「妄想のせいで、二人が妙に優しいんですが!?」
「妄想のせいで、二人が妙に優しいんですが!?」
1.専務室で始まる、危険すぎる妄想
朝。
あなたは専務室の椅子に座り、パソコンを立ち上げていた。
「よし……今日も頑張るか」
いつも通りの朝。いつも通りの仕事。
……のはずだった。
あなたの頭の中には、昨日からずっと離れない光景があった。
それは、もしも。
さくらさんと美咲さんが、自分に告白してきたら。
『……あの、少しだけお時間よろしいですか?』
妄想の中のさくらさんは、いつもより頬を赤く染めていた。
『私、ずっと前からあなたのことが……好きだったんです』
「…………っ!?」
あなたは椅子の上で固まった。
「いやいやいや! 何を考えてるんだ僕は!」
慌てて頭を振る。
しかし、妄想は止まらない。
今度は美咲さんが現れた。
『ふふっ。実は私もなんですよ。あなたと一緒にいると、すごく楽しくて……もっと一緒にいたいなって』
「うわあああああっ!」
思わず机に突っ伏した。
「そんなことあるわけないだろ! 落ち着け! 仕事だ、仕事!」
そう。これはただの妄想。
さくらさんは教育係で、美咲さんは大切な同僚。
二人とも優しい人だ。
だから、こんなことを考えるのは失礼かもしれない。
……それでも。
「もし本当に言われたら……僕、まともに返事できる自信ないぞ……」
ボソッと呟き、顔を両手で覆った。
そのとき。
コンコン。
「失礼します」
「ひゃいっ!?」
勢いよく顔を上げた。
ドアの向こうに立っていたのは――。
「……さくらさん!?」
「はい。どうかなさいましたか?」
いつも通りの落ち着いた声。
しかし、あなたは先ほどの妄想を思い出してしまった。
『私、ずっと前からあなたのことが好きだったんです』
「~~~~っ!」
「……? お顔が赤いようですが、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! 健康です! 絶好調です!」
「そうですか?」
さくらさんは少し首を傾げた。
そして、あなたの机に書類を置くと、ふわりと微笑んだ。
「今日も頑張っていらっしゃいますね。無理はなさらないでくださいね?」
「……え?」
「あなたは、いつも周りの方のために頑張りすぎますから」
そう言って、さくらさんは机の端に小さな包みを置いた。
「これ、よろしければどうぞ。お好きだとおっしゃっていたお菓子です」
「えっ!? ありがとうございます!」
「ふふっ。どういたしまして」
さくらさんは、いつもより少しだけ長くあなたを見つめた。
「……本当に、かわいらしい反応をなさいますね」
「えっ?」
「いえ。何でもありません」
さくらさんは微笑みながら部屋を出ていった。
あなたは、しばらく動けなかった。
「…………」
そして。
「いやいやいやいや!!」
机に突っ伏した。
「今日のさくらさん、優しすぎない!?」
妄想の中のさくらさんと、現実のさくらさんが重なってしまう。
「まさか……いや、そんなわけない!」
あなたは頭を抱えた。
「妄想のしすぎだ! 絶対にそうだ!」
しかし、心臓はなかなか落ち着いてくれなかった。
2.美咲さんまで優しい!?
午前十時。
あなたが書類の整理をしていると、再びノックの音がした。
「専務、失礼しますね」
「美咲さん! お疲れさまです!」
「ふふっ。今日も元気ですね」
美咲さんは、あなたの向かいに書類を置いた。
「こちら、確認をお願いしたい資料です。お忙しいと思うので、急ぎではありませんよ」
「ありがとうございます。確認しておきますね」
「はい。それと……」
美咲さんは、少しだけためらってから、小さな紙袋を差し出した。
「これ、よかったらどうぞ」
「これは?」
「お菓子です。昨日、お店で見かけて……あなたが好きそうだなって」
「えっ!? 僕にですか!?」
「もちろんです」
美咲さんは、にこっと笑った。
「いつも皆さんを助けてくださるでしょう? たまには、あなたも誰かに甘えていいんですよ」
「…………」
その言葉が、胸にすっと染み込んだ。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
「どういたしまして」
美咲さんは満足そうに微笑んだ。
そして、なぜかあなたの顔をじっと見つめた。
「……あの、美咲さん?」
「はい?」
「何か、僕の顔についていますか?」
「いいえ?」
彼女は楽しそうに笑った。
「ただ、今日はいつも以上にかわいい反応をしてくださるなあと思いまして」
「かっ……!?」
「ふふっ。では、失礼しますね」
美咲さんは軽やかに部屋を出ていった。
あなたは、紙袋を持ったまま固まっていた。
「…………」
数秒後。
「どういうことおおおおお!?」
思わず天井を仰いだ。
「さくらさんに続いて、美咲さんまで!? 今日は何の日なんだ!?」
誕生日でもない。
記念日でもない。
仕事で大きな成果を出したわけでもない。
それなのに、二人が妙に優しい。
しかも、言葉の端々が妙に甘い。
あなたの頭の中に、昨日の妄想が再び浮かび上がった。
『私、ずっと前からあなたのことが好きだったんです』
『もっと一緒にいたいなって』
「やめろおおお! 現実と妄想を混同するな、僕!」
誰もいない専務室で、あなたは一人、必死に自分を落ち着かせていた。
……その様子を。
廊下の向こうで、二人の女性がこっそり見ていたことも知らずに。
3.廊下での秘密の会話
「……ふふっ。美咲さん、見ましたか?」
「ええ。専務、すごく慌てていましたね」
廊下の角。
さくらさんと美咲さんは、小声で話していた。
「今日の専務、何だかいつも以上に意識してくださっている気がします」
「そうですね。私が部屋に入ったときも、顔を真っ赤にしていましたし」
「……何かあったのでしょうか?」
「さあ?」
美咲さんは、いたずらっぽく笑った。
「でも、あんな反応をされると……つい、もっと優しくしたくなっちゃいますね」
「……分かります」
さくらさんも、頬に手を当てて小さく笑った。
「いつも一生懸命で、少し不器用で……こちらが気にかけると、あんなに嬉しそうにしてくださるんですもの」
「さくらさん、専務のことをよく見ていますね?」
「そ、それは教育係ですから!」
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」
「美咲さん……!」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に小さく笑った。
実は二人とも、あなたが普段から周囲の人を気遣い、自分のことを後回しにしているのを知っていた。
だからこそ、今日は少しでもあなたを喜ばせたかった。
……ただし。
二人とも、あなたの反応が予想以上にかわいらしくて、ついからかいたくなってしまっていたのだった。
「午後も、少しだけ優しくしてみましょうか」
「ええ。……でも、あまり驚かせすぎないようにしないといけませんね」
そう言いつつ、二人の笑顔はどこか楽しそうだった。
4.昼休み、庭での緊急作戦会議
昼休み。
あなたは食堂で昼食を済ませ、いつもの庭のベンチに座っていた。
青空を見上げながら、深く息を吐く。
「……落ち着け。落ち着くんだ、僕」
今日の出来事を整理してみる。
さくらさんがお菓子をくれた。
さくらさんがかわいいと言った。
美咲さんもお菓子をくれた。
美咲さんもかわいいと言った。
「……いや、最後の二つが特におかしい!」
あなたは頭を抱えた。
「もしかして、僕、知らないうちに何かやらかしたのか……?」
考えれば考えるほど、悪い方向に想像が膨らんでいく。
「いや、待て。二人とも普通に優しい人だ。いつも周りを気遣ってくれる。そうだ、きっとそうだ」
自分に言い聞かせる。
「そうだよ。告白なんて、あるわけない。昨日の妄想を引きずってるだけだ……」
そこまで言ったときだった。
「何を一生懸命、言い聞かせていらっしゃるんですか?」
「うわあっ!?」
振り返ると、さくらさんが立っていた。
その隣には美咲さん。
「さ、さくらさん!? 美咲さんまで!?」
「こんにちは。隣、よろしいですか?」
「も、もちろんです!」
あなたは慌ててベンチの端に移動した。
さくらさんが隣に座り、美咲さんが反対側に座る。
……逃げ場がない。
いや、逃げる必要なんてないのだが。
「お昼は召し上がりましたか?」
さくらさんが尋ねる。
「はい、食べました!」
「よかったです。午後もお仕事がありますからね」
さくらさんは、優しく微笑んだ。
すると、美咲さんがあなたの顔を覗き込んだ。
「専務、最近ちゃんと休んでいますか?」
「えっ? あ、はい!」
「本当ですか?」
「ほ、本当です!」
「……ふふっ。では、今日は定時で帰ってくださいね」
「えっ!?」
「命令ではありません。お願いです」
さくらさんは、少しだけ声を柔らかくした。
「あなたが頑張ってくださるのは嬉しいです。でも、あなた自身のことも大切にしていただきたいんです」
「…………」
その優しさに、胸が温かくなった。
「……ありがとうございます、さくらさん」
「はい」
さくらさんは、嬉しそうに微笑んだ。
その瞬間。
あなたの頭の中で、昨日の妄想が再生された。
『私、ずっと前からあなたのことが好きだったんです』
「…………っ!」
「専務?」
「な、何でもありません!」
美咲さんがくすっと笑った。
「本当に、今日は反応がかわいいですね」
「美咲さんまで!?」
「ふふっ。すみません」
さくらさんまで、口元を押さえて笑っている。
「……さくらさんも笑ってますよね!?」
「いえ、その……申し訳ありません。つい」
二人の笑顔を見ているうちに、あなたもつられて笑ってしまった。
「……もう、二人とも勘弁してくださいよ」
「ふふっ。ごめんなさい」
「でも、専務が笑ってくださってよかったです」
美咲さんの言葉に、あなたは少しだけ驚いた。
そして、穏やかに微笑み返した。
「……ありがとうございます。二人がいてくれると、僕も頑張れます」
その言葉を聞いた瞬間。
さくらさんと美咲さんは、そろって黙り込んだ。
「……え?」
あなたが二人の顔を見る。
さくらさんは頬を赤くして視線を逸らし、美咲さんも口元を押さえていた。
「さ、さくらさん?」
「……いえ。何でもありません」
「美咲さん?」
「……ちょっと、今のは反則ですよ、専務」
「ええっ!?」
今度はあなたが慌てる番だった。
「な、何がですか!?」
「秘密です」
美咲さんは、楽しそうに笑った。
さくらさんも小さく頷く。
「はい。秘密です」
「そ、そんなあ……!」
三人の笑い声が、静かな庭に響いた。
5.午後、さらなる追い打ち
午後二時。
あなたが専務室で仕事をしていると、さくらさんが再びやってきた。
「失礼します。少し休憩しませんか?」
「えっ、休憩ですか?」
「はい。こちら、お茶を淹れてきました」
「わざわざ僕のために……?」
「もちろんです」
さくらさんは、机の上に温かいお茶を置いた。
「いつも頑張っていらっしゃるご褒美です」
「ご、ご褒美……」
その単語に、あなたの思考が止まった。
「……あの、さくらさん」
「はい?」
「今日、何かありましたか?」
「何か、ですか?」
「その……朝から、いつも以上に優しいので……」
さくらさんは、目を丸くした。
それから、少し困ったように微笑んだ。
「……優しくしてはいけませんか?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
「でしたら、よかったです」
さくらさんは、お茶をあなたの手元へ寄せた。
「私だって、あなたに喜んでいただきたいと思うことくらいありますよ」
「…………」
「……ふふっ。では、ごゆっくり」
さくらさんは静かに部屋を出ていった。
あなたはお茶を見つめた。
「……喜んでいただきたい、か」
そして、両手で顔を覆う。
「どうしよう……今日、心臓がもたない……」
その直後、スマートフォンが震えた。
美咲さんからのメッセージだった。
『専務、お仕事お疲れさまです! 今日はちゃんと休憩してくださいね。頑張りすぎたら、私たちが心配しますからね?』
あなたは画面を見つめた。
「…………」
数秒後。
「なんで二人そろって、こんなに優しいんだああああ!」
専務室に、あなたの叫びが響いた。
廊下を通りかかった社員が、びくっと肩を震わせる。
「……専務、今日も元気だなあ」
そのまま何事もなかったように通り過ぎていった。
一方、あなたは机に突っ伏していた。
「……もう、妄想なんてしばらくやめよう」
そう決意した。
……五秒後。
『さくらさんと美咲さんに告白されたら、僕はどうするんだろう』
「やめろおおおおおお!」
決意は、あっさり崩れ去った。
6.帰り際、二人からの言葉
夕方。
あなたは本当に定時で仕事を終え、会社の玄関へ向かっていた。
すると、そこにはさくらさんと美咲さんが待っていた。
「お疲れさまです、専務」
「お疲れさまです! 今日はちゃんと帰るんですね」
「は、はい! お二人に言われましたから……」
美咲さんが嬉しそうに笑う。
「えらいですね」
「えっ、えらい……?」
「はい。ちゃんと自分を大切にできましたから」
さくらさんも頷いた。
「明日もお仕事はあります。今日はゆっくり休んでくださいね」
「……ありがとうございます」
あなたは深く頭を下げた。
そして、ふと顔を上げる。
「……あの、さくらさん、美咲さん」
「はい?」
「今日は本当にありがとうございました。お二人のおかげで、なんだか元気が出ました」
その言葉に、二人は優しく微笑んだ。
「それなら、よかったです」
「また明日も、元気なお顔を見せてくださいね」
「はい!」
あなたは笑顔で手を振り、帰路についた。
その背中を、二人はしばらく見送っていた。
「……本当に、素直な方ですね」
さくらさんがぽつりと呟く。
「ええ。だからこそ、つい構いたくなっちゃうんですよね」
美咲さんも微笑んだ。
「……さくらさん」
「はい?」
「今日、専務に何か聞かれませんでしたか?」
「……朝、どうして優しいのかと」
「やっぱり!」
二人は顔を見合わせた。
そして、楽しそうに笑った。
「明日はどうしましょうか?」
「そうですね……」
さくらさんは少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「明日も、いつも通りに優しくしましょう」
「ふふっ。そうですね」
「ただし……あまりからかいすぎないように」
「さくらさんが一番楽しそうでしたけど?」
「み、美咲さん!」
二人の笑い声が、夕暮れの玄関に響いた。
7.そして翌朝――妄想は終わらない
翌朝。
あなたは専務室に入るなり、机に向かって宣言した。
「今日こそ、絶対に妄想しない!」
パソコンを起動する。
メールを確認する。
今日の予定を整理する。
完璧だ。
これなら大丈夫。
「よし……仕事に集中だ!」
コンコン。
「失礼します」
「はい!」
ドアが開いた。
さくらさんだった。
「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
「お、おはようございます! よろしくお願いします!」
さくらさんは、にっこりと微笑んだ。
「……今日も素敵な笑顔ですね」
「…………っ!?」
あなたの脳内で、何かが弾けた。
『私、ずっと前からあなたのことが好きだったんです』
「……っ!」
「専務?」
「な、何でもありません!」
そこへ、美咲さんまでやってきた。
「おはようございます! あ、専務、今日も顔が赤いですよ?」
「美咲さんまで!?」
「ふふっ。もしかして、私たちに会えて嬉しいんですか?」
「そ、それは……!」
言いかけて、あなたは口を閉じた。
二人が、じっとこちらを見ている。
さくらさんは穏やかな笑顔。
美咲さんは、いたずらっぽい笑顔。
あなたは真っ赤になりながら、必死に言葉を探した。
「……お二人が元気そうで、よかったなあと思っただけです!」
「まあ……」
さくらさんの頬が、ほんのり赤くなった。
「……ありがとうございます」
美咲さんも、嬉しそうに笑った。
「ふふっ。私たちも、専務が元気そうで嬉しいですよ」
「…………」
あなたは、ゆっくりと椅子の背もたれに身を預けた。
そして、心の中で叫んだ。
(どうして二人とも、こんなに優しいんだ!?)
(いや、優しいのはいつものことだ!)
(でも、今日は特に優しい!)
(まさか……まさか、本当に……!?)
そこまで考えて、あなたは慌てて首を振った。
(いやいやいや! 妄想だ! これは全部、僕の妄想のせいだ!)
「……専務?」
「は、はいっ!」
「お仕事を始めましょうか」
「そ、そうですね!」
あなたは勢いよくパソコンに向き直った。
その背後で、さくらさんと美咲さんが顔を見合わせる。
そして、小さな声で。
「……ふふっ」
「……ふふふっ」
二人は、そっと笑った。
今日もまた、あなたの知らないところで。
さくらさんと美咲さんの『専務をもっと笑顔にする計画』は、順調に進んでいるのだった。
なお、あなたの妄想は――。
その日の昼休みも、絶賛継続中である。
「……もし、本当に告白されたら……」
「専務?」
「ひゃいっ!?」
「お茶、冷めてしまいますよ?」
「ありがとうございますううう!」
専務室に、またしても笑い声が響いた。
――恋心を隠したい専務と、妙に優しい二人の女性。今日も平和な一日である。