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「君のいない一週間と、夢の国へのひとり旅」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「君のいない一週間と、夢の国へのひとり旅」

1.旅行前日――僕の秘密の計画

「……よし。これで準備は完璧だ」

僕は自分の部屋で、ベッドの上に広げた旅行カバンを見つめていた。

着替え、充電器、財布、チケット、そして旅行中に使う小さなノート。

忘れ物がないか、何度も確認する。

明日から一週間、僕はひとり旅に出る。

行き先は、夢と魔法の国――リリニー。

子どもの頃から大好きだった場所だ。

仕事を始めてから、毎日が忙しかった。新しい業務を覚え、先輩たちの手伝いをし、教育係のさくらさんに教えてもらいながら、少しずつ成長してきた。

だからこそ、今回の旅行は自分へのご褒美だった。

「一週間も休めるなんて、夢みたいだな……!」

思わず笑みがこぼれる。

しかも、今回はひとり旅。

誰かに予定を合わせる必要もない。好きなアトラクションに乗って、好きなものを食べて、夜のパークをのんびり歩く。

想像するだけで、胸が躍った。

……ただし。

ひとつだけ、問題がある。

「……さくらさん、寂しがったりするのかな」

口に出した瞬間、僕は慌てて首を振った。

「いやいやいや! 何を考えているんだ、僕は!」

さくらさんは教育係で、仕事のできる立派な先輩だ。

僕が一週間いなくなったところで、困るはずがない。

むしろ、普段は僕の指導に時間を使っているのだから、少しは楽になるかもしれない。

そう考えたら、なぜか胸の奥がちくりとした。

本当は、旅行のことをさくらさんに話したとき、少しだけ期待していた。

『そうなんですね。楽しんできてくださいね』

そんな言葉をもらえたら、それだけで嬉しい。

でも、僕はさくらさんに恋をしている。

だから、期待しすぎてはいけない。

「……よし。明日は思いっきり楽しむぞ!」

僕は旅行カバンを閉じた。

明日からの一週間。

それは、僕にとって特別な時間になるはずだった。

そして、さくらさんにとっても……。

まだ、このときの僕は知らなかった。

自分がいなくなった職場で、彼女がどんな一週間を過ごすことになるのかを。

2.旅行初日――「行ってきます、さくらさん!」

翌朝。

僕はいつもより早く起きた。

カーテンを開けると、気持ちのいい青空が広がっている。

「最高の旅行日和だ!」

朝食を済ませ、最後の確認をして、僕は家を出た。

駅へ向かう途中、スマートフォンに会社の予定表が表示される。

今日から一週間、休暇。

そして、ふと頭に浮かんだのは、さくらさんの顔だった。

「……今頃、会社に着いた頃かな」

いつもなら、僕が出社すると、さくらさんはデスクで資料を確認している。

僕が挨拶をすると、顔を上げて、

『おはようございます。今日もよろしくお願いしますね』

と、優しく声をかけてくれる。

その声を聞くと、自然と背筋が伸びた。

時には厳しく注意されることもある。

それでも、さくらさんは必ず、どうすれば次にうまくいくのかを教えてくれた。

だから僕は、毎日頑張れた。

「……帰ってきたら、成長したところを見せたいな」

小さくつぶやき、僕は電車に乗り込んだ。

目的地へ向かう電車の窓から、街並みが流れていく。

夢の国は、もうすぐそこだ。

僕は期待に胸を膨らませながら、スマートフォンをしまった。

今日は仕事のことを忘れて、思いっきり楽しもう。

……さくらさんのことも、少しだけ忘れて。

そう決めたはずだった。

3.同じ頃――さくらさんの異変

「……あれ?」

午前九時。

会社の教育担当デスクで、さくらは首をかしげていた。

いつもなら、そろそろ聞こえてくるはずの声がない。

『さくらさん、おはようございます!』

少し緊張しながらも、明るく挨拶してくる後輩。

昨日まで毎日のように聞いていた声だ。

けれど、今日は聞こえない。

当然だった。

彼は一週間の休暇に入っている。

さくら自身が、休暇申請を確認して承認したのだから。

「……そうでしたね。今日からお休みでした」

独り言をつぶやき、さくらはパソコンに向き直った。

「一週間くらい、どうってことありません」

誰に言い聞かせるでもなく、そう口にする。

彼は最近、仕事を覚えるのが早くなった。

以前なら何度も確認していた業務も、今では自分で考え、必要なところだけ相談してくる。

ほかの社員の仕事まで手伝い、困っている人を見かければ自然に声をかける。

少し前までは、失敗するたびに落ち込んでいたのに。

最近は、失敗しても原因を考え、次に生かそうとしている。

教育係としては、喜ばしいことだった。

「……ちゃんと休んできてくださいね」

さくらは、誰もいない隣の席に目を向けた。

そこには、彼が使っていたメモ帳と、きちんと整理された書類がない。

いつも彼が座っていた場所。

いつも彼が相談に来ていた場所。

それを見て、さくらは小さく息を吐いた。

「……静かですね」

いつもなら、彼が質問に来る。

『さくらさん、この資料の確認をお願いできますか?』

『さくらさん、ちょっと相談があるんですが……』

『さくらさん、これ、先輩のお手伝いが終わったので確認していただけますか?』

そんなやり取りが、当たり前になっていた。

その当たり前が、今日から一週間ない。

「……仕事に集中しましょう」

さくらは背筋を伸ばした。

そして、資料を開いた。

ところが。

五分後。

「……この数字、確認しないと」

十分後。

「……あの子なら、ここに気づいてくれそうですね」

さらに五分後。

「…………」

さくらの視線は、またしても隣の席へ向いていた。

「……いけません」

自分の頬を軽く押さえる。

「私は教育係です。後輩が休暇を楽しんでいる間に、しっかり仕事を進めなければ」

そのとおりだ。

正しい。

正しいのに。

なぜか、いつもより仕事が進まなかった。

4.夢の国の僕――最高の一日!

「うわあああ……!」

目の前に広がる景色を見て、僕は思わず声を上げた。

色鮮やかな建物。

楽しそうな音楽。

笑顔で歩く人たち。

そして、遠くにそびえる夢の国のシンボル。

「来てよかった……!」

入園してから、まだそれほど時間は経っていない。

それなのに、僕はすでに大満足だった。

まずはお目当てのアトラクションへ向かい、次に限定グッズを見に行く。

お昼には、以前から気になっていたレストランで食事をする予定だ。

「よし、まずは写真を撮ろう!」

僕は景色を背景にスマートフォンを構えた。

何枚か写真を撮ったあと、ふと会社のことを思い出す。

「……みんな、今頃仕事してるんだよな」

そして、さくらさんの顔が浮かんだ。

きっと、いつもどおり落ち着いた表情で仕事をしているだろう。

僕がいなくても、何も問題はない。

「……うん。そうだよな」

少しだけ寂しくなった自分をごまかすように、僕は歩き出した。

すると、スマートフォンが震えた。

会社のグループチャットではない。

さくらさんからの個別メッセージだった。

『旅行先には無事に着きましたか? 休暇中ですから、お仕事のことは気にせず楽しんでくださいね』

「…………え?」

僕はその場で立ち止まった。

何度も画面を見直す。

さくらさんから。

わざわざ。

僕に。

メッセージが来た。

「……うそだろ」

顔が熱くなる。

いや、待て。

これは教育係としての気遣いだ。

休暇中の部下を気にかけるのは、きっと普通のこと。

そう、自分に言い聞かせる。

それでも、嬉しかった。

嬉しくて、口元が緩んでしまう。

僕は慎重に返信を打った。

『はい! 無事に着きました! すごく楽しいです! お気遣いありがとうございます。さくらさんも、お仕事頑張ってください!』

送信。

そして、すぐにスマートフォンを胸元に抱えた。

「……やばい。嬉しすぎる」

ひとり旅なのに、誰かに話したくて仕方がない。

でも、こんな気持ちをさくらさんに知られるわけにはいかない。

僕は深呼吸して、再び夢の国の景色を見上げた。

「よし! 今日は楽しむぞ!」

そう宣言した僕は、笑顔でアトラクションへ向かった。

ただし、その日の旅行ノートには、景色の感想と一緒に、こんな一文が書き込まれることになる。

『さくらさんからメッセージが来た。今日、最高の日かもしれない』

5.午後三時――さくらさん、仕事が進まない

一方、会社。

「……あの子、楽しんでいるでしょうか」

さくらは、パソコンの画面を見つめていた。

机の上には、確認しなければならない資料が積まれている。

いつもなら、すでに半分以上は終わっているはずだった。

なのに、今日は違う。

集中しようとすると、彼のことを思い出してしまう。

今頃、何に乗っているのだろう。

お昼は、ちゃんと食べたのだろうか。

ひとり旅だから、無理をしていないだろうか。

そして。

「……私がいなくても、楽しめていますよね」

ぽつりと、そんな言葉がこぼれた。

すぐに、さくらは自分で驚いた。

どうして、自分が旅行先にいないことを気にしているのだろう。

彼は旅行を楽しみにしていた。

休暇中くらい、仕事から離れて好きなことをすればいい。

それなのに、彼が何をしているのか気になってしまう。

「……困りましたね」

さくらは額に手を当てた。

教育係として、後輩の成長を見守るのは当然だ。

しかし、最近の自分は少しおかしい。

彼が新しい仕事を覚えると嬉しくなる。

誰かを助けている姿を見ると、誇らしくなる。

彼が疲れていると気になり、落ち込んでいると声をかけたくなる。

そして今は。

彼が一週間、会社にいないだけで。

こんなにも、いつもの職場が静かに感じられる。

「……早く帰ってきてくださいね」

小さくつぶやいたあと、さくらは慌てて口元を押さえた。

「……いえ、違います。休暇は最後まで楽しんでもらわないと」

自分に言い聞かせる。

それでも、隣の空席を見てしまう。

そのとき、スマートフォンに通知が届いた。

彼からの返信だった。

『はい! 無事に着きました! すごく楽しいです!』

さくらは、画面を見つめた。

そして。

ふっと、柔らかく微笑んだ。

「……よかった」

たったそれだけの返信。

それだけなのに、胸の奥が少し温かくなった。

「楽しんでいるなら、それでいいんです」

そう言って、さくらはスマートフォンを置いた。

今度こそ仕事に集中しよう。

そう思った瞬間、ふと気づく。

自分が彼に送ったメッセージを、もう一度読み返したくなっていることに。

「…………」

さくらは静かにスマートフォンを伏せた。

「……本当に、困った後輩ですね」

その声は、いつもの教育係の厳しい声とは違っていた。

どこか優しく、少しだけ寂しそうだった。

6.夜――それぞれの秘密

夜。

僕はホテルの部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。

一日中歩き回って疲れたはずなのに、心はまだ弾んでいる。

楽しかったアトラクション。

美味しかった食事。

夜のライトアップ。

写真を見返すだけで、笑顔になれた。

「明日も楽しみだな……!」

僕は旅行ノートを開いた。

今日の出来事を書き留めていく。

そして、最後にペンを止めた。

『さくらさん、元気かな』

書いた文字を見て、僕は苦笑した。

「……旅行中くらい、忘れようと思っていたのにな」

結局、何をしていても、さくらさんのことを思い出してしまう。

仕事で褒められたときの表情。

困ったときに相談に乗ってくれたときの声。

僕が失敗して落ち込んでいたとき、無理に励ますのではなく、隣で静かに話を聞いてくれたこと。

全部、忘れられない。

「……好きなんだよなあ」

誰もいない部屋で、ようやく本音を口にした。

「でも、絶対に知られちゃいけない」

僕はノートを閉じた。

明日からも、旅行を楽しもう。

帰ったら、また仕事を頑張ろう。

そして、さくらさんに会ったら、いつもどおり挨拶をするんだ。

『おはようございます、さくらさん!』

それだけでいい。

それだけで、僕は幸せなのだから。

同じ夜。

さくらは自宅で、仕事の資料を整理していた。

明日の予定を確認し、必要な書類をそろえる。

いつもなら、ここまで終われば気持ちよく一日を締めくくれる。

けれど、今日は違った。

机の隅に置いたスマートフォンを、何度も見てしまう。

彼から、また連絡が来るかもしれない。

そんなことを考えている自分に気づくたび、さくらは困ったように微笑んだ。

「……私は何を期待しているのでしょう」

彼は旅行中だ。

楽しんでいるのだから、こちらから何度も連絡するのもよくない。

分かっている。

分かっているのに。

「……明日も、楽しく過ごせますように」

さくらは小さくつぶやいた。

そして、スマートフォンを手に取る。

彼とのメッセージ画面を開き、しばらく考えてから、そっと閉じた。

「……帰ってきたら、旅行のお話を聞かせてもらいましょう」

そのときの彼の笑顔を想像して、さくらは頬を緩めた。

けれど、彼女自身はまだ気づいていない。

後輩の休暇を気にしているだけではないことに。

毎日、当たり前のようにそばにいた彼がいないことが、思っていた以上に寂しいことに。

そして、彼が帰ってくる日を、もう指折り数え始めていることに。

彼は、さくらさんに恋心を知られてはいけないと思っている。

さくらさんは、自分の心が彼に向き始めていることに、まだ気づいていない。

そんな二人の、すれ違う一週間が始まった。