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「誰も知らない居酒屋と、追いかけてきた教育係――最後の指導日に伝える想い」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「誰も知らない居酒屋と、追いかけてきた教育係――最後の指導日に伝える想い」

朝、専務室。

あなたはいつものように机に座り、パソコンを立ち上げていた。

今日の予定を確認する。

午前中は書類の最終確認。 午後は社員との打ち合わせ。 そして、夕方には――。

「……教育係、最終日か」

思わず、声が漏れた。

さくらさんがあなたの教育係として働く期間は、今日で終わる。

もちろん、これからも同じ会社で働く。顔を合わせる機会だって、きっとある。

それでも。

あなたにとって、今日という日は特別だった。

何しろ、さくらさんはあなたにとって、ただの教育係ではなかったのだから。

仕事で失敗したとき、誰よりも真剣に教えてくれた人。

落ち込んでいるとき、さりげなく声をかけてくれた人。

そして、あなたがずっと恋心を隠し続けてきた人。

「……今日こそ、言わないとな」

あなたは引き出しから、小さなメモを取り出した。

そこには、何度も書き直した告白の言葉が記されていた。

『さくらさん。ずっと好きでした』

たった一行。

なのに、口に出そうとするだけで胸が苦しくなる。

ドクン。

「……うわ。もう緊張してるのか、僕」

あなたはメモを閉じ、深呼吸した。

今日は逃げない。

そう決めていた。

1.頭から離れない、あの日のこと

午前十時。

あなたは書類を確認していた。

しかし、文字がまったく頭に入ってこない。

「……」

思い出してしまうのだ。

この前、廊下で見てしまった光景を。

さくらさんが、男性社員から告白されていた。

そしてあなたは、その場から離れた。

――身を引こう。

そう思った。

自分の気持ちを伝えたところで、困らせてしまうかもしれない。

さくらさんには、さくらさんの人生がある。

だからこそ、あなたは彼女の幸せを願って、諦めようとした。

けれど。

その夜、誰も知らない行きつけの居酒屋で、さくらさんに追いかけられた。

「どうして、何も言わずにいなくなったんですか?」

あの声。

あの表情。

いつも落ち着いているさくらさんが、珍しく必死になっていた。

そして、あなたは答えられなかった。

自分が嫉妬していたことも。

彼女を好きだからこそ、身を引こうとしたことも。

何一つ。

「……忘れられるわけ、ないよな」

あなたは額に手を当てた。

ドクン、ドクン。

胸がうるさい。

あのとき、さくらさんは何を思っていたのだろう。

どうして、わざわざ追いかけてきてくれたのだろう。

考えれば考えるほど、仕事が手につかなくなる。

コンコン。

「失礼します」

「ひゃいっ!?」

「……専務?」

扉を開けたのは、さくらさんだった。

あなたは慌てて姿勢を正した。

「お、お疲れさまです! どうしましたか!?」

「午後の打ち合わせの資料をお持ちしました。それと……」

さくらさんは資料を机に置いた。

そして、あなたの顔をじっと見つめる。

「今日、少し緊張していませんか?」

「そ、そんなことは!」

「声が裏返っていますよ」

「……」

「ふふっ」

さくらさんが、小さく笑った。

その笑顔を見た瞬間、あなたの心臓が跳ねた。

――ああ、やっぱり好きだ。

何度諦めようとしても、無理だった。

あなたは、さくらさんが好きなのだ。

「……専務?」

「はいっ!?」

「本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! 絶好調です!」

「そうですか。では、午後もよろしくお願いしますね」

さくらさんは微笑んで、部屋を出ていった。

扉が閉まる。

あなたは椅子の背もたれに沈み込んだ。

「……無理だ。可愛すぎる」

そして、すぐに首を振った。

「いやいや! 今日は告白するんだろ、僕!」

自分に言い聞かせる。

今日を逃したら、きっとまた言えなくなる。

そうして、あなたは再び仕事に向き合った。

今度こそ、集中するために。

……ただし、さくらさんが廊下を通るたびに、つい顔を上げてしまうのだった。

2.最後の教育

午後四時。

最後の打ち合わせが終わった。

さくらさんは資料を整理しながら、あなたに向き直った。

「専務。これで、私が担当する教育期間は終了です」

「……そうですね」

「最初の頃を覚えていますか?」

「もちろんです」

あなたは苦笑した。

最初は、さくらさんの前でまともに話すことすら難しかった。

仕事を教わるたびにドキドキして、褒められれば一日中嬉しくて、少し注意されれば落ち込んだ。

もちろん、そんなことは一度も口にしていない。

「専務は、最初の頃から本当に頑張っていましたね」

「いえ……さくらさんが教えてくれたおかげです」

「そんなことありません。専務ご自身が努力されたんです」

さくらさんは、いつもの丁寧な口調で続けた。

「私も、専務と一緒に仕事ができてよかったです」

「……っ」

その一言が、胸に刺さった。

嬉しい。

でも、寂しい。

教育係という理由で一緒にいられる時間は、もう終わってしまう。

あなたは、拳をそっと握った。

「あの、さくらさん」

「はい?」

「今日の仕事が終わったあと、少しだけ時間をいただけませんか?」

「時間、ですか?」

「はい。お話ししたいことがあって」

さくらさんは少し驚いたあと、柔らかく微笑んだ。

「もちろんです。お待ちしていますね」

「……ありがとうございます」

その瞬間、あなたは心に決めた。

今夜、伝えよう。

ずっと隠してきた気持ちを。

3.誰も知らない居酒屋、再び

午後七時。

仕事を終えたあなたは、さくらさんと会社の玄関で合流した。

「お待たせしました」

「いえ。こちらこそ、お疲れさまです」

あなたは少し迷ったあと、口を開いた。

「……実は、行きたい場所があるんです」

「行きたい場所?」

「この前の、あの居酒屋です」

さくらさんの表情が変わった。

誰も知らない、あなたの行きつけ。

そして、彼女があなたを追いかけてきてくれた場所。

「……あそこ、ですか」

「はい。嫌でなければ、一緒に来ていただけませんか?」

さくらさんは数秒、あなたを見つめた。

それから。

「……はい。ぜひ」

少しだけ、頬を赤くして答えた。

あなたは心の中で叫んだ。

――待って!? 今の表情、何!?

しかし、顔には出さない。

出したら最後、今夜の計画が崩壊する。

二人は並んで歩き始めた。

夜風が吹く。

隣にいるさくらさんとの距離が、いつもより近く感じられた。

ドクン。

ドクン。

「……専務」

「は、はい!」

「今日は、いつもより静かですね」

「そ、そうですか?」

「ええ。何か考え事でも?」

「……あります」

あなたは正直に答えた。

さくらさんは、少しだけ目を丸くした。

「そうですか」

それ以上、彼女は尋ねなかった。

ただ、あなたの歩幅に合わせて歩いてくれた。

その優しさが、また胸を締めつける。

――好きだ。

――やっぱり、伝えたい。

今夜こそ。

4.あの夜の答え

居酒屋に着くと、店主があなたに気づいて声をかけた。

「おっ、久しぶりだね!」

「お久しぶりです」

「今日はお連れさんも一緒かい?」

「……はい」

あなたは、隣のさくらさんを見た。

「大切な人です」

「……えっ?」

さくらさんが固まった。

あなた自身も、言った直後に固まった。

「ち、違っ……いや、違わないんですけど、その……!」

「ふふっ」

さくらさんが口元を押さえた。

「専務、今日は本当にどうされたんですか?」

「……すみません。自分でも、よくわからなくなってきました」

二人は奥の席に座った。

料理が運ばれてきて、しばらくは仕事の話をした。

最初に教わった業務のこと。

あなたが初めて大きな仕事を成功させた日のこと。

さくらさんが褒めてくれたこと。

「あのとき、専務が嬉しそうに笑っていたのを覚えています」

「えっ、そんなに顔に出ていましたか?」

「はい。とても」

「……うわぁ」

あなたは顔を覆った。

さくらさんは楽しそうに笑っていた。

その笑顔を見ていると、時間が止まればいいと思ってしまう。

けれど、話が途切れたとき。

あなたは、あの日のことを思い出した。

廊下で見た告白。

身を引こうと決めた自分。

そして、居酒屋まで追いかけてきてくれたさくらさん。

箸を置く。

「……さくらさん」

「はい」

「この前のことなんですけど」

さくらさんの笑顔が、静かに消えた。

「……廊下で、男性社員の方から告白されていたことです」

「あ……」

「見てしまったんです。すみません。盗み聞きするつもりはなかったんです」

「いえ。それは……」

さくらさんは、少し困ったように視線を落とした。

あなたは続けた。

「そのとき、僕は……身を引こうと思いました」

「……どうしてですか?」

「だって、さくらさんが幸せなら、それでいいと思ったからです」

言葉にすると、胸が苦しくなった。

「僕が好きだなんて伝えたら、困らせてしまうかもしれない。今まで通りに仕事ができなくなるかもしれない。そう考えたら、何も言えなくなって……」

あなたは苦笑した。

「情けないですよね。専務なのに、こんなことでずっと悩んで」

「そんなこと……」

「でも、あの日、さくらさんが追いかけてきてくれたでしょう?」

さくらさんは黙って頷いた。

「どうして、来てくれたんですか?」

その質問に、彼女はすぐには答えなかった。

指先をそっと重ね、少しだけ考えている。

やがて、さくらさんは顔を上げた。

「……専務が、急にいなくなってしまったからです」

「はい」

「何か誤解をされたのではないかと思いました。それに……」

彼女の声が、小さくなる。

「……あのまま、お話しできなくなるのが嫌だったんです」

ドクン。

あなたの胸が、大きく鳴った。

「……え?」

「私にも、まだ自分でうまく説明できない気持ちがあります。でも、専務が何も言わずに離れてしまうのは……嫌でした」

さくらさんは、ほんのり頬を染めた。

「だから、追いかけたんです」

あなたは言葉を失った。

期待してはいけない。

勝手に都合よく解釈してはいけない。

それでも。

その言葉が、どうしようもなく嬉しかった。

「……さくらさん」

「はい」

「僕、今日、どうしても伝えたいことがあるんです」

さくらさんは背筋を伸ばした。

あなたは膝の上で拳を握る。

手が震えていた。

何度も練習したはずなのに、頭の中が真っ白になる。

――言え。

――今しかない。

「……僕は」

喉が詰まった。

「……僕は、ずっと……」

ドクン、ドクン、ドクン。

「さくらさんのことが、好きでした」

言えた。

とうとう、言えた。

「教育係として尊敬しているだけじゃなくて、一人の人として……好きなんです」

あなたは顔を上げた。

「仕事を教えてもらうたびに嬉しくなって、笑顔を見るとドキドキして。褒めてもらった日は、帰ってからもずっと思い出していました」

「……」

「ずっと隠していました。知られたら、今までの関係が変わってしまうのが怖かったから」

あなたは一度、息を吸った。

「でも、今日で教育係としての期間も終わります。だから……最後に、ちゃんと伝えたかったんです」

少しだけ、笑う。

「困らせてしまったら、すみません。それでも、僕は……さくらさんが好きです」

静寂。

店内の話し声が、遠くに聞こえる。

さくらさんは、あなたをじっと見つめていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「……専務」

「はい」

「どうして……もっと早く言ってくださらなかったんですか」

「……え?」

さくらさんは困ったように笑った。

「私、ずっと……専務は私のことを、ただの教育係としか思っていないのだと思っていました」

「そ、そんなことは!」

「ふふっ。今なら、わかります」

そして、彼女は少しだけ身を乗り出した。

「……私も、専務のことが気になっていました」

「…………え?」

「一生懸命に仕事をされるところも、誰かが困っていると放っておけないところも。ときどき、無理をしているのに平気なふりをされるところも」

「……」

「気づけば、専務が今日はどんな顔で出社されるのか、楽しみにしている自分がいました」

さくらさんの頬が、さらに赤くなる。

「この前、居酒屋まで追いかけたのも……専務のことを、もっと知りたかったからかもしれません」

あなたは瞬きを繰り返した。

「……それって」

「はい」

彼女は、照れくさそうに微笑んだ。

「私も、専務のことが好きなのだと思います」

「………………」

「……専務?」

「………………」

「専務?」

「……えええええっ!?」

店内に、あなたの声が響いた。

「ちょ、ちょっと! 声が大きいですよ!」

さくらさんが慌てて、あなたの袖を引っ張った。

「す、すみません! いや、だって! えっ!? 僕のことが!? 好き!?」

「……もう」

さくらさんは顔を真っ赤にして、あなたから目を逸らした。

「そんなに何度も言わないでください……恥ずかしいです」

「す、すみません……!」

あなたも顔が熱くなっていた。

胸がドクンドクンと鳴っている。

今まで何度も想像した。

告白できたら。

もし、気持ちが通じたら。

けれど、まさか本当に、こんな日が来るなんて。

「……さくらさん」

「はい」

「これからも……僕と一緒にいてくれますか?」

彼女は少し驚いたあと、優しく頷いた。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

そして、いつもの丁寧な口調で、付け加えた。

「ただし、専務。これからは、無理をしたらちゃんと教えてくださいね?」

「……えっ、そこは変わらないんですか?」

「もちろんです」

「教育係、終わったんじゃ……」

「教育係としての期間は、終わりました」

さくらさんは、いたずらっぽく笑った。

「でも、専務を心配するのは、やめません」

あなたはテーブルに突っ伏した。

「……好きです」

「えっ?」

「今のも、好きです……」

「……っ! もう、専務!」

さくらさんは真っ赤になった。

その姿を見て、あなたは思った。

――ああ、もう隠さなくていいんだ。

胸の中にしまい続けてきた気持ちを、これからは少しずつ伝えていける。

そう思うだけで、世界が昨日までとは違って見えた。

5.帰り道、初めての約束

居酒屋を出ると、夜空には星が瞬いていた。

「……今日は、ありがとうございました」

あなたが言うと、さくらさんは首を傾げた。

「どうしてお礼を?」

「だって、僕の気持ちを聞いてくれて……それに、同じ気持ちだって言ってくれたから」

「……私も、嬉しかったですよ」

二人は並んで歩く。

いつもの帰り道なのに、今夜は何もかもが違っていた。

あなたは何度も、隣のさくらさんを見そうになる。

けれど、目が合うと恥ずかしくなって、慌てて前を向いてしまう。

それに気づいた彼女が、くすっと笑った。

「専務」

「は、はい!」

「これからは、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」

「む、無理です!」

「どうしてですか?」

「だって、さくらさんが隣にいるんですよ!?」

言った直後、あなたは口を押さえた。

「……あ」

さくらさんも、足を止めた。

「……そ、そういうことを、さらっと言わないでください」

彼女の耳まで赤くなっていた。

「すみません……」

「……謝らなくてもいいです」

小さな声。

そして、さくらさんは少しだけ、あなたとの距離を縮めた。

「……私も、ドキドキしていますから」

「…………えっ」

「……聞かなかったことにしてください」

「無理です! 一生覚えてます!」

「もうっ!」

二人で笑った。

しばらく歩いたあと、駅の近くでさくらさんが立ち止まった。

「……専務」

「はい?」

「今度は、私からお誘いしてもいいですか?」

「……もちろんです!」

「では、今度のお休みに……一緒にお出かけしませんか?」

あなたは、一瞬だけ固まった。

それから、満面の笑みで答えた。

「はい! ぜひ!」

「ふふっ。よかったです」

さくらさんは、いつもより少し柔らかい笑顔を見せた。

「……今度は、仕事のお話ではなくて」

「はい」

「二人で、ゆっくりお話ししたいです」

「……はい!」

あなたの胸は、相変わらずドクンドクンと鳴っていた。

けれど、もうその音を隠す必要はなかった。

さくらさんと別れたあと、あなたは一人、夜空を見上げた。

「……言えた」

ずっと言えなかった言葉。

ずっと隠してきた恋心。

それを、ようやく伝えられた。

そして、彼女も同じ気持ちだった。

「……明日から、どうしよう」

少し考えて、あなたは笑った。

「……いや、明日も普通に仕事だろ!」

そう。

明日からも、あなたは専務だ。

さくらさんも、会社の大切な社員だ。

仕事では、きちんとしなければならない。

……ただし。

「……さくらさんからデートに誘われたんだよな」

思い出しただけで、顔が熱くなった。

「うわぁぁ……!」

あなたは一人、夜道で頭を抱えた。

その頃。

自宅に帰ったさくらさんも、ソファに座っていた。

「……言ってしまいました」

両手で顔を覆う。

「私も好きだなんて……!」

思い出すたび、胸がドキドキする。

けれど、しばらくすると、彼女の表情は自然と柔らかくなった。

「……でも」

あの日、追いかけてよかった。

今日、あなたが気持ちを伝えてくれてよかった。

そして、これからは。

教育係と専務という関係だけではなく、一人の人間同士として、少しずつ距離を縮めていける。

「……次のお休み、何を着ていこうかしら」

さくらさんは、クッションを抱きしめた。

「……デート、ですよね」

その言葉を口にした途端、また顔が赤くなった。

「……もう! 明日、普通にお仕事できるでしょうか……!」

二人はそれぞれの部屋で、同じ夜空の下、同じように胸を高鳴らせていた。

長い間、隠し続けてきた恋心。

それは今夜、ようやく二人だけの秘密になった。

そして翌朝。

あなたは専務室で、いつも通りパソコンを立ち上げた。

――コンコン。

「失礼します」

さくらさんが入ってくる。

「おはようございます、専務」

「お、おはようございます!」

目が合う。

二人とも、昨日のことを思い出してしまった。

「……ふふっ」

「……っ」

「専務、今日もよろしくお願いしますね」

「は、はい!」

さくらさんが部屋を出たあと、あなたは椅子に座ったまま、天井を見上げた。

「……恋心を知られてはいけない、だったのにな」

少し笑う。

「……もう、知られてしまったんだよな」

そして、机の上に置かれたスケジュール帳を開いた。

次の休日の欄には、あなたの字で、たった一言。

『さくらさんと、お出かけ』

その文字を見つめながら、あなたは今日一番の笑顔になった。

「……楽しみだな」

今度は、逃げない。

身を引かない。

ちゃんと、自分の気持ちを伝えていこう。

そう決めたあなたの胸は、今日も幸せそうにドクンドクンと鳴っていた。