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最後のひとつ、あなたに渡せないお土産

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

最後のひとつ、あなたに渡せないお土産

1.リリニーから帰ってきた月曜日

一週間のひとり旅行。

あなたが向かったのは、夢と魔法の王国――リリニーだった。

パークを歩き回り、アトラクションに乗り、おいしいものを食べ、夜には美しいパレードを眺めた。

そして、旅行の最終日。

あなたはお土産屋さんで、会社のみんなに渡すお土産を選んでいた。

「先輩たちにはこれかな……。同期にはこっちで……」

箱入りのお菓子に、かわいい缶に入ったクッキー。

あれこれ選んでいるうちに、あなたの手にはたくさんのお土産袋がぶら下がっていた。

そして最後。

棚の隅に置かれた、小さな花の飾りがついたお菓子の箱。

あなたは、それを手に取った。

「……さくらさん」

思わず、小さくつぶやく。

教育係のさくらさん。

いつも丁寧に仕事を教えてくれて、失敗したときには一緒に原因を考えてくれて、うまくできたときには誰よりも先に褒めてくれる人。

あなたが初めて会った日から、ずっと好きな人。

「これ、さくらさんに似合いそう……」

箱を見つめながら、あなたは微笑んだ。

けれど、次の瞬間。

「いやいやいや! 待て待て待て!」

自分で自分にツッコミを入れた。

「教育係へのお土産だぞ! 普通だ! 普通のお礼! そう、これは感謝の気持ち!」

周囲の人が振り返り、あなたは慌てて咳払いをした。

「……よし」

あなたは、そのお土産を大切に袋へ入れた。

ただし。

このときのあなたは、まだ知らなかった。

その小さなお土産ひとつが、翌週のあなたをあんなにも困らせることになるなんて。

2.お土産配りは順調だった

月曜日の朝。

あなたは旅行の疲れを少し残しながらも、元気に出社した。

「おはようございます!」

「おっ、帰ってきたな! リリニーはどうだった?」

先輩社員が声をかけてきた。

「最高でした! これ、お土産です!」

「おお、ありがとう!」

「こっちもどうぞ!」

同期にも、他部署の社員にも。

あなたは旅行の思い出を話しながら、お土産を渡していった。

「夜のパレードが本当にきれいで!」

「へえ、ひとりで行ったんだろ? すごいな」

「はい! 自分の好きなところを自由に回れるので!」

「また行ったら話を聞かせてくれよ」

「もちろんです!」

あちこちで笑顔が生まれた。

先輩からは旅行の感想を聞かれ、同期からはお土産のお礼を言われ、普段あまり話さない社員とも会話が弾んだ。

あなたは心の中で満足していた。

(よし! みんなに渡せた!)

そして、机の引き出しを開けた。

残っているお土産を確認する。

ひとつ。

小さな箱。

花の飾りがついた、かわいいお菓子。

「…………」

あなたの笑顔が、ぴたりと止まった。

(……あ)

そう。

さくらさんのお土産だけが、残っていた。

3.なぜ渡せないんだ、僕!

あなたは箱を取り出し、じっと見つめた。

「……渡そう」

小さく決意する。

「普通に渡せばいいんだ。旅行のお土産ですって。みんなにも渡したんだから、さくらさんに渡すのも自然!」

完璧な理屈だった。

あなたは箱を手に持ち、さくらさんのデスクへ向かおうとした。

しかし。

さくらさんが、こちらを向いた。

「どうしました?」

「ひゃっ!?」

「……ひゃ?」

「い、いえ! 何でもありません!」

「そうですか?」

さくらさんは少し首をかしげて、仕事へ戻った。

あなたは自分のデスクに戻った。

(無理無理無理! 今の顔、絶対おかしかった!)

心臓がうるさい。

たったひとつのお土産を渡すだけなのに。

先輩社員には笑顔で渡せた。

同期にも、他部署の社員にも、何の問題もなかった。

なのに。

さくらさんだけは違った。

(だって……さくらさんにだけ、選ぶのに時間がかかったんだよ……)

旅行先で、さくらさんが喜んでくれそうなものを探した。

かわいいものがいいのか。

仕事中でも食べやすいものがいいのか。

甘いものは好きだっただろうか。

そんなことを考えながら、何度もお店を回った。

そして、ようやく見つけたものだった。

(そんなの、本人に知られたら……)

あなたは両手で顔を覆った。

「……終わった」

まだ何も始まっていないのに。

4.定時直前、最大のピンチ

午後三時。

「よし、仕事に集中しよう!」

あなたは気持ちを切り替えた。

旅行で不在にしていた分、確認する資料は多かった。

メールを確認し、報告書をまとめ、先輩社員の仕事を手伝い、残っていた業務を片づける。

気づけば午後四時半。

(あれ? 今日の仕事、もう終わりそうだぞ?)

チェックリストを確認する。

残り、ひとつ。

最後の報告書を提出すれば、本日の業務は完了だった。

あなたは集中して作業を進めた。

そして、午後四時五十分。

「……終わった!」

報告書を提出。

チェックリストに最後のチェックを入れた。

今日の業務、すべて完了。

定時まで、あと十分。

あなたは椅子の背もたれに体を預けた。

「ふぅ……」

そして、ふと思い出す。

机の引き出し。

小さな箱。

花の飾り。

「…………あ」

再び、顔が青ざめた。

(渡してない!!)

時計を見る。

午後四時五十二分。

定時まで、あと八分。

(どうする!? どうする僕!?)

あなたは引き出しをそっと開けた。

そこには、朝からずっと出番を待ち続けているお土産があった。

(このまま持って帰るのか!? いや、それは違う! せっかく選んだんだ!)

あなたは箱を手に取った。

そして、さくらさんのデスクを見る。

さくらさんは、まだ仕事をしていた。

真剣な表情で画面を確認し、資料に目を通している。

いつもの、頼もしい横顔。

あなたは思わず見とれてしまった。

(……きれいだな)

はっ、と我に返る。

(違う! 今はそういう場合じゃない!)

午後四時五十四分。

あと六分。

あなたは立ち上がった。

一歩、進む。

二歩、進む。

三歩目で止まった。

(何て言えばいいんだ!?)

『さくらさん、旅行のお土産です』

普通だ。

何もおかしくない。

『これ、さくらさんに似合うと思って選びました』

駄目だ。

それは少し、特別感がありすぎる。

『さくらさんのことを考えながら選びました』

絶対に駄目だ。

「…………っ」

あなたは箱を胸元に抱えた。

目の奥がじわりと熱くなる。

泣くほどのことではない。

頭では、ちゃんとわかっている。

たった一言、声をかければいいだけなのだ。

それなのに。

好きな人に、自分の気持ちを悟られたくない。

でも、喜んでほしい。

特別扱いだと思われたくない。

でも、特別に選んだことを、少しだけわかってほしい。

相反する気持ちが胸の中でぶつかり合い、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。

(……僕、何やってるんだろう)

うつむいたあなたの目に、涙がにじんだ。

「……あと、五分……」

小さくつぶやいた、そのときだった。

「……何をしているんですか?」

聞き慣れた声。

あなたの肩が、びくっと跳ねた。

5.教育係のさくらさん

振り返ると、さくらさんが立っていた。

「さ、さくらさん……!」

「さっきから、こちらを見たり、立ち上がったり、座ったり……」

さくらさんは不思議そうにあなたを見た。

「何か困っていることでもありますか?」

「い、いえ! 何も!」

「……本当に?」

「ほ、本当です!」

即答した。

しかし、さくらさんの視線があなたの手元へ落ちる。

そこには、花の飾りがついたお土産の箱。

「それは?」

「っ!」

あなたは反射的に箱を背中へ隠した。

……遅かった。

さくらさんは、ぱちぱちと瞬きをした。

「もしかして、リリニーのお土産ですか?」

「…………はい」

「皆さんには配っていましたよね」

「…………はい」

「では、どうしてそれだけ残っているんですか?」

あなたの脳内で、警報が鳴り響いた。

(どうしようどうしようどうしよう!!)

さくらさんは、少しだけ心配そうな顔になった。

「もしかして、渡す相手に何かあったんですか?」

「ち、違います!」

「では、渡し忘れですか?」

「……それも、違うというか……」

「というか?」

あなたは口を開いた。

閉じた。

もう一度、開いた。

「…………さくらさんの、です」

「……え?」

声が、ひどく小さくなった。

「これ……さくらさんへの、お土産です」

さくらさんは、しばらく黙っていた。

あなたはうつむいたまま、箱を両手で差し出した。

「みんなには、ちゃんと渡せたんです。でも……さくらさんにだけ、どうしても渡せなくて……」

「……どうしてですか?」

「そ、それは……」

言えるわけがない。

好きだから。

さくらさんに喜んでもらいたかったから。

他の人と同じように渡そうと思ったのに、さくらさんだけは、どうしても同じようにはできなかったから。

あなたは唇をきゅっと結んだ。

「……変に思われたく、なかったんです」

ようやく出てきた言葉だった。

さくらさんの表情が、ふっとやわらいだ。

「変になんて思いませんよ」

「……え?」

「旅行のお土産でしょう? ありがとうございます」

さくらさんは、両手で箱を受け取った。

そして、花の飾りを見て、うれしそうに微笑んだ。

「かわいいですね」

その一言で。

あなたの胸が、いっぱいになった。

(……よかった)

本当に、よかった。

喜んでくれた。

それだけで十分だった。

……十分なはずだった。

「……ところで」

さくらさんが、あなたの顔をのぞき込む。

「どうして、泣きそうなんですか?」

「なっ……!?」

あなたは慌てて顔をそむけた。

「な、泣いてません!」

「そうですか?」

「はい!」

「……でも、少し目が赤いですよ」

「これは、その……旅行の疲れです!」

「旅行の疲れ?」

「はい! リリニーは楽しかったんですけど、歩きすぎて!」

さくらさんは数秒、あなたを見つめた。

そして。

「ふふっ」

小さく笑った。

「そうですか。では、今日は早めに帰って休んでくださいね」

「……はい」

「それと」

さくらさんは、お土産を大切そうに持ち直した。

「私のために選んでくれたんですよね?」

「…………っ!」

「ありがとうございます。大切にいただきますね」

そう言って、さくらさんは自分のデスクへ戻っていった。

あなたは、その場に立ち尽くした。

(……終わった)

いろいろな意味で。

6.誰にも知られてはいけない恋心

午後五時。

定時になり、あなたは帰り支度を始めた。

さくらさんのお土産を渡せた。

喜んでもらえた。

何の問題もない。

……ないはずなのに。

(『私のために選んでくれたんですよね?』って……)

あなたはデスクに突っ伏した。

「…………無理」

耳まで熱い。

さくらさんは、きっとただのお土産として喜んでくれただけだ。

教育係として、教え子から感謝されただけ。

それ以上の意味なんて、ない。

わかっている。

わかっているのに。

「……さくらさん、喜んでくれたなぁ……」

思わず、頬がゆるんだ。

そのとき。

「何をにやにやしているんですか?」

「うわああっ!?」

いつの間にか、さくらさんがすぐそばにいた。

「ま、またですか!?」

「また、とは?」

「い、いえ! 何でもありません!」

さくらさんは、くすくす笑った。

「今日は面白いですね、あなた」

「お、面白くないです!」

「そうですか?」

「そうです!」

「ふふっ。では、気をつけて帰ってくださいね」

「……さくらさんも、お疲れさまでした!」

あなたは逃げるように頭を下げ、会社を後にした。

廊下を歩きながら、胸元を押さえる。

「……危なかった」

恋心は、まだ知られていない。

たぶん。

きっと。

……そう信じたい。

一方、その頃。

さくらさんは自分のデスクに戻り、もらったお土産をそっと机の端に置いていた。

花の飾りを見つめ、少しだけ微笑む。

「……私にだけ、渡せなかったんだ」

さっきのあなたの、困り果てた顔を思い出す。

今にも泣き出しそうなのに、必死に平静を装っていた姿。

「……本当に、不器用な人ですね」

そう言いながらも、さくらさんの表情は優しかった。

箱を開けるのは、家に帰ってからにしよう。

そう決めて、さくらさんはお土産を鞄にしまった。

そして、ふと考える。

(……旅行中、どんな景色を見たんでしょう)

(どんなものを食べて、どんなふうに楽しんだんでしょう)

(……今度、ゆっくり聞いてみようかな)

さくらさんは、いつの間にか笑顔になっていた。

あなたは知らない。

自分が一週間いなかった間、さくらさんが何度もあなたの席を見ていたことも。

あなたの旅行の話を、誰よりも聞きたいと思っていることも。

そして何より。

あなたが必死に隠している恋心に、さくらさん自身もまだ名前をつけられずにいることも。

恋心を知られてはいけない。

そう思っているあなたと。

あなたのことが、少しずつ気になり始めているさくらさん。

二人の距離は、今日もほんの少しだけ近づいた。

――ただし、あなたは翌朝、さくらさんから言われることになる。

「昨日のお土産、とてもおいしかったです。……今度、リリニーのお話を二人で聞かせてくださいね?」

その一言で、再び仕事が手につかなくなることを。