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「今、付き合っている人はいますか?――失言と、慣れないツンデレ作戦」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「今、付き合っている人はいますか?――失言と、慣れないツンデレ作戦」

午前11時45分。

あなたは、さくらさんの相談に乗っていた。

「なるほど……そういうことでしたか。ありがとうございます。あなたに相談してよかったです」

さくらさんは、ほっとしたように微笑んだ。

その笑顔を見た瞬間、あなたの心臓が小さく跳ねた。

(……ああ、やっぱりかわいいな)

(仕事の相談をしているときの真剣な顔も、安心したときの笑顔も、どっちも好きだな……)

あなたは心の中で、いつものように気持ちを整理する。

そして、ふと思った。

(……そういえば、さくらさんって、今、付き合ってる人はいるのかな?)

もちろん、心の中で思っただけのつもりだった。

――そのはずだった。

「……今、付き合っている人はいるのかな?」

「…………え?」

さくらさんの動きが止まった。

あなたの動きも止まった。

オフィスに、静寂が訪れる。

「……あ」

(あああああああああああああああああっ!?)

あなたの脳内で、非常ベルが鳴り響いた。

(言った!? 今、口に出した!? なんで!? 心の中で言ったつもりだったのに!?)

さくらさんは書類を胸元に抱えたまま、あなたを見つめていた。

「……それは」

「ち、違います!」

「え?」

「いえ、その! 今のは、その……!」

「……付き合っている人がいるか、というお話でしょうか?」

「…………はい」

(終わった)

あなたの平穏な会社生活は、午前11時47分をもって終了した。

「……そうですね」

さくらさんは少し考え込んだ。

「それは……秘密です」

「……っ!?」

さくらさんは、ほんの少しだけ頬を赤くして微笑んだ。

「ふふっ。お昼休みですね。では、また後ほど」

そう言って、彼女はオフィスを出ていった。

あなたはその場に立ち尽くした。

(秘密って何!?)

(いるの!? いないの!? どっち!?)

(いや、それよりも! 僕、何を聞いてるんだよおおおおっ!)

その日の午前中、あなたの仕事の効率は目に見えて落ちた。

第一幕 昼休みの庭、反省会

昼休み。

あなたは会社の庭にあるベンチに座っていた。

膝の上には、いつもの振り返り用ノート。

ペンを握り、今日の出来事を書き始める。

『本日の反省』

『一、さくらさんの相談に乗った。よかった』

『二、さくらさんが笑ってくれた。うれしかった』

『三、今、付き合っている人がいるのかと聞いてしまった』

そこで、ペンが止まった。

「…………あー?」

思わず、情けない声が漏れた。

「間違えた……」

ノートに顔を近づける。

「絶対、引かれた……」

(どうしよう。午後からどう接すればいいんだ?)

(いつもどおり? いや、いつもどおりって何だ?)

(目を合わせたら不自然? 合わせなかったら避けていると思われる?)

(敬語で話す? いや、もともと敬語だろ!)

一人で考え、一人で突っ込み、一人で頭を抱える。

そして、ついに究極の選択肢が浮かんだ。

「……もう、いっそのこと全部話すか?」

口に出した瞬間、自分で自分の言葉に驚いた。

(いや、待て待て待て!)

(僕は何を言っているんだ!)

(『実はずっと好きでした』なんて言ってみろ!)

(さくらさんと顔を合わせるたびにドキドキして、庭でこっそり今日のかわいかったところを書いていて、メールでも失敗して、指輪を見て勝手に落ち込んで……)

「…………」

あなたはノートを閉じた。

「無理だ」

即答だった。

「平穏な会社生活が終わっちゃう……」

そのとき、庭の向こうから社員たちの楽しそうな声が聞こえた。

あなたは遠くを見つめた。

(僕はただ、さくらさんと普通に話して、普通に仕事して、たまに笑顔を見られれば、それでよかったんだ……)

(なのに、どうしてあんなことを……)

そして。

あなたは、ふと顔を上げた。

「……いや、まだ引き返せる」

そう。

まだ午後の業務は始まっていない。

さくらさんだって、何も言っていない。

ならば、ここで挽回すればいい。

「そうだ……!」

あなたは勢いよく立ち上がった。

「ツンデレっぽく振る舞えばいいんだ!」

――判断を誤った瞬間だった。

第二幕 決意! 不慣れなツンデレ作戦

あなたはノートを開き、作戦を練った。

『作戦名:自然なツンデレ』

『目的:さくらさんに変な誤解を与えず、午前中の失言をなかったことにする』

『方針:冷静に、少しだけ素っ気なく。決して慌てない』

「よし……完璧だ」

あなたは何度も練習した。

「べ、別に、あなたのことなんて気にしてませんけど?」

「……いや、これは違うな」

「さっきの質問は、ただの世間話です。深い意味なんてありません」

「……いやいやいや! それ、余計に怪しいだろ!」

頭を抱える。

しかし、もう後戻りはできない。

午後1時。

オフィスに戻ると、さくらさんがあなたの隣の席で書類を整理していた。

「おかえりなさい。お昼休みはゆっくりできましたか?」

(来たあああああっ!)

あなたは深呼吸をした。

落ち着け。

平常心。

ツンデレだ。

「……べ、別に」

「……はい?」

(しまった! 何に対しての『別に』だ!?)

さくらさんが不思議そうに首を傾げた。

「何かございましたか?」

「い、いえ! 何もありません!」

「そうですか?」

「そ、そうです! 午前中のことだって、別に気にしてませんから!」

言った。

言ってしまった。

(違う! そうじゃない!)

さくらさんの手が止まった。

「……午前中のこと、ですか?」

「…………」

「付き合っている人がいるか、というお話でしょうか?」

「…………はい」

さくらさんは、じっとあなたを見た。

「……気にしていらっしゃったのですね」

「ち、違います!」

「では、気にならないのですか?」

「そ、それは……!」

あなたは口を開きかけて、閉じた。

(ここで『気になりません』と言ったら嘘になる!)

(でも『気になります』って言ったら、もっと怪しい!)

(どうする!?)

あなたの頭の中で、会議が始まった。

議題:さくらさんに対して何と返答すべきか。

議長:理性。

副議長:恋心。

書記:パニック。

そして、圧倒的多数でパニックが勝利した。

「べ、別に! さくらさんが誰と付き合っていようと、僕には関係ありませんから!」

言った瞬間。

あなたは悟った。

(終わった)

さくらさんは、目を丸くした。

それから――。

「……そう、ですか」

少しだけ、声が小さくなった。

「私には関係ない……のですね」

(ああああああっ! 違う! 違うんです!)

「い、いや! そういう意味ではなくて!」

「では、どういう意味でしょうか?」

「そ、それは……!」

さくらさんが、ほんの少しだけ身を乗り出した。

「……教えていただけますか?」

距離が近い。

顔が近い。

いつもの優しい声。

あなたの心臓が、ドクンッと鳴った。

(無理無理無理! この距離で質問しないでください!)

「…………」

「…………?」

「……さくらさんは」

「はい」

「……今日も、お仕事ができて、すごいですね」

「…………え?」

沈黙。

あなたは顔を真っ赤にした。

(何を言っているんだ僕はああああっ!)

さくらさんはしばらくあなたを見つめていたが、やがて口元を押さえた。

「……ふふっ」

「……?」

「申し訳ありません。なんだか、かわいらしくて」

「…………っ!?」

あなたの顔が、さらに赤くなった。

(かわいい!? 今、かわいいって言いました!?)

「べ、別に! かわいくなんてありませんから!」

「はい。そうですね」

さくらさんは笑顔でうなずいた。

「……でも、私はうれしかったですよ」

「…………え?」

「あなたが、私のことを気にかけてくださったこと」

さくらさんは書類に目を落とした。

「午前中の質問も……少し驚きましたけれど、嫌だとは思いませんでした」

あなたの胸が、ドクンッと鳴った。

「……本当、ですか?」

「はい」

彼女は顔を上げ、優しく微笑んだ。

「ただ……どうして、そんなことを聞こうと思ったのかは、気になりますけれど」

「…………」

(言えるわけないでしょう!?)

「そ、それは……!」

「それは?」

「……世間話です!」

「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」

さくらさんは、楽しそうに笑った。

あなたは机に突っ伏した。

(ツンデレ作戦、完全敗北……)

第三幕 追い打ちをかける教育係

午後3時。

あなたが資料を作っていると、さくらさんが隣から声をかけてきた。

「そういえば、先ほどの件ですが」

「……はい?」

「私に付き合っている人がいるか、というお話」

(まだ続くんですかああああっ!?)

あなたはキーボードを打つ手を止めた。

「……その話は、もう終わったのでは?」

「そうでしたか?」

「そ、そうです!」

「では、ひとつだけ」

さくらさんは、いつもの落ち着いた声で言った。

「もし、私に付き合っている人がいたら……あなたは、どう思われますか?」

あなたの思考が止まった。

(どう思う?)

(そんなの……)

少し寂しい。

でも、さくらさんが幸せならうれしい。

それでも、できることなら。

――自分が、その隣にいたかった。

そんな本音が、胸の奥からあふれそうになる。

「…………」

あなたは必死に口を開いた。

「……そ、それは」

「はい」

「……お幸せに、と思います」

さくらさんは黙ってあなたを見た。

「……そうですか」

「はい」

「……あなたは、お優しいのですね」

そう言って、さくらさんは微笑んだ。

けれど。

ほんの一瞬だけ、その表情が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

「では、私は会議の準備をしてまいりますね」

「……はい」

さくらさんが離れていく。

あなたは小さく息を吐いた。

(……危なかった)

(今の質問、何だったんだろう)

(まさか、僕の気持ちに気づいて……?)

そこまで考えて、あなたは首を横に振った。

「いやいや、そんなわけない」

そして、ノートの端に小さく書いた。

『本日の追加反省』

『四、ツンデレは難しい』

『五、さくらさんの質問が強すぎる』

『六、さくらさんが少し寂しそうに見えた。気のせいだといいな』

書き終えたところで、あなたは気づいた。

「……あれ?」

さくらさんが戻ってきていた。

しかも、あなたのノートを見ている。

「…………」

「…………」

「……ツンデレ、ですか?」

「…………」

「……さくらさん」

「はい」

「……いつから、そこに?」

「『ツンデレは難しい』と書かれる少し前からです」

(全部じゃないですかあああああっ!!)

あなたは慌ててノートを閉じた。

「ち、違います! これは仕事の研究で!」

「お仕事でツンデレを研究されているのですか?」

「…………はい」

「……そうですか」

さくらさんは、とうとう我慢できなくなったらしい。

「ふふっ……あははっ!」

普段は落ち着いている彼女が、珍しく声を上げて笑った。

「す、すみません……! でも、あなたがそんなに慌てていらっしゃるのが……!」

「……忘れてください」

「はい。努力しますね」

「努力じゃなくて、忘れてください……」

「ふふっ。善処いたします」

(絶対、忘れる気がない……!)

あなたは机に顔を伏せた。

さくらさんは、笑いを落ち着かせると、そっとあなたに声をかけた。

「……でも」

「…………はい?」

「私、あなたとお話しするのは好きですよ」

あなたは、ゆっくり顔を上げた。

さくらさんは、少し照れたように微笑んでいた。

「ですから、変に気を遣って避けたりしないでくださいね?」

「…………」

「今までどおり、お話ししてくださるとうれしいです」

ドクン。

あなたの胸が、大きく鳴った。

(……ああ)

(やっぱり、好きだな)

そう思った瞬間。

「……あの」

「はい?」

「……さくらさんも、僕と話すのが好きなんですか?」

言ってしまった。

また言ってしまった。

さくらさんは一瞬驚き、それから、にこっと微笑んだ。

「はい。好きですよ」

「…………っ!」

「それでは、午後の業務も頑張りましょうね」

彼女は何事もなかったかのように、自分の席へ戻っていった。

一方、あなたは。

「…………」

キーボードの前で、完全に固まっていた。

(好き……)

(さくらさんが、僕と話すのが好き……)

(いや、違う! そういう意味の好きじゃない! 仕事仲間として! きっと!)

(……でも)

あなたは、そっとノートを開いた。

そして、最後に一行だけ書き加えた。

『七、ツンデレ作戦は失敗した。でも、さくらさんが笑ってくれたので、今日は少し幸せだった』

その直後。

隣から声がした。

「……そのノート、あとで見せていただいても?」

「だ、だめですっ!!」

オフィス中に響き渡るあなたの声。

周囲の社員たちが、一斉に振り返った。

さくらさんは目を丸くしたあと、頬を押さえて笑った。

「……ふふっ。わかりました。無理にはお願いしません」

(ああああああ……!)

あなたは両手で顔を覆った。

こうして、あなたの平穏な会社生活は、今日も少しずつ危機にさらされていく。

そして、さくらさんは自分の席で、誰にも見られないように小さくつぶやいた。

「……私だって、気になるんですけれどね」

その声は、あなたには届かなかった。

――ただし。

彼女の頬が、ほんのり赤くなっていたことだけは。

向かいの席にいた女性社員が、しっかり目撃していたのだった。

「……さくらさん?」

「……はい?」

「もしかして、今のって……」

「な、何でもありませんよ?」

珍しく慌てる教育係。

そして、隣の席では、ツンデレ作戦に失敗したあなたが、机に突っ伏している。

女性社員は二人を交互に見て、そっと笑った。

「……なるほど」

どうやら、あなたが隠したい恋心は、本人が思っている以上に、周囲に気づかれ始めているらしい。