「さくらさんの誕生日と、美咲さんとの秘密のプレゼント選び」
「さくらさんの誕生日と、美咲さんとの秘密のプレゼント選び」
――午前8時15分。会社のオフィス。
あなたは出社すると、いつものようにパソコンを起動した。
そして、ふと思い出す。
(……あれ?)
(今日って、さくらさんの誕生日じゃなかったっけ?)
あなたの手が止まった。
(やばい。誕生日プレゼント……何も考えてなかった!)
(いや、待て。そもそも、さくらさんって何が好きなんだ?)
あなたは腕を組んで考え始めた。
(甘いものは好きだった気がする。コーヒーも飲むし、本も読む。でも、プレゼントとして何を渡せばいいんだ……?)
(そもそも、僕が個人的にプレゼントを渡したら不自然じゃないか?)
(いやいや、誕生日なんだから普通だろ! 普通、普通……)
自分に言い聞かせるように、小さくうなずく。
しかし。
(……好きな人への誕生日プレゼントって、どうすればいいんだよ……!)
顔が熱くなった。
そのときだった。
「おはようございます!」
元気な声とともに、美咲さんが通りかかった。
「おはようございます。……あれ? どうしたんですか? ずいぶん難しい顔をしていますけど」
「えっ? あ、いや、その……」
(どうする? 美咲さんなら女性だし、相談してもいいんじゃないか?)
あなたは周囲を確認してから、小声で事情を説明した。
「実は今日、さくらさんの誕生日らしくて……プレゼントを選びたいんですけど、何がいいのか分からなくて」
すると、美咲さんは目を丸くした。
「あっ! そうでした! 今日、さくらさんのお誕生日ですよね!」
「やっぱり、そうですよね……」
「実は私も悩んでまして。何を贈れば喜んでもらえるのか、全然分からなくて……」
美咲さんは困ったように笑った。
そして、ぱっと表情を明るくする。
「よかったら、お昼休みに一緒にプレゼントを選びに行きませんか?」
「えっ、一緒に?」
「はい! 二人で考えたほうが、きっといいものが見つかりますよ!」
(た、助かった……!)
あなたは心の中でガッツポーズをした。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「ふふっ、決まりですね!」
その笑顔を見て、あなたも思わず笑った。
――ただし。
その会話を、少し離れた場所から聞いている人がいた。
さくらさんである。
書類を持ったまま、二人のほうを見ていた。
「……プレゼント?」
どうやら、最初のほうは聞こえていなかったらしい。
そして、あなたと美咲さんが一緒に出かける約束をしたところだけ、しっかりと聞いてしまった。
「お昼休みに……二人で?」
さくらさんは、ぴたりと動きを止めた。
(……あれ?)
(もしかして、お二人でお出かけになるのでしょうか?)
あなたが美咲さんに笑顔でお礼を言う。
美咲さんも嬉しそうに笑う。
その様子を見たさくらさんは、持っていた書類を胸元にそっと引き寄せた。
(……デート、でしょうか?)
ドクン。
胸が小さく鳴った。
「……いえ。別に、私には関係ありませんし」
そうつぶやいて歩き出す。
しかし、数歩進んだところで、また振り返ってしまった。
二人はまだ楽しそうに話している。
「……ふうん」
声が、ほんの少しだけ低くなった。
「……そうですか」
その日のさくらさんは、朝から妙に静かだった。
そして、あなたはまだ気づいていなかった。
自分が誕生日当日に、とんでもない誤解を生んでしまったことに。
1.昼休み、美咲さんとのプレゼント探し
昼休み。
「お待たせしました!」
美咲さんがあなたのところへやってきた。
「いえ、僕も今来たところです」
「では、行きましょう!」
二人は会社を出て、近くのショッピングモールへ向かった。
最初に立ち寄ったのは、雑貨店だった。
「うーん……さくらさんなら、こういうかわいい小物も似合いそうですよね」
美咲さんが手に取ったのは、小さな花の形をした置物だった。
「確かに。さくらさん、こういうのも似合いそうですね」
「ですよね!」
二人で商品を見比べる。
「でも、普段使いできるもののほうがいいでしょうか?」
「そうですね……。仕事中にも使えるものとか」
「それなら、上品なペンとか?」
「いいですね!」
しかし、なかなか決まらない。
ハンカチ、紅茶、焼き菓子、文房具。
どれもよさそうで、どれも決め手に欠けた。
「うーん……難しいですね」
あなたが頭を抱えると、美咲さんがくすっと笑った。
「すごく真剣ですね」
「そりゃあ……大事な人へのプレゼントですから」
「……大事な人、ですか」
「えっ?」
美咲さんが意味ありげにこちらを見る。
「い、いや! そういう意味じゃなくて! 日頃お世話になっている教育係ですから!」
「ふふっ。分かっていますよ?」
(絶対、分かってない顔だ……!)
あなたは顔を赤くしながら、別の商品へ視線をそらした。
そのとき、美咲さんがアクセサリー売り場を見つけた。
「ここ、ちょっと見てみませんか?」
「アクセサリーですか?」
「はい。さくらさん、落ち着いた雰囲気ですし、シンプルなものなら似合いそうです」
あなたは、店頭に並んだネックレスを見つめた。
小さな花のモチーフ。
控えめな輝き。
派手すぎず、けれど、目に入るたびに少し嬉しくなるようなデザイン。
(……あ)
なぜか、さくらさんがそれを身につけている姿が頭に浮かんだ。
仕事中、真剣に資料を読む横顔。
こちらを見て、優しく微笑む顔。
怒ったときに見せる、いつもとは違う表情。
そして、時折見せてくれる、少しだけ照れた笑顔。
(……似合うだろうな)
思わず見入ってしまった。
「……それ、気になりますか?」
美咲さんに声をかけられ、あなたははっとした。
「えっ? あ、いや……」
「ふふっ。さくらさんに似合いそうですね」
「……そう、ですね」
あなたはネックレスから目を離せなかった。
けれど、値札を見て、そっと視線をそらした。
(いや、待て。これはちょっと……)
(個人的すぎないか?)
(ネックレスって、なんだか特別な意味がありそうじゃないか……!)
頭の中で警報が鳴り響く。
美咲さんは、そんなあなたを見て微笑んだ。
「プレゼントって、相手のことを考えて選ぶ時間も楽しいですよね」
「……そうですね」
「きっと、喜んでくれますよ」
その言葉に、あなたの胸が少し温かくなった。
「……ありがとうございます」
結局、美咲さんはさくらさんの好みに合いそうな上品な紅茶のセットを選んだ。
あなたも、表向きはそれでプレゼント選びを終えた。
しかし。
あなたには、もう一つだけ、やり残したことがあった。
2.こっそり買った、もう一つのプレゼント
美咲さんが紅茶のセットを包装してもらっている間。
「すみません、美咲さん。ちょっとだけ、別のお店を見てきてもいいですか?」
「もちろんです。ここで待っていますね!」
あなたは一人で、先ほどのアクセサリー売り場へ戻った。
そして、あのネックレスの前に立つ。
(……どうする)
(買うのか? 本当に?)
(いや、誕生日だし……日頃のお礼だし……)
(でも、さくらさんに変な意味だと思われたら?)
しばらく悩んだ末、あなたは小さく息を吐いた。
「……よし」
店員に声をかける。
「あの、このネックレスをお願いします」
買い終えたネックレスは、小さな箱に入れられ、きれいに包装された。
あなたはそれを、誰にも見られないように鞄の奥へしまった。
(……これでいい)
(渡すときは、ちゃんと説明しよう。いつもお世話になっているお礼だって)
(それ以上の意味なんて……)
そこまで考えて、あなたは口を閉じた。
(……いや、あるだろ)
(僕、さくらさんのことが好きなんだから)
自分の本音を認めた瞬間。
ドクン。
胸が大きく鳴った。
「……知られたくないなあ」
あなたは小さくつぶやいた。
この恋心だけは、絶対に知られてはいけない。
そう思いながら、あなたは美咲さんのもとへ戻った。
「お待たせしました!」
「おかえりなさい! 何かいいものは見つかりましたか?」
「……ええ、まあ」
「ふふっ。秘密ですか?」
「ひ、秘密というか……その……」
「はいはい。分かりました!」
美咲さんは楽しそうに笑った。
あなたは、ますます顔を赤くした。
3.その頃、さくらさんは……
午後2時。
さくらさんは仕事をしながら、何度も時計を見ていた。
(……もう戻っていらっしゃる頃でしょうか)
(美咲さんと、楽しくお買い物をされたのでしょうね)
カタッ。
手元のペンが机の上で転がった。
「……あ」
拾おうとしたものの、なぜか少しぼんやりしてしまう。
(別に、気にしているわけではありません)
(ただ……今日は私の誕生日ですし)
(……少しくらい、期待してしまってもいいと思ったのですが)
そこで、さくらさんは首を横に振った。
「……いけませんね。仕事に集中しませんと」
しかし、頭の中には、楽しそうに笑い合うあなたと美咲さんの姿が浮かんでしまう。
(……お二人、お似合いでしたね)
その言葉を心の中で口にした瞬間。
胸が、きゅっと締めつけられたような気がした。
「……私、何を考えているのでしょう」
さくらさんは、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
そのとき。
「さくらさん!」
あなたの声がした。
「……っ!」
さくらさんは勢いよく顔を上げた。
あなたが、いつもの笑顔で立っていた。
「この資料なんですが、確認をお願いしてもいいですか?」
「あ……はい。もちろんです」
「ありがとうございます!」
あなたは資料を渡して、にこっと笑った。
その笑顔を見た瞬間、さくらさんの胸がまた鳴った。
ドクン。
(……そんな顔で笑わないでください)
(……期待してしまうではありませんか)
「……さくらさん?」
「は、はい! 何でしょうか?」
「いえ、ちょっと顔が赤いような……体調、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! 問題ありません!」
声が少し大きくなった。
あなたは不思議そうに首をかしげた。
「そうですか? 無理しないでくださいね」
「……ありがとうございます」
あなたは優しく微笑んで、自分の席へ戻っていった。
さくらさんは、その背中を見送る。
(……優しいですね)
(……だから、困るのです)
そして、ふと気づいた。
(……そういえば)
(今日、誕生日だと……ご存じなのでしょうか)
期待してはいけない。
そう思いながらも、さくらさんは心のどこかで、あなたからの言葉を待っていた。
4.退勤後、二人きりの庭で
午後6時。
仕事を終えたあなたは、鞄の中に入れた小箱を確認した。
(……よし。まだある)
(あとは、さくらさんに渡すだけだ)
しかし、なかなか声をかけられない。
(いや、待て。どうやって渡す?)
(「誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです」……普通だな)
(「いつもありがとうございます」……これも普通)
(いや、普通でいいんだよ!)
自分の心の中で一人ツッコミを入れていると、オフィスの入口からさくらさんが現れた。
「あの……まだ帰らないのですか?」
「さ、さくらさん!」
「はい?」
「えっと……少し、お話ししたいことがありまして」
さくらさんは、驚いたように目を見開いた。
「……私に、ですか?」
「はい。よかったら、庭まで来てもらえませんか?」
「……分かりました」
二人は、いつもの庭へ向かった。
夕方の風が、木々の葉を揺らしている。
あなたは何度も鞄に手を伸ばしかけて、やめた。
さくらさんは、その様子を見ていた。
(……何でしょう)
(もしかして……美咲さんとのことでしょうか)
そんな考えが頭をよぎり、少しだけ表情が曇った。
「……あの」
さくらさんが先に口を開いた。
「美咲さんとは……今日は、楽しかったですか?」
「えっ?」
「……いえ。お昼休みに、一緒に出かけられていたようなので」
「ああ! はい、プレゼントを選んでいたんです」
「……プレゼント?」
「はい。今日、さくらさんの誕生日じゃないですか!」
「…………え?」
さくらさんの動きが止まった。
あなたは、少し照れながら続けた。
「美咲さんも悩んでいたので、一緒に選んでもらったんです。さくらさんの好みって、僕だけじゃ分からないところもありますから」
「……そう、だったのですね」
さくらさんは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりとうつむく。
「……私、勘違いしていました」
「え?」
「……いえ。何でもありません」
耳が赤い。
けれど、あなたはまだ気づかなかった。
「それで……こちらを」
あなたは鞄から、きれいに包装された小さな箱を取り出した。
「お誕生日、おめでとうございます。いつも本当にありがとうございます」
さくらさんは、箱を見つめた。
「……これは?」
「プレゼントです。僕からの」
「……私に?」
「はい」
さくらさんは、両手でそっと受け取った。
「……ありがとうございます。開けても、よろしいですか?」
「もちろんです」
リボンをほどき、箱を開ける。
中に入っていたのは、小さな花のモチーフがついたネックレスだった。
夕方の光を受けて、控えめにきらりと輝く。
さくらさんは、息をのんだ。
「……きれい」
その声は、いつもの仕事中の声よりもずっと小さかった。
「お店で見かけて……さくらさんに似合いそうだなって思ったんです」
あなたは照れくさそうに笑う。
「気に入ってもらえたら、嬉しいです」
さくらさんは、ネックレスを見つめたまま動かなかった。
(……私のために)
(……私に似合うものを、考えて……)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
そして。
ドクン。
大きな鼓動が響いた。
「……さくらさん?」
「……はい」
「もしかして、気に入りませんでしたか?」
「ち、違います!」
さくらさんは、慌てて顔を上げた。
「とても……とても嬉しいです」
その目には、いつもより柔らかな光が宿っていた。
「……本当に、ありがとうございます」
あなたはほっとして笑った。
「よかったです!」
さくらさんは、その笑顔を見つめた。
(……そんな顔をされたら)
(……ますます、好きになってしまいます)
心の中でそうつぶやいて、さくらさんは小箱を胸元にそっと抱いた。
そして、少しだけ勇気を出して尋ねた。
「……あの。もし、よろしければ」
「はい?」
「このネックレス……つけてみても、よろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
さくらさんは、箱からネックレスを取り出した。
けれど、留め具が少し難しかったらしい。
何度か指先で試したあと、困ったようにあなたを見る。
「……すみません。少しだけ、難しくて」
「あっ、僕が手伝いましょうか?」
「……よろしいのですか?」
「もちろんです」
あなたはネックレスを受け取り、さくらさんの後ろに回った。
近い。
いつもより、ずっと近い。
(……っ!)
さくらさんの肩が、ぴくっと揺れた。
あなたは何も気づかず、慎重に留め具をつなぐ。
「……できました」
「……ありがとうございます」
さくらさんが振り返る。
ネックレスは、彼女の胸元で小さく輝いていた。
「……似合っていますね」
あなたが思わず口にすると。
さくらさんは、顔を真っ赤にした。
「……っ」
ドクン、ドクン。
「……さくらさん?」
「……あなたは」
「はい?」
「……本当に、ずるい方ですね」
「えっ!? 僕、何かしました!?」
「……いいえ」
さくらさんは、ふっと笑った。
「何もしていませんよ」
(いや、絶対何かしただろ!?)
あなたは内心で大混乱だった。
一方のさくらさんは、ネックレスにそっと触れながら、幸せそうに微笑んでいた。
5.翌朝、ネックレスを見た美咲さん
翌朝。
あなたが出社すると、美咲さんが真っ先に駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「昨日、プレゼントは渡せましたか?」
「えっ!? あ、はい! 無事に!」
「よかったです!」
美咲さんは嬉しそうに笑った。
そして、あなたの背後へ視線を向ける。
「あっ、さくらさん!」
あなたも振り返った。
そこには、いつもどおりの落ち着いた表情で歩いてくるさくらさんがいた。
ただし。
胸元には、昨日のネックレスが輝いていた。
「おはようございます」
「お、おはようございます、さくらさん!」
あなたは一瞬、目を奪われた。
(……つけてくれてる)
(本当に、つけてくれてるんだ……!)
嬉しさが込み上げて、顔が緩みそうになる。
慌てて口元を引き締めた。
しかし、美咲さんは見逃さなかった。
「……あれ?」
美咲さんが、さくらさんの胸元を見つめる。
「そのネックレス……もしかして、昨日の?」
「……はい」
さくらさんは、少しだけ頬を染めた。
「……いただいたものです」
「わあ! やっぱり!」
美咲さんがあなたを振り返った。
「よかったですね! さくらさん、とっても似合っています!」
「そ、そうですね……!」
あなたは照れながらうなずく。
その瞬間。
さくらさんが、あなたをじっと見た。
「……ありがとうございます」
「えっ?」
「昨日のプレゼント。本当に、嬉しかったです」
「……っ!」
ドクン!
あなたの心臓が大きく跳ねた。
「い、いえ! そんな! 喜んでもらえたなら、何よりです!」
「……ふふっ」
さくらさんは、優しく微笑んだ。
そして、美咲さんに向き直る。
「美咲さんも、紅茶をありがとうございました。とても素敵なプレゼントでした」
「いえいえ! 喜んでもらえてよかったです!」
三人で笑い合う。
――けれど、美咲さんは、ふと何かを思いついたようにあなたとさくらさんを交互に見た。
「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい?」
あなたとさくらさんが同時に答える。
美咲さんは、にっこり笑った。
「昨日、お二人で庭にいたんですよね?」
「…………えっ?」
「…………っ!?」
あなたは固まった。
さくらさんも固まった。
「い、いや! それはですね! プレゼントを渡しただけで!」
「ふふっ。分かっていますよ?」
美咲さんは楽しそうに笑った。
「でも、お二人とも顔が赤いですよ?」
「赤くありません!」
あなたとさくらさんの声が、ぴったり重なった。
沈黙。
そして。
美咲さんが、とうとう吹き出した。
「ふふっ……あははっ! すみません、息ぴったりすぎます!」
「美咲さん……!」
さくらさんが恥ずかしそうに抗議する。
あなたは顔を両手で覆った。
(……もう駄目だ)
(この会社、僕の恋心を守るのに向いてなさすぎる……!)
しかし、顔を覆った指の隙間から、あなたはもう一度だけさくらさんを見た。
ネックレスをつけた彼女が、照れながらも嬉しそうに笑っている。
(……買ってよかった)
そう思った瞬間。
さくらさんが、こちらを見た。
そして、ほんの一瞬だけ。
ぱちっ。
ウインクした。
「――っ!?」
あなたの思考が停止した。
「……あの、さくらさん?」
「はい? どうかなさいましたか?」
いつもの丁寧な笑顔。
けれど、ネックレスに触れる指先は、どこか嬉しそうだった。
あなたはその場で、ゆっくりと机に手をついた。
(……今日も、平穏な一日にはならなさそうだ)
一方、さくらさんは心の中で、そっとつぶやいていた。
(……来年のお誕生日も)
(あなたから、プレゼントをいただけたら嬉しいですね)
そして、ほんの少しだけ願った。
(……できれば、そのときは)
(今よりもう少しだけ、あなたとの距離が近くなっていますように)
胸元で、ネックレスがきらりと輝いた。
――さくらさんの誕生日は、あなたの知らないところで、二人の恋心をほんの少しだけ近づけたのだった。
もちろん。
あなたはその日、さくらさんのウインクを思い出すたびに仕事の手が止まり、午後には美咲さんから「大丈夫ですか? さっきから同じ資料を三回読んでいますよ?」と指摘されることになる。
「……今日はもう、帰っていいですか」
「まだ午後2時ですよ?」
「ですよね……」
そして、さくらさんは少し離れた席で、ネックレスを指先でそっと撫でながら、誰にも気づかれないように微笑んでいた。
――恋心を知られてはいけない。
けれど、誕生日のプレゼントひとつで、隠していた気持ちは今日も少しずつ、こぼれ落ちそうになっていた。