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「さくらさんのご両親は、とても綺麗な人だった」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「さくらさんのご両親は、とても綺麗な人だった」

1.いつもと違う朝

朝、会社に出勤すると、教育係のさくらさんがいつもより少し慌ただしく準備をしていた。

「おはようございます。今日は少し早めに準備を済ませておきましょうか」

「おはようございます、さくらさん。何かあるんですか?」

僕が尋ねると、さくらさんは手元の資料を整えながら答えた。

「今日は保護者会があるんです」

「……保護者会?」

思わず聞き返してしまった。

会社で保護者会という言葉を聞くのは、なんだか不思議な感じがした。

「はい。社員のご家族にも会社の取り組みや職場の様子を知っていただく機会なんですよ。私の両親も来る予定です」

「そうなんですね」

さくらさんの両親。

その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓が小さく跳ねた。

普段、僕が一緒に仕事をしているさくらさん。

仕事がうまくいかないときには相談に乗ってくれて、失敗して落ち込んでいるときには優しく声をかけてくれる。

そんな彼女を育てたご両親は、いったいどんな人なのだろう。

少しだけ気になった。

けれど、僕にはもっと気をつけなければならないことがある。

(……いけない。さくらさんへの恋心は、絶対に知られてはいけないんだ)

僕は胸の内に秘めた気持ちを押し込め、いつものように仕事の準備を始めた。

「それでは、今日もよろしくお願いします!」

「ふふっ。はい、よろしくお願いします」

さくらさんが微笑んだ。

――その笑顔を見るだけで、僕の心は簡単に揺れてしまうのだった。

2.保護者会の始まり

午後。

会議室には、社員の家族や関係者が集まっていた。

僕は案内係の一人として、受付や資料の配布を担当することになっていた。

「こちらの資料をお受け取りください。本日はお越しいただき、ありがとうございます」

笑顔で対応しながら、会場の様子を確認する。

そのときだった。

「さくら、久しぶりね」

入り口のほうから、穏やかな女性の声が聞こえた。

振り向くと、そこには一組の夫婦が立っていた。

落ち着いた雰囲気の女性と、柔らかな笑みを浮かべた男性。

女性は上品な服装で、整った髪を優しく耳にかけている。男性も清潔感のあるスーツ姿で、二人とも自然な品のよさが感じられた。

その二人を見つけたさくらさんが、ぱっと表情を明るくした。

「あっ、お母さん! お父さん!」

普段のさくらさんとは、少し違う声だった。

いつもの落ち着いた口調よりも、どこか嬉しそうで、親しみがこもっている。

女性がさくらさんの肩にそっと手を置いた。

「元気そうでよかったわ。最近、忙しいんじゃない?」

「大丈夫よ。お仕事も順調だから」

「そうか。それなら安心したよ」

お父さんも優しく笑った。

その光景を、僕は少し離れた場所から眺めていた。

そして――。

(……綺麗な人たちだな)

思わず、そんなことを考えていた。

お母さんは、上品で優雅な雰囲気をまとっていた。お父さんも、穏やかな表情と落ち着いた立ち居振る舞いが印象的だった。

二人とも、外見の美しさだけではなく、人に安心感を与えるような魅力があった。

(さくらさんのご両親って、本当に素敵な人たちなんだな……)

そう思ったとき、ふと気づいた。

さくらさんが人に優しく接するところ。

相手が困っていると、すぐに気づいて声をかけるところ。

そして、誰かの努力を決して軽く扱わないところ。

もしかしたら、こうした優しさは、ご両親と過ごす日々の中で育まれてきたものなのかもしれない。

もちろん、それだけが理由とは限らない。

それでも、目の前で楽しそうに話す三人を見ていると、なんだか温かな気持ちになった。

「……いいなあ」

小さく呟いた、その瞬間。

「ん? 何か言いましたか?」

「うわっ!?」

いつの間にか、さくらさんがすぐそばに立っていた。

「ど、どうしました?」

「いえ。今、何か呟いていたような気がしたので」

「い、いえ! 何でもありません!」

危なかった。

あと少しで、心の中で考えていたことを口にしてしまうところだった。

さくらさんは不思議そうに首を傾げた。

「そうですか? 何だか、顔が赤いような……」

「き、気のせいです!」

「……?」

彼女はますます不思議そうな顔をした。

(あああ……! 落ち着け、僕! 普通にしろ!)

僕は資料を持ち直し、必死に平静を装った。

さくらさんのご両親が素敵だと思ったことも。

そして、その二人の間で笑うさくらさんを、いつも以上に魅力的だと思ったことも。

絶対に知られてはいけない。

少なくとも、今はまだ。

3.ご両親との出会い

保護者会が始まる直前、さくらさんが僕を呼んだ。

「少しだけ、こちらに来てもらえますか?」

「はい!」

彼女のそばに行くと、ご両親がこちらを向いた。

「紹介しますね。こちらは、私が教育係を担当している後輩です」

「は、初めまして!」

僕は背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。

「いつも娘がお世話になっております」

お母さんが、優しく微笑んだ。

「いえ、こちらこそ。いつもさくらさんには仕事を教えていただいています」

僕がそう答えると、お父さんが感心したように頷いた。

「そうですか。さくらは昔から、頼まれると一生懸命になってしまうところがありましてね」

「ちょっと、お父さん!」

さくらさんが少し恥ずかしそうに声を上げた。

「でも、本当に面倒見がいいんですよ」

お母さんも楽しそうに続けた。

「小さい頃から、困っている人を見ると放っておけない子でしたから」

「もう……二人とも、そんな話をしなくてもいいでしょう?」

さくらさんは困ったように笑った。

その表情が、あまりにも自然で。

僕は、つい見入ってしまった。

普段の彼女は、教育係としてしっかりしている。

仕事の説明は分かりやすく、判断は的確で、間違いがあればきちんと指摘してくれる。

でも今は、両親の前で少し照れている、一人の娘だった。

(……こんな顔もするんだ)

知らなかった一面を知ることができた。

それだけなのに、胸の奥が温かくなった。

「ところで」

お父さんが僕に尋ねた。

「さくらは、職場ではどんな様子ですか?」

「えっ?」

突然の質問に、少し緊張した。

隣では、さくらさんがこちらを見ている。

「ちょっと、お父さん。仕事の話まで聞かなくても……」

「いやいや、気になるじゃないか」

僕は一度息を整えてから、正直に答えた。

「とても頼りになります。僕が仕事で迷ったときも、ただ答えを教えるだけじゃなくて、自分で考えられるように説明してくださるんです」

さくらさんは、少し驚いたように目を瞬かせた。

「それに、失敗して落ち込んでいるときも、次にどうすればいいかを一緒に考えてくださいます。だから、安心して仕事に取り組めるんです」

言い終えたあと、僕は慌てて付け加えた。

「もちろん、教育係としてです! とても勉強になっています!」

(……しまった。余計なことを言ったか!?)

心の中で慌てる僕。

すると、お母さんが穏やかに笑った。

「まあ。さくら、素敵な後輩さんに恵まれたのね」

「……そうですね」

さくらさんは、ほんの少しだけ頬を緩めた。

「私も、この人が一生懸命に仕事を覚えようとしてくれるので、教えがいがありますよ」

「さくらさん……」

「ただし、無理をしすぎるところは直してほしいですけどね」

「うっ……」

思わず言葉に詰まった。

どうやら、さくらさんには僕の頑張りすぎる癖まで見抜かれているらしい。

お父さんが、くすくすと笑った。

「ははは。さくららしいな」

「もう、お父さん!」

三人の笑い声が会議室に響いた。

僕も、つられて笑ってしまった。

そのとき、ふと思った。

さくらさんが誰かを支えることに一生懸命なのなら。

僕もいつか、彼女が困ったときに支えられる人になりたい。

恋心を伝えたいとか、振り向いてほしいとか。

そういうことを考える前に、まずは彼女に信頼してもらえる人間になりたい。

そんな気持ちが、胸の中に静かに芽生えていた。

4.さくらさんの知らない気持ち

保護者会が始まると、僕は再び案内係の仕事に戻った。

資料を配り、質問のあった方を担当者のもとへ案内する。

その合間に、何度かさくらさんのご両親の姿が目に入った。

お母さんは、周囲の人にも丁寧に挨拶をしていた。

お父さんは、会社の説明を真剣に聞きながら、ときどき隣のお母さんに感想を伝えている。

そして、さくらさんが説明を担当する場面になると、二人とも嬉しそうに彼女を見つめていた。

さくらさんは緊張する様子もなく、堂々と説明を進めていた。

質問にも落ち着いて答え、難しい内容も分かりやすく伝えている。

その姿を見て、ご両親が満足そうに頷いた。

(……ああ、やっぱり素敵だな)

思わず笑みがこぼれた。

さくらさんのご両親は、本当に綺麗な人たちだった。

外見も、雰囲気も、そして娘を見つめる眼差しも。

きっと、さくらさんはたくさんの愛情を受けて育ってきたのだろう。

そう考えると、彼女のことをもっと大切にしたいと思った。

もちろん、その気持ちは僕だけの秘密だ。

「……よし」

僕は小さく呟いて、次の仕事に取りかかった。

誰にも知られないように。

教育係のさくらさんにさえ、気づかれないように。

この胸に秘めた恋心を、大切にしまっておく。

そう決めていた。

5.保護者会の終わり

保護者会が無事に終わり、会場の片付けが始まった頃。

僕が資料をまとめていると、さくらさんが近づいてきた。

「お疲れさまです。今日はありがとうございました」

「いえ! こちらこそ、お疲れさまでした」

「案内、とても丁寧でしたよ。助かりました」

「ありがとうございます!」

褒められた。

たったそれだけのことで、心臓が跳ねてしまう。

本当に困ったものだ。

「そういえば」

さくらさんが、ふと思い出したように言った。

「両親と話していたとき、少し緊張していましたね」

「そ、それは……当然ですよ! 教育係のご両親ですから!」

「ふふっ。そんなに緊張しなくてもよかったのに」

「いえいえ、とんでもないです!」

さくらさんは楽しそうに笑った。

「母が、あなたのことを褒めていましたよ」

「えっ、僕をですか?」

「はい。挨拶が丁寧で、受け答えもしっかりしていたって」

「そ、そんな……」

思いがけない言葉に、少し照れてしまった。

すると、さくらさんは優しい声で続けた。

「父も、あなたが一生懸命に仕事をしていることを聞いて、安心していました」

「……ありがとうございます」

僕は頭を下げた。

本当に嬉しかった。

さくらさんのご両親に認めてもらえたこと。

そして何より、さくらさんが僕の働きをきちんと見てくれていたこと。

それが、何より嬉しかった。

「これからも、よろしくお願いしますね」

さくらさんが微笑む。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

僕はいつもどおり、元気よく返事をした。

彼女は満足そうに頷くと、自分のデスクへ戻っていった。

その後ろ姿を見送りながら、僕はそっと胸に手を当てた。

ドクン。

ドクン。

心臓が、いつもより少し速く鳴っている。

(……本当に、好きなんだな)

改めて、自分の気持ちを思い知らされた。

さくらさんの仕事ぶりも。

困った人を放っておけない優しさも。

ご両親の前で見せた、少し照れた笑顔も。

そして、僕を信頼してくれるところも。

知れば知るほど、彼女への想いは深くなっていく。

だけど――。

「……絶対に、知られてはいけない」

僕は小さく呟いた。

いつか、この気持ちを伝える日が来るのだろうか。

それとも、このまま胸の奥にしまっておくのだろうか。

今の僕には、まだ分からない。

ただ、一つだけ決めていることがある。

さくらさんが安心して仕事をできるように、これからも陰ながら支えていこう。

恋心を知られないように。

けれど、彼女の力になれることを喜びながら。

僕は再びパソコンに向かい、明日の仕事の準備を始めた。

そのとき、隣のデスクから声がした。

「そうだ。今度、母が作ったお菓子を持ってくるかもしれません」

「えっ?」

顔を上げると、さくらさんがこちらを見ていた。

「今日、あなたのことを気に入ったみたいなので。よかったら食べてくださいね」

「……は、はい! ありがとうございます!」

さくらさんは、にこっと笑った。

「楽しみにしていてください」

そして、何事もなかったかのように仕事へ戻っていった。

僕はしばらく、その場で固まっていた。

(……待って。さくらさんのお母さんが作ったお菓子を、僕が食べるの?)

考えれば考えるほど、嬉しさが込み上げてくる。

けれど、その喜びを顔に出すわけにはいかない。

僕は必死に表情を整え、画面へ視線を戻した。

――その様子を、さくらさんがちらりと見ていたことには、最後まで気づかなかった。

「……ふふっ」

彼女は小さく笑うと、再び仕事に集中した。

僕の恋心は、まだ知られていない。

少なくとも、この日の僕はそう信じていた。