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「消えたファイルと、社員たちが仕掛けた休日」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「消えたファイルと、社員たちが仕掛けた休日」

朝。

あなたはいつものように会社へ出社し、専務室へと向かっていた。

「よし、今日も一日頑張ろう。昨日は少し仕事が残ったけど、午前中に片付ければ問題ないな」

いつものように明るく挨拶をして、専務室のドアを開ける。

「おはようございまーす……」

ガチャ。

「…………あれ?」

あなたは固まった。

いつも机の上に並んでいるはずのファイルがない。

今日の予定表も、昨日まで進めていた企画書も、各部署から届いていた書類も。

何もかも、きれいさっぱり消えていた。

「…………え?」

机の引き出しを開ける。

ない。

棚を確認する。

ない。

パソコンを起動して、デスクトップを確認する。

「……いやいやいや。待て待て待て」

あなたは椅子に座ったまま、ゆっくりと顔を青ざめさせた。

「まさか……」

昨日の自分の行動を思い返す。

書類の整理はした。各部署の手伝いもした。社長から頼まれた案件も終わらせた。部長の確認作業も済ませた。

もちろん、仕事を放り出した覚えはない。

なのに、ファイルが一つもない。

「……えっ、これって……」

あなたの脳裏に、恐ろしい考えが浮かんだ。

「解雇……?」

ガタッ!

あなたは勢いよく立ち上がった。

「いやいやいや! 待って! 僕、何かやらかした!? 昨日もちゃんと仕事したよね!? むしろ、予定より早く終わらせたよね!?」

誰もいない専務室に、あなたの声が響いた。

「まさか……仕事ができすぎて、会社に必要ないとか……?」

「いや、それはない。自分で言ってて悲しくなってきた……」

再び椅子に座る。

そして、机に突っ伏した。

「……終わった。僕の会社人生、終わったかもしれない……」

もちろん、あなたは知らない。

この状況が、会社中の社員たちによって計画されたものだということを。

1.社員たちの秘密作戦

時刻は少しさかのぼる。

早朝の会議室。

そこには、社長、部長、美咲さん、そして複数の社員たちが集まっていた。

机の上には、あなたの専務室から運び出されたファイルが山積みになっている。

「……よし。これで専務の机は空っぽだな」

社長が確認すると、部長も大きくうなずいた。

「ええ。これまでの専務の働きぶりを考えれば、これくらいしないと休んでくれないでしょう」

美咲さんも、心配そうにファイルの山を見つめた。

「専務、最近ずっと働いていますよね……。ほかの部署のお手伝いまでして、ご自分のお仕事も全部終わらせて……」

別の社員も口を開く。

「先週なんて、私が困っていた資料まで一緒に整理してくださいました」

「私もです。専務は『困ったときはお互いさまだから』って、笑って引き受けてくれて……」

「でも、専務自身が困っていても、絶対に誰かに頼ろうとしないんですよね」

その言葉に、会議室が静かになった。

社長は腕を組み、真剣な顔で言った。

「だからこそ、今回は我々が専務を助ける番だ」

部長が続ける。

「専務の仕事はこちらで分担します。必要な書類は私が管理し、各部署の案件は担当者に戻す。緊急性のない仕事は、専務が休んでいる間に処理しましょう」

「でも……専務、ファイルがなくなっていたら、びっくりしませんか?」

美咲さんの問いに、全員が顔を見合わせた。

社長は少しだけ苦笑した。

「……そこは、まあ」

「絶対に解雇されたと思いますよ!」

「うむ。そこは、あとで誤解を解こう」

「社長!? 順番が逆です!」

会議室に笑い声が広がった。

こうして、あなたの知らないところで、社員全員による**『専務に休暇を取ってもらおう作戦』**が始まったのである。

2.誰も助けに来てくれない!?

一方、専務室。

「……とりあえず、社長に確認しよう」

あなたは電話を手に取った。

しかし、呼び出し音が鳴るだけで、なかなかつながらない。

「えっ、社長まで出ないの!?」

今度は部長に連絡する。

『申し訳ありません。ただいま会議中です』

「会議中……?」

美咲さんにメッセージを送ろうとしたところで、あなたは手を止めた。

「いや、待てよ。もしかして、みんな僕を避けてる……?」

ますます不安になってきた。

「……だめだ。こういうときこそ冷静にならないと」

あなたは深呼吸をした。

「そうだ。さくらさんに聞いてみよう」

その瞬間。

コンコン。

「失礼いたします」

聞き慣れた優しい声がした。

「さ、さくらさん!?」

あなたは飛び上がるように立ち上がった。

ドアから入ってきたのは、教育係のさくらさんだった。

いつもどおり、きちんとした服装。落ち着いた表情。柔らかな笑顔。

そして、あなたを見るなり、少し首をかしげた。

「……どうされましたか? ずいぶん慌てていらっしゃいますけれど」

「い、いや! 何でもないよ!」

「そうですか?」

「うん! 全然、何でもない!」

「……机の周りを三周も歩いていらっしゃったようですが」

「見てたの!?」

「廊下から少しだけ」

しまった。

あなたは慌てて椅子に座り直した。

「そ、それより、さくらさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「はい。何でしょう?」

「僕のファイル、知らない?」

さくらさんの目が、一瞬だけ泳いだ。

「……ファイル、ですか?」

「そう! 昨日まであったのに、今朝来たら全部なくなっていて……」

「……」

「もしかして、何か重大なミスをしたのかな? 僕、気づかないうちに会社に迷惑をかけて……」

「専務」

さくらさんが、静かにあなたの言葉を遮った。

「はい……」

「どうして、すぐにご自分が悪いと考えてしまうのですか?」

「え?」

「何かが起きたとき、いつもそうですよね。まずご自分を責めて、誰かに迷惑をかけていないか考えて……」

彼女は少し困ったように微笑んだ。

「たまには、ご自分のことも心配してください」

「…………」

胸が、ドクンと鳴った。

(やめて。そういう優しいことを言われると、好きだって気づかれそうになるから……!)

あなたは慌てて視線をそらした。

「い、いや、僕は専務だからね! 責任を持つのは当然というか!」

「ふふっ。そうおっしゃると思いました」

さくらさんは、あなたの机の前まで歩いてきた。

そして、何も置かれていない机を見つめる。

「……本当に、きれいになりましたね」

「きれいになったというか、何もないんだよ!」

思わず声が大きくなった。

さくらさんは口元を押さえた。

「すみません……ふふっ」

「笑わないで! 僕、今けっこう真剣なんだけど!?」

「はい。申し訳ありません」

そう言いながらも、彼女の目は優しく笑っていた。

「……でも、少し安心しました」

「え?」

「専務が、ちゃんと困ったときに誰かに相談してくださったので」

あなたは言葉を失った。

さくらさんはいつも、あなたが周りを助ける姿を見ていた。

誰かが困っていれば、自分の仕事が残っていても手を差し伸べる。

疲れていても、笑顔で「大丈夫」と言う。

そして、自分が限界に近づいていることだけは、決して口にしない。

だからこそ、今日だけは。

彼女も、ほかの社員たちと同じ気持ちだった。

あなたに、ちゃんと休んでほしかったのだ。

3.突然の休暇命令

「それで、さくらさん。僕のファイルは……?」

「社長室にあります」

「……え?」

「部長が管理してくださっています。各部署の皆さんも、ご自分の案件を引き取ってくださったそうです」

「ちょ、ちょっと待って!」

あなたは立ち上がった。

「それって、僕が仕事をできていないから、みんなで片付けてくれたってこと!?」

「違います」

さくらさんは、きっぱりと答えた。

「むしろ逆です」

「逆……?」

「専務は、ほかの方のお仕事まで引き受けすぎなのです」

彼女は一つずつ、説明してくれた。

あなたが困っている社員を手伝ったこと。

美咲さんの仕事が立て込んでいたとき、さりげなく資料を整理していたこと。

部長の確認作業を手伝ったこと。

社長から頼まれた案件を早めに終わらせ、ほかの部署の相談にまで乗っていたこと。

そして、誰かに「休んでください」と言われても、

『これだけ終わらせたら休むよ』

と笑って、また仕事を始めてしまうこと。

「……えっ」

あなたは、ぽかんとした。

「みんな、そんなことまで見てたの……?」

「はい。皆さん、専務に感謝しています」

「…………」

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

けれど、次の瞬間。

さくらさんが、一枚の紙を差し出した。

「ですので、本日はお休みになってください」

「…………はい?」

「社長からの正式な休暇命令です」

紙には、はっきりと書かれていた。

『本日、専務は業務を行わず、休養に専念すること』

「いやいやいや! 僕、専務だよ!?」

「存じております」

「仕事があるんだけど!?」

「皆さんが引き受けてくださいました」

「でも、何かあったら……!」

「部長と社長が対応されます」

「…………」

完全に逃げ道がなかった。

あなたはゆっくりと椅子に座り直した。

「……僕、本当に休んでいいの?」

さくらさんの表情が、ふっと柔らかくなる。

「はい。もちろんです」

「みんなに迷惑、かけないかな……」

「迷惑ではありません」

彼女は、あなたの目をまっすぐ見つめた。

「いつも専務が皆さんを助けてくださっているのですから。今日は、皆さんに甘えてください」

「…………」

ドクン。

(だめだ。今のさくらさん、すごく優しい……!)

あなたは顔が熱くなるのを感じて、慌ててうつむいた。

(落ち着け! これは教育係としての優しさ! そう、きっとそうだ!)

ところが。

「……それとも」

さくらさんが、少しだけ身をかがめた。

「私と一緒にお休みするのは、お嫌ですか?」

「………………え?」

時間が止まった。

「い、い、一緒に!?」

「はい。私も今日は、午後から予定を空けておりますので」

「な、なぜ!?」

「専務がお一人では、結局お仕事を始めてしまいそうですから」

彼女は小さく笑った。

「私が見張っておりますね」

「み、見張る!?」

「はい。専務が仕事をしようとしたら、止めます」

「それは……」

あなたは言葉に詰まった。

好きな人と一緒に過ごせる。

それ自体は、夢のような話だ。

しかし、心臓に悪すぎる。

(待って。今日は仕事をしなくていいんだよね? さくらさんと一緒にいられるんだよね? いや、うれしいけど! うれしいけど!)

「……専務?」

「は、はいっ!」

「お顔が赤いですよ?」

「き、気のせいです!」

「そうでしょうか?」

さくらさんは、いたずらっぽく微笑んだ。

「では、行きましょうか」

「……どこへ?」

「お昼ご飯を食べて、それから少し散歩でも。今日はお仕事の話は禁止です」

「お仕事の話、禁止……」

「はい。約束ですよ?」

彼女が小指を軽く立てた。

「……っ!」

(小指!? 約束!? 待って、これは反則では!?)

あなたは何とか平静を装い、小指を合わせた。

「……約束、します」

「ふふっ。よかったです」

その笑顔を見て、あなたは心の中で叫んだ。

(今日一日、僕の心臓は持つのだろうか……!)

4.食堂で明かされた、本当の気持ち

昼休み。

あなたとさくらさんは、社員食堂で向かい合って座っていた。

普段なら、食事をしながらメールを確認したり、午後の予定を考えたりしている時間だ。

しかし今日は違う。

パソコンもない。

書類もない。

スマートフォンは、さくらさんに「今日はしまっておきましょうね」と言われてしまった。

「……なんだか、落ち着かないな」

あなたがぽつりとつぶやく。

さくらさんは、箸を置いて微笑んだ。

「いつも忙しくされているからですね」

「そうかもしれない。仕事をしなくていいって言われると、逆に何をすればいいのか……」

「では、私とお話ししませんか?」

「えっ?」

「最近、ゆっくりお話しできていませんでしたから」

あなたは思わず背筋を伸ばした。

「そ、そうだね! 何でも話そう!」

(何でもって何だ!? 好きな食べ物? 趣味? 休日の過ごし方? いや、恋愛の話になったらどうする!?)

さくらさんは楽しそうに笑った。

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

「き、緊張なんかしてないよ!」

「ふふっ。そういうことにしておきますね」

彼女は少し考えてから、静かに言った。

「……専務。皆さんがどうして今日、あのようなことをしたのか、もうお分かりですか?」

あなたはうなずいた。

「うん。僕が働きすぎていたから……だよね」

「はい」

「……でも、僕は好きでやっていたんだ。誰かが困っているのを見ると、放っておけなくてさ」

「それは、専務の素敵なところだと思います」

「……!」

「ただ」

さくらさんは、少しだけ表情を曇らせた。

「専務が倒れてしまったら、助けてもらった皆さんも悲しみます」

「…………」

「私も、悲しいです」

ドクン。

心臓が、大きく跳ねた。

「さ、さくらさん……?」

彼女は自分の言葉に少し照れたように視線を落とした。

「……すみません。少し、個人的な気持ちが入ってしまいましたね」

「い、いや! そんなことないよ!」

(個人的な気持ち!? 今、個人的な気持ちって言った!?)

あなたは動揺しながらも、何とか言葉を続けた。

「……心配してくれて、ありがとう」

さくらさんは顔を上げた。

そして、いつもより少しだけ優しい声で言った。

「どういたしまして」

その瞬間、あなたは理解した。

みんなが自分の働きを見てくれていたこと。

自分が誰かを助けたことを、覚えていてくれたこと。

そして、自分自身もまた、誰かに助けられていいのだということを。

「……僕、もう少しだけ、周りの人を頼ってみようかな」

「はい。ぜひ、そうしてください」

「でも、明日からはまた仕事を頑張るよ」

「もちろんです。ただし、休むときは休んでくださいね?」

「……はい」

「よろしいです」

さくらさんは満足そうに微笑んだ。

あなたはその笑顔を見つめながら、心の中でそっとつぶやいた。

(……やっぱり、僕はさくらさんが好きだ)

(でも、この気持ちだけは……まだ知られるわけにはいかない)

ところが。

「……専務?」

「は、はい!?」

「今、何か考えていらっしゃいましたか?」

「い、いや! 今日のランチ、おいしいなって!」

「……まだ一口も召し上がっていませんよ?」

「…………」

しまった。

さくらさんは、くすくすと笑い始めた。

「ふふっ……もう。本当に、専務は分かりやすいですね」

「そ、そんなことないよ!」

「そうでしょうか?」

彼女は、あなたを見つめながら微笑んだ。

「……私は、そういうところも素敵だと思いますけれど」

「…………っ!?」

あなたは、危うくお茶を吹き出しそうになった。

(だ、だめだ……! 休暇初日から、心臓が限界だ……!)

5.帰り際、さくらさんからの秘密の言葉

午後。

二人は会社の庭をゆっくりと歩いていた。

木々の葉が風に揺れ、柔らかな日差しが差し込んでいる。

いつもなら、あなたはこの時間も仕事をしている。

けれど今日は、ただ歩いて、話して、笑っているだけだった。

「……こういう時間も、悪くないね」

あなたが言うと、さくらさんもうなずいた。

「はい。私も、久しぶりにゆっくりできました」

「……さくらさんも、忙しかったんじゃない?」

「ええ。でも、今日は専務を休ませるという大切な任務がありましたので」

「任務って……」

「ふふっ。社長からも、くれぐれもよろしくと頼まれました」

「社長……絶対、みんなで相談してたんだな……」

あなたはようやく、今日の出来事の全貌を理解し始めた。

ファイルを移動したのも。

社長と連絡がつかなかったのも。

部長が会議中だったのも。

美咲さんたちが、妙に静かだったのも。

全部、あなたを休ませるためだった。

「……そっか」

あなたは庭のベンチに腰を下ろした。

「みんな、僕のことを考えてくれてたんだね」

「はい」

さくらさんも、隣に座った。

「皆さん、専務のことが大切なのです」

「……ありがたいな」

「ええ」

しばらく、二人で静かな時間を過ごした。

やがて、さくらさんがぽつりと言った。

「……私もです」

「え?」

「私も、専務には元気でいてほしいと思っています」

彼女は、少し恥ずかしそうに笑った。

「いつも周りの方を助けていらっしゃる専務だからこそ、ご自分のことも大切にしていただきたいのです」

あなたは、彼女の横顔を見つめた。

(……ああ、もう)

(こんなことを言われたら、ますます好きになってしまうじゃないか)

あなたは心の中で何度も深呼吸をした。

そして、できるだけ自然な声で答えた。

「……ありがとう、さくらさん。僕、今日のことは忘れないよ」

「はい。覚えていてくださいね」

さくらさんは、あなたに向き直った。

「それから……明日も、無理をしすぎないと約束していただけますか?」

「うん。約束する」

「本当ですか?」

「本当!」

「……では、もしまた働きすぎていたら?」

「……休みます」

「よろしいです」

彼女は満面の笑顔を見せた。

そして、帰り際。

あなたが立ち上がろうとしたとき、さくらさんがそっと声をかけた。

「……あの、専務」

「ん? どうしたの?」

「今日は、一緒に過ごせて楽しかったです」

「…………!」

「また、こういう時間を作っていただけたら嬉しいです」

彼女は、ほんの少しだけ頬を赤くして笑った。

あなたの心臓が、ドクン、ドクンと鳴り続ける。

「……う、うん! ぜひ!」

「ふふっ。約束ですよ?」

「……約束!」

さくらさんは満足そうにうなずき、先に歩き始めた。

あなたはその後ろ姿を見送りながら、顔を両手で覆った。

(……今日、休んだはずなのに)

(仕事をしているときより、疲れた気がする……)

(いや、違う)

(さくらさんが可愛すぎて、心臓が休めなかったんだ……!)

その日の夜。

社長から、あなたのスマートフォンに一通のメッセージが届いた。

『本日はゆっくり休めたかな? 明日からも頼むぞ、専務。ただし、仕事の抱え込みは禁止だ』

続いて、美咲さんからもメッセージが届く。

『専務! 今日はちゃんと休めましたか? 私たち、いつも助けてもらってばかりなので、今度は私たちにも頼ってくださいね!』

さらに、部長から。

『専務。明日からの業務分担表を作成しました。確認のうえ、無理のない範囲で進めてください』

あなたは、次々と届くメッセージを見つめた。

「……みんな、本当に……」

思わず笑みがこぼれた。

そして、最後にさくらさんからメッセージが届いた。

『本日はお疲れさまでした。明日もお会いできるのを楽しみにしております。どうか、今夜はゆっくりお休みくださいね』

あなたはスマートフォンを胸元に抱えた。

「…………」

数秒後。

「うわああああああああっ!!」

ベッドの上で、静かに転がった。

「明日も会えるのを楽しみにって……! それ、どういう意味!? いや、普通の挨拶だよね!? 教育係としての言葉だよね!?」

しばらく悶絶したあと、あなたは天井を見つめた。

「……明日こそ、普通に接しよう」

そう決意した。

一方、その頃。

自宅のさくらさんは、あなたから届いた『今日はありがとう。明日もよろしくね!』という返信を見て、スマートフォンをそっと胸元に寄せていた。

「……本当に、優しい方ですね」

そして、誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。

「……今日くらい、もう少し一緒にいたかったな」

さくらさんは自分の頬が赤くなっていることに気づき、慌ててスマートフォンを置いた。

「……いけません。明日も、きちんと教育係として接しなければ……」

そう言いながらも、彼女の口元には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。

翌朝。

あなたはいつもより少し早く出社した。

そして、専務室のドアを開ける前に、小さくつぶやいた。

「……今日こそ、さくらさんの前で平静を保つ!」

ガチャ。

「おはようございます、専務」

そこには、笑顔のさくらさんが立っていた。

「昨日はゆっくり休めましたか?」

「は、はいっ!」

「よかったです。では、今日もよろしくお願いいたしますね」

「……はい!」

彼女が微笑む。

あなたの心臓が、またドクンと鳴った。

(……無理だ)

(やっぱり、僕は――)

教育係のさくらさんには、恋心を知られてはいけない。

……けれど。

その恋心が、いつか彼女に届く日が来るのかもしれない。

そんな予感を胸に、あなたは今日も、さくらさんの隣で仕事を始めるのだった。