第44話
第44話
翌朝。朝食の時間を終えると、僕は政務があるという大磯守様を見送り、部屋で頼まれていた草木の性質や用途を記した書物の編纂に取りかかった。昨日採取した草花の写しを広げ、名前や特徴、利用できる部位などを書き加えていく。食べられるもの、薬として使えるもの、扱いに注意が必要なもの。城の者たちが一目で分かるように整理するのは、思っていた以上に骨の折れる作業だった。しかも、僕がまとめた内容を、この時代の人に一字一句間違えずに書き写してもらわなければならない。そのためには、書かれている内容や植物の特徴、用途についても、相手と確認しながら慎重に進めていく必要があった。それもまた、大変な作業だった。けれど、これが完成すれば、薬草の正しい扱い方や管理方法を伝えられる。誤って毒草を口にする危険も減らせるはずだ。この国の人々のために。そして、大磯守様のために。そう思いながら、僕は日々、筆を進めていた。「真雪、いるか?」作業に集中していると、戸の向こうから大磯守様の声が聞こえた。「は、はい、おります。少々お待ちください」どうしたんだろう。そう思いながら、僕は資料だらけになっていた部屋を片付け、戸を開ける。「作業中済まぬ。ようがどうしてもお主に礼を言いたいと申してな」そこには、大磯守様ほどではないけど顔立ちの整った綺麗な女性と、その女性によく似た小さな男の子がいた。男の子は、大磯守様と手を繋ぎ、ニコニコと笑っている。「紹介しておこう。こちらは、よう。そして、四男の松千代だ」「お初にお目にかかりまする。側室のようでございます」「……はぁ、どうも。宮前真雪です」「松千代でございます!真雪さま、こたびはわたしの病を治して下さり、ありがとうございました!!」「えっ!?」それは医者の方のお陰じゃないかな、って思っていると、女性が口を開いた。「松千代は少し前に風邪をひいてしまっておりましたが、医師の診立てと、貴方様のお知恵のお陰ですぐに回復致しました。本日はそのお礼を直接伝えたく、ここまで参ったのでございます」「は、はぁ、そうでしたか。それはわざわざ……」「ちちうえ!お部屋にあります、こちらは何ですか?」「こら、松千代。それは真雪のものだ。勝手に触るでない」松千代くんは僕のシャープペンが気になるらしく、机の上から勝手に持ってきて、大磯守様に見てもらっていた。「でも、気になってしまったのです」「そうか。真雪、悪いがこの使い方を松千代に見せてはくれまいか」「分かりました」僕はノートの空白のページを広げると、松千代くんの小さな手に僕の手を添え、一緒に一字を書いてみせた。「これは筆と同じように字が書けるんだよ」「わぁッ!本当だ、すごいや!!」松千代くんの手を操作するように一字を書くと、松千代くんは目を輝かせて喜んでくれた。「松千代、気が済んだのなら、こちらに来なさい」「はい!ちちうえ!」松千代くんは嬉しそうに父親のもとへ戻っていった。大磯守様は、そんな息子の頭をひと撫でする。その手つきがあまりにも自然で、僕は思わず見てしまった。いつもは凛とした佇まいなのに。こうしていると、どこにでもいる父親のように見える。そんな姿を見られたことが嬉しいはずなのに、胸の奥がざわついた。僕は、その理由を考えないようにした。