第8話:誤算
第8話:誤算
【前回のあらすじ!】
極悪貴族ホロウ&不憫なニア& 被虐 ( ひぎゃく ) 趣味のエリザが馬車に乗り、第七王女アリシアの別邸(ボロ屋敷)へ。
ホロウがアリシアの騎士に立候補した件について、腹を割って話し合おうとしたそのとき、水の都ホルムス(アリシアの領地)が魔獣の軍勢に襲われる。
これを予測していたホロウは、ハイゼンベルク家の力を見せ付けるよう、 五獄 ( ごごく ) のドラゴン娘に指示を出す。
ルビーは大魔法を行使し、魔獣の軍勢を焼き払う。
ただ、ちょっぴり張り切り過ぎてしまったようで、ホルムスの周囲が灼熱の 溶岩地帯 ( ディストピア ) に……。
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ボクが冷や汗を 掻 ( か ) きながら、極悪貴族の演技を貫いていると、
「――ホロウ様、魔獣の撃退にご助力いただき、ありがとうございました。ホルムスの領主として、お礼申し上げます」
第七王女アリシアは小さく頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「いえ、四大貴族の当主として、当然のことをしたまでです」
ボクは小さく首を横に振りつつ、ルビー先生の 失態 ( うっかり ) について触れておく。
「むしろ、お詫びしなくてはなりません。臣下が魔法の加減を間違えたらしく、ホルムスの地を痛めてしまったようだ(いやほんと、申し訳ない……)」
「どうかお気になさらず。灼熱の溶岩地帯は、天然の 魔獣 ( まじゅう ) 避 ( よ ) けとして、活用させていただきます(『魔法の加減を間違えた』? なんて 白々 ( しらじら ) しい嘘をつくのかしら。私達を武力で脅すために、あなたがやらせたことでしょうに……っ)」
「そう言っていただけると助かります。もし何か不都合がありましたら、いつでもご連絡ください。すぐに元の状態へお戻ししますので(そのときは謝罪の意味も込めて、 肥沃 ( ゆたか ) な土地にして返そっと)」
「お心遣い、痛み入ります(そのときは復興の見返りとして、どんな要求をされるのやら……)」
互いの敬意と配慮が 交錯 ( こうさく ) する、実に気持ちのいいやり取りだ。
「さて、当家の武力については、ご理解いただけたかと存じます。これを踏まえたうえで、『騎士の盟約』について――」
ボクが話を切り出したところで、 近衛 ( このえ ) のモーリスが声を張った。
「――アリシア様、私はホロウ殿を騎士に任じることに反対です!」
「モーリス?」
「ハイゼンベルク家が強大な武力を持つことは、先の一件から理解できました。しかし、それはあくまで家の力! ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、彼の個人としての 器量 ( きりょう ) については、未だ疑問が残ったままです!」
「ホロウ様は 天喰 ( そらぐい ) 討伐戦において、神話の大魔法を行使されたと聞きますよ?」
天喰戦で使った神話の大魔法……< 終末の極星 ( ラス・ミーティア ) >のことかな。
「確かに、魔法士としては優秀かもしれません。しかし、騎士としてはどうでしょう?」
モーリスはそう言いながら、こちらに鋭い視線を向ける。
「『魔法士』は、前衛の支えがあってこその後衛職! アリシア様を守る『騎士』として、不適格と言わざるを得ません!」
彼の発言には、強い敵意が籠っていた。
(うーん……やっぱりこうなったか)
敵対心を 剥 ( む ) き出しにするこの男は――モーリス・モルフォン、16歳。
薄紫 ( うすむらさき ) の短髪と真っ直ぐな瞳が特徴的な男だ。
アリシアの近衛の中で、最強の剣士であり、極めて高い『善性』を持つ。
(自分の敬愛する主人が、ボクのような極悪貴族と組むのが、どうしても許せないんだろうな……)
その気持ちはとてもよくわかるし、王国に生きる者として、当然の警戒だと思う。
(実際、モーリスの指摘は正しいしね)
騎士に求められるのは、王選候補者を守る力。
接近戦の苦手な魔法士は、この点において弱いところがある。
(でも残念、ボクは『魔剣士』なんだよ)
前衛職 ( けんし ) と 後衛職 ( まほうし ) のいいところ 取 ( ど ) り、 全射程 ( オールレンジ ) で戦える上級職。
モーリスの主張は、これ一本で突き崩せる。
「お言葉ですがモーリス殿、自分は魔剣士でございます」
「ふんっ、何を言い出すかと思えば……。 貴殿 ( きでん ) が剣を振るうという話など、とんと聞いたことがない」
「それは……そうかもしれませんね」
思い返してみると、ボクは表舞台で、ほとんど剣術を披露していない。
第一章のゾーヴァは、ボイドとして戦った。
第二章のヴァランは、魔力で 捻 ( ね ) じ伏せた。
第三章のラグナは、素手でボコった。
第四章の天喰は、知識と魔法で勝った。
第五章の色欲の魔女は、ボイドとして 蹂躙 ( じゅうりん ) した。
大ボスとの戦いはもちろん、小~中ボスとの戦いでも、ほとんど剣を使っていない。
ボクの剣術スキルを知っているのは、オルヴィンさんや屋敷のメイドたち……後はエンティアぐらいだろうか?
(こういう事態に備えて、今後は剣の腕についても、外向けにアピールした方がよさそうだな……)
ボクがそんなことを考えていると、アリシアがスッと目をあげた。
「ホロウ様、一つ 我儘 ( わがまま ) を言っても……?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「では――我が近衛モーリスと一騎打ちをしていただけませんか? 訓練用の 模擬刀 ( もぎとう ) を使って」
「ほぅ……」
ボクが目を細めると同時、
「あ、アリシア様、それはおやめになられた方が……っ」
「アリシア様、それは少々マズいかと……ッ」
ニアとエリザは顔を青くしながら、 再考 ( さいこう ) するように 促 ( うなが ) した。
二人の反応を受け、
「この私が、剣術で 後 ( おく ) れを取ると?」
モーリスの眉間に深い 皺 ( しわ ) が刻まれた。
「なんというか、その……はい……っ」
ニアは困り顔でコクリと頷き、
「ただの自殺行為――いや、正真正銘の自殺だ」
エリザは淡々と真実を告げた。
「なる、ほど……っ。これはまた随分と 侮 ( あなど ) られたモノだ……ッ」
モーリスの瞳に危険な色が宿ったところで、
「――そこまでです。ここから先は、口ではなく剣で語りましょう?」
アリシアが「待った」を掛け、この場はなんとか収まった。
その後、ボクとモーリスは 刃引 ( はび ) きされた剣を持ち、五メートルほどの間合いを取る。
互いの視線が静かにぶつかる中、
「ほ、ホロウ……っ」
「大丈夫なのか……?」
ニアとエリザが不安気に瞳を揺らした。
「なんだ、心配してくれるのか?」
「うん。だってあなた、絶望的に手加減が下手糞だもん……っ」
「王女の近衛を惨殺したとなれば、面倒なことになるぞ……?」
ボクじゃなかった。
相手 ( モーリス ) のことを心配していた。
その事実に少し……ほんのちょっとだけ、悲しい気持ちになった。
「……案ずるな。『 策 ( ・ ) 』はある」
ボクはこれまで、多くの失敗を重ねてきた。
右の首を打っては、へし折り……。
左の首を打っては、へし折り……。
(手刀の数だけ繰り返した、『首ポッキー』という失敗の歴史……っ)
今日はそこに終止符を打つのだ!
ほどなくして、
「両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめっ!」
アリシアの号令が響き、模擬戦の 火蓋 ( ひぶた ) が切って落とされる。
「ふっ!」
モーリスは 正眼 ( せいがん ) 、 臍 ( へそ ) の前に模擬刀を置く、攻守にバランスの良い構えだ。
「ふむ……」
一方のボクは棒立ち、右手の模擬刀をダラリとぶら下げる、攻守にバランスの悪い構えだ。
「「……」」
二秒・三秒と続く沈黙は、モーリスによって破られる。
「くくっ、所詮は魔剣士 崩 ( くず ) れ、剣の構えすら知らないとはなぁ?」
「くくっ、どうして羽虫を相手に、構える必要がありましょう?」
ボクが柔らかい笑顔を浮かべたまま、いつものように 即 ( そく ) レスすると、
(うわぁ……王女様の前でも 煽 ( あお ) るんだ……っ)
(こいつ……王女の近衛すら煽るのか……ッ)
ニアとエリザが引き 攣 ( つ ) った笑みを浮かべた。
「貴様……っ。アリシア様の前で、これ以上の侮辱は許さん!」
モーリスはもはや我慢ならぬと言った風に駆け出した。
「王国の 蛆虫 ( うじむし ) めっ! その腐った根性、叩き直してくれるッ!」
繰り出されるのは、研ぎ澄まされた突き。
「ふっ、そう熱くならないでください」
猛然 ( もうぜん ) と迫る切っ先を、同じ切っ先で優しく迎え――そのまま後方へ受け流す。
「ぐっ、まだまだァ……!」
その後、
「はぁああああああああ……!」
モーリスの剣が 煌 ( きら ) めき、斬撃の嵐が吹き荒れる。
ボクはその攻撃に対し、
「凄い連撃だ、息を 衝 ( つ ) く間もない」
ときに受け、ときに躱し、ときにいなし、余裕を持って 捌 ( さば ) いてみせた。
「くそっ、ちょこまかちょこまかと……ッ」
ボクの戦術は一つ―― 蝶の ( ・・ ) ように ( ・・・ ) 舞い ( ・・ ) 、 蝶の ( ・・ ) ように ( ・・・ ) 舞う ( ・・ ) 。
(そう、 刺さない ( ・・・・ ) !)
『 武 ( ぶ ) 』というよりは『 舞 ( ぶ ) 』。
ただ、舞うだけだ。
(この摸擬戦の目的は、ボクが剣でも戦えることを示し、騎士としての価値を証明すること……)
つまり、モーリスの攻撃を完璧に 捌 ( さば ) けば、剣士としての高い技量を示せる!
もちろん、防御ばかりじゃ決着はつかないから、 最後 ( フィニッシュ ) についても考えてある。
(ボクの腕を十分に見せ付けたところで、相手の剣を鮮やかにスパッと両断する)
こうすれば、うっかりモーリスを 殺 ( や ) っちゃうことなく、無事に目的を達成できる――というわけだ。
「ふっ(我ながら、完璧な作戦だね!)」
「ぐ……っ(な、なんと美しい剣術だ……っ。同じ剣士としてわかる。これは 謂 ( い ) わば、『究極の基礎』。天賦の才では決して届かぬ、血の滲むような修練の果てにある『努力の結晶』……ッ)」
ボクとモーリスが激しい 剣戟 ( けんげき ) を繰り広げる中、
「そんな……っ(近衛隊で最強のモーリスが、子ども扱いだなんて……っ)」
アリシアは驚愕に目を見開き、
「う、うそ……っ(あのホロウが、手加減できてる……!?)」
「あ、あり得ん……ッ(あのホロウが、相手に合わせている……!?)」
ニアとエリザは衝撃に言葉を失っていた。
(あの反応……どうせまた、ボクがやり過ぎるとでも思ったんでしょう?)
悪いけど、その予想は大ハズレだよ。
(確かに過去を振り返れば、いくつか失敗したことがある……)
でも、何かトラブルが発生するたび、最速で原因を特定→適切な改善策を講じてきた。
自分の弱点や問題を洗い出し、次こそは完璧に対処できるよう、謙虚堅実に努力を重ねてきた。
(何故かいつも怖がられる貴族スマイルも、何故か必ず首ポッキーになる手刀も、いつか絶対モノにしてみせる!)
それぐらいやってのけなければ、『ホロウルートの攻略』という前人未到の偉業は、達成不可能というものだ。
ボクが決意を新たにしていると、
「この……舐めるなァ!」
モーリスが 怒声 ( どせい ) をあげ、大上段に剣を構えつつ―――左足をサッと後ろに引いた。
それと同時、床の 絨毯 ( じゅうたん ) が勢いよく動き、足元が大きく揺れる。
(来たね、『足場崩し』……!)
ボクは知っている。
モーリスの生まれが、貧民街であることを。
いざとなれば、喧嘩で磨かれた『 実戦 ( やせい ) の 剣 ( わざ ) 』が出ることを。
「おっと」
ボクがバランスを崩した フリ ( ・・ ) をすると、
「隙ありっ!」
ここが勝負どころと 見誤った ( ・・・・ ) モーリスが、大きく踏み込んできた。
(ふふっ、ここだ!)
右手に軽く力を込め、軽い 袈裟斬 ( けさぎ ) りを放つ。
狙うはモーリスの剣、これを打ち砕けば、ボクの完全勝利だ。
――しかしこのとき、『誤算』があった。
モーリスが勢いよく絨毯を引いた結果、そこに積もる大量の 埃 ( ほこり ) がハラハラと宙を舞い――超高機能ゆえに敏感なホロウ 鼻 ( ノーズ ) が、激しく刺激されてしまったのだ。
「終わりだァッ!」
モーリスの雄叫びが響く中、
「は、は……ハックション……っ」
思わず、くしゃみをしてしまった。
次の瞬間、剣を握る手に力が入り、
「……あ゛……っ」
超巨大な斬撃が、恐ろしい速度で解き放たれる。
「……が、は……ッ」
その一撃はモーリスの胴体を 抉 ( えぐ ) り、屋敷の外壁に 風穴 ( かざあな ) を 穿 ( うが ) ち、遥か遠方の山を消し飛ばした。
コンマ数秒ほど遅れて、モーリスの体がグラリと揺れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「モー……リス……? モーリス……ッ!?」
アリシアの悲鳴のような声が響き、
「あぁ、だから言ったのに……っ」
「 土台 ( どだい ) 無理な話だったのだ、この 男 ( ばけもの ) に手加減を望むなど……ッ」
ニアとエリザは、グッと奥歯を噛み締めた。
「……」
眼下には、モーリスくんだったモノが無残に転がり、赤黒い染みがどこまでもどこまでも広がっていく。
「……やっべ……」
どうやら 殺 ( や ) ってしまったらしい。
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