LNCrawler

送ってはいけない本音メール

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

送ってはいけない本音メール

朝、午前九時。

「よし……今日も頑張ろう」

僕はパソコンを起動し、今日の業務を確認した。

文書の作成、取引先へのメール送信、会議資料の整理。それから、他の社員の仕事の手伝い。

いつもどおりの一日になるはずだった。

……少なくとも、その時の僕はそう思っていた。

「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

「あっ、おはようございます、さくらさん!」

教育係のさくらさんが、いつもの優しい笑顔で声をかけてくれた。

今日もかわいい。

声も優しい。

仕事のできる姿もかっこいい。

……いや、待て。

僕は何を朝から考えているんだ。

教育係のさくらさんに恋心を知られてはいけない。

これは絶対だ。

「どうしました? ぼーっとしてますけど」

「い、いえ! 今日の予定を頭の中で整理していました!」

「ふふっ。そうですか。無理せず頑張ってくださいね」

さくらさんは笑いながら、自分のデスクへ戻っていった。

僕は胸を押さえた。

危ない。

朝から危なすぎる。

そして、このあと本当の意味で危険なことが起きるとは、夢にも思っていなかった。

1.送信してはいけないメール

午前十時三十分。

僕は取引先へ送る文書メールを作成していた。

いつものように、必要な資料を添付して、文章を確認する。

「宛先よし……添付ファイルよし……文章よし……」

送信ボタンを押す。

「よし、完了!」

その直後、別の社員から追加の仕事を頼まれた。

「あ、これもお願いできるかな?」

「はい、大丈夫です!」

僕は急いで別の文書を作成し、メールの返信画面を開いた。

そこには、さくらさんとの以前のメールのやり取りも残っていた。

仕事で使う文面を整えながら、僕は頭の中で考える。

(さくらさん、いつも僕のことを気にかけてくれるよな……)

(失敗しても、ちゃんと教えてくれるし……)

(本当は、もっと話したいんだけどな)

(でも、そんなこと言えるわけないよなぁ……)

そのとき、僕はふと思いついた。

仕事の記録とは別に、自分の気持ちをメモしておこう。

誰にも見せない、自分だけの本音。

そうして、別の文書に書いたつもりだった。

ところが。

メールの画面を切り替えた際、僕は誤って、さくらさん宛てのメールの本文欄に文章を貼り付けてしまっていたのだ。

しかも、そこには――。

さくらさんへ。いつもありがとうございます。さくらさんが笑ってくれると、僕も嬉しくなります。仕事で困っているときに声をかけてくれるところも、誰かが困っていたら放っておけないところも、本当に尊敬しています。……本当は、さくらさんと話せるだけで、一日が少し楽しくなります。できることなら、もっと一緒にいたいです。でも、教育係のさくらさんを困らせたくないので、この気持ちは絶対に秘密にします。僕は、さくらさんのことが好きです。

それは、誰にも知られてはいけない本音だった。

僕は画面をろくに確認せず、送信ボタンを押した。

「よし! これで終わり!」

そして、何事もなかったかのように、次の仕事へ取りかかった。

……僕はまだ、気づいていなかった。

自分の一日が、すでに大変なことになっているということに。

2.さくらさん、固まる

午前十時三十五分。

さくらさんのパソコンに、新着メールの通知が表示された。

「ん? 私宛てのメール……?」

差出人は、あなた。

さくらさんは、いつもの業務連絡だと思って開いた。

そして。

「…………え?」

画面を見たまま、完全に固まった。

数秒。

十秒。

そして、もう一度、最初から読み直した。

「……好き、です?」

さくらさんの声が、かすかに漏れた。

慌てて周囲を見渡す。

幸い、近くの社員たちはそれぞれの仕事に集中している。

さくらさんはメールを閉じようとして、手を止めた。

「え、待ってください……。これ、本当に……?」

もう一度、読み直す。

尊敬している。

話せるだけで嬉しい。

もっと一緒にいたい。

そして、最後の一文。

さくらさんの頬が、じわじわと赤くなっていった。

「……うそ」

小さな声だった。

普段は落ち着いているさくらさんが、明らかに動揺していた。

(これって……本音、なんでしょうか)

(それとも、何かの間違い……?)

メールの送信時刻を確認する。

ついさっきだ。

しかも、あなたはいつもどおりの顔で仕事をしている。

さくらさんは、そっとあなたのデスクを見た。

あなたは別の社員の相談に乗りながら、資料を確認していた。

「この部分、数字が一つずれているみたいです。元の資料と照らし合わせてみましょう」

「おお、ありがとう! 助かったよ!」

「いえいえ!」

あなたは笑っている。

いつもどおりだ。

さくらさんは思わず、つぶやいた。

「……気づいてないんですか?」

その瞬間。

あなたが、ぱっと顔を上げた。

「あっ、さくらさん!」

「っ!?」

さくらさんは、慌てて画面を切り替えた。

「な、何でしょうか?」

「この資料、あとで確認していただいてもいいですか?」

「……はい。もちろんです」

「ありがとうございます!」

あなたはにこにこしながら、また仕事へ戻っていった。

さくらさんは、机の下でそっと拳を握った。

(……どうしましょう)

(本人に聞かないと、分からないですよね)

けれど、どう聞けばいいのだろう。

『私のことが好きなんですか?』

そんなこと、仕事中に聞けるわけがない。

「……落ち着きましょう、私」

さくらさんは深呼吸した。

しかし、この日がハプニングの連続になることを、まだ誰も知らなかった。

3.第一のハプニング――プリンターの悲劇

午前十一時。

あなたは大量の資料を印刷していた。

「よし、これを印刷して……あれ?」

突然、プリンターが止まった。

画面には、紙詰まりの表示。

「うわっ、今ですか!?」

あなたが慌てて対応していると、さくらさんがやってきた。

「大丈夫ですか?」

「あ、さくらさん! プリンターが詰まってしまって……」

「ちょっと見せてください」

さくらさんが手を伸ばし、あなたも反対側から紙を取り除こうとした。

その瞬間。

ガタンッ!

プリンターの排紙トレイが外れた。

「わっ!」

「きゃっ!?」

二人とも驚いて、同時に手を引っ込める。

さらに、印刷済みの資料が雪崩のように床へ落ちた。

ばさばさばさっ!

「…………」

「…………」

二人は床一面に広がった資料を見つめた。

あなたが先に口を開く。

「……すみません。僕、プリンターに嫌われているのかもしれません」

さくらさんは一瞬ぽかんとして、それから吹き出した。

「ふふっ……! なんですか、それ!」

「いや、だって! 朝からずっと順調だったんですよ!?」

「機械のせいにしないでください。ほら、一緒に拾いましょう」

「はい!」

二人で資料を拾い始めた。

一枚、二枚、三枚。

その途中、あなたが顔を上げると、さくらさんと目が合った。

「……?」

さくらさんは、なぜか慌てて視線をそらした。

「さ、さくらさん?」

「何でもありません!」

(いや、絶対に何かある……!)

そう思ったものの、あなたは深く考えなかった。

一方のさくらさんは、資料を拾いながら心の中で叫んでいた。

(こんなに普通に話しているのに……!)

(さっきのメール、本当に本人の気持ちなんでしょうか……!?)

4.第二のハプニング――お昼休みの大事件

正午。

あなたは社員食堂で昼食を買い、庭へ向かっていた。

今日は天気がよく、庭のベンチで食べるには最高の日だった。

「ふう……午前中、いろいろあったなぁ」

プリンターの紙詰まり。

大量の資料。

そして、なぜか朝から少し様子のおかしいさくらさん。

(……気のせいかな)

ベンチに座ろうとした、その瞬間。

「あっ!」

後ろから声がした。

振り返ると、さくらさんがいた。

そして、その手には――あなたが朝、さくらさんのデスクに置いておいた資料があった。

「これ、あなたの資料ですよね?」

「えっ? あ、本当だ! ありがとうございます!」

あなたが受け取ろうとしたとき、突然、庭を吹き抜ける風が吹いた。

びゅうっ!

さくらさんの手から、別の紙が飛んでいった。

「あっ、待ってください!」

「僕が取ります!」

あなたは反射的に走った。

紙は植え込みの向こうへ。

あなたは何とか追いついて、拾い上げた。

「取れました!」

ところが、振り返った瞬間。

あなたの昼食がベンチから滑り落ちそうになっているのが見えた。

「うわっ、僕のお昼!」

急いで戻る。

しかし、勢い余ってベンチの脚に足を引っかけた。

「わっ!」

「危ない!」

さくらさんが慌てて声を上げる。

あなたは何とか踏みとどまったものの、昼食の袋はベンチの上で無事に横倒しになっていた。

「…………危なかった」

「もう! 何をしているんですか!」

さくらさんの声が、いつもより少し大きくなる。

「す、すみません……」

「紙を拾うのも大事ですけど、自分のこともちゃんと考えてください!」

「はい……」

さくらさんは、はっとしたように口を閉じた。

そして、少しだけ声を柔らかくする。

「……怪我がなくてよかったです」

その一言に、あなたの胸が温かくなった。

「ありがとうございます、さくらさん」

「……いえ」

さくらさんは視線を落とした。

(こんなふうに心配するのは、教育係だから……ですよね)

自分に言い聞かせる。

けれど、朝のメールが頭から離れなかった。

やっぱり、確かめたい。

あなたの本当の気持ちを。

5.第三のハプニング――突然の呼び出し

午後二時。

あなたは会議室で、他部署の社員たちと資料の確認をしていた。

その最中、突然、さくらさんが顔を出した。

「すみません。少し、こちらの方をお借りしてもいいですか?」

「え? あ、はい。どうぞ」

あなたは不思議そうに立ち上がった。

「さくらさん、どうしました?」

「……少し、お話があります」

その声が、いつもより真剣だった。

(えっ……僕、何か失敗した!?)

頭の中で、今日の仕事を振り返る。

資料は提出した。

メールも送った。

プリンターは……あれは事故だ。

(まさか、プリンターの件で怒られるのか!?)

「さくらさん、あの……」

「怒っているわけではありません」

「えっ、心を読まれた!?」

「顔に書いてありますよ」

さくらさんは小さく笑った。

「少し、庭まで来てもらえますか?」

「は、はい!」

あなたは緊張しながら、さくらさんの後をついていった。

まさか、あのメールの話だとは思いもせずに。

6.庭で聞かれた、本当の気持ち

午後二時十分。

庭には、ほとんど人がいなかった。

木々の葉が風に揺れ、遠くから社員たちの話し声が聞こえてくる。

さくらさんはベンチの前で立ち止まった。

「……ここなら、落ち着いて話せますね」

「はい。それで、お話というのは……?」

さくらさんは一度、深呼吸した。

そして、あなたの目を見た。

「朝、あなたからメールが届きました」

「はい?」

「その中に……私のことが好きだと、書いてありました」

「…………」

「…………」

あなたは、三秒ほど固まった。

「……え?」

さくらさんは、静かに続けた。

「もちろん、間違いかもしれません。仕事のメールに、そういう文章が入ってしまっただけかもしれません」

「…………」

「だから、確認したかったんです」

さくらさんは少しだけ困ったように笑った。

「あれは、本当にあなたの本音なんですか?」

あなたの頭の中が真っ白になった。

(えっ)

(えっ、待って)

(メール!?)

(僕、何を送った!?)

今朝の記憶が、ものすごい勢いでよみがえる。

文書。

メール画面。

貼り付け。

送信ボタン。

そして、確認せずに仕事へ戻った自分。

「…………」

「……あの?」

「…………」

「大丈夫ですか?」

あなたは両手で顔を覆った。

「うわああああああああ……!!」

「ちょっ、ちょっと!?」

さくらさんが驚いて、一歩近づく。

「す、すみません! 本当にすみません! 僕、まさか、あれを……!」

「やっぱり、間違えて送ったんですか?」

「い、いえ! その……!」

あなたは顔を上げた。

否定したかった。

冗談だったと言いたかった。

仕事の文章が混ざっただけだと、全部なかったことにしたかった。

でも。

さくらさんの目を見た瞬間、嘘をつくことができなかった。

「……メールを送るつもりだったわけじゃ、ないんです」

「はい」

「でも……書いたこと自体は、嘘じゃありません」

さくらさんの表情が、変わった。

あなたは、逃げずに続けた。

「さくらさんのこと、尊敬しています。いつも僕のことを気にかけてくれて、困ったときには助けてくれて……」

「…………」

「さくらさんと話せると、嬉しいです」

声が少し震えた。

「本当は、もっと話したいです。もっと一緒に仕事ができたらいいなって思っています」

あなたは、ぎゅっと拳を握った。

「でも、教育係のさくらさんを困らせたくないんです。僕の気持ちで、今までの関係が変わってしまうのも怖くて……」

一度、視線を落とす。

そして。

「……僕は、さくらさんが好きです」

言ってしまった。

とうとう、言ってしまった。

教育係のさくらさんには知られてはいけないと思っていた恋心を。

庭の中に、静かな沈黙が流れた。

「…………」

「…………」

あなたは、もう顔を上げられなかった。

「……すみません」

「どうして謝るんですか?」

さくらさんの声は、驚くほど優しかった。

「好きになること自体、謝るようなことではありませんよ」

「でも……」

「ただ」

さくらさんは、少しだけ言葉を選んだ。

「私は、あなたの教育係です。ですから、仕事のことも含めて、きちんと考えなければいけません」

「……はい」

「だからこそ、あなたが本気で話してくれたことは、軽く扱いたくありません」

あなたは、ゆっくり顔を上げた。

さくらさんは、いつもの落ち着いた表情に戻ろうとしていた。

けれど、耳がほんのり赤くなっていることに、あなたは気づいてしまった。

(……え?)

(さくらさん、耳が赤い……?)

「……さくらさん?」

「な、何でしょうか」

「もしかして……暑いですか?」

「違います!」

即答だった。

「そ、そうですか……」

「……もう!」

さくらさんは片手で顔を覆った。

「あなたって、本当に……!」

そして、小さな声でつぶやいた。

「……そういうところ、ずるいです」

「えっ?」

「何でもありません!」

さくらさんは、ぷいっと横を向いた。

あなたは困惑した。

(えっ、僕、また何かやらかした!?)

7.第四のハプニング――戻ったら全員に心配された

午後二時二十分。

あなたとさくらさんがオフィスに戻ると、同僚がすぐに声をかけてきた。

「おかえり! 大丈夫だった?」

「えっ? 何がですか?」

「いや、さくらさんに呼び出されていたから、何かあったのかと思って」

「い、いえ! 何もありません!」

あなたは即座に答えた。

さくらさんも、少し慌てて口を開く。

「業務に関する確認をしていただけです」

「へえ……?」

同僚は二人の顔を交互に見た。

「……何かあった?」

「何もありません!」

二人の声が、見事に重なった。

「…………」

「…………」

同僚は数秒黙ったあと、にやりと笑った。

「ふーん?」

「ち、違いますから!」

あなたは慌ててデスクに戻った。

さくらさんも咳払いをして、自分の席へ戻る。

そして、二人とも同じことを考えていた。

(絶対に、変に思われた……!)

そのうえ、あなたには、もう一つ問題が残っていた。

メールだ。

送信した本音の文章。

あれは、社内のメールボックスに残っている。

(……消せるのかな)

そう考えていたところ、さくらさんから社内チャットが届いた。

さくら:先ほどの件ですが、メールは削除しなくても大丈夫です。あなたが本音で話してくれたことは、きちんと受け止めました。ただし、明日からも仕事は仕事です。いつもどおり、頑張りましょうね。

あなたは画面を見つめた。

(……さくらさん)

胸の奥が、じんわり温かくなった。

そして、返信を書いた。

僕:はい!ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!

送信。

すると、すぐに返事が来た。

さくら:こちらこそ、よろしくお願いします。……それと、メールを送る前には、宛先を確認してくださいね。

「うわあああああ……!」

あなたは机に突っ伏した。

やっぱり、そこは言われるのか。

当然だった。

8.第五のハプニング――退勤直前の追い打ち

午後五時四十五分。

今日の業務は、ほぼ終了していた。

あなたはチェックリストを確認しながら、最後の報告書を保存する。

「よし……今日は何とか終わりそうだ」

午前中のプリンター事件。

昼休みの昼食救出作戦。

午後の庭での告白。

思い返すだけで、頭が痛くなる一日だった。

(……でも、さくらさんに本音を伝えられたんだよな)

自分から言うつもりはなかった。

あんな形で伝わるなんて、考えてもいなかった。

それでも、最後には自分の言葉で伝えた。

(明日から、どう接すればいいんだろう……)

考えていると、さくらさんがやってきた。

「お疲れさまです。今日の業務は終わりましたか?」

「はい! すべて完了しました!」

「そうですか。お疲れさまでした」

さくらさんは、あなたのチェックリストを確認してうなずいた。

「今日も、ほかの社員の方をたくさん手伝っていましたね」

「困っている人がいたので」

「あなたらしいですね」

さくらさんは微笑んだ。

その笑顔を見て、あなたの心臓が跳ねる。

(……やっぱり、好きだな)

けれど、今度は慌ててその気持ちを否定しなかった。

ただ、心の中で大切にしておこうと思った。

そのとき。

さくらさんが、ふいに口を開いた。

「……あの」

「はい?」

「今日、庭で話したことなんですが」

「は、はい!」

さくらさんは、少しだけ視線を泳がせた。

「これからも、私には普通に話しかけてくださいね」

「……え?」

「あなたが気を遣いすぎて、急に話しかけてくれなくなったら……私も困りますから」

あなたは、目を見開いた。

「……はい!」

思わず、いつもより大きな声が出た。

「ありがとうございます、さくらさん!」

「ふふっ。どういたしまして」

そして、さくらさんは小さく付け加えた。

「……私も、あなたと話すのは楽しいですから」

「…………」

今度こそ、あなたは完全に固まった。

さくらさんは、そんなあなたを見て笑った。

「では、お先に失礼しますね」

「は、はい! お疲れさまでした!」

さくらさんは出口へ向かって歩いていく。

その背中を見送りながら、あなたは心の中で叫んだ。

(待って!?)

(今の、どういう意味!?)

(いや、深読みするな! さくらさんは優しいだけだ!)

(でも……!)

そのとき、さくらさんが入口で振り返った。

「あ、そうだ」

「は、はい!?」

「明日からは、メールの宛先だけでなく、本文も確認してくださいね」

「うわあああああああああ!!」

オフィスに、あなたの悲鳴が響いた。

さくらさんは楽しそうに笑いながら、帰っていった。

エピローグ――さくらさんの帰り道

会社を出たあと。

さくらさんは、夕暮れの道を歩きながら、今日のことを思い返していた。

あなたが送ってきたメール。

庭で聞いた、本当の気持ち。

そして、最後に顔を真っ赤にしていたあなた。

「……本当に、びっくりしました」

さくらさんは、小さく笑った。

教育係として、これからもあなたを支えていく。

仕事では、きちんと指導する。

あなたが成長できるように、見守っていく。

それは変わらない。

でも。

「……もっと一緒にいたい、か」

メールの一文を思い出し、さくらさんは頬に手を当てた。

「……そんなこと、あんなに真っ直ぐ言われたら……」

そこまで言って、慌てて首を振る。

「だ、駄目です。今は仕事のことを考えないと……!」

そう言いながらも、自然と笑みがこぼれてしまう。

そして、誰もいない帰り道で、そっとつぶやいた。

「……明日も、ちゃんと話しかけてくださいね」

その声は、いつもより少しだけ優しかった。

一方、その頃のあなたは。

自宅でベッドに転がりながら、天井を見つめていた。

「……人生で一番長い一日だった」

そして、スマートフォンを手に取り、明日の予定を確認する。

午前九時。

さくらさんと、いつもどおり仕事。

「…………」

「……無理かもしれない」

そうつぶやいた直後、さくらさんからメッセージが届いた。

さくら:お疲れさまでした。明日もよろしくお願いしますね。あと、今日はゆっくり休んでください。……いろいろあって、疲れたでしょうから。

あなたは、スマートフォンを胸元に置いた。

「……さくらさん」

そして、布団に顔を埋めた。

「好きだあああああああああ……!!」

もちろん、その声が本人に届くことはなかった。

……はずだった。

翌朝。

あなたが会社に着くと、さくらさんがいつもどおりの笑顔で挨拶してきた。

「おはようございます」

「お、おはようございます!」

「……昨日は、よく眠れましたか?」

「は、はい!」

「そうですか。よかったです」

さくらさんは微笑んだ。

そして、ほんの少しだけいたずらっぽく言った。

「今日は、メールの宛先を間違えないでくださいね?」

「さくらさあああああああん!!」

朝のオフィスに、二日連続の悲鳴が響き渡った。

――教育係のさくらさんには恋心を知られてはいけない。

……もう、知られてしまった。

しかも、本人の口から。

けれど、あなたはまだ知らない。

あのメールを読んだあと、さくらさんが何度も何度も、あなたの文章を読み返していたことを。

そして今日もまた、二人の距離がほんの少しだけ変わっていくことを。