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新ビジネス始動――僕が選んだ、最高の相棒

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

新ビジネス始動――僕が選んだ、最高の相棒

第一話 突然のリーダー任命

月曜日の午前九時。

いつもと変わらない朝のオフィスに、部長の声が響いた。

「それでは、これから新規ビジネス立ち上げプロジェクトについて説明する」

会議室に集まった社員たちが、一斉に資料へ目を落とす。

新規ビジネス。

それは、会社にとって今後の成長を左右する重要な事業だった。

新しいサービスを企画し、顧客のニーズを調査し、システムを整え、営業部門との連携まで進める。

決して簡単な仕事ではない。

「今回のプロジェクトリーダーは――君に任せたい」

「……え?」

思わず顔を上げた。

部長は、まっすぐこちらを見ていた。

「これまでの業務実績を評価した結果だ。問題点を見つける力、周囲への気配り、そして最後まで仕事をやり遂げる姿勢。今回のプロジェクトに必要な能力が備わっていると判断した」

「ぼ、僕がリーダーですか?」

「そうだ。もちろん、君一人ですべてを背負う必要はない。チームをまとめ、適切に仕事を任せることもリーダーの役割だ」

嬉しさよりも、驚きと不安のほうが大きかった。

自分に務まるのだろうか。

大勢の社員をまとめ、会社の未来につながる事業を完成させる。

失敗すれば、関係する人たちに迷惑をかけるかもしれない。

そんなことを考えていると、隣から声がした。

「おめでとうございます」

振り向くと、さくらさんが微笑んでいた。

「さくらさん……」

「あなたならできると思います。今まで、ちゃんと努力してきましたから」

その言葉を聞いた瞬間、胸がドクンと鳴った。

――やっぱり、さくらさんは優しい。

初めて教育を受けた日から、ずっとそうだった。

失敗したときは改善点を教えてくれた。

落ち込んでいたときには、無理に励ますのではなく、話を聞いてくれた。

そして、できるようになったことを、誰よりも先に見つけてくれた。

そんな人に認められたことが、何よりも嬉しかった。

「ありがとうございます。頑張ります!」

「はい。期待していますね」

さくらさんが小さく笑う。

その笑顔を見て、僕は慌てて視線を資料へ戻した。

(だめだ、だめだ……!)

(仕事に集中しろ! 今はリーダーなんだから!)

(さくらさんへの恋心なんて、絶対に知られるわけにはいかない……!)

しかし、耳が少し赤くなっていることまでは、自分では気づいていなかった。

さくらさんは、そんな僕の横顔をちらりと見ていた。

「……ふふっ」

「えっ、何かありましたか?」

「いいえ。頑張ってくださいね、リーダーさん」

「リ、リーダーさん……!」

いつもより少しだけ楽しそうな声だった。

僕の心臓は、早くも新規ビジネスの難題に直面していた。

もちろん、議題は恋心の秘密保持についてである。

第二話 僕が選んだサブリーダー

プロジェクトが正式に始動した翌日。

僕は会議室にチームメンバーを集めた。

ホワイトボードには、事業の立ち上げまでに必要な項目が並んでいる。

* 市場調査

* 顧客ニーズの分析

* サービス内容の設計

* システム開発部門との調整

* 営業戦略の策定

* 試験運用と改善

* 正式リリースの準備

「まずは全体のスケジュールを整理して、担当を決めたいと思います」

自分の声が、思っていたよりもしっかり出た。

リーダーとして、最初の一歩を踏み出せた気がした。

だが、ひとつ問題があった。

僕には、サブリーダーが必要だった。

全体の進捗を確認し、各部署との連絡を取り、メンバーの困りごとを把握する。

リーダーの僕が企画の方向性を考えている間にも、チームを支えてくれる人がいなければならない。

そこで、僕は一人の社員に声をかけた。

「高橋さん。少し、お話ししてもいいですか?」

「はい。何でしょう?」

高橋さんは、入社してまだ間もない中途社員だった。

以前の会社では、業務改善や顧客対応のプロジェクトを経験していたらしい。

ただ、この会社独自の手続きや部署間の連携には、まだ戸惑っている様子だった。

僕は、率直に伝えた。

「今回のプロジェクトで、高橋さんにサブリーダーをお願いしたいんです」

「……えっ? 私ですか?」

「はい」

高橋さんは驚いたように目を見開いた。

「でも、私はまだこの会社に入ったばかりです。社内のルールも、すべて理解できているわけではありません」

「それは分かっています」

僕は一度、言葉を切った。

「でも、高橋さんには、これまでの経験があります。先日の打ち合わせでも、顧客対応の流れについて具体的な改善案を出してくれましたよね」

「あれは、前の会社での経験を話しただけです」

「その経験が必要なんです」

僕は資料を机の上に置いた。

「僕は、この会社の中で経験してきたことを生かします。高橋さんには、これまで培ってきた視点を生かしてほしいんです」

高橋さんは黙って僕を見つめた。

「分からないことは、一緒に確認しましょう。僕も判断に迷うことがあると思います。だからこそ、二人で相談しながら進めたいんです」

そして、最後にこう伝えた。

「僕一人では見落としてしまうことも、高橋さんと一緒なら見つけられると思っています」

しばらくの沈黙。

やがて、高橋さんはゆっくりとうなずいた。

「……分かりました。私でよければ、サブリーダーを務めさせてください」

「ありがとうございます!」

「ただし、遠慮なく意見を言いますよ?」

「もちろんです。むしろ、お願いします!」

高橋さんは、初めて会ったときよりも明るい笑顔を見せた。

「では、リーダー。まずは、この計画表の問題点から洗い出しましょうか」

「はい!」

こうして、僕たちの新規ビジネスプロジェクトは、本格的に動き始めた。

第三話 リーダーとサブリーダーの最初の壁

プロジェクト開始から一週間。

最初の問題が発生した。

市場調査の結果、当初想定していた顧客層と、実際にサービスを必要としている顧客層にずれが見つかったのだ。

「このままだと、サービスの設計をやり直す必要がありますね……」

高橋さんが、調査資料を見ながらつぶやいた。

「そうですね。今の段階で分かったのは、不幸中の幸いです」

僕はホワイトボードに新しい項目を書き加えた。

「ただ、設計を見直すと、開発部門との調整も必要になります。スケジュールへの影響が心配です」

「僕も同じことを考えていました」

二人で資料を広げ、問題点を整理していく。

顧客の声をもう一度確認し、優先すべき機能を分類する。

最初からすべてを作り直すのではなく、必要な部分から順に修正する方法を探した。

「この機能は、最初のリリースではなくてもいいかもしれません」

高橋さんが提案した。

「確かに。こちらの機能を優先すれば、顧客が最初に必要としている問題を解決できますね」

「そうすれば、開発の負担も抑えられます」

「よし。この方針で各部署に相談しましょう」

問題が解決へ向かい始めた、そのときだった。

会議室の扉が開いた。

「進捗はいかがですか?」

さくらさんだった。

僕は思わず背筋を伸ばした。

「さ、さくらさん! 現在、顧客調査の結果を踏まえて、サービスの優先順位を見直しています!」

「そうですか。少し資料を見せてもらっても?」

「もちろんです!」

さくらさんは資料を受け取り、数ページを確認した。

「なるほど。最初から全部を変更するのではなく、必要な機能を優先するんですね」

「はい。高橋さんの提案をもとに、検討しました」

高橋さんも説明に加わった。

「顧客のニーズを再確認したところ、まず解決すべき問題が明確になりました。そこで、初期段階で提供する機能を絞ることにしました」

さくらさんは、二人を交互に見た。

「いい判断だと思います。特に、サブリーダーの高橋さんが経験を生かして提案し、リーダーのあなたが全体の方針に落とし込めているところがいいですね」

「ありがとうございます」

高橋さんが頭を下げる。

僕も続けて礼を言おうとした、その瞬間。

「それから、あなた」

「は、はい!」

「以前よりも、周囲に仕事を任せるのが上手になりましたね」

「……え?」

「以前のあなたは、困ったことがあっても、自分で何とかしようとするところがありましたから」

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「今は、高橋さんと相談して、きちんとチームとして判断できています」

さくらさんは穏やかに微笑んだ。

「成長しましたね」

――その言葉は、反則だった。

何度も聞いたことのある、優しい声。

けれど、今は違う。

教育係としてではなく、上司として。

そして、僕が自分の力で何かを成し遂げようとしている姿を、認めてくれた言葉だった。

「……ありがとうございます」

顔が熱い。

目を合わせられない。

高橋さんが不思議そうに僕を見た。

「リーダー? 顔が赤いですよ。熱でもあるんですか?」

「い、いえ! 会議室が少し暑いだけです!」

「空調、二十三度ですけど……」

「集中しているからです!」

高橋さんは首をかしげた。

さくらさんは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「では、無理をしないように。何かあれば、いつでも相談してくださいね」

「はい!」

さくらさんが会議室を出ていく。

扉が閉まった瞬間、僕は椅子の背もたれに体を預けた。

(危なかった……)

(あんなに真っすぐ褒められたら、好きだって気持ちが顔に出てしまう……!)

高橋さんが、資料をそろえながら言った。

「リーダーって、さくらさんの前だと少し緊張しますね」

「そ、そんなことはありません!」

「そうですか?」

「はい!」

「……まあ、上司ですからね」

高橋さんは納得したようにうなずいた。

僕は心の中で、そっと胸をなで下ろした。

どうやら、まだ秘密は守られているらしい。

第四話 ぶつかる意見、つながる信頼

プロジェクトが進むにつれ、チームの中で意見が分かれることも増えていった。

ある日の定例会議。

営業部門からは、できるだけ多くの機能を盛り込みたいという意見が出た。

一方、開発部門からは、品質を確保するためにも、初期段階では機能を絞るべきだという意見が出ていた。

「全部の要望を反映すると、予定しているリリース日に間に合わない可能性があります」

開発担当者が説明する。

営業担当者は、困った表情を浮かべた。

「ですが、顧客からは追加機能についても要望が出ています。最初から対応できなければ、競合に負けるかもしれません」

会議室の空気が重くなる。

リーダーである僕は、双方の意見を聞いていた。

どちらも間違ってはいない。

顧客の期待に応えることは重要だ。

しかし、無理に機能を増やし、品質が低下してしまえば意味がない。

「少し、よろしいでしょうか」

僕は口を開いた。

「まず、顧客の要望を、必須機能と追加機能に分類したいと思います」

ホワイトボードに二つの欄を作る。

「必須機能は、サービスの価値を提供するために欠かせないものです。追加機能は、リリース後の利用状況を確認しながら、段階的に実装する方法を検討できると思います」

営業担当者が尋ねた。

「それでは、顧客の期待に応えられないのでは?」

「その点については、リリース時に今後の改善計画も明示するのはどうでしょうか。実装時期を確約できるものと、検討段階のものを分けて説明します」

開発担当者もうなずいた。

「それなら、品質を守りながら進められると思います」

高橋さんが、すぐに補足した。

「顧客への説明資料はこちらで準備します。要望の優先順位についても、営業部門と一緒に整理します」

「ありがとうございます。僕は開発部門とスケジュールを再調整します」

一人で答えを出そうとするのではなく、それぞれの得意分野を生かす。

チーム全体で問題を解決する。

会議が終わる頃には、最初の険しい空気は消えていた。

営業担当者が立ち上がりながら言った。

「リーダー、うまくまとめてくれて助かりました」

「いえ。皆さんが意見を出してくれたおかげです」

高橋さんも、隣でうなずいた。

「いい会議でしたね」

「高橋さんの補足も助かりました」

「こちらこそ。リーダーが方針を示してくれたから、動きやすかったです」

その言葉に、僕は笑った。

初めてサブリーダーを任命したとき、彼女が自分に務まるのかと不安そうにしていたことを思い出す。

今では、互いに意見を出し合い、必要なときには遠慮なく指摘し合える。

少しずつ、チームになってきていた。

そして、その様子を廊下から見ていた人がいた。

さくらさんだった。

「……いいチームになりましたね」

誰にも聞こえないほど小さな声で、そうつぶやいた。

第五話 誰にも言えない相談

その日の夕方。

高橋さんが資料を取りに行き、会議室には僕一人が残っていた。

そこへ、さくらさんがやってきた。

「まだ仕事をしていたんですか?」

「あ、さくらさん。はい。明日の報告資料を確認していました」

「少し、休憩しませんか?」

「えっ?」

「ずっと会議が続いていたでしょう。集中力が落ちる前に、一度休むのも仕事のうちですよ」

さくらさんは、机に置いてあった自分の資料をまとめた。

「五分だけ、お話ししましょう」

僕はうなずいた。

二人で窓際に移動すると、夕日に染まった街並みが見えた。

「今回のプロジェクト、どうですか?」

さくらさんが尋ねた。

「正直に言うと、まだ不安はあります」

「そうですか」

「リーダーになったからには、失敗できないと思っていました。でも、最近は少し考え方が変わりました」

僕は窓の外を見つめた。

「自分一人で全部を完璧にすることより、メンバーが力を発揮できる環境を作ることのほうが大切なんだって」

さくらさんは、静かに聞いていた。

「高橋さんにサブリーダーをお願いしたときも、最初は迷いました。でも、彼女の経験を信じて任せてみてよかったと思っています」

「あなた自身が、相手の力を見つけたんですね」

「……そうかもしれません」

「素敵なことだと思います」

まただ。

また、その声で褒めてくれる。

僕は、胸の奥に浮かんだ気持ちを必死に押さえた。

もっと話したい。

さくらさんに、自分の成長を見ていてほしい。

困ったときには相談したいし、うまくいったときには一番に報告したい。

けれど、それ以上の気持ちを伝えることはできない。

教育係だった人。

今は上司であり、尊敬する人。

そして――初めて会った日から、ずっと好きな人。

「さくらさん」

「はい?」

「……これからも、頑張ります」

本当は、別の言葉を伝えたかった。

けれど、今の自分には、それが精いっぱいだった。

さくらさんは、少し驚いたように目を瞬かせたあと、優しく微笑んだ。

「はい。私も、あなたの成長を楽しみにしています」

その瞬間、僕の胸が大きく鳴った。

ドクン。

(……だめだ)

(この人のことが、やっぱり好きだ)

(でも、今はまだ……知られてはいけない)

僕はいつもの仕事用の笑顔を作った。

「ありがとうございます。では、資料の確認に戻ります!」

「ふふっ。頑張りすぎないでくださいね」

さくらさんはそう言って、会議室を出ていった。

残された僕は、しばらく窓の外を見つめていた。

夕焼けが、街を優しく包んでいた。

第六話 リリース直前の危機

プロジェクト開始から二か月。

サービスの正式リリースまで、残り一週間となった。

開発は順調に進み、営業資料も完成していた。

社内の試験運用でも、利用者から良い評価を得ていた。

「リーダー、これなら予定どおり進められそうですね」

高橋さんが、最終確認の一覧表を手に笑った。

「そうですね。でも、最後まで気を抜かずに確認しましょう」

「了解です!」

その日の午後。

思いがけない報告が入った。

試験運用で、一部の利用者に画面が正しく表示されない問題が見つかったのだ。

「発生条件は分かっていますか?」

僕が尋ねる。

開発担当者は、申し訳なさそうに答えた。

「特定の操作を行った場合に発生します。原因を調査していますが、修正には時間がかかる可能性があります」

会議室が静まり返った。

リリースを延期するべきか。

それとも、問題の起きる機能を制限して、予定どおり公開するべきか。

どちらを選んでも、簡単な判断ではなかった。

僕は高橋さんと目を合わせた。

「まず、影響範囲を確認しましょう。利用者への影響がどれくらいあるのか、正確に把握したいです」

「分かりました。私は試験運用の記録を確認します」

僕は開発担当者と、発生条件や修正の見通しを整理した。

調査の結果、問題が発生する条件は限定されているものの、そのまま公開すれば一部の利用者が必要な操作を完了できなくなる可能性があると分かった。

「このままリリースするのは難しいですね」

高橋さんが言った。

「はい。まずは利用者に影響が出ないことを最優先にします」

僕は部長へ状況を報告した。

そして、関係部署と相談したうえで、問題のある機能を一時的に公開対象から外し、修正と再試験を行う方針を決めた。

「リリース日への影響は最小限に抑えます。ただし、品質が確認できない機能は公開しません」

部長は、しばらく資料を確認してからうなずいた。

「分かった。その方針で進めよう。利用者への説明も忘れないように」

「承知しました」

それからの数日間、チームは一丸となって対応した。

開発部門は修正作業に取り組み、高橋さんは営業部門と協力して説明資料を整えた。

僕は全体のスケジュールを調整し、修正の進捗と再試験の結果を確認した。

もちろん、すべてが順調だったわけではない。

作業が予定より遅れることもあった。

関係部署から追加の質問が届くこともあった。

それでも、誰か一人に負担を押しつけることなく、チーム全体で対応を続けた。

そして、リリース前日の夕方。

最後の再試験が終了した。

「……問題ありません。修正した機能も、正常に動作しています!」

開発担当者の報告に、会議室から安堵の声が上がった。

高橋さんが、僕のほうを向いた。

「リーダー。これで、明日のリリースを迎えられますね」

「はい!」

僕は、深く息を吐いた。

「皆さん、本当にありがとうございます。最後まで一緒に頑張りましょう!」

拍手が起こった。

その中で、僕はふと気づいた。

自分一人では、きっとここまで来られなかった。

高橋さんがいた。

開発担当者がいた。

営業部門の仲間がいた。

そして、最初に自分を信じてくれた人がいた。

さくらさんの言葉が、頭の中によみがえった。

――あなたならできると思います。

僕は小さく笑った。

「……明日、絶対に成功させよう」

第七話 完成した新ビジネス

翌朝。

新サービスの正式リリースが始まった。

社内の会議室には、プロジェクトメンバーが集まっていた。

画面には、サービスのトップページが表示されている。

アクセス状況を示す数値が、少しずつ動き始めた。

「利用開始を確認しました!」

「問い合わせ対応も問題ありません!」

「システムの動作も安定しています!」

次々に報告が上がる。

僕は、進捗一覧を確認しながら、一つずつチェックを入れていった。

高橋さんも隣で状況を確認している。

「リーダー、すべての確認項目が完了しました」

「……本当に?」

「はい。必須項目はすべてクリアしています!」

僕は一覧表を見直した。

未完了の項目はない。

重大な問題も発生していない。

各部署との連携も、予定どおりに進んでいる。

そして、部長から正式な連絡が入った。

「新規ビジネスの立ち上げは、無事に完了した。皆さん、お疲れさまでした」

その瞬間、会議室に大きな拍手が響いた。

「やった……!」

思わず声が漏れた。

高橋さんが笑顔で手を差し出した。

「リーダー。お疲れさまでした!」

僕はその手を握り返した。

「高橋さんも、本当にありがとうございました。サブリーダーをお願いしてよかったです」

「こちらこそ。最初は不安でしたけど、あなたが信頼して任せてくれたから、最後まで頑張れました」

「高橋さんが、期待以上の仕事をしてくれたからですよ」

「それ、私の台詞です!」

二人で笑った。

少し離れた場所では、他のメンバーたちも互いに労をねぎらっていた。

そこへ、さくらさんがやってきた。

「皆さん、お疲れさまでした」

「さくらさん!」

僕は立ち上がった。

さくらさんは、完成した報告書を受け取り、内容を確認した。

「リリース直前に問題が見つかったときは心配しましたが、適切に判断できたようですね」

「はい。チーム全員で相談して進めました」

「特に、影響範囲を確認したうえで、品質を優先する判断ができたことは大きいと思います」

さくらさんは、僕の目を見て言った。

「リーダーとして、立派でしたよ」

……まただ。

また、その言葉だ。

今度こそ、平静を保とうと思った。

僕は一度、深呼吸をした。

「ありがとうございます。皆さんが協力してくれたおかげです」

「それでも、最終的に方向性を決めたのはあなたです」

さくらさんは微笑んだ。

「本当に、成長しましたね」

胸が熱くなった。

入社したばかりの頃、さくらさんに教えてもらいながら仕事をしていた自分。

小さな失敗に落ち込み、次はどうすればいいのか分からず、悩んでいた自分。

そんな自分が今、一つの事業を立ち上げることができた。

「……さくらさんのおかげです」

思わず、そう口にしていた。

「私の?」

「はい。さくらさんに教えてもらったことが、今回のプロジェクトでも役に立ちました」

さくらさんは、少しだけ目を丸くした。

それから、柔らかく笑った。

「そう言ってもらえると、教育係をしていてよかったと思います」

その笑顔を見て、僕は思った。

――やっぱり、好きだ。

でも。

今は、この気持ちを伝えない。

自分には、まだ成し遂げたいことがある。

もっと仕事を覚えたい。

もっと仲間を支えられる人になりたい。

そして、いつか。

さくらさんに、胸を張って向き合えるようになりたい。

「さくらさん」

「はい?」

「次のプロジェクトでも、今回の経験を生かして頑張ります」

さくらさんは、嬉しそうにうなずいた。

「はい。期待していますね」

最終話 秘密は、まだ胸の中に

その日の夕方。

プロジェクトの成功を祝う社内の集まりが終わり、オフィスは少しずつ静かになっていた。

僕は、自分のデスクで最後の報告書を整理していた。

隣の席では、高橋さんがパソコンを閉じている。

「リーダー、今日は早く帰りましょう。さすがに疲れました」

「そうですね。高橋さんも、ゆっくり休んでください」

「はい。次の仕事でも、また一緒にやりましょう!」

「もちろんです」

高橋さんは笑顔で手を振り、オフィスを出ていった。

僕もパソコンを閉じ、帰り支度を始めた。

そのとき、背後から声がした。

「まだ帰っていなかったんですね」

振り向くと、さくらさんが立っていた。

「さくらさん。最後の報告書を整理していました」

「お疲れさまです。今日くらいは、もう少し早く帰ってもいいんですよ」

「ありがとうございます。でも、これで終わりです」

僕は鞄を手に取った。

二人で並んで、オフィスの出口へ向かう。

廊下の窓から、夕焼けが差し込んでいた。

「今回のプロジェクト、本当にお疲れさまでした」

さくらさんが言った。

「ありがとうございます」

「最初にリーダーを任されたとき、不安そうな顔をしていたのを覚えています」

「……そんなに顔に出ていましたか?」

「少しだけ」

さくらさんは、くすっと笑った。

「でも、最後には頼もしい顔になっていましたよ」

僕は思わず足を止めそうになった。

頼もしい顔。

さくらさんが、自分をそんなふうに見てくれていた。

それだけで、明日からも頑張れる気がした。

「……もっと成長します」

「はい」

「もっと仕事を覚えて、周りの人たちを支えられるようになります」

さくらさんは、僕の言葉を聞きながら、静かにうなずいていた。

「楽しみにしていますね」

そして、出口の前で立ち止まる。

「それでは、お疲れさまでした。また明日」

「はい。お疲れさまでした!」

さくらさんは、いつもの穏やかな笑顔を残して帰っていった。

僕は、その後ろ姿を見送った。

胸の奥で、小さな鼓動が響いていた。

ドクン。

ドクン。

(さくらさん……)

(あなたに褒めてもらえると、どうしてこんなに嬉しいんだろう)

(あなたの笑顔を見ると、どうして明日も頑張ろうと思えるんだろう)

答えは、ずっと前から分かっている。

初めて会った日から、ずっと。

けれど、その答えを口にするのは、まだ先の話だ。

今は、この気持ちを胸にしまっておこう。

そして、仕事で少しずつ成長していこう。

いつか、自分にもっと自信が持てるようになったとき。

さくらさんの隣で、胸を張って笑えるようになったとき。

そのときには、今とは違う言葉を伝えられるかもしれない。

僕は夕焼けの向こうを見つめ、静かに歩き出した。

新規ビジネス、無事完成。

リーダーとしての第一歩も、無事成功。

そして――。

さくらさんへの恋心は、今日もまだ、誰にも知られていない。

……少なくとも、僕はそう信じていた。

一方、その頃。

帰宅したさくらさんは、今日のプロジェクト報告を思い返していた。

「本当に、成長したなあ……」

資料を机に置き、少しだけ微笑む。

「最初の頃は、あんなに緊張していたのに」

ふと、会議室で顔を赤くしていたあなたの姿が頭に浮かんだ。

「……そういえば」

さくらさんは、首をかしげた。

「私が褒めると、いつも少しだけ顔が赤くなるような……?」

しばらく考えてから、彼女は小さく笑った。

「まさか、ね」

その言葉の真意を、彼女自身もまだ知らない。

あなたの秘密は、まだ胸の中。

けれど、あなたとさくらさんの物語は、これからも続いていく。