存在は——」
楯無は、静かにそう言った。倒れた三人を見下ろすその姿は、まさに王者の風格だった。
「最強であれ。とね」
一夏は、しばらくの間楯無から目が離せなかった。あの動き。あの判断。やはり、只者ではない。
(——どう思う?)
(ああ。間違いない。桁が違う)
頭の中の声が、静かにそう答えた。一夏も同じ結論だった。楯無は、強い。それも一夏がこれまでに出会った誰よりも。楯無は、そんな一夏の様子を見て何かを察したように微笑んだ。だが、すぐにいつもの飄々とした態度に戻る。
「一度、生徒会室に来ない? お茶を出すわよ?」
一夏は、頭の中の声と相談した。声はしばらく沈黙した後、静かに言った。
(——行く価値はある。あの人の話、聞いておいて損はない)
(分かった)
一夏は、頷いた。
「じゃあ、お邪魔します」
「うんうん。それじゃあ、行きましょうか」
楯無はそう言って、軽やかに歩き出した。一夏は、その後を追いながら倒れた三人に一瞥をくれた。可哀想に。だが、自業自得だ。一夏はそう思いながら、楯無の背中を追いかけた。