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「社員旅行の行き先で、まさかの再会」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「社員旅行の行き先で、まさかの再会」

1.楽しみにしていた社員旅行

「皆さん、来月の社員旅行についてお知らせします!」

朝のミーティングで、総務の社員が大きな声で告げた。

どうやら今年の社員旅行は、少し遠くの観光地に一泊二日で行くらしい。

温泉に、観光に、そして美味しい料理。

普段は忙しい社員たちも、今回ばかりは楽しそうに話していた。

「ねえ、あなたは参加するんですよね?」

隣から声をかけてきたのは、教育係のさくらさんだった。

「はい! もちろんです!」

思わず元気よく返事をしてしまった。

さくらさんと一緒に旅行。

もちろん、仕事仲間としての旅行だ。決して、それ以上の意味はない。

……いや、ある。

僕にとっては、さくらさんと普段とは違う場所で過ごせる、ちょっとした楽しみだった。

「ふふっ。ずいぶん嬉しそうですね」

「そ、そんなことないですよ!」

「そうですか? 私は楽しみですけど」

さくらさんは柔らかく笑った。

――ああ、危ない。

今の一言だけで、僕の心臓は大変なことになっている。

(落ち着け、僕。これは社員旅行だ。仕事の延長だ。恋愛イベントじゃない……!)

心の中で自分に言い聞かせながら、僕は旅行の日程表を受け取った。

ところが。

その数日後、思いもよらない事態が起きた。

2.突然の予定変更

旅行まで、あと一週間。

僕は自宅で夕食を食べていると、父から声をかけられた。

「そういえば、お前。来週の土曜日は空いているか?」

「え? 土曜日?」

「店の手伝いを頼みたいんだ。急に団体の予約が増えてな。人手が足りない」

父はレストランの社長。

そして母は、その店の店長を務めている。

ふたりが経営するレストランは、地元では評判の店だった。

料理はもちろん、落ち着いた雰囲気と丁寧な接客が人気で、週末には予約でいっぱいになることも珍しくない。

「ごめんなさいね。私も厨房とホールを行ったり来たりすることになりそうなの。あなたが手伝ってくれたら、本当に助かるわ」

母も困った顔で頼んできた。

僕はスマートフォンで旅行の日程を確認した。

……土曜日。

社員旅行の初日だった。

「ええっ……!」

「どうした?」

「その日、会社の社員旅行なんだよ……」

両親は顔を見合わせた。

「そうだったのか……」

「困ったわね。でも、予約のお客様に迷惑をかけるわけにもいかないし……」

両親が困っている。

僕だって、旅行には行きたかった。

さくらさんと一緒に観光地を歩いて、美味しいものを食べて、普段とは違う話をしてみたかった。

けれど。

「……わかった。僕、手伝うよ」

そう答えると、母はほっとした表情になった。

「ありがとう。本当に助かるわ」

「ごめんな、お前も楽しみにしていたのにな」

「いいよ。お客さんに喜んでもらうのも、うちの仕事だから」

そう言いながら、僕は少しだけ肩を落とした。

(さくらさんと旅行……行きたかったなぁ)

胸の中で、そんな本音がこぼれた。

3.さくらさんへの報告

翌朝。

僕は出社すると、まず教育係のさくらさんのデスクへ向かった。

「あの、さくらさん」

「はい? どうしました?」

「あの……社員旅行のことなんですけど」

「旅行?」

さくらさんが顔を上げる。

「急に家の事情ができてしまって……土曜日、どうしても外せない予定が入ってしまったんです」

「……え?」

さくらさんの手が止まった。

「社員旅行、参加できなくなりました。急で申し訳ありません」

「そう、ですか……」

いつもの丁寧な声。

けれど、ほんの少しだけ、残念そうに聞こえた。

「ご家族の事情なら仕方ありませんね。お仕事のことは気にしないでください」

「ありがとうございます」

「……楽しみにしていたんじゃないですか?」

不意に尋ねられ、僕は目を丸くした。

「えっ?」

「旅行の話をしていたとき、とても嬉しそうだったので」

「そ、それは……!」

危うく、あなたと一緒に行きたかったからです、と言いかけた。

慌てて口を閉じる。

「み、みんなで旅行するのが楽しみだったんです!」

「……そうですか」

さくらさんは、にっこりと笑った。

「残念ですね」

その言葉に、僕の胸が少し痛んだ。

さくらさんも、残念に思ってくれているのだろうか。

それとも、教育係として、社員が一人欠席することを気にしているだけなのだろうか。

考えても、答えは出なかった。

「お土産、買ってきますね!」

僕が慌ててそう言うと、さくらさんは少しだけ目を細めた。

「ふふっ。では、楽しみにしています」

その笑顔を見た瞬間、僕は決意した。

(絶対に、いいお土産を買ってきてもらおう……じゃなかった! 僕は旅行に行かないんだった!)

心の中でひとりツッコミを入れながら、僕は自分のデスクへ戻った。

4.旅行当日、僕が向かった場所

土曜日の朝。

会社の社員たちが旅行先へ向かっている頃、僕は実家のレストランにいた。

「いらっしゃいませ!」

エプロンを身につけ、予約表を確認する。

その日の予約は、朝からぎっしりだった。

ランチタイムの準備をしていると、父が厨房から顔を出した。

「今日は大変だぞ。昼には団体のお客様がいらっしゃる」

「団体?」

「そうだ。会社の社員旅行らしい。かなり大きな予約でな」

「へえ……」

僕は何気なく予約表をのぞき込んだ。

そして。

「…………え?」

そこに書かれていた団体名を見て、僕は固まった。

予約団体名。

『株式会社〇〇 社員旅行御一行様』

……僕の会社だった。

「と、父さん?」

「ん? どうした?」

「この団体って……」

「お前の会社なんだろう? 予約の担当者から聞いたぞ。ずいぶん大きな会社なんだな」

僕はしばらく、何も言えなかった。

まさか。

まさか、社員旅行の昼食場所が、うちのレストランだったなんて。

しかも、予約表には参加人数がしっかり記載されている。

僕が欠席した社員旅行。

その旅行先で、僕の両親のレストランが選ばれていたのだ。

(いやいやいや……どうしてこうなるんだ!?)

旅行に行けなかったのに、旅行先でみんなと会うことになるなんて。

しかも、さくらさんまで来る。

僕は頭を抱えた。

「おい、どうした? 知り合いでもいるのか?」

「……うん。知り合いというか、会社の人たちが全員来る」

「それは偶然だな!」

父は豪快に笑った。

僕は笑えなかった。

5.予約表にあった、見覚えのある名前

開店準備を進めていると、母が予約表を手にやってきた。

「あなた、今日は団体のお客様の案内をお願いね」

「う、うん」

「それから、担当の方のお名前が……ええと」

母が予約表を確認する。

「さくら様、という方が代表者のひとりみたいね」

「ぶっ……!」

危うく持っていた布巾を落としそうになった。

「な、なんでさくらさんの名前が!?」

「なんでって、予約のご担当者だからじゃない?」

母は不思議そうに首をかしげる。

「知っている人なの?」

「い、いや、その……僕の教育係で……!」

「あら! そうなの?」

母の顔が、ぱっと明るくなった。

「あなたの教育係さん? それなら、きちんとおもてなししないとね」

「う、うん! もちろん!」

(待って。母さん、今、なんだか妙に嬉しそうじゃなかったか?)

僕は嫌な予感を覚えた。

そして、その予感は的中することになる。

6.「あれ? あなた……?」

午前十一時半。

レストランの入口に、社員旅行の一行が到着した。

「わあ、素敵なお店ですね!」

「ここ、評判のお店なんだって!」

社員たちが楽しそうに話している。

僕は帽子をかぶり直し、接客用の笑顔を作った。

絶対に、変なところを見せてはいけない。

ここでは僕は、ただの店員だ。

会社の後輩でも、さくらさんに恋している人間でもない。

……ただの店員だ。

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね。こちらへどうぞ!」

社員たちを席へ案内していく。

「えっ、ちょっと待って」

聞き慣れた声がした。

振り向くと、そこには。

さくらさんが立っていた。

旅行用の服装に身を包み、少し驚いた顔で僕を見ている。

「……あなた?」

「…………こんにちは」

「こんにちは、じゃありません!」

さくらさんは目を丸くしたまま、僕と店内を交互に見た。

「どうして、あなたがここにいるんですか?」

「ええと……実は、両親がこの店を経営していまして……」

「……えっ?」

数秒の沈黙。

それから、さくらさんは驚いたように口元を押さえた。

「ここ、あなたのご実家だったんですか!?」

「はい……」

「そうだったんですね……!」

さくらさんは店内を見回し、納得したようにうなずいた。

「だから、急にお休みになったんですね」

「はい。両親に手伝いを頼まれまして……」

「そうだったんですか」

さくらさんは、ほっとしたように微笑んだ。

「理由がわかって、安心しました」

「……え?」

「いえ。何でもありません」

そう言って、さくらさんは仲間たちの席へ向かおうとした。

しかし、その直前。

「あ、そうだ」

くるりと振り返る。

「あなたのご両親に、ご挨拶してもいいですか?」

「えっ!?」

「せっかくですから。いつもあなたにお世話になっていますし」

(お世話になっているのは、僕のほうです!!)

心の中で叫んだものの、口から出たのは。

「は、はい……!」

という、情けない返事だった。

7.母の余計なひと言

「まあ! あなたが、さくらさん?」

母は、さくらさんを見るなり満面の笑みを浮かべた。

「いつも息子がお世話になっています!」

「いえ、こちらこそ。いつも頑張ってくれているので、とても助かっています」

「まあまあ! そうなんですか!」

母は嬉しそうに僕の肩をぽんぽんと叩いた。

「この子、家では会社の話をあまりしないんですけどねえ」

「母さん!?」

「でも、最近はずいぶん楽しそうで」

「母さんっ!!」

僕の声が店内に響いた。

近くの社員たちが振り返る。

さくらさんまで、きょとんとした顔をした。

「楽しそう……ですか?」

「ええ。仕事の話をするとき、以前よりも明るくなったんですよ」

「そ、そうなんですか……」

さくらさんは僕を見た。

僕は必死に視線をそらした。

(頼む、母さん! これ以上はやめてくれ!)

ところが、母はさらに追い打ちをかける。

「きっと、素敵な教育係さんに出会えたからでしょうね」

「…………っ!」

僕は顔が熱くなるのを感じた。

さくらさんは一瞬だけ目を見開き、それから、ふっと柔らかく笑った。

「……そうだったら、嬉しいですね」

その声が、いつもより少しだけ優しかった気がした。

8.昼食のあと、庭でふたりきり

ランチタイムが落ち着き、僕が店の裏手で休憩していると、扉が開いた。

「ここにいたんですね」

振り返ると、さくらさんが立っていた。

「さ、さくらさん!?」

「少し、お話ししてもいいですか?」

「は、はい!」

僕は背筋を伸ばした。

さくらさんは近くのベンチに腰かけ、店の小さな庭を眺めた。

「驚きました。まさか、あなたのご実家が旅行先のお店だったなんて」

「僕も驚きました。まさか、会社のみんなが来るなんて……」

「ふふっ。すごい偶然ですね」

「本当に……」

しばらく、穏やかな沈黙が流れた。

やがて、さくらさんがぽつりと言った。

「……実は、少し残念だったんです」

「え?」

「あなたが旅行に参加できないと聞いたとき」

僕は息を止めた。

「いつも一緒に仕事をしているので、たまには仕事以外のお話もできたらいいなと思っていたんです」

「…………」

「だから、今日ここで会えて、少し嬉しかったです」

僕の心臓が、どくん、と大きく鳴った。

(待って。今、何て言った?)

仕事以外の話。

会えて嬉しかった。

それは、教育係としての気遣いなのだろうか。

それとも。

いや、期待するな。

期待したら、きっと顔に出てしまう。

「……僕も、です」

気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。

「え?」

「僕も……さくらさんと旅行に行けなくなって、残念でした」

言ってしまった。

あまりにも正直な言葉だった。

慌てて取り繕おうとした、そのとき。

さくらさんが、ふわりと微笑んだ。

「……そう言ってもらえると、嬉しいです」

そして、少しだけ首を傾げた。

「次に機会があったら、今度は一緒に行きましょうね」

「……はい!」

僕は、満面の笑顔で答えてしまった。

しまった。

嬉しすぎる。

これでは、恋心が顔に出てしまう。

「……あなた?」

「な、何でもありません!」

「顔が赤いですよ?」

「こ、これは厨房が暑かったので!」

「ここ、厨房じゃありませんけど」

「…………」

さくらさんは、とうとうくすくすと笑い出した。

僕は両手で顔を覆いたくなった。

(だめだ……! この人には、絶対に恋心を知られてはいけない……!)

なのに。

さくらさんが笑っているだけで、今日一日を頑張ってよかったと思ってしまう。

本当に、困ったものだ。

9.帰り際の、特別な注文

午後。

社員旅行の一行が帰る時間になった。

「ごちそうさまでした!」

「すごく美味しかったです!」

社員たちが口々にお礼を言ってくれる。

父も母も、嬉しそうに見送っていた。

さくらさんも出口へ向かいかけたが、ふと足を止めた。

「そうだ。ひとつ、お願いしてもいいですか?」

「はい?」

「次にこちらのお店に来るときは、あなたにおすすめの料理を教えてほしいです」

「……僕に、ですか?」

「ええ。あなたのご実家のお店ですから。きっと、詳しいでしょう?」

「も、もちろんです!」

「ふふっ。約束ですよ」

さくらさんは小指を立てるようなことはせず、ただ、そっと手を振った。

「では、また会社で」

「はい! お気をつけて!」

社員たちの姿が見えなくなるまで見送ってから、僕はようやく大きく息を吐いた。

……危なかった。

何度も、恋心が顔に出そうになった。

そのとき、後ろから母の声がした。

「ねえ、あなた」

「……何?」

「さくらさんって、素敵な方ね」

「……うん」

「あなた、あの人のことが好きなの?」

「ぶっ!?」

僕は盛大にむせた。

母は、にこにこと笑っている。

「やっぱり?」

「な、何を根拠に!?」

「顔を見ればわかるわよ」

「…………」

僕は何も言い返せなかった。

父まで厨房から顔を出す。

「なんだ? お前、教育係の人に惚れてるのか?」

「父さんまで!?」

両親は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。

「いいじゃないか。大切な人がいるっていうのは」

「でも、会社では内緒にしておきなさいね。お仕事に影響が出たらいけないもの」

「……わかってるよ」

僕は小さくうなずいた。

そう。

さくらさんには、まだ知られてはいけない。

僕がどれほど彼女の笑顔を大切に思っているのか。

彼女と話せるだけで、どれほど嬉しいのか。

そして、今日、旅行に行けなかったはずなのに、彼女に会えたことを、どれほど幸運だと思っているのか。

それだけは、まだ秘密だ。

……ただし。

その夜、会社のグループチャットに、さくらさんからメッセージが届いた。

『今日は美味しいお料理をありがとうございました。ご実家のお店、とても素敵でしたね』

そして、僕個人にも一通。

『今日は思いがけず会えて嬉しかったです。また、お店のおすすめを教えてくださいね』

僕はスマートフォンを握りしめたまま、しばらく動けなかった。

「…………」

そして。

「よしっ……!」

思わず、小さくガッツポーズをしてしまった。

――恋心を知られてはいけない。

それなのに。

次にさくらさんと会える日が、もう楽しみで仕方がなかった。