第7話:ご理解いただけましたか?
第7話:ご理解いただけましたか?
聖暦1016年7月20日。
夏の日差しが照り付ける中、ボクはハイゼンベルク家の馬車に揺られ、王都南部にある第七王女の 別邸 ( べってい ) へ向かっていた。
その目的は一つ、アリシアとの会談だ。
昨日、王選の公示式が終わってすぐ、彼女の 近衛 ( このえ ) から接触を受けた。
「 早急 ( さっきゅう ) にハイゼンベルク公爵との会談を望む」、とのこと。
ボクはこの申し出を 快諾 ( かいだく ) 。
お互いのスケジュールを調整し、ニアとエリザが同行する旨を伝え――現在に至る。
ヒロイン二人を呼ぶのには、いろいろと理由があるんだけど……。
(一番はやっぱり 成長 ( レベリング ) の促進、かな)
ボクはこの世界に転生してから、一日と欠かすことなく修業を続けてきた。
そのおかげで、自分の仕上がりは、とてもイイ感じだ。
(でも、ニアとエリザについては、ボチボチってところ……)
ロンゾルキアは他のRPGと同じく、第五章・第六章・第七章とシナリオが進むに連れ、敵の強さもどんどん上がっていく。
この二人には、最低でも自分の命を守れるぐらい、強くなってもらわないと困る。
(ボクがメインルートの攻略に集中しているとき、何かのサブイベントで死なれてもコトだしね)
っというわけで王選を――『神の試練』を利用して、ニアとエリザの修業を行うことにした。
第七章の攻略と同時並行して、臣下の修業も進めるのだ。
時間は有限だから、効率的に使わなくちゃね。
「今日はいい天気ねー(えへへ、ホロウと一緒にお出掛け!)」
「あぁ、雲一つない青空だ(ホロウと外出……ふっ、悪くないな)」
何故か上機嫌なニアとエリザに対し、
「あぁ、そうだな」
適当に 生返事 ( なまへんじ ) をしつつ、思考の海に 潜 ( もぐ ) っていく。
(さて、ここからが 正念場 ( しょうねんば ) だ……)
アリシアとの交渉は、第七章序盤の『 山場 ( やまば ) 』。
彼女と騎士の盟約を結べるかどうか。
その結果 如何 ( いかん ) によって、今後のルートが大きく分岐する。
(交渉が破談に終わった場合、 第二王子 ( ネードリヒ ) に接触して、帝国のイベントを踏んで――)
いつものように最悪の状況を想定しつつ、最強の攻略チャートを復習していると――馬車の速度がゆっくりと落ち、そのまま音もなく停車した。
どうやらアリシアの 別邸 ( べってい ) に着いたらしい。
「行くぞ」
ボクが馬車から降り、
「うん」
「あぁ」
ニアとエリザも続く。
そして――全員が言葉を失った。
「これ、は……」
「 趣 ( おもむき ) があるというか、なんというか……っ」
「言葉を選ばずに言えば……ボロ屋、だな」
目の前に 聳 ( そび ) え立つのは、古びた二階建ての屋敷。
壁には 蔦 ( つた ) が 這 ( は ) い、窓にはヒビが走り、庭には雑草が 生 ( お ) い茂っている。
(原作通り、完全に廃墟だなぁ……っ)
第七王女アリシアは、王族の中で最も個人資産が少ない。
民 ( たみ ) を第一に考える彼女は、 自領 ( じりょう ) の税を低く設定しつつ、自らも節制に励むことで余剰資金を捻出し、弱者救済に当てている。
使用人の数も必要最低限に絞っているため、別邸の管理にまで手が回っていないのだろう。
(こういうところ、バルタザールにそっくりだね)
やっぱり親子だな、と思っていると……正門に立つ守衛らしき男が、こちらへやってきた。
「ハイゼンベルク公爵ですね?」
「いかにも」
「アリシア王女がお待ちです。さっ、どうぞこちらへ」
彼に案内され、別邸へお邪魔する。
中はまぁ、予想通りの荒れ具合だった。
まだ昼間だというのに薄暗く、冷たい湿気と古い木のにおいが絶妙な 不協和音 ( ハーモニー ) を奏でている。
床はところどころ板が浮き、壁には 亀裂 ( きれつ ) が散見され、天井には蜘蛛の巣が伸び、実に 風情 ( ふぜい ) のある造りだ。
「まるで幽霊屋敷だな」
ボクが冗談気味に呟くと、
「こちら、長らく使用されておらず……大変申し訳ございません」
守衛は恐縮した様子で謝罪し、
「ちょ、ちょっとホロウ、変なこと言わないでよ……っ」
「ゆ、幽霊なぞ、< 銀閃 ( ぎんせん ) >の 錆 ( さ ) びにしてくれる……ッ」
ニアとエリザは小刻みに震えながら、スススッとこちらに身を寄せてきた。
(相変わらず、怖がりだなぁ)
苦笑を噛み殺しながら、長い廊下を真っ直ぐ進む。
(……しかし、埃っぽい)
さっきからずっと鼻の奥がむず痒い。
ホロウ 鼻 ( ノーズ ) は、極めて高い嗅覚を誇る反面、こういう埃とかに弱かったりする。
五感が 鋭 ( するど ) 過 ( す ) ぎるというのも、ちょっと考えものだね……。
それからほどなくして、 厳 ( いか ) めしい扉が見えてきた。
案内役を務める守衛は、小さく喉を鳴らし、コンコンコンとノックする。
「アリシア様、ハイゼンベルク公爵をお連れしました」
「お通ししてください」
「はっ」
扉がゆっくりと開かれ、 貴賓室 ( きひんしつ ) らしき部屋に入る。
「――ようこそおいでくださいました」
部屋の最奥、古びたソファに座る美女が、優雅な所作で立ち上がった。
「第七王女アリシア・エル・クラインです」
アリシア・エル・クライン、十七歳。身長165センチ、黄金のロングヘア。
大きな紺碧の瞳・優しくて穏やかな顔、 瑞々 ( みずみず ) しい豊かな胸、白と青を基調としたドレスを 纏 ( まと ) う美少女だ。
そんな彼女の背後には、 近衛 ( このえ ) の男が控えている。
確か名前は、モーリスだったかな?
「……」
善性の高い彼は、 仏頂面 ( ぶっちょうづら ) をぶら下げながら、こちらを睨みつけている。
清廉潔白 ( せいれんけっぱく ) で汚れを知らない 主人 ( アリシア ) が、極悪貴族と会談することに、嫌悪感を抱いているらしい。
モーリスのことは一旦スルーしつつ、簡単に自己紹介を行う。
「改めまして、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクです。そしてこちらが――ニア・レ・エインズワースとエリザ・ローレンス。二人の同行を許可していただき、ありがとうございます」
ボクが小さく頭を下げると、ニアとエリザもそれに従った。
「昨日、近衛より聞いていましたが……。まさかあのエインズワース公爵とエリザ支部長が、ハイゼンベルク陣営だったとは……正直、驚きました」
「二人とは特別な関係にありましてね。このことは、ご内密にお願いします」
「えぇ、もちろんです」
アリシアは、素直に頷いた。
彼女はヒロイン特有の『 高潔 ( こうけつ ) な精神性』を持つので、口封じの< 契約 ( コントラ ) >は必要ないだろう。
「立ち話もなんですし、どうぞお掛けになってください」
「失礼します」
ボクが腰を下ろすと、右隣にニアが、左隣にエリザが座った。
そうして場が整ったところで、
「本日、ホロウ様をお呼び立てしたのは、他でもありません―― 目下 ( もっか ) の王選についてです」
主催 ( ホスト ) 側のアリシアが話を切り出した。
「私の騎士に志願してくださった御意思は、今もお変わりありませんか?」
「はい」
ボクが柔らかく微笑みながら頷くと、アリシアは強い警戒を 滲 ( にじ ) ませた。
「……短刀直入にお伺いします。いったい何を企んでいるのですか?」
「どういうことでしょう?」
「あの悪名高きハイゼンベルク家の 長子 ( ちょうし ) ――失礼。ハイゼンベルク公爵が、打算もなく、我等に 与 ( くみ ) するとは思えません。いったい何を企んでいるのですか?」
アリシアの瞳には、疑念の色が浮かんでいる。
悲しいね、まったく信用されていないや。
まぁ実際、『裏』はアリアリなんだけどさ。
「 先般 ( せんぱん ) お伝えした通り、私は王国に生きる一人の民として、この国の輝かしい未来を望んでおります。バルタザール様の跡継ぎは、アリシア王女殿下こそふさわしい――そう、確信しているのです」
「素直に話すつもりはない、ということですね」
うん、そういうこと。
交渉の場で、ホイホイと腹を割るほど馬鹿じゃない。
「ホロウ様がどのような策を練っておられるのか、私如きには推し量ることもできません。しかし、あなたの悪巧みは、叶わないでしょう」
「理由を 伺 ( うかが ) っても?」
「 此度 ( こたび ) の王選、我が陣営に勝ちの目はありません」
アリシアは断言し、窓の外に目を向けた。
「第一王子ツァリオン兄様は、莫大な領地を有し、圧倒的な経済力を誇る。彼の 後援 ( バック ) には、『王都商業組合』がついており、武具・ 早馬 ( はやうま ) ・ 兵糧 ( ひょうろう ) など、万全の準備を整えています」
王都商業組合の 首領 ( ドン ) とは、もう 話 ( おどし ) を済ませている。
王選の途中で、 第一王子 ( ツァリオン ) 陣営から、ハイゼンベルク陣営に寝返り―― 兵站 ( へいたん ) を破壊する予定だ。
「第二王子ネードリヒ兄様は、幅広い人脈を持ち、驚異的な政治力がある。彼の後援には、『帝国の大貴族』たちがついており、剣士・魔法士・聖騎士など、恐ろしい大軍勢を借り受けているそうです」
帝国の大貴族たちは、第六章で既に支配済み。
王選の終盤で、 第二王子 ( ネードリヒ ) 陣営から、全員同時に手を引かせ――孤立無援に落とし込む予定だ。
(そう、全ては『準備』……!)
勝敗は戦う前から、決まっているのだ。
「そして――第一王女クリス姉様。王位継承権第一位という正統性から、王国軍の強い支持を得ており、経済力・人脈・軍事力、全てを兼ね備えた王選の大本命です」
第一王女 ( クリス ) は……ちょっと厄介だね。
彼女の基礎スペックは凄まじく、『大ボス』 級 ( クラス ) の戦闘力を誇る。
(ただ……アレは『油断』と『慢心』の塊)
突き崩すのは、そう難しくない。
「強大な力を持つ兄と姉と違い……私には何もありません。ツァリオン兄様の財力も、ネードリヒ兄様の人脈も、クリス姉様のカリスマも、何一つとして持ち合わせていない……」
アリシアが肩を落とすと――近衛のモーリスが「もはや我慢ならぬ」と声をあげる。
「何を仰いますか! アリシア様には、民を思い 遣 ( や ) る『 仁愛 ( じんあい ) の心』がある! あなた様の他に、バルタザール陛下の後を継げる者はいない! 近衛一同、そう確信しております!」
アリシアは「ありがとう」と微笑み、こちらへ視線を向ける。
「私を支えてくれる者がいる以上、戦いもせず、白旗をあげるような真似はしません。あらゆる手を尽くし、王位を狙うつもりです。ただ、現在の盤面を整理した結果、我が陣営の敗北は 必至 ( ひっし ) ……。ハイゼンベルク家の助力を得られたとしても、0%が1%になるかどうかといったところです」
今の状況を総括した彼女は、改めて問いを投げ掛ける。
「ホロウ様、この絶望的な状況を聞き、まだ勝てるとお思いでしょうか?」
「はい」
ボクが即答すると、アリシアは言葉を続ける。
「……凄まじい自信ですね。怖くはないのですか?」
「何を恐れるのでしょう?」
「あなたは大衆の面前で、 あの ( ・・ ) クリス姉様に 大恥 ( おおはじ ) を 掻 ( か ) かせた。私の騎士となり、王選に敗れたとき、どんな地獄が待っているか……」
「……王選に、敗れたとき……?」
ボクは目を丸くし、顎に右手を添え、小首を傾げる。
「まさか、考えてもいなかったと?」
「申し訳ございません。これまで一度として、負けた 例 ( ためし ) がないもので……」
ボクが困り顔で謝罪すると、
(う、わぁ……相変わらずの自信家っぷりね……っ)
(天上天下唯我独尊、本当に変わらない男だ……っ)
両隣のニアとエリザが、複雑な表情を浮かべ、
「なるほど、『怠惰な傲慢な極悪貴族』……噂通りの――いえ、噂以上の傲慢さですね」
アリシアは小さな息を零した。
さて、 雪解けの時間 ( アイスブレイク ) はもう十分だろう。
「アリシア様、そろそろ本題へ入りましょう」
ボクが居住まいを正し、真剣な表情で語る。
「我がハイゼンベルク家は、武力・財力・政治力、全てを持ち合わせております。私を騎士に選んでいただければ、必ずや御身の前に栄光を 齎 ( もたら ) すと約束しま――」
一気に核心へ踏み込んだそのとき――扉が荒々しく開かれ、守衛の男が飛び込んできた。
彼の顔には焦燥の色が浮かんでおり、トラブルの発生したことが 窺 ( うかが ) える。
「アリシア様、至急お伝えしたいことがっ!」
「なんでしょう?」
「『ホルムス』に多数の魔獣が出現! 総数300を超える大軍勢です!」
「なっ!?」
アリシアの瞳が大きく見開かれた。
それもそのはず、『水の都』ホルムスは、彼女の治める地だ。
「ホロウ様、申し訳ございません。緊急の用事ができましたので、此度の会談は延期させていただきたく」
彼女は立ち上がり、小さく頭を下げた。
(はぁ、 またか ( ・・・ ) ……)
ボクが大切な話し合いに 臨 ( のぞ ) むとき、いつもこんな風に邪魔が入る。
第五章もそうだった。
皇帝 ( ルイン ) との会談がイイ具合に進み、いよいよ 脅迫 ( ほんだい ) へというところで――なんの前触れもなく、 巨獣 ( きょじゅう ) の軍勢が出現、リーザス村を襲い始めた。
(あのときは、ボクが討伐に出ることで、なんとか上手く纏められたけど……)
下手をすれば、攻略チャートが崩れるところだった。
(ボクの捻じ曲げたメインルートが、目には見えない謎の力で、正規のモノに組み直されてしまう……)
『世界の修正力』、実に鬱陶しいルールだ。
(でも残念、既に対策済みだよ!)
ボクはもう、この 摂理 ( せつり ) に適応した。
(世界の修正力が働くとわかっているのなら、そう 弁 ( わきま ) えたうえで動けばいい!)
『不条理なご都合主義』を予測し、そのイベントを逆に利用してやるのだ。
「アリシア様、ご安心ください。このような事態を想定し、当家の私兵をホルムスへ派遣しております」
「本当ですか!?」
「はい」
「ありがとうございます! ハイゼンベルク家の軍は、今どちらにいるのでしょう? すぐに現地の警備部隊と連携して――」
「――失礼、軍は動かしておりません」
「えっ?」
「 魔獣 ( はむし ) の群れ如き、『彼女』一人で足りるかと」
ボクが微笑むと同時、魔力の揺らぎが発生――モーリスの顔に 皺 ( しわ ) が寄った。
おそらく 現場 ( ホルムス ) の兵から、< 交信 ( コール ) >が届いたのだろう。
「アリシア様、ハイゼンベルク家の従者を名乗る、『赤髪の女』が前線に現れたそうです。 如何 ( いかが ) いたしましょう?」
「……少なくとも敵ではありません。そのまま通すように、と伝えてください」
「はっ」
アリシアがモーリスを通じて、現場の兵に指示を出している間、ボクも臣下へ< 交信 ( コール ) >を飛ばす。
(ルビー、ここでハイゼンベルク家の――ボクの力をアピールしておきたい。ちょっと派手なのを頼めるかな?)
(はい、お任せくださいっ!( 嗚呼 ( あぁ ) 、ボイド様が期待してくださっている……。この命に代えても、お応えしなければ……!)
(――あっでも、やり過ぎには注意してね)
………………
…………
……あれ?
(……ルビー? ルビーさん? ルビー先生!?)
何度も念波を飛ばすも、返事はない。
< 交信 ( コール ) >は既に、切断されていた。
(……なんだろう、凄く嫌な予感がする)
冷や汗が背筋をツーッと流れた。
脳裏を過るのは、アクアの 大失敗 ( やらかし ) 。
『帝国の城塞を潰して』とお願いした結果、何故か『帝国最大の城塞都市』が滅びた、悲しい事件だ。
(ルビーとアクアは、 五獄 ( ごごく ) の中でも『知性』のステータスが低い……)
もしかしたらまた、とんでもないことが……。
そこまで考えたところで、ふっと冷静さを取り戻す。
(いや、ないないない、 それ ( ・・ ) はない)
今回の仕事は、極めて 単純 ( シンプル ) 。
ボクの力を見せるため、魔獣を派手に蹴散らせ、というものだ。
(こんな簡単な 任務 ( ミッション ) 、失敗する方が難しい)
だから、大丈夫。
きっと、大丈夫。
そんな風に自分へ言い聞かせていると、
「……ホロウ様、どうかなされましたか?」
アリシアが心配そうに覗き込んできた。
「いえ、なんでもありません」
ボクは小さく 頭 ( かぶり ) を振り、自信と余裕に満ちた、不敵な笑みを浮かべる。
「当家の武力、お見せしましょう」
次の瞬間――遥か遠方で、魔力が 爆 ( は ) ぜた。
一拍ほど遅れて、凄まじい衝撃波が屋敷を揺らす。
「「「「なっ!?」」」」
ニアもエリザもアリシアもモーリスも、この場にいる全員が身を固めた。
窓の外に目を向ければ、灼熱の火柱が 煌々 ( こうこう ) と立ち昇っている。
(この感じ……ホロウの配下が、とんでもない大魔法を使ったみたいね……っ)
ニアは小さく息を吐き、
(おそらくは 虚 ( うつろ ) 、それも幹部級の仕業だな……っ)
エリザは僅かに下唇を噛み、
(今の衝撃、ホルムスの方角から!? いったい何が起こったの……!?)
アリシアは驚愕に瞳を揺らし、
(まさかハイゼンベルク家の……いや、あり得ん! 王都南部 ( ここ ) からホルムスまで、どれだけ離れていると思っているんだ!?)
モーリスは 呆然 ( ぼうぜん ) と立ち尽くす。
そんな中、
(……綺麗だなぁ)
ボクは美しい火柱を眺めながら、過酷な現実から目を 背 ( そむ ) けた。
ほどなくして魔力の揺らぎが発生し――モーリスの顔が真っ青に染まる。
「アリシア様、現場の兵より、緊急の報告が……っ」
「お願いします」
「ホルムスに迫る300の魔獣が……壊滅、しました」
「……えっ?」
「ハイゼンベルク家の従者は、この世の終わりとも思える『火の魔法』を使い、魔獣の群れを焼き払った――とのことです」
「……う、そ……」
アリシアはゆっくりとこちらに目を向ける。
(ハイゼンベルク家は、四代貴族の中でも、武闘派だと聞いていた。でもまさか、ここまでとは……っ)
その瞳には、強い怯えの色が 滲 ( にじ ) んでいた。
(ふぅー……大丈夫、まだ慌てるような状況じゃない。ルビー先生は『 映 ( ば ) え』を意識してくださっただけ。周囲が焼け野原になるような魔法は――)
ボクが冷静に現状を分析していると、モーリスが絶望的な続報を口にする。
「魔獣の殲滅には成功したものの、魔法の威力があまりにも凄まじく……。ホルムス南部は『灼熱の溶岩地帯』となっており、原状回復にどれだけの時間と費用が掛かるやら……」
「そう、ですか……(領民が魔獣たちに殺されるより100倍マシね。むしろ天然の 要害 ( ようがい ) として利用できる。それよりも今考えるべきは――この 悪魔 ( ばけもの ) と手を組むべきか否か……っ)」
『焼け野原』どころじゃなかった。
生き物の住めない『 溶岩地帯 ( ディストピア ) 』になっていた。
「と、当家の武力、ご理解いただけましたか……?」
背中に冷や汗をダラッダラに掻きつつも、なんとか必死に外面だけは取り 繕 ( つくろ ) う。
まるで臣下の暴走などなかったかのように、さも『計画通り』と言わんばかりの 表情 ( かお ) で。
(すみません、 臣下 ( ルビー ) の不始末については、後できっちり弁償させていただきます……)
そんな風に心の中で謝りながら、極悪貴族の演技を貫くのだった。