第32話
第32話
「私も、幼い頃のことゆえ、薄らとしか覚えておりませぬ。家族は戦に巻き込まれ、皆、亡くなったそうです。私は、亡骸の傍らにただ黙って座っていたところを、大磯守様に見つけていただき、小姓として召し抱えていただきました」弥三郎さんは、来たばかりの頃は何も話せないくらいに傷ついていたこと、そんな弥三郎さんに大磯守様は寄り添い続けてくれたことで少しずつ話せるようになり、読み書きや武芸を教えてもらう楽しさを知ったことなどを続けて話し、「その中で、私は小姓としての役目を理解しました。大磯守様は私を受け入れて下さった一方で、ご城主としての役目を果たされておられました」弥三郎さんは、そこで一度言葉を切った。「……ご城主としての役目、ですか?」僕が尋ねると、弥三郎さんは静かに頷いた。「姬河の家を守ることも、その務めのひとつにございます。その為に跡を継ぐ者を残すことも、大磯守様のお役目なのです」「そう……ですか」それってつまり、子供をたくさん作る、ってことだよね?でも、僕の知る限り、大磯守様のお子さんって、盛継さんだけだ。それに、子供はひとりじゃ作れない。相手の女性はどこにいるんだろう。「あの、大磯守様のお子さんって、若殿様以外にもいるんですか?それと、お相手の方はどちらに……?」「ええ、大磯守様には若殿様の他に、三人のお子様がおられます。若殿様のお母上様は、若殿様が元服される前年に、病で身罷られました。他のお子様方のお母上様方には、それぞれ屋敷が与えられ、そちらで暮らしておられますゆえ、我らと顔を合わせることはあまりございません」「そうなんですね……」どういうわけか、僕は胸がずきっとした。盛継さんという存在がいるということは、大磯守にお相手の方がいらっしゃることが明白なのに、それ以外にもお相手の方がいらっしゃることが、何故か嫌だと思ってしまった。「……そのような顔をされるのは、いかがなものかと」「えっ」「貴殿は、側仕えの役目をまだ理解しておられぬのですね」「それは……」「側仕えは主君のなされることに不満があっても、決して顔や態度に出してはなりませぬ」「…………」僕は返す言葉がなかった。弥三郎さんの言うことは、きっと正しいのだろう。少なくとも、ここでは。それでも、胸の奥に生まれたもやもやは、そう簡単には消えてくれなかった。「……申し訳ありません」僕が俯いて謝ると、弥三郎さんは小さく息を吐いた。「いえ。貴殿は、この時代の作法をまだご存じないのでしょう。いつまでここにおられるか存じ上げませぬが、今後、少しずつ覚えていかれればよろしいかと」思いがけず聞こえた柔らかな言葉に、僕は顔を上げた。