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「もしも、さくらさんと美咲さんが僕に告白してきたら」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「もしも、さくらさんと美咲さんが僕に告白してきたら」

第一話 専務室で始まった危険な妄想

午前十時。

僕は専務室でパソコンに向かい、今日の仕事を進めていた。

……はずだった。

「……」

キーボードを打つ手が止まる。

原因は、隣の席に置いてある一枚のメモだった。

そこには、昨日のさくらさんとのやり取りが書かれている。

『無理をしすぎないでくださいね。あなたが倒れたら、私も困りますから』

……優しかった。

本当に、優しかった。

「……さくらさん、か」

思わず小さくつぶやく。

僕は教育係だった頃から、ずっと彼女のことが好きだった。

けれど、告白する勇気なんてない。

だって、今の僕にとってさくらさんは、大切な仕事仲間であり、信頼できる上司でもある。

この関係が壊れるのは怖い。

「……いや、待てよ」

ふと、頭の中にとんでもない考えが浮かんだ。

「もしも……もしもだぞ?」

僕は誰もいない専務室で、そっと椅子に座り直した。

「もしも、さくらさんのほうから告白してきたら……?」

想像してみる。

第二話 妄想その一・さくらさんの告白

仕事終わり。

僕が書類を整理していると、さくらさんが専務室を訪ねてくる。

「失礼します。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。どうしました?」

さくらさんはいつも通りの落ち着いた表情。

しかし、なぜか今日は帰ろうとしない。

「……あの、実はですね」

「はい?」

「あなたに、お伝えしたいことがあるんです」

……え?

なんだ、その展開。

僕の妄想は止まらない。

さくらさんは視線を少し落とし、頬を赤く染める。

「私……ずっと前から、あなたのことが好きでした」

「…………え?」

「仕事に一生懸命で、誰かが困っていると放っておけなくて。自分が大変でも、周りの人を助けようとするところ……ずっと、素敵だと思っていたんです」

さくらさんは、いつもの敬語のまま微笑んだ。

「もしよろしければ……私と、お付き合いしていただけませんか?」

――ドクンッ!!

「うわあああああっ!!」

「……っ!?」

僕は現実の専務室で、思わず声を上げた。

もちろん、さくらさんはいない。

いるのは僕と、まだ開きっぱなしの業務資料だけだ。

「な、何を考えてるんだ、僕は……!」

顔が熱い。

想像しただけなのに、心臓が落ち着かない。

しかも、妄想の中のさくらさんは、最後にこんなことまで言ったのだ。

『……返事をいただけるまで、今日は帰りませんね?』

「さくらさんなら……言いそうで怖い!」

いや、言わない。

たぶん言わない。

……言わないよな?

僕は頭を抱えた。

第三話 妄想その二・美咲さんまで参戦!?

「……いや、待て」

僕は、ふと別の可能性に気づいた。

「もしも……美咲さんまで僕に告白してきたら?」

考えてはいけない。

そう思うほど、想像は膨らんでいく。

翌日の昼休み。

僕が庭のベンチで休んでいると、美咲さんがやってくる。

「専務、お隣、いいですか?」

「ええ、もちろんです」

美咲さんは隣に座ると、いつもの明るい笑顔を見せた。

「専務って、本当に優しいですよね」

「そ、そんなことないですよ」

「ありますよ。私が仕事で困っていたときも、さりげなく助けてくれましたし。誰に対しても一生懸命ですし」

「……ありがとうございます」

「それで……今日は、専務にお願いがあるんです」

「お願い?」

美咲さんは一度深呼吸した。

そして、まっすぐ僕を見つめる。

「私……専務のことが好きなんです」

「…………えっ!?」

「仕事仲間としてだけじゃなくて、ひとりの男性として。よかったら、私とお付き合いしてくれませんか?」

美咲さんは恥ずかしそうに笑った。

「……返事、待ってますね?」

――ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!

「む、無理だあああああっ!!」

僕は専務室の椅子でのけぞった。

「美咲さんまで!? どうして!? いや、そもそも何を考えてるんだ僕は!!」

さくらさんに告白される妄想だけでも大変なのに、美咲さんまで加わった。

しかも、美咲さんは明るいからこそ、まっすぐ気持ちを伝えてくる姿が妙に想像できてしまう。

「だめだ……仕事に戻ろう……」

僕は資料を開いた。

『来月の新規事業について――』

「……もし、二人が同じ日に告白してきたら?」

資料を閉じた。

「考えるなあああああっ!!」

第四話 妄想その三・まさかの三者面談

そして、僕の妄想は最悪の方向へ進んでいった。

ある日の夕方。

専務室に、さくらさんと美咲さんが同時にやってくる。

「専務、少しお話があるのですが」

「私もです、専務!」

「……え?」

二人は顔を見合わせた。

さくらさんが静かに尋ねる。

「美咲さんも、ですか?」

「はい。さくらさんもですか?」

「……そうですか」

なぜか、二人の間に火花が散った気がした。

「では、先に私からよろしいでしょうか」

「いえ、私からでもいいですか?」

「……美咲さん?」

「……さくらさん?」

「…………」

「…………」

僕は二人の間で固まっていた。

(待って。何が起きてるの?)

そして、二人が同時に僕を向いた。

「あなたのことが好きです」

「専務のことが好きです!」

「…………」

(終わった)

さくらさんが、少しだけ頬を赤くする。

「私は、あなたが思っている以上に、あなたのことを大切に思っています」

美咲さんも負けじと言った。

「私だって、専務のことをずっと見てきました!」

「み、美咲さん……?」

「さくらさん……?」

二人が再び向き合う。

「……これは、きちんとお話しする必要がありそうですね」

「そうですね。私もそう思います」

「ま、待ってください! ここは会社ですよ!?」

「ええ、存じています」

「もちろんです!」

二人とも笑顔だった。

なのに、なぜか怖い。

「……うわあああああっ!!」

僕はついに頭を抱えた。

「こんなの、どう返事すればいいんだあああああっ!!」

――そこで、妄想は終わった。

第五話 そして現実へ

「……専務?」

「…………」

「専務?」

「…………」

「専務!!」

「はいっ!?」

僕は飛び上がった。

目の前には、さくらさんが立っていた。

その隣には、美咲さんもいる。

……え?

二人?

「お、お疲れさまです!」

僕は慌てて姿勢を正した。

さくらさんは不思議そうに首をかしげる。

「先ほどから何度かお呼びしたのですが……何か考え事ですか?」

「い、いえ! 仕事のことを少々!」

「そうですか?」

美咲さんが机の上をのぞき込む。

「でも、専務。さっきから同じページを開いたままですよ?」

「…………」

「それに、さっき『返事をどうすればいいんだ』って聞こえた気がするんですけど」

「!!!!」

僕の心臓が跳ねた。

聞かれた!?

まさか、妄想の一部が口から出ていたのか!?

さくらさんが静かに僕を見つめる。

「……返事、ですか?」

「い、いや! 仕事上の返事です! 取引先への返事です!」

「まあ。そうだったんですね」

さくらさんは納得したように微笑んだ。

助かった……!

しかし、美咲さんがニヤリと笑った。

「ふふっ。専務、顔が赤いですよ?」

「暑いんです!!」

「今日は涼しいですよ?」

「専務室の空調が故障したのかもしれません!!」

「先ほど、私が確認したときは正常でしたが……」

さくらさんが真面目に答える。

「さくらさん、今はそこを掘り下げないでください!!」

「……?」

さくらさんはますます不思議そうな顔をした。

美咲さんは口元を押さえて笑っている。

「専務って、たまにすごく面白いですよね」

「面白くありません!!」

「ふふっ、すみません」

その笑顔を見た瞬間、僕はまた余計なことを考えてしまった。

(……もし、本当に二人から告白されたら……)

(僕は……どうするんだろう)

さくらさんが、そっと僕の机に書類を置いた。

「専務。あまり根を詰めすぎないでくださいね。考え事も大切ですが、休憩も必要ですよ?」

「……はい。ありがとうございます」

優しい声。

優しい笑顔。

……やっぱり、好きだ。

そう思った瞬間。

「専務?」

「は、はいっ!?」

「……今、私の顔を見て、どうしてそんなに慌てたんですか?」

「な、何でもありません!」

さくらさんは少しだけ目を細めた。

「……そうですか?」

そして、ほんのり微笑む。

「なら、いいのですが」

美咲さんが、隣から小声で言った。

「……もしかして、さくらさんのことが?」

「美咲さん!!」

「はい、何でしょう?」

「何でもありません!!」

「ふふっ。まだ何も言ってませんよ?」

「~~~~っ!!」

二人が部屋を出ていったあと。

僕は机に突っ伏した。

「……妄想するだけで、こんなに疲れるなんて……」

そして、心の中で固く誓った。

(もう二度と、仕事中にあんな妄想はしない……!)

――三分後。

「……もし、さくらさんが本当に告白してきたら……」

「やっぱり考えるなあああああっ!!」

専務室に、僕の叫び声が響いた。

廊下では、ちょうど通りかかったさくらさんと美咲さんが足を止めていた。

「……専務、今日は少しお疲れのようですね」

「そうですね。でも、なんだか楽しそうにも見えます」

「……ふふっ。あとでお茶でもお持ちしましょうか」

「いいですね。私もお手伝いします!」

二人は笑顔で歩き出した。

その頃、専務室では――。

「……さくらさんのお茶……美咲さんのお茶……二人が同時に来たら……」

「だから考えるなってば!!」

今日も僕の恋心は、本人たちに知られないまま。

ただし、僕の独り言だけは、少しずつ危険な領域に入っていたのだった。