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「画面の向こうの相棒は、まさかの教育係でした」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「画面の向こうの相棒は、まさかの教育係でした」

休日の夜。

僕は自分の部屋で、ヘッドセットを装着しながらオンラインゲームを起動していた。

普段の僕は、会社では新人社員として仕事を覚える毎日だ。

教育係のさくらさんに教えてもらい、少しずつ成長している。

……けれど。

「よし、今日は仕事のことを忘れて、思いっきりゲームをするぞ!」

僕には、もうひとつの楽しみがあった。

それは、オンラインゲームで強敵のモンスターを仲間と協力して倒すこと。

このゲームでは、ひとりで攻略するのが難しいモンスターが数多く登場する。攻撃を見極め、仲間と連携し、絶妙なタイミングで技を繰り出さなければならない。

そして僕には、長い間、一緒に戦ってきた相棒がいた。

プレイヤー名は――『Sakura』。

僕がゲームを始めた頃、初心者だった僕を助けてくれた人だ。

『Sakura』はいつも冷静で、僕が失敗しても責めず、次にどうすればいいのかを丁寧に教えてくれた。

その声は落ち着いていて、時折、優しく笑う。

僕にとって、かけがえのないゲーム仲間だった。

ただし、相手の本名も、顔も知らない。

僕自身も、会社で働いていることは話していなかった。

まさか、この相棒が僕の教育係だなんて、夢にも思っていなかったのだ。

1.最強モンスターへの挑戦

「来た……! 今日こそ倒すぞ!」

画面には、巨大な黒い竜が映し出されていた。

このゲームでも屈指の強敵、『深淵の黒竜』。

何度挑戦しても、あと一歩というところで敗北してしまう相手だ。

僕は武器を構え、モンスターの動きを注意深く観察した。

『Sakura』からボイスチャットが入る。

「右側に回避してください! 次の攻撃は範囲が広いです!」

「了解!」

僕はすぐさま横に飛び退いた。

直後、黒竜の強烈な攻撃が地面を砕く。

「危なっ……!」

「ふふっ。今のは間に合いましたね」

「Sakuraさんの指示があったからですよ!」

「そんなことありません。あなたも、以前よりずっと上手になっています」

その言葉に、僕は思わず笑みを浮かべた。

会社でも、さくらさんから同じようなことを言われることがある。

――以前より、仕事が早くなりましたね。

――その判断、よかったですよ。

……いやいや。

考えるのはやめよう。

今はゲームだ。ゲームに集中するんだ。

「来ます! 大技です!」

「今だっ!」

僕たちは同時に必殺技を発動させた。

画面がまばゆい光に包まれる。

黒竜の体力ゲージが、ついにゼロになった。

『QUEST CLEAR!』

「やったあああっ!」

思わず声が出た。

「やりましたね!」

『Sakura』も、いつもより少し弾んだ声で喜んでいた。

「ついに倒せました! 何回挑戦したんだろう……」

「十七回目ですね」

「数えてたんですか!?」

「ええ。次こそ勝てると思っていましたから」

その言葉が、妙に嬉しかった。

十七回も負けたのに、この人はずっと一緒に挑戦してくれた。

失敗しても、僕を見捨てなかった。

「……Sakuraさんって、本当にいい人ですね」

思わず口にすると、少しの沈黙が流れた。

「……急にどうしたんですか?」

「い、いえ! なんでもないです!」

『Sakura』はくすくすと笑った。

「変な人ですね、あなたは」

その声を聞きながら、僕は思った。

この人とは、いつか実際に会ってみたい。

けれど、そんなことを考えているなんて、まだ言えなかった。

2.突然のオフ会のお誘い

クエストを終え、僕たちはゲーム内の街に戻ってきた。

装備を整えながら、今日の戦いについて話していると、『Sakura』がふと口を開いた。

「そういえば、ひとつお誘いがあるのですが」

「お誘い?」

「はい。今度、このゲームのプレイヤー同士でオフ会をすることになったんです」

僕の手が止まった。

「オ、オフ会ですか!?」

「ええ。いつも一緒に遊んでいる方たちも参加する予定です。よかったら、あなたも来ませんか?」

まさかの展開だった。

画面の向こうでしか知らない仲間たちと、実際に会う。

考えただけで緊張する。

でも、せっかく誘ってくれたのだ。

「……僕なんかが参加してもいいんですか?」

「もちろんです。あなたとは、もう長い付き合いですから」

『Sakura』は、当然のことのように答えた。

「それに、直接お話ししてみたいと思っていたんです」

「……っ!」

心臓が跳ねた。

いや、落ち着け。

これはゲーム仲間としての話だ。

変な期待をしてはいけない。

「わ、わかりました! 予定が合えば、ぜひ参加したいです!」

「本当ですか? よかった」

彼女の声が、少しだけ嬉しそうに聞こえた。

「では、詳しい日時はあとで連絡しますね」

「はい!」

そうして、僕はオフ会への参加を決めた。

しかし、この時点ではまだ知らなかった。

そのオフ会で、僕の人生を揺るがす出来事が待っていることを。

3.翌週、会社での出来事

そして翌週の月曜日。

「おはようございます、さくらさん!」

「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

会社に着いた僕は、いつものように教育係のさくらさんに挨拶をした。

さくらさんは書類を確認しながら、穏やかに微笑んでいる。

仕事ができて、周囲への気配りも忘れない。

困っている社員がいれば自然に声をかけ、僕が失敗したときも、頭ごなしに叱ることはしない。

そんな彼女に、僕はずっと恋をしていた。

もちろん、そのことは絶対に秘密だ。

教育係のさくらさんには、恋心を知られてはいけない。

僕は心の中で、何度もそう言い聞かせていた。

「そういえば、昨日は何をしていたんですか?」

「えっ?」

突然の質問に、僕は背筋を伸ばした。

「休日ですから、ゆっくり過ごせましたか?」

「は、はい! 家でゲームをしていました!」

「ゲームですか。私も好きですよ」

「…………え?」

今、なんと?

ゲームが好き?

僕は思わず、さくらさんの顔を見つめた。

すると彼女は、少し楽しそうに続けた。

「最近は、協力型のオンラインゲームをよく遊んでいるんです。強敵を仲間と一緒に倒すゲームなんですけど」

――待って。

ちょっと待って。

その説明、僕が遊んでいるゲームとまったく同じなのだが。

「そ、それって……どんなゲームなんですか?」

「ふふっ。気になりますか?」

さくらさんは、いたずらっぽく微笑んだ。

「先日、ようやく黒い竜を倒せたんですよ。何度も挑戦していたので、嬉しくて」

「…………」

僕の頭が真っ白になった。

黒い竜。

十七回目の挑戦。

そして、落ち着いた声。

『次の攻撃は範囲が広いです!』

『あなたも、以前よりずっと上手になっています』

昨日の記憶が、次々とよみがえる。

まさか。

まさか、そんな。

「……さくらさん」

「はい?」

「そのゲームのプレイヤー名って……」

僕は、恐る恐る尋ねた。

さくらさんは少し考えたあと、にっこりと笑った。

「『Sakura』ですよ」

「………………え?」

世界が止まった。

いや、止まったどころではない。

僕の中で、何かが盛大に崩れ落ちた。

『Sakura』。

僕の相棒。

何度も一緒に戦い、優しく励ましてくれた人。

オフ会に誘ってくれた人。

その正体が――。

「どうしました? 顔が赤いですよ」

「い、いえっ! なんでもありません!」

「そうですか?」

さくらさんは首をかしげた。

「それで、今度そのゲームのオフ会があるんです。私も参加する予定なんですよ」

「…………っ!」

追い打ちだった。

参加する。

さくらさんが。

つまり、僕が参加する予定のオフ会に、教育係のさくらさんも来る。

僕は思わず机の下で拳を握った。

どうする。

どうすればいい。

ゲームではいつも自然に話せるのに、本人を目の前にすると、まともに顔を見ることさえ難しい。

しかも、ゲームの中の僕は、さくらさんにかなり心を許している。

もしかしたら、会社では絶対に言えないようなことまで話してしまうかもしれない。

いや、それよりも――。

「あなたも、そのゲームを遊んでいるんですよね?」

「は、はい!」

「でしたら、オフ会でお会いできるかもしれませんね」

さくらさんは、優しく微笑んだ。

「楽しみにしています」

僕の心臓が、また大きく跳ねた。

好きな人と、休日に会える。

本来なら、嬉しくてたまらないはずだ。

しかし、これは普通のオフ会ではない。

僕はすでに、彼女とゲームの中で親しくなっている。

しかも、さくらさんはまだ、僕がゲーム仲間の『あなた』だとは気づいていない。

僕は今、教育係のさくらさんに恋をしているだけではなく、恋をしている相手と、正体を知らないまま相棒として付き合っていたのだ。

そして、オフ会の日は刻一刻と近づいていた。

4.その夜、ゲームの中で

帰宅後。

僕はパソコンの前で、頭を抱えていた。

「どうしよう……本当にどうしよう……」

とりあえず、いつものようにゲームを起動する。

すると、すぐに『Sakura』からメッセージが届いた。

『こんばんは! 今日も遊べますか?』

僕は画面を見つめた。

今までなら、すぐに返事をしていた。

けれど、今日は違う。

相手がさくらさんだと知ってしまった。

会社での彼女の姿が、頭から離れない。

それでも、無視するわけにはいかない。

僕は震える指で返信した。

『こんばんは! もちろんです!』

すぐにボイスチャットがつながった。

「こんばんは。今日は何を攻略しましょうか?」

いつもの声。

いつもの優しさ。

それなのに、今日は妙に意識してしまう。

「そ、そうですね! 新しいクエストでも行きましょう!」

「ふふっ。なんだか、今日は緊張していませんか?」

「えっ!?」

「いつもより、声が上ずっていますよ?」

「そ、そんなことないですよ!」

「そうですか?」

彼女は小さく笑った。

「……もしかして、オフ会が楽しみなんですか?」

「…………」

図星だった。

「まあ、少しは……」

「私もです」

「えっ?」

「いつも一緒に遊んでいるあなたに、直接会えるかもしれないんですから」

彼女の声が、いつもより少し柔らかくなった。

「あなたとゲームをする時間、私、結構好きなんですよ」

――心臓が、止まるかと思った。

「……っ」

「あなたは?」

「ぼ、僕も……好きです!」

言ってしまった。

いや、ゲームが好きという意味だ。

きっとそうだ。

そうに決まっている。

しかし、彼女は少し沈黙したあと、優しく答えた。

「……よかった」

その一言が、胸の奥に残った。

画面の中では、新しいモンスターが咆哮を上げている。

けれど、僕はもう、それどころではなかった。

オフ会で会うことになったら、僕はどんな顔をすればいいのだろう。

教育係としてのさくらさん。

ゲーム仲間としての『Sakura』。

どちらも同じ人なのに、僕の中では、まだうまく結びつかない。

「では、行きましょうか!」

「は、はい!」

僕たちは再び武器を構え、強敵へと向かっていった。

いつもどおり、息の合った連携で。

ただひとつだけ、いつもと違うことがあった。

僕は攻撃を繰り出すたびに、画面の向こうにいる彼女のことを考えてしまうのだ。

そして、心の中でひとつだけ願った。

――どうか、オフ会までに、この恋心がばれませんように。

けれど、僕はまだ知らなかった。

オフ会当日、さくらさんが僕の姿を見た瞬間に、驚くべき言葉を口にすることを。

「……えっ? あなたが、いつも一緒に遊んでいる相棒さんだったんですか?」

そして、そのあと。

彼女は僕の顔をじっと見つめて、ふっと微笑むことになる。

「……なんだか、会社で会うときより、ずっと緊張していませんか?」

僕の秘密が明らかになるまで、あと少し――。