四十九話
四十九話
一夏は楯無に連れられて生徒会室に入った。室内は思っていたよりも広かった。窓から差し込む夕暮れの光が、木目調の机と革張りのソファを柔らかく照らしている。だが、一夏の目を引いたのはそこではなかった。部屋の奥の机に突っ伏して寝ている女子生徒が一人。見覚えのある後ろ姿だった。
「布仏さん?」
「……んー」
本音がゆっくりと顔を上げた。その目は半分閉じかかっていて今にもまた眠ってしまいそうだ。そしてその隣にはもう一人。髪を三つ編みにして眼鏡を掛けた三年の女子が座っていた。楯無が軽やかな声で言う。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
「おかえりなさーい」
本音と三年の女子が揃ってそう答えた。三年の女子は立ち上がると手際よく紅茶の準備を始める。その動きは無駄がなく慣れたものだった。楯無は生徒会長の椅子に腰を下ろす。一夏はそんな楯無を見ながら本音に声をかけた。
「布仏さん、大丈夫か?」
「……眠い」
「だよな」
本音はそう言ってまた机に突っ伏しそうになった。だが、完全に眠ることはなかった。三年の女子が紅茶をカップに注ぎながら一夏の方へと顔を向ける。
「自分の名前は布仏虚。本音の姉です」
「あ、どうも。織斑一夏です」
一夏はそう言って頭を下げた。虚はそんな一夏を見て静かに頷いた。その表情はどこか本音と似ているようでどこか違っていた。本音がのそりと顔を上げて言う。
「私とお姉ちゃんの家はー。むかーしから更識家に仕えてきたんだよー」
「そうなのか」
「うん。だからー、お嬢様とは幼馴染みなのー」
「お嬢様?」
「楯無のことよ」
虚がそう補足した。一夏は、楯無の方を見た。楯無はにこにこと笑っている。
「二人は私の幼馴染みなの。本音は一つ下で、虚は一つ上。小さい頃からずっと一緒にいるのよ」
「へえ……」
一夏は、そう言って虚が淹れた紅茶を口に含んだ。芳醇な香りが、鼻から抜けていく。渋みと甘みのバランスが絶妙だった。
「うまい」
「ありがとうございます」
虚が、静かにそう言った。本音がそんな虚を見て誇らしげに言う。
「お姉ちゃんの紅茶はねー、世界一なんだよー」
「それは言い過ぎよ、本音」
「でもー、お嬢様もそう言ってたよー?」
「お嬢様……」
虚が、少しだけ困ったような顔をした。楯無は、そんな虚を見て楽しそうに笑っている。一夏は、そんな三人のやり取りを見ながら、少しだけ温かい気持ちになった。ある程度落ち着いたところで、楯無が口を開いた。
「さて、と。それでね一夏君。全校集会の件なんだけど」
「はい」
「何故あんなことをしたのか、説明しておくわね」
楯無は、紅茶を一口含んでから続けた。
「一夏君が部活動に入らないことで、他の部から生徒会に苦情が来てたのよ。『何故織斑一夏はどこにも所属していないのか』『特別扱いではないか』ってね」
「そんな苦情が……」
「そう。それで、仕方なく一夏君をどこかの部活に入れようっていう話が急遽決まったの。本当に急だったから、ああいう形になっちゃったのよね」
一夏は、思わずため息をついた。
(——迷惑な話だな)
(ああ。だが、楯無も板挟みだったんだろう)
頭の中の声が、静かにそう言った。一夏も同感だった。楯無は続ける。
「勿論、一夏君を部活に無理矢理入れるのは気が進まなかったわ。だから、せめてもの抵抗でああいう形にしたの。一夏君が自分で選べるように」
「そうだったんですか……」
一夏は、そう言って楯無を見た。いつも飄々としているこの先輩が、実は色々と苦労していたんだな、と思った。生徒会長という立場は、楽なものではないのだろう。そこでふと、一夏は時計を見た。そろそろISでの訓練の時間が近づいている。アリーナでは、シャルロットたちが待っているはずだ。
「あの、先輩。そろそろ訓練の時間なんで、退出してもいいですか? 皆が待ってるんで」
「あら、そうなの」
楯無は、そう言って少し考える素振りを見せた。そして、にっこりと笑った。
「丁度良いわ。私も行くわね」
「え?」
「だって、さっき言ったでしょ? 一夏君の訓練に参加したいって」
「ああ、そういえば……」
一夏は、そう言って楯無の目を見た。その目は、面白い物を見るようなそんな輝きを帯びていた。一夏は、思わず頭の中の声に問いかけた。
(——どう思う?)
(止められると思うか?)
(思わない)
一夏は、心の中でそう答えながら観念したように頷いた。
「分かりました。じゃあ、行きましょうか」
「うん。虚、本音。私ちょっと行ってくるわね」
「はい。お嬢様、行ってらっしゃいませ」
「……いってらっしゃーい」
虚と本音に見送られながら一夏と楯無は生徒会室を後にした。廊下を歩きながら、一夏はふと隣を歩く楯無を見た。その横顔は、どこか楽しげだった。
―――
一夏は楯無を連れて第四アリーナへと向かった。扉を開けると、すでに五人が待っていた。箒セシリア、鈴音、シャルロットラウラ。それぞれがISを展開し、準備を整えている。だが一夏の隣にいる楯無の姿を見て、五人は一斉に首を傾げた。
「一夏。そちらは?」
箒が代表して問いかける。一夏は此処に来るまでの経緯を説明した。楯無が訓練に参加したいと言い出したこと。生徒会長として興味があること。一夏がそれを断りきれなかったこと。五人はそれを聞いて納得したように頷いた。ラウラが一歩前に出て楯無に問いかける。
「楯無先輩も訓練に参加するのか?」
「ううん。まずはどんな戦い方をするのか見せて欲しいの」
楯無はそう言って飄々とした笑みを浮かべた。その態度はいつもと変わらない。だが、その目はどこか真剣だった。一夏は五人の顔を見渡した。五人はそれぞれに頷いた。
「分かった。じゃあ、いつも通りでいいか?」
「ああ」
「異議なしよ」
「構わないわ」
「僕も大丈夫」
「問題ない」
五人の了承を得て一夏は白鴉・熾天を展開した。五人也それぞれのISを展開する。楯無はアリーナの端へと下がり、腕を組んで六人の様子を眺め始めた。
「それじゃあ——始めるぞ!」
一夏の声を合図に模擬戦が開始された。五人が一斉に動き出す。箒が雨月、空裂を構えて正面から迫り、セシリアがブルー・ティアーズで上空から射撃を加える。鈴音が双天牙月を振るって側面から回り込み、シャルロットがガルムで牽制し、ラウラがAICを展開して一夏の動きを封じようとする。
(——いつもの布陣だな)
(ああ。だが、今日は見られている。気を抜くなよ)
(分かってる)
一夏は頭の中の声に応えながら、五人の攻撃をかわしていく。箒の斬撃を白鴉・熾天のブレードで受け流し、セシリアの射撃を回避し鈴音の追撃を躱す。シャルロットのガルムが火を噴くが、一夏はすでにその場を離れていた。ラウラのAICが展開されるが、一夏はその範囲外へと跳んだ。
楯無は、そんな六人の戦いをじっと見つめていた。その目は、一瞬たりとも一夏たちから離れない。五人の連携。一夏の回避。そして、一夏の反撃。楯無は静かに分析を続けていた。
(なるほど。五人の連携は見事ね。それぞれの役割が明確で、互いを補完し合っている。でも——)
楯無の目が、一夏の動きを追う。一夏は五人の攻撃をかわしながらも、時折カウンターを狙っている。だが、それは無闇な反撃ではない。五人の連携の隙を、正確に突いている。
(一夏君は、五人の連携を読み切っている。それも、かなり正確に。彼の戦闘能力は、数値で測れるものじゃないわね)
模擬戦は続く。一夏は五人の攻撃をかわし続け、時折反撃を加える。五人の連携も崩れない。だが、徐々に一夏がペースを握り始めていた。そして——
「もらった!」
一夏のブレードが箒の機体を捉えた。それを皮切りに、一夏は五人の機体を次々と捉えていく。セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ。最後に残った箒の機体に、一夏のブレードが突きつけられた。
「俺の勝ちだな」
「……ああ」
箒が悔しそうにそう答える。五人の機体に、判定が表示された。一夏の勝利。模擬戦が終わると、楯無が六人の方へと歩み寄ってきた。その顔には、いつもの飄々とした笑みが浮かんでいる。だが、その目はどこか満足げだった。
「お疲れ様。見せてもらったわ」
「どうでしたか、先輩」
「そうね。まず、五人と一夏君の連携だけど」
楯無はそう言って、六人を見渡した。
「五人側は役割分担がしっかりしているわ。箒が前衛で敵を引きつけ、セシリアが上空から射撃支援。鈴音が側面から撹乱し、シャルロットが中距離から牽制。ラウラがAICで相手の動きを制限する。それぞれの役割が明確で互いを補完し合っている。これはかなりレベルの高い連携よ」
「ありがとうございます」
ラウラがそう答える。楯無は頷いて続ける。
「でも、課題もあるわ。五人の連携は一夏君一人を相手にすることを前提としている。相手が複数だったら? あるいは、一夏君以外の相手だったら? その連携は、柔軟に対応できるかしら」
「……確かに」
箒がそう呟いた。楯無はそんな箒を見て微笑む。
「そして、一夏君」
「はい」
「あなたの戦闘能力は、かなり高いわ。五人の連携を読み切り、的確にカウンターを狙っていた。でもね——」
「何か問題でも?」
「あなたは、一人で戦いすぎている」
楯無の言葉に一夏は息を呑んだ。
「あなたの戦い方は、自分一人で完結している。回避も反撃も、すべて自分だけで完結している。それは強みだけど、同時に弱みでもあるわ。もしあなたが倒れたら? もし、あなたが動けなくなったら? その時、あなたのチームはどうなる?」
「それは……」
「UNACがあるじゃないか、と思うかもしれない。でもUNACはあなたの指示があって初めて機能する。あなた自身が戦闘不能になったら、UNACも機能しない。そうでしょう?」
「……はい」
一夏はぐうの音も出なかった。楯無の指摘はまさに図星だった。一夏は無意識のうちに一人で戦う癖がついていた。それはこれまでの戦いの中で培われたものだ。だがそれはチームとして戦う上では確かに弱点になり得る。楯無はそんな一夏を見て静かに言った。
「まあ、今日のところはこれくらいにしてあげる。でも、覚えておいて。強いだけじゃ最強にはなれないわよ」
その言葉は一夏の胸に深く響いた。楯無はそんな一夏を見て満足そうに頷くとくるりと踵を返した。
「じゃあね、一夏君。次は私も混ぜてちょうだいね」
そう言って楯無はアリーナを後にした。残された六人はしばらくの間楯無の言葉を噛みしめていた。やがてラウラが口を開いた。
「……あの人は、本当に只者じゃないな」
「ああ」
一夏は、そう答えた。頭の中の声も静かに同意していた。