第21話:『最高の結果』と『最悪の結果』
第21話:『最高の結果』と『最悪の結果』
ボクが右腕を引き抜くと、
「ぁ、ぅ……ッ」
胸に風穴を開けたザラドゥームは、ゆっくりと前のめりに倒れ伏す。
(よしよし、 第五天 ( だいごてん ) ぐらいなら、素手で問題なさそうだね!)
一日も欠かすことなく、地道な 努力 ( レベリング ) を続けること七年。
ボクの基礎ステータスはいい具合に仕上がっており、『数値の暴力』で死亡フラグをへし折ることができた。
(さて、皇帝に強い 衝撃 ( ストレス ) を与えられただろうか……?)
チラリと横目を流し、ルインの表情を 拝見 ( はいけん ) 。
(ば、馬鹿な……っ。ザラドゥームは『 天魔十傑 ( てんまじゅっけつ ) 』、その『 第五天 ( だいごてん ) 』に君臨する 絶対強者 ( おとこ ) だぞ!?)
顔面蒼白になった彼は、驚愕に瞳を震わせ、言葉を失っている。
(ふふっ、 第一印象 ( ファースト・インプレッション ) は完璧だね!)
きっと皇帝の 頭蓋 ( ずがい ) には、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、深く刻み込まれたことだろう。
(帝国の大貴族たちとも縁を繋げたし、皇帝とも素晴らしい出会い方ができた……魔女の舞踏会における目的は、全て完璧に達成されたね!)
後はそうそう、『イベント報酬』を手早く回収しなきゃだ。
ボクは回復魔法を使い、ザラドゥームの心臓を半分だけ治してあげる。
「ぅ、うぅ……っ」
暴れられても困るので、生かさず殺さず、生命維持ギリギリのラインで留めた。
続けて< 交信 ( コール ) >を使い、帝国担当の五獄へ念波を飛ばす。
(――アクア、お願いできる?)
(はい、もちろんですっ!)
元気のいい声が脳内に響くと同時、黒い液体がズプヌプゴプと湧きあがり、ザラドゥームの体を呑み込んでいった。
その異様な光景を前にして、
「「「な……っ」」」
皇帝や大貴族たちが息を呑んだ。
そして 皇護騎士 ( ロイヤル・ガーディアン ) の四人もまた、
「なっ、なんと 悍 ( おぞ ) ましい……っ」
「このどす黒い水は、あんにゃろうの固有か?」
「……いや、違う」
「彼のは 伝説級 ( レジェンドクラス ) の< 屈折 ( くっせつ ) >。おそらくこれは、近くに潜伏させた臣下の固有でしょう」
それぞれ驚愕の表情を浮かべている。
(いつもなら、自分でヌポンするところなんだけど……)
今のボクはボイドじゃなくて、ハイゼンベルク公爵として動いている。
虚空を使ったらすぐに正体がバレてしまうので、 起源級の魔法因子 ( ザラドゥーム ) の回収は、アクアに任せることにしたのだ。
(虚空が 便利 ( チート ) 過ぎるから、ちょっと使えなくなるだけで、かなり不自由に感じるなぁ……)
ぼんやりそんなことを考えていると、
(んっ?)
漆黒の液体がヌチャりと体に 纏 ( まと ) わり付き、右腕と胸元に付いた血を吸い取ってくれた。
どうやらアクアが、お掃除してくれたみたいだ。
(ありがとう、気が利くね)
(とんでもございません!(はぁ、はぁ、はぁ……ボイド様の汗、ボイド様の細胞、ボイド様の筋線維……っ))
(それじゃ、ザラドゥームはポイント β ( ベータ ) に移してもらえる? 後で拾いに行くからさ)
(はぃ、承知しましたっ!)
< 交信 ( コール ) >切断。
(なんか念波に乗って、 涎 ( よだれ ) を 啜 ( すす ) る音が聞こえたような……いや、気のせいだな)
最近はイベント続きで、ずっと忙しかったからね。
幻聴の一つや二つ、あって 然 ( しか ) るべきだろう。
(とにかく――これでまた一人、新しい家族が増えたぞ!)
ザラドゥームを温かく迎え入れ、死亡フラグをへし折ったボクが、
「お怪我はございませんか、陛下……?」
『本件の首謀者』へ心配そうに声を掛けると、
「あ、あぁ、感謝するよホロウ殿(こいつ……っ。俺がこの一件を仕込んだと知って、全て承知のうえで心配したフリを!? この皇帝ルインに対して、『心配風煽り』とはイイ度胸だ……ッ)」
彼は瞳の奥をギラつかせた後、穏やかな笑みを浮かべ、なんとか平静を維持した。
必死に外面を 取 ( と ) り 繕 ( つくろ ) っているけど、きっと腹の中は煮え繰り返っているだろうね。
「それはそれは、御無事で何よりです」
ボクが柔らかい貴族スマイルを見せると、皇帝は不快気に眉を 歪 ( ゆが ) めた後、静かに 目礼 ( もくれい ) する。
「舞踏会の主催者として、申し訳なく思っている。このダリオス宮殿の外周には、多くの憲兵を配置したのだが……。敵の実力は、こちらの想定を遥かに――」
「――お気になさらないでください。たとえどれだけ厳重な警備網を敷いたとしても、『 羽虫 ( はむし ) 』の侵入を完璧に防ぎ切ることなどできません。小さき故に 網目 ( あみめ ) を 潜 ( くぐ ) るが、小さき故にまた問題とならない。 些末 ( さまつ ) なことです」
「そ、その通りだ! さすがはホロウ殿、モノの道理をよくわかっておられる!( 天魔十傑 ( てんまじゅっけつ ) を羽虫だと!? なんと傲慢な……いや、違う。事実としてザラドゥームは瞬殺された。こいつにとっては、本当に取るに足らぬ相手だったのだ。『極悪貴族』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、まさかここまでの 実力者 ( ばけもの ) だとは……ッ)」
重く長い息を吐いた皇帝は、血だらけの 絨毯 ( じゅうたん ) を見つめる。
「ときにホロウ殿、先の 暴漢 ( ぼうかん ) はどこへ……?」
「当家の使用人に引き取らせました。羽虫と 雖 ( いえど ) も貴重な命、まだ使い道はあります(なんと言ってもザラドゥームは、超々希少な 起源級 ( オリジンクラス ) の固有持ち! 戦闘に特化しているから、ちょっと使い勝手は悪いけど……。『因子コレクション』としては、最高クラスの一品だ!)」
「なる、ほど……(どうせ拷問して背後関係を洗うつもりだろうが、甘いな! ザラドゥームとは既に< 契約 ( コントラ ) >を結んでいる! 奴をどれだけ詰めようが、俺が雇い主だという『確たる証拠』は出ないッ!)」
ボクと皇帝がそれぞれの想いが交錯する中、周囲の貴族たちが徐々に再起動を果たす。
(先の 悍 ( おぞ ) ましい魔力を放つ 暴漢 ( ぼうかん ) を羽虫扱いとは……なんという武力!)
(もはや疑いの余地はない! 来たる王選の『大本命』はホロウ殿だ!)
(くそっ、初動を 誤 ( あやま ) った……っ。てっきりゾルドラ家が『次代の王』になると思い、貿易協定を結んだが……至急、ハイゼンベルク家に乗り換えねば!)」
彼ら彼女らの瞳には、ドス黒い『欲望』が浮かんでいた。
(ふふっ、イイね! 欲に目の 眩 ( くら ) んだ相手ほど、 御 ( ぎょ ) しやすいモノはない!)
ボクは邪悪に微笑み、
(この大馬鹿者どもめ……っ。何故ホロウの 悪性 ( あくせい ) がわからん!? こいつは『捕食者』、お前たちを取り込もうと……否、帝国を喰い荒そうとしているのだぞッ!?)
皇帝はグッと奥歯を噛み締めた。
(さすがはルイン、素晴らしい頭脳と観察眼だ。この僅かな時間で、ボクの『裏』に気付いている)
彼をフリーにして、妙なことをされても厄介だ。
もう『出会いイベント』は終わったし、速やかに『おかえり』願うとしよう。
「そう言えば陛下、公務はよろしかったのですか?」
「あ、あぁ、そうだったな。後は楽しくやってくれ(なるほど、俺は既に用済みということか……っ。 手札 ( カード ) を切るタイミングも申し分ない。本当に厄介な相手だ……ッ)」
皇帝はクルリと 踵 ( きびす ) を返し、四人の 皇護騎士 ( ロイヤル・ガーディアン ) を引き連れて、この場を立ち去った。
それと同時、
「さすがはホロウ殿! 見事な御手前でした!(この武力、なんとしても欲しい!)」
「暴漢に 臆 ( おく ) さないばかりか、瞬時に制圧する手腕……私、思わず 見惚 ( みと ) れてしまいましたわ!(ホロウ殿に娘を 宛 ( あて ) がい、血縁関係を結ばせましょう!)」
「いやぁ、まだお若いのに立派なモノだ。ハイゼンベルク家の未来は、 燦然 ( さんぜん ) と輝いておりますなァ!(圧倒的な武力と優れた知略を持っているようだが……。所詮はまだ十五歳、尻の青いガキよ! この儂が上手く丸め込んで、 傀儡 ( くぐつ ) にしてくれようではないか!)」
ボクに『巨大な利用価値』を 見 ( み ) い 出 ( だ ) した大貴族たちは、先ほどとは比べ物にならない熱意で押し寄せてくる。
(これから 汚職の情報 ( スキャンダル ) で脅され、ボロ雑巾になるまで使い倒されるとも知らず……なんて 健気 ( けなげ ) なんだろう)
愛 ( いと ) おしくなってくるね。
(それにしても、本当に上手く行ったなぁ……!)
魔女の舞踏会へ臨むにあたって、いろいろな『ルート 分岐 ( ぶんき ) 』を想定してきたんだけど……一番スムーズな形で進んでくれた。
(ありがとう、皇帝陛下!)
キミのおかげで、ボクの武力を自然に見せ付けることができた。
(後はそうそう、ザラドゥームにも感謝しなきゃだね!)
キミは『踏み台』として、本当に素晴らしい活躍をしてくれた。
こうして魔女の舞踏会は、
(くくっ、この勢いに乗って、帝国の支配を一気に進めようか!)
ボクにとって『最高の結果』に、
(……マズい、マズいぞ。ホロウのことを 見縊 ( みくび ) っていた。何か早急に手を打たねば、俺の帝国が呑まれてしまう……っ)
皇帝にとって『最悪の結果』に終わるのだった。