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「一緒に帰りたかっただけなのに、背後から聞こえる声」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「一緒に帰りたかっただけなのに、背後から聞こえる声」

――翌朝、午前8時10分。オフィス。

あなたは誰よりも少し早く出社し、自分の席に座っていた。

パソコンを起動し、昨日の業務記録を開く。

そして、ふと昨日の帰り道を思い出した。

あなた「……結局、昨日はさくらさんと一緒に帰れなかったな」

小さく呟く。

昨日、さくらさんは用事があると言って、あなたより先に会社を出ていた。

もちろん、それは仕方のないことだ。

さくらさんにも予定がある。

あなた「いやいや……さくらさんにも用事があったんだから、仕方ないよな」

自分に言い聞かせる。

それでも。

あなた「……一緒に帰りたかったな」

ぽつり。

あなた「……少しだけでも、一緒に帰れたら嬉しかったんだけどな」

言った瞬間、あなたはハッとして周囲を見渡した。

誰もいない。

よかった。

こんな本音、誰かに聞かれたら大変だ。

特に、さくらさん本人に聞かれたら――。

あなた「……ま、まあ! 仕事しよう!」

慌ててパソコンに向き直った。

そのときだった。

――カタッ。

背後から、何かが動く音がした。

あなた「……ん?」

振り返る。

誰もいない。

あなた「……気のせいか」

再び画面を見る。

すると。

「……一緒に、帰りたかったんですか?」

あなた「…………え?」

耳元ではない。

けれど、すぐ後ろから聞こえたような声だった。

あなたは、ゆっくりと振り返る。

誰もいない。

あなた「…………」

あなた「……えっ?」

背筋が、ぞわっとした。

あなた「い、いやいやいや……! まだ朝だぞ!? オフィスだぞ!?」

慌てて椅子から立ち上がる。

あなた「誰ですか!? いるなら出てきてください! 僕、何も悪いことしてませんからね!?」

当然、返事はない。

ただ、空調の音だけが静かに響いている。

あなた「…………」

あなた「……さくらさんと一緒に帰りたかったって言っただけなのに……」

その瞬間。

「……ふふっ」

今度は、確かに笑い声が聞こえた。

あなた「ぎゃああああああっ!?」

オフィスに、あなたの叫び声が響き渡った。

第一の怪奇現象――誰もいないはずの席

「どうしたんですか!?」

慌てて駆けつけてきたのは、同じ部署の女性社員だった。

あなた「で、出たんです……!」

女性社員「えっ!? 何がですか!?」

あなた「声が……! 誰もいないのに、後ろから……!」

女性社員「……声?」

あなた「はい! しかも、僕の呟いたことを知っていて……!」

女性社員は、しばらくあなたの顔を見つめた。

そして、少しずつ表情を変えた。

女性社員「……もしかして」

あなた「な、何ですか!?」

女性社員「この会社、昔からあるんですよ。誰もいないオフィスで、誰かの声が聞こえるっていう話……」

あなた「…………」

女性社員「しかも、その声は……」

あなた「そ、その声は……?」

女性社員「誰かに聞かれたくない秘密を、知っているらしいんです。」

あなた「…………」

あなた「うわああああああっ!!」

女性社員「きゃっ!? ちょっと、冗談ですって!」

あなた「冗談に聞こえませんよ!?」

女性社員「すみません、あまりにも反応が面白くて……!」

あなた「笑い事じゃないですって!」

そのとき、廊下から足音が聞こえた。

コツ、コツ、コツ。

あなた「…………」

女性社員「……あ」

あなた「え?」

女性社員「噂をすれば……」

あなた「やめてください!!」

コツ、コツ、コツ。

足音は、あなたの席に近づいてくる。

そして。

「おはようございます」

聞き慣れた、優しい声。

さくら「……皆さん、朝から何を騒いでいるんですか?」

あなた「…………」

さくらさんだった。

いつもの落ち着いた表情。

いつもの丁寧な口調。

そして、あなたを見ると――。

さくら「……ふふっ」

あなた「…………え?」

さくら「おはようございます。昨日は、よく眠れましたか?」

あなた「は、はい……?」

さくら「そうですか。それはよかったです」

にこっ。

あなた「…………」

あなた(……なんだろう。今の笑顔、妙に怖いんだけど!?)

第二の怪奇現象――さくらさんは、なぜ知っている?

午前9時。

業務が始まっても、あなたは先ほどの出来事を忘れられなかった。

誰もいないはずのオフィス。

聞こえた声。

そして、さくらさんの意味深な笑顔。

あなた(……まさか、さくらさんが幽霊……?)

あなた(いやいやいや! 何を考えてるんだ、僕は!)

あなた(さくらさんは普通の人だ! 優しくて、仕事ができて、笑顔がかわいくて……)

あなた(……って、何を考えてるんだよ!?)

顔が熱くなった。

そのとき。

さくら「……何かお困りですか?」

あなた「うわっ!?」

隣の席に、さくらさんが立っていた。

あなた「さ、さくらさん!? いつからそこに!?」

さくら「つい先ほどからですが……。何度かお声をかけたのですけれど」

あなた「す、すみません! 考え事をしていて……!」

さくら「そうでしたか」

さくらさんはあなたの画面を確認し、仕事について丁寧に説明してくれた。

いつも通りだ。

何もおかしくない。

……ないはずなのに。

説明を終えたさくらさんが、ふと顔を近づけた。

さくら「ところで……」

あなた「は、はい?」

さくら「昨日の帰り道、何か心残りでもあったのでしょうか?」

あなた「…………」

時間が止まった。

あなた「…………え?」

さくら「今朝、何かを呟いていらっしゃったような気がしまして」

あなた「き、聞いてたんですか!?」

さくら「……何をでしょう?」

にこっ。

あなた(知らないふりをしている!?)

あなた「い、いえ! 何でもありません!」

さくら「そうですか?」

あなた「はい!!」

さくら「……ふふっ。でしたら、よろしいのですが」

さくらさんは自分の席へ戻っていった。

あなた(……危なかった)

あなた(いや、待てよ?)

あなた(今朝、僕が呟いたことを知っている人は……)

あなたは、そっと周囲を見渡した。

そして、気づいてしまった。

さくらさんの席は、あなたのすぐ隣。

しかも、今朝はいつもより早く出社していた。

あなた(…………まさか)

昼休み――怪談の真相

昼休み。

あなたは、いつもの庭で一人、ベンチに座っていた。

あなた「……結局、何だったんだろう」

朝の出来事を思い出す。

あの声。

あの笑い声。

そして、さくらさんの意味深な態度。

あなた「……怖い話って、考え始めると止まらないな」

あなた「……まさか、本当に幽霊が……」

「幽霊ではありませんよ」

あなた「うわああああああっ!?」

ベンチから飛び上がりそうになった。

振り返ると、そこにはさくらさんが立っていた。

さくら「……す、すみません。驚かせてしまいましたね」

あなた「さ、さくらさん!? いつからそこに!?」

さくら「今、いらしたところです」

あなた「……本当ですか?」

さくら「はい。……どうしてでしょう?」

あなた「い、いえ……」

さくらさんは、あなたの隣に腰掛けた。

さくら「朝から、ずいぶん怖がっていらっしゃいましたね」

あなた「……聞いていたんですか?」

さくら「ええ。少しだけ」

あなた「…………」

あなた(終わった)

さくら「……昨日のこと、気にしていらっしゃったのでしょうか?」

あなた「えっ?」

さくら「昨日、私が先に帰ってしまったことです」

あなた「…………っ!?」

さくら「実は、急ぎの用事がありまして……。ご一緒できず、申し訳ありませんでした」

あなた「い、いえ! そんな! さくらさんが謝ることじゃないですよ!」

さくら「……そうですか?」

あなた「はい! さくらさんにも予定がありますし!」

さくらさんは、少しだけ視線を落とした。

さくら「……でも」

あなた「……?」

さくら「私も、昨日は少しだけ……残念だったんです」

あなた「…………え?」

さくら「いつもでしたら、お仕事の話をしながらご一緒に帰れるのに……昨日は、それができませんでしたから」

あなた「…………」

ドクン。

あなたの心臓が、大きく鳴った。

あなた(……え?)

あなた(今、さくらさん……何て言った?)

さくら「……あら?」

あなた「は、はい!?」

さくら「お顔が赤いようですが……大丈夫ですか?」

あなた「だ、大丈夫です! 健康です! とても健康です!」

さくら「ふふっ。よかったです」

あなた(……かわいい)

あなた(いやいやいや! 今はそれどころじゃない!)

さくらさんは、少しだけいたずらっぽく微笑んだ。

さくら「……それで、今朝の呟きなのですが」

あなた「ま、まだその話を!?」

さくら「ええ」

あなた「…………」

さくら「『一緒に帰りたかったな』……と、おっしゃっていましたよね?」

あなた「…………」

あなた「………………」

あなた「聞こえてたんですかああああああっ!?」

庭に、あなたの叫び声が響き渡った。

怪談の結末――本当に怖かったのは?

その日の午後。

あなたは、朝の出来事の真相を確かめるため、さくらさんに尋ねた。

あなた「……あの、さくらさん」

さくら「はい、何でしょう?」

あなた「今朝、誰もいないと思っていたオフィスで、声が聞こえたんです」

さくら「……ええ」

あなた「それで……『一緒に帰りたかったんですか?』って」

さくら「…………」

あなた「……もしかして、さくらさんだったんですか?」

さくらさんは、数秒間、黙っていた。

そして。

さくら「……はい。実は、そうです」

あなた「…………」

さくら「朝、少し早く出社していたのですが……あなたが小さな声で呟いていらっしゃるのが聞こえてしまいまして」

あなた「……全部?」

さくら「…………」

さくら「……はい」

あなた「…………」

あなた「うわああああああっ!!」

さくら「す、すみません! 盗み聞きをするつもりはなかったんです! ただ、声が聞こえてしまって……!」

あなた「じゃ、じゃあ、あの笑い声も!?」

さくら「……はい。少し、かわいらしいことをおっしゃるものですから……つい」

あなた「か、かわいらしい!?」

さくら「……あっ」

さくらさんの頬が、ほんのり赤くなった。

さくら「い、いえ! 今のは忘れてください!」

あなた「…………」

さくら「…………」

あなた「……さくらさん」

さくら「は、はい……?」

あなた「僕、明日から独り言を禁止にします……」

さくら「ふふっ。そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」

あなた「……無理です」

さくら「……では」

さくらさんは、少しだけ声を小さくした。

さくら「今度は、ご一緒に帰りましょうか?」

あなた「…………」

ドクンッ!!

あなた「………………っ!?」

さくら「……ご迷惑でなければ、ですが」

あなた「め、迷惑なんて! 全然! むしろ……!」

言いかけて、口を押さえる。

あなた(危ない! 好きって言いそうになった!!)

さくら「……むしろ?」

あなた「……むしろ、仕事の話ができるので助かります!」

さくら「…………」

さくら「……そうですか」

少しだけ、さくらさんの声が残念そうに聞こえた。

しかし次の瞬間。

さくら「……では、今日は定時に帰れるよう、頑張りましょうね」

あなた「……はい!」

さくらさんは、いつもの優しい笑顔を見せた。

あなたは思った。

(……今日も、恋心を隠し通せた……はず)

一方、さくらさんは自分の席へ戻りながら、小さく呟いた。

さくら「……一緒に帰りたかった、ですか……」

そして、誰にも見られないように、そっと頬を押さえた。

さくら(……私だって、一緒に帰りたかったのに)

ドクン。

さくら(……もう。どうして、こんなに嬉しいんでしょう……)

そのとき。

「さくらさん?」

さくら「ひゃっ!?」

女性社員が、目を丸くした。

女性社員「……今、何か聞こえました?」

さくら「い、いえ! 何でもありません!」

女性社員「……顔、赤いですよ?」

さくら「赤くありません!」

女性社員「……もしかして、怪談ですか?」

さくら「ち、違いますっ!」

オフィスに、笑い声が広がった。

――こうして、あなたの「誰もいないオフィスの怪談」は無事に解決した。

ただし。

あなたは翌朝から、独り言を言う前に必ず周囲を確認するようになった。

そして、さくらさんはというと。

あなたが小さく何かを呟くたびに、ほんの少しだけ耳を澄ませるようになったのだった。

恋心を隠したいあなたと、もう少しだけ本音を聞きたいさくらさん。

二人のオフィスには今日も、誰にも言えない秘密がひとつずつ増えていく。

……そして、翌日の朝。

あなた「……今日こそは、独り言を言わないぞ」

さくら「……ふふっ」

あなた「…………」

あなた「さくらさん!? 今、笑いました!?」

さくら「いいえ? 何も?」

あなた(……やっぱり、この会社で一番怖いのは怪談じゃない)

あなた(さくらさんの笑顔だ……!!)