LNCrawler

エピローグ

極悪貴族、謙虚堅実に無双する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~ — kakuyomu.jp · All chapters

エピローグ

ボイドとリゼの死闘から、六時間あまりが流れ、深夜零時。

帝国北方にある森の果て、巨大なピネール滝の正面に、五つの人影があった。

「……尾行は?」

皇帝の短い問いに対し、

「ありません」

皇護騎士 ( ロイヤル・ガーディアン ) のリーダー、 断剣 ( だんけん ) のロディが、素早く 簡潔 ( かんけつ ) に答える。

「よし」

皇帝は小さく頷き、そのまま滝の裏へ――薄暗い洞窟へ入った。

ひんやりと湿った空気を肺に含みながら、人間一人がギリギリ通れる 細道 ( ほそみち ) を進むと、ぽっかりと開けた空間に出た。

壁面に埋め込まれた魔水晶の光で最低限の明るさは確保され、部屋の中央部に黒い長机と白い椅子が置かれている。

そこは『 裏殿 ( りでん ) 』と呼ばれる 秘所 ( ひしょ ) 。

皇帝が他国の 使節 ( しせつ ) と極秘会談を行う際、 重用 ( ちょうよう ) している場だ。

「……ふぅ……」

ルインが息を吐きながら、椅子にどっかりと腰を下ろすと、その後ろに皇護騎士の四人が控える。

(さて、どうするか……)

目下 ( もっか ) の悩みについて、虚の統治者ボイドについて思考を巡らせる。

(あの男は『王の器』。いずれ俺と同じ、『国家』という大舞台に上がってくるだろう……)

皇帝はボイドのことを極めて高く評価していた。

(だがしかし、今はちんけな 新興 ( しんこう ) 組織、 虚 ( うつろ ) を率いる『お山の大将』に過ぎん! 奴がさらなる飛躍を遂げ、手の届かぬ存在となる前に……帝国・ 龍国 ( りゅうこく ) ・ 神国 ( しんこく ) からなる『三国連合』で叩き潰す!)

ルインが強く拳を握り締めたそのとき、 裏殿 ( りでん ) の両端に描かれた二つの魔法陣が、ほとんど同じタイミングで起動する。

(……来たか)

空間支配系で最上位の一般魔法<転移>が起動し、数人の護衛を連れた赤い着物の老爺と白い 法服 ( ほうふく ) の老婆が――龍国と神国の使節団が現れた。

「よくぞ参られた、さぁこちらへ座ってくれ」

皇帝が立ち上がり、もてなしの言葉を掛けると、

「お招きくださり、ありがとうございます」

「お呼び立ていただき、光栄に存じます」

龍国と神国の 特使 ( とくし ) は頭を下げ、椅子に腰を下ろした。

帝国・龍国・神国の 要人 ( ようじん ) が一堂に会すこの場に、『四大国』の中で唯一、王国だけが招かれていない。

皇帝ルインは、現国王バルタザールこそ高く評価しているものの……。

その子孫は――特に 傲岸 ( ごうがん ) な第一王女と 尊大 ( そんだい ) な第一王子は、『喋るゴミ』と 腐 ( くさ ) している。

早い話が、王国は『沈み行く 泥船 ( どろぶね ) 』と見限ったのだ。

「うぅむ……何やら獣臭いと思えば、神国の猿がいたのか」

「不浄な気に満ちているかと思えば、龍国の 蛮族 ( ばんぞく ) がいらっしゃったのですね」

龍国と神国の特使は、顔を合わせるや否や、すぐに互いのことをけなし合う。

両国は折り合いが悪く、まさに犬猿の仲だった。

そこで登場するのが、話術に 長 ( た ) けたルインだ。

「まぁ待て。この場は、私の顔を立ててくれないか?」

「……失礼しました」

「申し訳ございません」

彼が 緩衝材 ( かんしょうざい ) & 潤滑油 ( じゅんかつゆ ) の役割を果たすことで、三国会議はかろうじて成り立っている。

『皇帝』としてはもちろん、『中間管理職』としても有用な男だ。

(龍国と神国、知恵の足りん馬鹿どもではあるが……。世界に 覇 ( は ) を 唱 ( とな ) える『超軍事大国』だ。馬鹿とハサミはなんとやら。こいつらを上手く使い、 虚 ( うつろ ) ごとボイドを叩き潰してくれる!)

世界最高峰の頭脳×超軍事大国との繋がり、これが皇帝の武力であり、『奥の手』だった。

「まずは感謝しよう。突然の呼び掛けにもかかわらず、よく応じてくれたな」

「 火急 ( かきゅう ) の要件と伺いました」

「何か問題でもありましたか?」

その言葉を受け、皇帝は重々しく頷く。

「 此度 ( こたび ) 集まってもらったのは他でもない。『虚』という闇の組織について――」

ルインが本題を切り出したそのとき、特使たちが同時に「待った」を掛ける。

「……何者だ?」

「……どなたでしょう?」

その直後、カツカツカツと革靴が床を叩く音が響いた。

暗がりの奥から現れたのは、

「――申し訳ない、少し遅れてしまった」

漆黒のローブを 纏 ( まと ) う、仮面を被った謎の男。

背後には、青髪の美少女が付き従っている。

「「「……!?」」」

皇護騎士の四人と使節団の護衛たちが、 迅速 ( じんそく ) に警戒態勢を取る中、

「ボイ、ド……っ(あり得ん、何故ここを―― 裏殿 ( りでん ) の場所を知っている!?)」

皇帝は驚愕に瞳を揺らし、

「……厄災ゼノの転生体……っ」

「……虚空因子の継承者……ッ」

龍国と神国の特使は、強い憎悪の念を放った。

一方、

「私の組織について、なんのお話かな?」

涼しげな顔をしたボイドは、優雅な所作で椅子に腰掛け、 穏 ( おだ ) やかな口ぶりで問い掛ける。

「陛下、どういうことですか……?」

「 何故 ( なにゆえ ) あの男が、会談の場に……?」

特使二人の鋭い視線を受け、

「こ、これは、その……っ」

皇帝が 口籠 ( くちごも ) っていると、ボイドが『助け舟』を出した。

「実は先日、我が友ルインより、お誘いを受けましてね。『帝国・龍国・神国による三国会議を開くので、是非 虚 ( うつろ ) も出席しないか』、と」

「……はっ……?(こいつ、何をふざけたことを……!?)」

「今の話は、本当なのでしょうか……?」

「我々の立場は、ご存じのはずでは……?」

怨敵 ( とも ) から地獄のパスを受けた皇帝は、

(これは『踏み絵』だ。虚との関係を優先するのか、龍国と神国を取るのか。ボイドは「この場で選べ」と言っている……っ)

現状を瞬時に理解し、

(奴は巨獣の軍勢を 屠 ( ほふ ) り、色欲の魔女を討ち取った、正真正銘の化物。しかし、たとえどれだけ強かろうとも、帝国・龍国・神国からなる『三国同盟』には勝てないッ!)

0.2秒で思考を 纏 ( まと ) め、瞳を鋭く尖らせた。

「ボイド、キミをここへ呼んだのは他でもない。我等列強諸国は、闇の組織 虚 ( うつろ ) に対し、『宣戦布告』を――」

そのとき、

「おっと」

ボイドは うっ ( ・・ ) かり ( ・・ ) 手を ( ・・ ) 滑ら ( ・・ ) せ ( ・ ) 、記録用の魔水晶を落としてしまった。

次の瞬間、『とある映像』がデカデカと壁面に映し出される。

そこは 帝城 ( ていじょう ) の一室、ボイドと皇帝が 仲睦 ( なかむつ ) まじく語り合っていた。

【どうだろう、 帝国 ( わたし ) と組む気はないか?】

【実に魅力的な話だね。是非、その方向で調整しよう】

【今日は、虚という新たな同盟が生まれた素晴らしい日だ。久しぶりにワインでも開けようかな】

【虚にとっては、初めての同盟国となる。長きにわたる良い関係を築きたいモノだ】

祝賀 ( しゅくが ) ムードが 漂 ( ただよ ) う中、映像はブツリと途切れた。

「これは失礼」

ボイドはわざとらしく謝りながら、足元の魔水晶を<虚空渡り>で回収する。

「なっ、ぁ……っ」

『 致命の一撃 ( クリティカル ) 』を受けた皇帝は、魚のようにパクパクと口を動かし、

「……随分と楽しげでしたな」

「……親密な 間柄 ( あいだがら ) とお見受けします」

龍国と神国の使者は、疑惑の目を向ける。

「ま、待ってくれ! これには、その……深い 訳 ( わけ ) があるんだ!(ボイドめ、いつの間にあんなものを……っ。いや、今はこの 窮地 ( きゅうち ) を 凌 ( しの ) がなくては……ッ)」

皇帝はなんとか言葉を繋ぎ、必死に言い訳を考えるが……。

そんな 猶予 ( ひま ) を与えるほど、悪魔の『詰め』は甘くない。

「――アクア、今だよ」

ボイドが小声で呟くと、

「はっ」

五獄の第三席は、小さくコクリと頷いた。

それからほどなくして、皇帝のもとに一本の< 交信 ( コール ) >が届く。

銀影 ( ぎんえい ) 騎士団団長のダンケルからだ。

(――陛下、大至急お伝えしたいことがッ!)

(後にしろ! 今それどころではない……!)

ルインはそう言ったが、ダンケルは強引に報告する。

(東方の 城塞 ( じょうさい ) 都市レバンテに、『巨大な触手』が出現しました! 先日、破壊の限りを尽くした、例の化物です!)

(な、にぃ!?)

(さらに同様の個体が、北方・西方・南方の戦略拠点を襲撃中! 四方を完全に包囲されております!)

(このタイミング……まさか!?)

皇帝がバッと目を向けると、ボイドは愉快げに肩を揺らす。

「ルイン殿、顔色が優れませんが、大丈夫ですか? まる ( ・・ ) で触 ( ・・ ) 手の ( ・・ ) 化物 ( ・・ ) にで ( ・・ ) も襲 ( ・・ ) われ ( ・・ ) てい ( ・・ ) るか ( ・・ ) のよ ( ・・ ) うだ ( ・・ ) 」

「ぐ……っ(『悪夢の触手事件』も、全てこいつの仕業だったのか……ッ)」

今更わかったところで、もはや後の祭りだ。

「陛下、何故ボイドを会談に招いたのか、お教え願えますか?」

「回答 如何 ( いかん ) によっては、今後の関係を見直さざるを得ませんよ」

両国の特使が答えを迫り、

(東方 城塞 ( じょうさい ) 、半壊! 西方基地、 大破 ( たいは ) ! 南方司令部、陥落! 北方 要塞 ( ようさい ) 、壊滅! 陛下、御命令を……!)

ダンケルが指示を求める中、

「さぁルイン殿、どうぞご決断を」

極悪貴族は一人、邪悪に微笑んだ。

(考えろ、考えろ、考えろ……っ。ここは帝国の――いや、『世界の 分水嶺 ( ぶんすいれい ) 』だ。俺の選択が、次の判断が、人類の 未来 ( ゆくすえ ) を決める。大国による『秩序の統治』か、 虚 ( ボイド ) による『混沌の 圧政 ( あっせい ) 』か……ッ)

絶体絶命の窮地に追いやられた皇帝は、

(奴はゼノの転生体、いずれ世界を掌握し、厄災を振り 撒 ( ま ) く。だが、現在はまだ成長の途上、叩くなら今しかない……っ。言え! 言うんだ! 『三国同盟による宣戦布告』を叩き付けろッ!)

血液・糖分・魔力、あらゆるエネルギーを燃やし、ルイン 脳 ( ブレイン ) をフル回転させる。

一方のボイドは、『確信』していた。

( 無理 ( ・・ ) だよ ( ・・ ) 。 何千 ( なんぜん ) 何億 ( なんおく ) と思考を重ねても、ルイン・ログ=フォード・アルヴァラに、その決断は下せない。だってキミは――ボクと『同類』だからね)

原作ホロウとルインは、ロンゾルキアでも極めて高い知性を誇り、その思考回路は非常に似通っている。

(ボクの行動方針は一つ――)

(俺の行動方針は一つ――)

瞬間、

((――メリットとデメリットを 天秤 ( てんびん ) に掛け、自分にとってより有益な 択 ( たく ) を選ぶ!))

二人の思考が完全に 一致 ( シンクロ ) した。

(この場、この時、この瞬間における最適解は……っ)

皇帝は覚悟を決め、自身の導き出した答えを述べる。

「わ、我等列強諸国は―― 虚 ( うつろ ) と手を取り、世界平和を目指そうじゃないか!」

両手を大きく広げ、笑顔を取り 繕 ( つくろ ) い、なんとか絞り出したその言葉は、 裏殿 ( りでん ) 全体へ空虚に響いた。

重苦しい沈黙が流れる中、

(くくっ、 堕 ( お ) ちたね!)

極悪貴族は満足気に頷き、パチパチパチと拍手を打つ。

「さすがは我が友ルイン、実に素晴らしい提案だ」

「あ、あぁ、ありがとう、我が友よ」

皇帝は顔を引き 攣 ( つ ) らせながら、龍国と神国の 特使 ( とくし ) へ目を向ける。

しかし、

「陛下……いや 皇帝 ( ・・ ) ルイン ( ・・・ ) 、その答えは、我々の望むモノではない」

「ボイドは邪悪な虚空因子を継いだ『次代の厄災』。奴の手を取ることなど、天地がひっくり返ってもありません」

特使二人は椅子から立ち、 裏殿 ( りでん ) の端に描かれた、魔法陣のもとへ向かう。

「ま、待て、話せばわかる!(こんの、大馬鹿どもめ……っ。お前たちは何も理解していない! ボイドがどれほどの 脅威 ( ばけもの ) かを!)」

皇帝は声を張り上げ、 縁 ( えん ) を繋ごうとするが、

「さようなら、悪魔に 魅入 ( みい ) られし 下賤 ( げせん ) の者よ」

「あなたには失望しました。二度と会うこともないでしょう」

特使たちの心は固く、取り付く島もなかった。

ボイドはその様子を 愉 ( たの ) しそうに眺めながら、 徐 ( おもむろ ) に声を掛ける。

「おや、もうお帰りになられるのですか?」

「厄災ゼノの転生体。貴様は世界の敵、いずれ決着を付けようぞ」

「『虚空因子』は、この世に存在してはならぬ 忌物 ( いぶつ ) 。必ずや消し去ってくれましょう」

堂々と宣戦布告を行った二人は、<転移>の大魔法を発動する。

「ぁ、待って……っ」

「「「「陛下……!?」」」」

気付いたときには、もう走り出していた。

理性ではなく感情で。

それは理外の行動だ。

知略を捨てた、本能の 発露 ( はつろ ) 。

(頼む、お願いだ、行かないでくれっ! お前たちに見捨てられたら、俺は――我が帝国は、あの恐ろしい悪魔に喰い尽くされてしまう……ッ)

皇帝ルインは走る。

意地も 矜持 ( ほこり ) も捨て。

唯一の希望へ、手を伸ばす。

しかし……現実は残酷だ。

<転移>の魔法は正常に起動し、龍国と神国の使節団は、それぞれの国へ帰還した。

「~~っ」

皇帝の手は 虚 ( むな ) しくも空を 掻 ( か ) き……足をもつれさせた彼は、前のめりに倒れ伏す。

「……ぅ、ぐ……ッ」

ここにルインの『奥の手』は――最後の希望は、 潰 ( つい ) えてしまった。

「あ、あぁ……あ゛ぁあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛……っ」

薄暗い洞窟に、全てを失った男の 慟哭 ( どうこく ) が響きわたる。

(終わった、十年掛けて 培 ( つちか ) った信頼関係が、夢にまで見た帝国の 覇道 ( はどう ) が……ッ)

人生の最下層、絶望のどん底。

しかし、『捨てる神あれば拾う神あり』。

奈落 ( ならく ) に沈んだ皇帝へ、救いの手が差し伸べられる。

「大丈夫ですか、ルイン殿……?」

優しい 仮面 ( かお ) を張り付けたその男は、神は神でも『邪神』の 類 ( たぐい ) だ。

ルインは 逡巡 ( しゅんじゅん ) しつつも、

「……感謝する」

ボイドの手を取った。

否、取らざるを得なかった。

(おめでとうルイン、これでキミも『家族』だ!)

第五章の 主目的 ( メインターゲット ) を攻略したボイドは、

「しかし、困ったものですね。龍国も神国も、本当に頭が固い」

満足気に微笑みながら、ゆっくりと 仮面 ( ・・ ) を外 ( ・・ ) した ( ・・ ) 。

深紅 ( しんく ) の髪が零れ、真っ赤な瞳が浮かび、 端正 ( たんせい ) な顔立ちが 顕 ( あら ) わになる。

その瞬間、世界の時が止まった。

「「「「「なっ!?」」」」」

皇帝も 皇護騎士 ( ロイヤル・ガーディアン ) も、石像のように固まってしまう。

「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……っ」

ルインは思考能力を失い、

「ば、馬鹿な……っ」

断剣 ( だんけん ) のロディは声を震わせ、

「おいおい、冗談だろ……ッ」

剛槍 ( ごうそう ) のギオルグは大口を開け、

「もうやだ、助けて、クマさん……っ」

人形遣いのマーズはぬいぐるみを抱き締め、

「事実は小説より奇なり、ですね……」

叡智 ( えいち ) のジェノンは魔法書を落とした。

「皇帝ルイン、あなたほどの 知者 ( ちしゃ ) であれば、どこか思い当たる節があったのでは?」

「……無論、考えてはいたさ。いや、正確には考えないようにしていた。 それ ( ・・ ) は『最悪のパターン』だからな……っ」

皇帝は生涯最大の衝撃を受けながらも、冷静に盤面を整理する。

(ホロウ=ボイドということはつまり……っ)

これまで集めてきたホロウとボイドの情報が、それぞれ単独では理解できなかった行動が、点と点が線になって繋がっていく。

(エインズワース家の 後継ぎ ( ニア ) との繋がり・不可解な死を遂げた 大翁 ( ゾーヴァ ) ・突如失脚した 王国の好々爺 ( ヴァラン ) ・異例の出世を果たした 謎の聖騎士 ( エリザ ) ・虚が 執拗 ( しつよう ) に大魔教団を狩る理由・レドリックで消された 天魔十傑 ( ラグナ ) ・ 天喰 ( そらぐい ) 討伐戦の真の狙い・帝国貴族との頻繁な会合・犯罪結社ウロボロスへの攻撃・色欲の魔女と闘技場で戦う意義……)

世界トップクラスの知性を持つルインは、誰よりも早く理解した――否、理解してしまった。

ホロウが打ってきた小さな布石、その先に続く『 遠大 ( えんだい ) で 緻密 ( ちみつ ) な計画』。

( 嗚呼 ( あぁ ) ……『完璧』だ。もうレールが 敷 ( し ) かれている、ホロウが頂点に立つ 道筋 ( ルート ) が。五年、いや十年……いつからこの絵を描いていた? これほどの才を持ちながら、どれほどの努力を重ねた? 怠惰傲慢な極悪貴族? ふざけるな! こいつは謙虚堅実な 極悪貴族 ( くそったれ ) だ……ッ)

絶望的な状況だが、ルインは皇帝、帝国を 与 ( あずか ) る身だ。

たとえどのような時でも、自国の利を最優先に考えなくてはならない。

(そう遠くない未来、世界は厄災に 塗 ( まみ ) れた地獄と化す。そのとき 帝国 ( うち ) が最も利するには、今どんな手を打つべきだ? 王国との縁を 手繰 ( たぐ ) るか? いや、あそこは泥船なうえ、 蛇 ( ホロウ ) に毒されている。龍国・神国との関係は……修復できん。当然だ、俺が逆の立場なら、 裏切り者 ( うち ) など即座に切り捨てる)

現在の盤面を整理したところ、完全に『孤立無援』の状態だ。

(つまり、帝国はもう……)

皇帝が顔を上げると、虚空の王が不敵に微笑んだ。

「そう、俺と組むほかない」

「ぐ……っ(いや、まだだ! 世界は広い、龍国や神国以外にも、 強者 ( つわもの ) は存在する! 例えばそう、『大魔教団』の手を――)

「――なるほど、大魔教団の手を借りるという策もあるだろう。しかし、あそこの 頭 ( トップ ) は、中々に役者だぞ? なんの手土産もなしに同盟は結べん。散々利用された挙句、 捨 ( す ) て 石 ( いし ) にされるのが関の山だろう」

「ご、御忠告……痛み入るよ(馬鹿な、俺の思考を先読みした!?)」

ルインの知性は、原作でも最上位だが、決して『No1』じゃない。

ロンゾルキアで最高の頭脳を持つのは、極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ。

しかし両者の差は、今のように絶望的な開きが、生まれるほどのモノじゃない。

(ボクが完勝できた理由、それは――『 原作知識 ( チート ) 』だ!)

ホロウは知っている。

皇帝の思考・帝国の戦略・第五章の流れ、ありとあらゆる情報が 手中 ( しゅちゅう ) にある。

一方のルインは、何も知らない。

ホロウの狙い・ボイドの正体・第五章の行く末、ありとあらゆる情報が欠けている。

元の知力でも劣っているうえ、情報面では目も当てられぬ大敗。

その結果が、この一方的な 蹂躙劇 ( じゅうりんげき ) だ。

「……初めて会ったぞ、自分より頭の切れる人間と」

「俺も初めて会ったよ、自分と近しい知力の人間と」

両者の格付けが無事に完了したところで、

「これからは同志として、『世界平和』を目指そうじゃないか」

世界最強の極悪貴族は、飛び切り邪悪な笑みを浮かべながら、右手をスッと伸ばし、

「……あぁ、よろしく頼む……っ」

皇帝は苦々しい表情で、静かにそれを取る。

ここに 虚 ( うつろ ) と帝国の極秘同盟が、正式に樹立した。

■

皇帝を味方に引き 摺 ( ず ) り込んだボクは、帝国の遥か上空に浮かぶ、『黄金の時計塔』へ飛んだ。

「おぉー、原作と同じで綺麗なところだなぁ……」

壁・柱・床はもちろん 調度品 ( ちょうどひん ) に至るまで、全てが黄金でできている。

それでいてまったく嫌味な感じがなく、むしろ高貴な印象さえ受けるのだから、不思議なものだ。

(エンティアの禁書庫もそうだけど、魔女って自分だけの 居場所 ( フィールド ) を持ちたがるのかな?)

そんなことを考えながら、 豪奢 ( ごうしゃ ) な 螺旋 ( らせん ) 階段を上り、時計塔の最上階へ―― 天空庭園 ( エアロ・ガーデン ) へ移動する。

「おぉ、これは絶景だな……!」

雲の上から見るロンゾルキアは、どこまでも広く美しかった。

(この世界を思いっきり楽しむためにも、過酷な『ホロウルート』を攻略しないとね!)

決意を新たにしたボクは、庭園中央の椅子に座り、『恒例のアレ』を――第五章の振り返りを始める。

(しかしこの章は、凄い密度だった……)

まずは 人界 ( じんかい ) 交流プログラムを利用して、帝国に潜入。

犯罪結社ウロボロスを狩り、競馬場と闘技場という大きな資金源を確保した。

次にハイゼンベルク公爵として、魔女の舞踏会に出席。

多くの有力者たちと繋がりを持ち、帝都横断脅迫ツアーを経て仲良しになった。

今度は虚の統治者ボイドとして、皇帝と極秘会談を実施。

お互いの夢――世界平和について語り合い、親密な関係を築くことに成功した。

そこから闘技場に場所を移して、色欲の魔女リゼと戦闘。

片手間で相手しながら、市民の避難と治療を行い、人々の信頼を勝ち取りつつ、虚空の力を見せ付けた。

最後は 裏殿 ( りでん ) に出向いて、秘密の会議に参加。

ボイドと皇帝が特別な間柄だと見せ付けることで、龍国と神国を 牽制 ( けんせい ) し、帝国を孤立させた。

(第五章は自由度が高いから、立ち回りは大変だったけど、その分リターンも多かったね!)

特に負けイベントを突破した『特殊クリアボーナス』として、色欲の魔女リゼを家族に迎えられたのはデカい。

<黄金の雷>と<未来の 色見 ( いろみ ) >、 起源級 ( オリジンクラス ) の 固有 ( コレクション ) が同時にゲットできた。

極めて強力なこの二つの魔法は、第六章以降の攻略に役立ってくれるだろう。

(ここまで大きな成果を残せたのはやっぱり、第四章でハイゼンベルク家を継げたおかげだ)

四大貴族の当主だったからこそ、帝国貴族と関係を持てたり、皇帝と繋がることができた。

この世界に転生して早七年……毎日の地道な努力と積み重ねが、大きな実を結んだのだ。

今後も怠惰傲慢は封印して、謙虚堅実に生きて行こう――改めてそう思った。

(後はそうそう、忘れちゃいけないのが、『主人公』アレン・フォルティス)

第五章の途中、『魔女の 秘跡 ( ひせき ) 』とかいうふざけたイベントのせいで、勇者の 固有 ( ちから ) が覚醒してしまった。

具体的には、< 物理反射 ( アタック・カウンター ) >から< 全反射 ( オール・カウンター ) >に進化した。

でもあれは回避不能の『強制イベント』だし、最初から想定していたことだから問題ない。

(今のアレンの実力は、先々代勇者ラウル・フォルティスと同じぐらいかな?)

少しずつ強くなっているけど……第五章終了時点としては、正直めちゃくちゃ弱い。

ニアやエリザとどっこいどっこい、とてもじゃないけど、主人公とは呼べない 水準 ( レベル ) だ。

(ふふっ、いいぞ! メインルートにおけるアレンの存在感が、章を重ねるごとにどんどん薄くなっている!)

実際に今回、主人公は 色欲の魔女 ( リゼ ) と戦うことなく、闘技場の片隅にポツンと座っていた。

(激しいラストバトルを眺める傍観者 A ( アレン ) 、それはまさに『モブ』そのものっ!)

このまま『主人公モブ化計画』を進めれば、アレンを物語の本筋から追い出す日も、そう遠くないだろう。

第五章を 総括 ( そうかつ ) すると…… 主目的 ( メインターゲット ) の皇帝ルインを落とし、色欲の魔女リゼを家族にしつつ、主人公のモブ化を進められた。

(くくっ……素晴らしい! 今回も最高の出来だね!)

ボクが満足気に頷き、

(さて、第六章はいよいよ――)

次の章へ思考を傾けたそのとき、一本の< 交信 ( コール ) >が入った。

(――ボイド様、ルビーです。急ぎ、御報告したいことがございます。もしよろしければ、お呼びいただけないでしょうか?)

(うん、いいよ)

<虚空渡り>を使い、ルビーを目の前に転移させる。

「お手を 煩 ( わずら ) わせてしまい、申し訳ございま……っ!?」

彼女は一瞬、時計塔の美しさに目を奪われるも、

「――失礼しました」

すぐに仕事モードへ切り替えた。

「急ぎの報告って、何かあったの?」

「監視対象、第55代クライン王国国王バルタザール・オード・クラインが死亡しました」

「……そうか、 逝 ( い ) ったか」

バルタザールと初めて会ったのは、第四章の中盤、王国が 四災獣 ( しさいじゅう ) の襲来に揺れていたときだ。

ボクは父を 天喰 ( そらぐい ) 討伐戦の指揮官にするため、欲深い王族たちを下がらせるため、ボイドとしてバルタザールに接触。

瀕死の彼に大量の魔力を分け与えることで、ほんのちょっとだけ寿命を伸ばしてあげた。

「バルタザールは死の直前、こちらの手紙をボイド様に書き残しました」

「手紙?(そんなイベントあったっけ……まぁ、いいや)」

魔力で 封蝋 ( ふうろう ) を溶かし、中の 羊皮紙 ( ようひし ) に目を落とす。

仮面の友へ

久しいの、元気にやっておるか?

今回筆を 執 ( と ) ったのは他でもない、ボイドに感謝を伝えるためじゃ。

お主の 慈悲 ( じひ ) により、儂はなんとか生き永らえ、正しい指揮官を選べた。

あの 未曽有 ( みぞう ) の国難を、四災獣 天喰 ( そらぐい ) を討ち取り、王国の滅亡を防ぐことができた。

感謝しても感謝し切れぬ。

まぁボイドはへそ曲がり故、「自分のためだ」と言うのだろうな。

だが、多くの民が救われたのは、間違いなくお主のおかげじゃ。

本当にありがとう。

願わくば、王国の未来に慈悲を掛けてやってくれ。

死に掛けの爺より

もうすぐ死ぬというのに、国のことを 憂 ( うれ ) うなんて……心底理解しかねる考えだ。

でも、こういう一本筋の通った人間は、自分の信念を貫いた生き方は――かっこいいと思う。

「……バルタザールの 最期 ( さいご ) は、どんな感じだった?」

「ボイド様への感謝を述べ、安らかな顔で眠るように……」

「そっか、満足したのなら、それでいいや」

バルタザールは『超』が付くほどの善人だから、できれば助けてあげたかったんだけど……『寿命』は難しい。

(今度こっそり、お酒でも供えに行こうかな)

ちょっぴりセンチな気分になりつつも、思考をしっかり切り替える。

(さて、第六章はいよいよ 王選 ( おうせん ) だ!)

ここは原作ロンゾルキアにおける、『中盤の 山場 ( やまば ) 』。

(過酷な権力闘争を勝ち抜き、次代の王になることができれば……ボクは『国家』という大舞台に立てる!)

『王』という地位は――別格だ。

権力・発言力・影響力、全てにおいて圧倒的。

帝国はもちろんのこと、龍国や神国とも渡り合える。

ホロウルートの攻略においても、絶大な威力を発揮するだろう。

(今の王国は沈み行く泥船、四大国で最弱なんだけど……)

そんなのは、些細なことだ。

最初から強いモノを強くするより、弱いモノを強くしていく方が面白い。

『都市経営のシミュレーションゲーム』と同じだね。

(ボクが国王となった 暁 ( あかつき ) には……『原作知識』と『 日本 ( にほん ) 知識』で、文明をゴリゴリと発展させて、『世界最強の超大国』を創り上げるっ!)

ふふっ、夢が広がるね!

(ただ、第六章の攻略難易度は、これまでで一番高いんだよな……)

『大量のルート 分岐 ( ぶんき ) 』と『理不尽な死亡フラグ』が複雑に絡まり合って、異常な難しさになっている。

(でも、 下準備 ( ・・・ ) はもう済ませた!)

王選という 難所 ( なんしょ ) を越えるため、これまでに多くの『布石』を打ってきた。

ボイドタウン・ 魔法炉 ( まほうろ ) ・ニュータウン事業・二重スパイ・大ボスコレクションなど、大量の手札を集めたうえ、『100通りの攻略チャート』を用意している。

(これだけの備えがあれば大丈夫だ!)

『世界の修正力』や『主人公のご都合主義』という、理不尽なイベントが襲い掛かって来ても、きっと完璧に対応できる。

準備は万端。

計画も完璧。

ついに舞台は整った。

「さぁ、『 王位 ( おうい ) 』を 奪 ( と ) りに行こうか!」

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【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

第5章はこれにて完結!

ちょうどキリのいいここで、皆様に大切なお願いがあります。

ほんの少しでも、ホロウの物語を楽しんでくださった方は、本作の『書籍版』を買って応援していただけないでしょうか?

書籍版には新規エピソード+美麗なイラストがたくさん収録されています!

Web版はプロットVer・書籍版は完全Ver、というぐらい完成度に差があるので、どうぞ手に取っていただけると嬉しいです!(KADOKAWA電撃文庫より好評発売中!)

商業の世界は売上が全て……っ。

本作を最後まで続けるためには、皆様の応援が必要不可欠なので、どうか何卒お願いしますッ!

私も完結まで書き切れるよう、全力で頑張ります!