第13話:レドリック魔法学校
第13話:レドリック魔法学校
――聖暦1016年2月15日早朝。
あれから三年が経過し、ボクは15歳になった。
否、15歳になってしまった。
もう間もなく、『メインルート』が動き出す。
主人公の、主人公による、主人公のためのシナリオが始まってしまう。
「ふぅー……」
ハイゼンベルク邸の 豪奢 ( ごうしゃ ) な洗面所で顔を洗ったボクは、両手で頬をパシンと叩き、気合を入れ直す。
ロンゾルキアの世界に転生して早七年。
過酷な『ホロウルート』を乗り越え、幸せな生存Endへ辿り着くため、入念な準備をしてきた。
生来の怠惰傲慢を捨て、謙虚堅実に努力を重ねた。
「だから大丈夫、きっと大丈夫だ……っ」
自分に言い聞かせるように呟き、大きく深呼吸をすることで、 昂 ( たかぶ ) った気持ちを落ち着かせる。
(しかし……本当にそっくりだな。いや、そっくりも何も本人なんだけどさ)
真っ正面の 洗面鏡 ( せんめんかがみ ) に映るのは、立派に育ったホロウ・フォン・ハイゼンベルク。
昏 ( くら ) い 臙脂 ( えんじ ) 色のミディアムヘア、後ろ髪だけを長く伸ばし、髪紐で軽く纏めている。
人を見下した冷たい目付き・宝石のような真紅の瞳・綺麗に通った鼻筋、 小憎 ( こにく ) らしいぐらいに整った顔面だ。
ちなみに、身長は170の大台に乗った。目線もかなり高くなったね。
マジマジと鏡の中の 自分 ( ホロウ ) を見つめていると、壁掛け時計がゴーンゴーンと鳴る。
「っと、もうこんな時間か」
足早に自室へ戻り、ササッと荷物を纏めていく。
「受験票よし、筆記用具よし、剣よし――うん、ばっちり」
今日はレドリック魔法学校の入学試験が実施されるのだ。
ここクライン王国には、三つの王立学校がある。
レドリック魔法学校・ブルフリン剣術学校・グリーシア魔剣学校の三校だ。
原作主人公が通うのは、レドリック魔法学校。
原作ホロウが通うのもまた、レドリック魔法学校。
ボクはこれに 倣 ( なら ) い、レドリックを志願した。
(まぁ正直、ちょっと考えたよ。主人公とは、別の学校へ進むルート)
悪役貴族の天敵は主人公、それがわかっているのなら、 敢 ( あ ) えて『彼』に近付く必要はない。
(でも、メインルートと掛け離れた行動を取った場合、どんな超展開になるのかわからない……)
そうなっては、ボクだけの『圧倒的な強み』が、『ロンゾルキアの原作知識』が活かせなくなる。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、世界に中指を立てられた存在。
特に何をせずとも、ただ道を歩いているだけで、多種多様な死が向こうから寄ってくる。
(未知の死亡フラグよりも、 既知 ( きち ) の死亡フラグの方が、遥かに対応しやすい)
だから、苦渋の決断を下した。
原作通り、主人公と同じ学校に通うことを。
もちろん、無策じゃない。
当然考えている、『完璧な主人公対策』を。
「――オルヴィン、行ってくる」
「どうかお気を付けください」
ハイゼンベルク家の豪奢な馬車に乗り込む。
ちなみに父と母は、出迎えには来られなかった、というかそもそも屋敷にいない。
二人は王都で公務に当たっているため、一週間ほど留守にしているのだ。
客室に腰を落ち着かせたボクが、仕切り窓越しに合図を出すと、御者がゆっくりと馬を走らせた。
レドリック魔法学校へ向かう道中、車窓から外を眺めながら、今後の予定を思案する。
(とりあえず、今日のところは大丈夫だ。この入学試験において、主人公と遭遇することはない)
今集中すべきなのは、メインルートを丁寧になぞること。
(原作ホロウは、学校創設以来初となる満点を取り、首席合格を果たした)
つまり、今回のテストで満点を取り、首席合格を飾る必要がある。
とはいえこれは、そんなに難しいことじゃない。
何せボクは、今年度の試験内容を知っているのだから。
まずは筆記試験。
原作知識を持っているうえ、禁書庫の本を読み漁ったため、あまりにも簡単過ぎた。
(これでよし、満点間違いなしだ)
次に実技試験。
魔獣の放たれた樹海を突破するというものだ。
<虚空渡り>を使って森の入口と出口を結べば、試験開始と同時に即クリアだけど……もちろん、そんな目立つ真似はしない。
原作履修済みのボクは、当然のように知っている。
魔獣の出ない『安全ルート』。
朧気 ( おぼろげ ) な記憶を頼りに順路を進み、誰よりも早く無傷で目的地へ到着した。
筆記・実技を通して、受験生トップ。
今回の目的である満点+首席合格は、もはや確実と言ってもいいだろう。
それから一週間後の早朝。
ボクが自室で朝食を取っていると、メイドのシスティさんが入ってくる。
「ホロウ様、レドリック魔法学校より、 封書 ( ふうしょ ) が届きました」
「ふむ……」
魔法で 封蝋 ( ふうろう ) を溶かし、中の書類を取り出す。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルク
上記の者につき、レドリック魔法学校への入学を許可する。
また貴殿は当校創設以来初となる、満点での合格を果たした。
その武と智は新入生を代表するにふさわしく、来たる入学式での挨拶を述べてもらいたい。詳細については、追って文書を送付する。
そこに入っていたのは、合格証書だった。
まぁ、当然の結果だ。
何せこっちには、原作知識があるんだから、これで落ちる方が難しい。
「あ、あの……いかがでしたか?」
システィさんが恐る恐るといった風に尋ねてきた。
「無論、合格だ」
合格証書を指で弾けば、それはひらひらと宙を舞い、彼女の手元へ綺麗に収まった。
「す、凄い……っ。あの名門レドリック魔法学校を首席合格なさるだなんて……さすがはホロウ様です!」
「大袈裟な奴だな。これぐらい大したことはない」
「全然、大袈裟なんかじゃありませんよ! これはとんでもなく凄いことです! ホロウ様はもっと御自身の力を誇るべきかと!」
「ふっ、ありがとう」
「いえ、真っ当な意見を申したまでです」
苦節七年、メイドにお礼を言っても、驚かれないようになった。
(長かった、ここまで本当に長かった……っ)
胸の中に感動と充足の嵐が吹き荒れる。
臣下の好感度が一定値を下回れば、『下剋上・謀反End』に突入してしまう。
だからボクは、周囲に違和感を与えないよう細心の注意を払い、毎日ほんの少しずつ態度を軟化させた。
その結果、臣下からの評判は 鰻登 ( うなぎのぼ ) り。
死亡フラグを一つへし折りつつ、次期当主としての地固めも済ませた。
けっこう大変だったけど、 見返り ( バック ) も大きいから、プラスマイナスでいくと大幅プラスだ。
「さて、父と母に報告しに行くとしよう」
「はい! きっとお二人とも、お 慶 ( よろこ ) びになられるかと!」
自室を出て、父の執務室に向かう。
部屋の中には、父ダフネスと母レイラの二人がいた。
「父上、母上、レドリック魔法学校に合格いたしました」
ボクはそう言って、合格証書を提出する。
「そうか」
父は顔も上げず、ただ黙々と書類仕事を続ける。
その様子を見た母が、大きなため息をつく。
「ねぇあなた、ホロウが入学試験に合格したのよ? しかもほら、首席合格。もうちょっと何かあってもいいんじゃないの?」
「この程度、ハイゼンベルク家の長子としては当然のことだ。わざわざ報告に来るまでもない」
「本当は嬉しい癖に、またそんなこと言って……。私、見たんだからね? 王都でこっそり合格祈願のお守り買ってたの」
「んなっ!? ば、馬鹿なことを言うな! アレは、その……そう、健康祈願だ! お前の体を案じてのモノだ!」
父は勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にして否定した。
しかし、それが誤魔化しであることは、誰の目にも明らかだ。
彼は乱雑に腰を下ろした後、わざとらしくゴホンと咳払いする。
「ホロウよ、レドリックに合格したようだが、そんなものは所詮スタートラインに立ったに過ぎん。大切なのは、そこで何を為すかだ。誇り高きハイゼンベルクの名に泥を塗らぬよう、精進するがいい」
「肝に銘じます」
「それから……まぁ、なんだ、その……合格おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
その晩、ハイゼンベルク家では、盛大な合格祝いのパーティが開かれるのだった。
■
聖暦1016年4月8日。
今日はレドリック魔法学校の入学式が行われ、その後は流れるように初回の授業が実施される。
首席合格者たるボクは、新入生を代表して挨拶する予定だったのだが……。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、怠惰傲慢な極悪貴族。
入学式の挨拶なんて 七面倒 ( しちめんどう ) なことは絶対にしない。
合格証書を受け取ってすぐ、レドリックの学校長へ文書を送り、丁重に辞退させてもらった。
時刻は朝八時、レドリック魔法学校に到着したボクは、迅速に行動を開始する。
入学式が始まるまで後一時間。
ボクはそれまでに――正確には主人公が登校してくる前に、『とあるイベント』を潰さなければならない。
(イベントの発生は八時頃。主人公が登校してくるのは八時二十分。猶予時間は約二十分しかない……急ごう)
優雅にしかし早足で、体育館の方へ向かうと、前方に学生の集団を捉えた。
黒い制服の学生二人と白い制服の学生五人が、激しく口論を交わしている。
(よし、間に合った。いや、完璧なタイミングだ!)
ボクは安堵の息を吐き、落ち着いてゆっくりと歩く。
距離が縮まるに連れて、言い合いの内容が聞こえてきた。
「おいおい、お前らは 下民 ( げみん ) の『白服』だぜ?」
「俺達『黒服』様に道を譲るのは、当たり前のことだろうが!」
黒い制服の男たちが威張り散らし、
「ふざけんな! お前たちがどれだけ偉いってんだよ!」
「そ、そうよ! 固有魔法を持って生まれただけじゃない!」
白い制服の生徒たちが、必死になって応戦する。
(ふふっ、原作とまったく同じ台詞だ)
これまで幾度となく経験してきたが、こういう原作を追体験する瞬間は、何度あってもいい。
自分がロンゾルキアの世界に生きている、そんな実感をヒシヒシと得られるからね。
さて、レドリック魔法学校は、超が付くほどの『格差社会』だ。
ここに入学した生徒は、固有魔法の有無によって、『本科』と『 予科 ( よか ) 』に分けられる。
固有魔法に恵まれた者は、本科生として黒い制服を着る。
固有魔法に恵まれなかった者は、予科生として白い制服を着る。
外見ではっきりと区別されるため、両者の間には明確な上下意識ができる。
その結果、毎年のように白服と黒服の 諍 ( いさか ) いが起きるのだ。
(確かこの喧嘩は、黒服の本科生が悪意に満ちたちょっかいを出し、挑発に乗った白服の予科生って構図だったはず……)
両者の 諍 ( いさか ) いはやがて私闘に発展、そこに登場するのは、『超巻き込まれ体質』の主人公。
あれよあれよという間に騒動の中心へ 誘 ( いざな ) われた彼は、その圧倒的な 膂力 ( りょりょく ) で本科生二人を打ち倒し――予科生たちの評価と信頼を勝ち取り、こっそりと見ていた教師からも一目置かれる。
つまりこれは、物語冒頭によくある『主人公アゲのイベント』だ。
(悪いけど、そうはさせないよ!)
主人公が到着するよりも早く、このくだらない 諍 ( いさか ) いを収める。
そうすれば、彼の評価が上がることはない。
ボクは喧嘩の仲裁に入るべく、問題の中心へ向かった。
「いいか? 俺は優秀な聖騎士を何人も輩出してきた、あのトーマス伯爵家の三男フランツ様だ! 伯爵だぞ、伯爵! しかも、 精鋭級 ( エリートクラス ) の固有魔法まで持っている! わかるか? お前ら白服の 砂利 ( じゃり ) カス共とは、生まれた時点で全てが違うんだよ!」
フランツが威張り散らす中、
「お、おぃ アレ ( ・・ ) 見ろ……っ」
「怠惰傲慢な極悪貴族……ッ」
「今年度の首席、『序列』 第一位 ( ・・・ ) ……!?」
こちらに気付いた予科生たちが、緊張した面持ちで後ずさる。
その後退を――ボクへの 畏怖 ( いふ ) を、自分への恐れと勘違いしたのだろう。
気を大きくしたフランツは嘲笑を浮かべ、
「ははっ、それでいい! 二度と歯向かうなよ、愚民どもめ!」
勢いよく振り払った彼の右手が、ボクの胸にドンと当たる。
「あぁ!? なんだ、てめ……ぇ゛!?」
「随分と楽しそうだな。俺も混ぜてはくれないか、フランツ 卿 ( きょう ) ?」
「ほ、ほほほ……ホロウ・フォン・ハイゼンベルクぅ!?」
フランツは口の端から泡を吹き、小物然とした動きで一歩二歩三歩と後退する。
酷く 狼狽 ( ろうばい ) した様子だが……まぁ無理もない話だ。
うちのハイゼンベルク家は、 五爵 ( ごしゃく ) の頂点『公爵』。
フランツのトーマス家は、五爵の真ん中『伯爵』。
両家の間には、天よりも高く海よりも深い家格の差がある。
「こ、こここ……この学校にいる間は、身分の差は関係ない! ここでは俺もお前も同じ、レドリックの一年生だ! 偉そうにするんじゃねぇよ、極悪貴族のボンボンめッ!」
先の小物っぽい醜態を隠す為か、 矮小 ( わいしょう ) なプライドを刺激されたのか……確かな理由はわからないが、フランツは随分と攻撃的だった。
一応、彼の言い分は正しい。『レドリックに在学中は、貴族・平民の別なく、みな同じ扱いを受ける』――これは明文化された規則だ。
でもキミ、さっき思いきり爵位を振りかざしていたよね?
それに、一歩学校の外に出れば、貴族社会という 柵 ( しがらみ ) がある。
四大貴族の次期当主たるボクに対して、伯爵家の三男坊が食って掛かるのは、あまり賢い行動じゃないと思うんだけど……。
ボクがそんな感想を抱いていると、
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク!」
フランツは突然大声を張り上げ、右手の白い手袋を地面に投げ付けた。
これって確か……聖騎士の間で、決闘を申し込むアレじゃなかったっけ?
いやまさか、そんな馬鹿なことをするわけ――。
「決闘だ! お前に一対一の決闘を申し込む!」
あっ、馬鹿だこいつ。