君となら、どんな大きな仕事だって
君となら、どんな大きな仕事だって
1.突然の大型プロジェクト
月曜日の朝。
いつものように出社したあなたは、自分のデスクに座り、パソコンを立ち上げた。
今日もチェックリストを確認して、昨日の続きから仕事を進める。最近は少しずつ仕事にも慣れ、以前のように失敗ばかりすることも減ってきた。
教育係のさくらさんのおかげだ。
わからないことを質問すれば、丁寧に教えてくれる。失敗して落ち込んでいるときは、厳しくも優しい言葉で励ましてくれる。
そして何より――。
「おはようございます。今日も頑張りましょうね」
「っ……!」
背後から聞こえた声に、あなたの心臓が大きく跳ねた。
振り返ると、そこにはさくらさんが立っていた。
いつもどおりの落ち着いた笑顔。手には書類が入ったファイルを持っている。
「お、おはようございます! さくらさん!」
「ふふっ。そんなに驚かなくても大丈夫ですよ?」
「い、いえ! 驚いてません!」
「そうですか?」
さくらさんは少し首を傾げた。
あなたは慌ててパソコンの画面に視線を戻す。
(あ、危なかった……!)
初めて会ったときから、あなたはさくらさんに恋をしている。
けれど、その気持ちは絶対に知られてはいけない。
彼女は教育係で、自分はまだまだ未熟な新人なのだ。
仕事に集中しなければならない。
そう自分に言い聞かせていると、さくらさんがあなたのデスクに一枚の資料を置いた。
「ところで、今日の午前中に会議があるのですが、あなたも参加していただけますか?」
「会議、ですか?」
「はい。少し大きなプロジェクトが始まるんです」
あなたは資料を手に取った。
そこに書かれていたのは、新しいサービスの企画から開発、広報、運用計画までをまとめて進める大型プロジェクトの概要だった。
関係部署も多く、予算も大きい。
これまであなたが担当してきた仕事とは、規模がまったく違う。
「こ、これ……僕も参加するんですか?」
「ええ。あなたにも担当してもらいたい仕事があります」
「ぼ、僕にできるでしょうか……」
思わず弱気な言葉が漏れた。
すると、さくらさんは資料を指で軽く叩いた。
「できますよ」
「えっ?」
「もちろん、初めてのことばかりだと思います。だからといって、最初から諦める必要はありません」
彼女はまっすぐあなたを見つめた。
「困ったときは相談してください。一緒に考えましょう」
――一緒に。
その言葉が、あなたの胸に静かに響いた。
「……はい! よろしくお願いします!」
「はい。期待していますね」
さくらさんが微笑む。
あなたの胸の鼓動は、仕事への緊張とは別の理由でも速くなっていた。
(落ち着け、僕! これは仕事! 仕事なんだから!)
そう。
これは仕事なのだ。
ただし、このときのあなたはまだ知らなかった。
この大型プロジェクトが、さくらさんとの関係を大きく変えることになるとは。
そして、自分がいつの間にか、彼女にとって欠かせない存在になっていくことも。
2.会議室での最初の一歩
午前十時。
会議室には、各部署の担当者が集まっていた。
壁に設置された大型モニターには、プロジェクトの全体計画が映し出されている。
あなたは資料を何度も読み返しながら、さくらさんの隣に座っていた。
「緊張していますか?」
小さな声で尋ねられ、あなたは背筋を伸ばした。
「す、少しだけ……」
「大丈夫です。わからない用語があったら、あとで説明しますね」
「ありがとうございます」
「ただし」
「は、はい!」
「私が隣にいるからといって、遠慮して意見を飲み込むのはなしですよ?」
「……えっ?」
さくらさんは微笑みながら、あなたの資料を指さした。
「昨日、事前資料を読んで気づいたことがあったでしょう?」
「あ……はい」
実は、あなたは前日に資料を読み込み、気になる点をいくつかメモしていた。
しかし、それを会議で発言してよいのか、自信がなかったのだ。
「自分で考えたことなら、伝えてみましょう。正解かどうかだけが大切なのではありませんから」
「……わかりました」
会議が始まった。
プロジェクト責任者が全体の説明を行い、各部署から質問や意見が出されていく。
あなたは必死に話を聞きながら、メモを取った。
やがて、開発スケジュールについての議論になった。
「この日程なら、問題なく進められると思います」
ある担当者がそう発言した。
しかし、あなたは資料を見つめながら違和感を覚えた。
(あれ……?)
開発が予定どおり進んだとしても、確認作業の期間が短すぎる。
もし修正が必要になれば、広報資料の準備にも影響が出てしまうのではないか。
けれど、周囲の人たちは納得した様子だった。
(どうしよう……。僕の考えすぎかな)
そのとき。
隣から、さくらさんが小さく声をかけた。
「何か気づきましたか?」
あなたは目を見開いた。
「えっ……どうして?」
「さっきから、そのページを何度も見ていますから」
(見られてた……!)
あなたは少し迷ったあと、メモを彼女に見せた。
さくらさんは黙って目を通す。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
「なるほど。確かに、確認期間が足りない可能性がありますね」
「やっぱり、そう思いますか?」
「はい。あなたの考えを聞かせてもらえますか?」
あなたは深呼吸した。
そして、手を挙げた。
「あの、すみません。一つ提案してもよろしいでしょうか?」
会議室の視線が集まる。
心臓がドクンドクンと鳴った。
それでも、あなたは言葉を続けた。
「開発後の確認期間を、もう少し長く取ったほうがよいと思います。もし修正が必要になった場合、広報資料の準備にも影響する可能性があるので……」
説明を終えると、会議室が静かになった。
(うう……。やっぱり余計なことを言ったかな……)
しかし、責任者は資料を見直し、ゆっくりとうなずいた。
「確かに、そのリスクは考慮しておく必要があるな。確認期間を見直そう」
「ありがとうございます!」
あなたはほっと息を吐いた。
その直後、さくらさんが小さく拍手した。
「よく気づきましたね」
「さ、さくらさん……!」
「根拠もきちんと説明できていましたよ」
その笑顔を見た瞬間、あなたは顔が熱くなるのを感じた。
(褒められた……!)
うれしい。
とても、うれしい。
しかし、浮かれてはいけない。
これは仕事の評価なのだから。
そう思いながら、あなたは必死に表情を引き締めた。
一方のさくらさんは、あなたのメモに目を落としながら、心の中で感心していた。
(以前より、ずっと周りが見えるようになっていますね)
彼女はまだ知らなかった。
あなたの小さな成長が、これからプロジェクト全体を支える大きな力になっていくことを。
3.驚くほど息が合う二人
プロジェクトが本格的に動き始めたのは、その翌日からだった。
あなたは進行管理と資料作成を中心に担当し、さくらさんは各部署との調整や企画全体の確認を受け持つことになった。
もちろん、仕事は簡単ではなかった。
資料の量は多く、確認事項も次々と増えていく。
予定の変更があれば、関係者への連絡も必要になる。
最初の数日間、あなたは慣れない業務に追われていた。
それでも、不思議なことが一つあった。
さくらさんと一緒に仕事をすると、物事が驚くほどスムーズに進むのだ。
たとえば、ある日の午後。
あなたは進行表を見つめながら、次に必要な作業を考えていた。
「うーん……。先に各部署の確認を取ってから、資料をまとめたほうがいいかな……」
「それなら、先に確認用の一覧を作っておきましょうか」
「えっ?」
顔を上げると、さくらさんが隣に立っていた。
「部署ごとに確認項目を分けておけば、回答がそろったときにまとめやすいと思います」
「……あっ! なるほど!」
あなたはすぐにパソコンへ向かった。
「じゃあ、一覧表を作ってみます!」
「お願いします。私は各部署への依頼文を準備しますね」
二人は別々の作業を始めた。
あなたが一覧表を作り終えるころ、さくらさんの依頼文もちょうど完成した。
「できました!」
「こちらもです」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に笑った。
「せっかくなので、項目を合わせておきましょうか」
「はい! そのほうが確認しやすいです!」
作業を進めてみると、必要な情報がきれいに整理されていった。
部署ごとの確認漏れも減り、返答が遅れている項目もすぐにわかる。
「……あれ?」
あなたは完成した一覧表を見て、思わず声を漏らした。
「どうしました?」
「いえ……。思っていたより、ずっと早く終わりましたね」
「本当ですね」
さくらさんは一覧表を確認しながら、感心したようにうなずいた。
「必要な項目が最初から整理されています。これなら、ほかの作業にも活用できそうです」
「さくらさんが依頼文を作ってくれたおかげですよ!」
「いいえ。あなたの一覧表がわかりやすかったからです」
「そ、そんな……!」
また褒められてしまった。
あなたは照れ隠しに、慌てて次の資料を開いた。
(だめだ、だめだ! 仕事に集中しないと!)
しかし、その後も同じことが何度も起こった。
あなたがデータを整理すれば、さくらさんが必要な確認事項を補足してくれる。
さくらさんが会議で出た課題をまとめれば、あなたがすぐに進行表へ反映する。
どちらかが何かを言いかけると、もう一人が先に必要な資料を用意していることさえあった。
「次は、あの件を確認しておきましょうか」
「はい! ちょうど今、確認しようと思っていました!」
「ふふっ。考えることが同じですね」
「そ、そうですね!」
あなたは笑顔で答えた。
けれど、心の中は大騒ぎだった。
(考えることが同じって……!)
(いや、違う! これは仕事が順調に進んでいるだけだ!)
(そう! 僕たちは仕事をしているんだ!)
あなたは必死に自分を納得させた。
一方、さくらさんは、あなたの働きぶりに以前とは違うものを感じ始めていた。
あなたは指示を待つだけではなく、次に起こりそうな問題を考えて動いている。
しかも、自分の考えに固執せず、必要なときには彼女の意見も取り入れてくれる。
仕事の進め方が、自然とかみ合っているのだ。
(こんなに安心して仕事を任せられるようになるなんて……)
さくらさんは、少し誇らしい気持ちになった。
あなたはまだ、自分の変化に気づいていなかった。
ましてや、二人の間に生まれつつあるものが、単なる教育係と新人の関係を超え始めていることなど、考えもしなかった。
4.トラブル発生! 二人の連携
プロジェクト開始から二週間が経過したころ。
順調に進んでいた作業に、突然の問題が発生した。
予定していた資料の一部について、関係部署から大幅な修正依頼が届いたのだ。
しかも、その資料は別の部署が作成する広報計画にも関係していた。
「えっ……。ここを変更すると、後ろのスケジュールも見直さないといけないのか……」
あなたは画面を見つめた。
修正自体はできる。
しかし、関係する資料が多い。
どこから手をつけるべきか、慎重に考える必要があった。
そこへ、さくらさんがやってきた。
「修正依頼、確認しましたか?」
「はい。いま影響する項目を洗い出しています」
「わかりました。では、私は関係部署に変更の範囲を確認してきますね」
「お願いします! 僕はスケジュールへの影響を整理します!」
二人はすぐに動き出した。
あなたは資料を一つずつ確認し、修正が必要な箇所を表にまとめていく。
その途中で、別の問題にも気づいた。
(あれ? この項目も、変更した内容と食い違ってしまうんじゃ……)
あなたはすぐに印をつけた。
さくらさんから連絡が入ったのは、その数分後だった。
「変更範囲がわかりました。やはり、広報側の資料にも影響するそうです」
「実は、こちらでも一つ気になる箇所が見つかりました!」
「どこですか?」
あなたが説明すると、さくらさんはすぐに理解した。
「確かに、そのままでは内容が一致しなくなりますね。そこも確認項目に追加しましょう」
「はい!」
二人は修正の優先順位を決め、担当者に確認する項目と、社内で対応できる項目を分けていった。
一つずつ、問題が整理されていく。
「この部分は、先に修正しておきます」
「では、私は確認結果が届き次第、全体の資料に反映します」
「わかりました!」
無駄なやり取りはほとんどなかった。
もちろん、二人ともすべてを完璧に理解しているわけではない。
意見が食い違うこともあった。
しかし、そんなときも相手の考えを聞き、根拠を確認すれば、すぐに解決策を見つけられた。
夕方。
ようやく、修正後の資料が完成した。
あなたは大きく息を吐いた。
「……終わったぁ……!」
「お疲れさまでした」
さくらさんも、ほっとしたように笑った。
「予定への影響も最小限に抑えられましたね」
「さくらさんがすぐに確認してくれたおかげです!」
「あなたが影響する項目を早く見つけてくれたからですよ」
まただ。
また、二人でお互いを褒め合ってしまった。
あなたは少し照れくさくなって、頭をかいた。
「えへへ……。でも、本当に助かりました」
「私も助かりましたよ」
さくらさんは、いつもより少し真剣な表情であなたを見た。
「以前のあなたなら、まず私にどうすればいいか聞いていたかもしれませんね」
「……そうですね」
「でも今日は、自分で問題を整理して、必要な対応を考えてくれました」
あなたは、思わず姿勢を正した。
「それは……さくらさんが、今まで教えてくれたからです」
言葉にしてみると、本当にそうだった。
最初は何もわからなかった。
失敗するたびに落ち込み、質問することさえ怖かった。
それでも、さくらさんは何度も教えてくれた。
失敗した理由を一緒に考えてくれた。
次にどうすればよいのか、具体的に示してくれた。
その積み重ねが、今の自分につながっている。
「だから……ありがとうございます、さくらさん」
あなたは、心からそう伝えた。
さくらさんは少し驚いたあと、やわらかく微笑んだ。
「どういたしまして。でも、成長したのはあなた自身の努力のおかげですよ」
その言葉が、胸にしみた。
そして、さくらさんは続けた。
「これからも、一緒に頑張りましょうね」
「……はい!」
あなたは力強くうなずいた。
(ああ……。やっぱり、僕はこの人が好きなんだ)
その気持ちは、以前よりもずっと大きくなっていた。
けれど、あなたはまだ気づいていなかった。
さくらさんがあなたに寄せている信頼もまた、確実に大きくなっていることに。
5.気づけば、二人で進めるのが当たり前に
プロジェクトが進むにつれ、周囲の社員たちも二人の連携に気づき始めた。
ある日の朝、あなたが会議室へ資料を運んでいると、同じ部署の先輩に声をかけられた。
「最近、さくらさんと組んで仕事をすることが多いね」
「えっ? あ、はい。今回のプロジェクトで一緒に担当しているので」
「それにしても、二人の仕事、すごくスムーズだよね」
「そ、そうですか?」
「うん。さくらさんが確認した内容を、君がすぐ資料に反映しているし。君が見つけた問題も、さくらさんがうまく関係部署につないでいる」
先輩は感心したように笑った。
「いいコンビだと思うよ」
「い、いいコンビ……?」
あなたの頭の中で、その言葉が何度も繰り返された。
(いいコンビ……!)
(さくらさんと……僕が……?)
思わず頬が熱くなる。
「ど、どうもありがとうございます!」
あなたはそれだけ答えると、逃げるように会議室へ向かった。
(落ち着け! 先輩が言ったのは仕事の話! 仕事の話だから!)
何度も自分に言い聞かせる。
けれど、うれしいものはうれしかった。
さくらさんと相性がいい。
息が合っている。
そんなふうに言われるのは、悪い気がしなかった。
会議室に入ると、さくらさんがすでに資料を並べていた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。今日は少し早いですね」
「はい。昨日のうちに資料を整理しておいたので、余裕ができました!」
「そうですか。では、こちらの資料も一緒に確認していただけますか?」
「もちろんです!」
あなたは彼女の隣に座った。
二人で資料を確認していると、さくらさんがふと口を開いた。
「そういえば、最近、ほかの方からも言われるんです」
「何をですか?」
「私たちは、仕事の進め方がよく合っているって」
あなたの手が止まった。
「……えっ?」
「お互いに必要なことを補い合えるので、仕事が進めやすいそうです」
さくらさんは、少し楽しそうに笑った。
「私も、そう思います」
(――っ!)
あなたの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。
(さくらさんも、そう思ってくれているんだ……!)
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
けれど、ここで喜びすぎてはいけない。
「そ、そうですね! 僕も、さくらさんと一緒だと仕事が進めやすいです!」
勢いよく答えたあと、自分の発言を思い返した。
(……一緒だと、仕事が進めやすい)
(うん。変なことは言ってない。ちゃんと仕事の話だ)
さくらさんは満足そうにうなずいた。
「よかったです。これからも、遠慮なく意見を聞かせてくださいね」
「はい!」
その日も、二人の仕事は順調に進んだ。
さくらさんが説明を始めると、あなたは必要な資料をすぐに開く。
あなたが数字を示すと、さくらさんはその意味を理解し、次に必要な確認事項を提案する。
会議では互いの意見を補い合い、資料作成では自然と役割を分担する。
まるで、何度も同じ仕事を経験してきたかのようだった。
しかし、二人が本格的に一緒に働き始めてから、まだそれほど長い時間は経っていない。
だからこそ、周囲の社員たちは驚いていた。
そして、さくらさんもまた、少しずつ実感していた。
あなたは、もう単に教えられるだけの新人ではない。
自分の考えを持ち、必要なことを見つけ、責任を持って仕事を進められる人になっている。
そして何より、さくらさん自身もあなたと働くことで、仕事の進め方を見直したり、新しい視点を得たりするようになっていた。
(この人となら、もっと大きな仕事にも挑戦できそうですね)
さくらさんは、そんなことを考えていた。
それは、教育係としての評価だけではなかった。
一人の仕事仲間として、あなたを信頼し始めていたのだ。
6.プロジェクトの中間報告
プロジェクト開始から一か月。
ついに、中間報告の日がやってきた。
会議室には責任者や各部署の代表者が集まり、あなたとさくらさんは並んで発表の準備をしていた。
「緊張していますか?」
さくらさんが尋ねた。
「少しだけ。でも、準備はできています!」
「ふふっ。頼もしくなりましたね」
「そ、そんな……!」
あなたは照れながらも、資料を確認した。
今回の発表では、進捗状況だけでなく、これまでに発生した問題とその対応策についても説明する必要がある。
難しい質問が来る可能性もあった。
それでも、以前ほど不安ではなかった。
さくらさんと何度も内容を確認し、想定される質問についても話し合ってきたからだ。
やがて、発表が始まった。
さくらさんが全体の進捗を説明し、あなたが具体的な数値や作業状況を補足する。
「こちらが、現在の進行状況です。予定していた作業は、おおむね計画どおりに進んでいます」
あなたはモニターを切り替えた。
「また、先日発生した資料の修正については、関係部署との確認を早めに行ったことで、全体のスケジュールへの影響を抑えることができました」
責任者がうなずく。
「なるほど。問題が発生したときの対応も整理されているね」
「ありがとうございます」
発表は順調に進んだ。
途中で質問が出ても、あなたは落ち着いて答えられた。
自分だけでは判断できない質問については、さくらさんに確認を求めた。
さくらさんも、あなたの説明を受けて必要な補足を加える。
二人のやり取りは自然だった。
どちらか一方が無理に主導することもなく、互いに不足している部分を補い合っていた。
そして、発表が終わった。
「よい中間報告だったと思います。引き続き、この調子で進めてください」
責任者の言葉に、あなたは深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
会議室を出たあと、あなたは大きく息を吐いた。
「終わりましたね……!」
「ええ。お疲れさまでした」
「途中、質問されたときは少し焦りましたけど……」
「それでも、きちんと説明できていましたよ」
さくらさんは、あなたに笑いかけた。
「特に、問題が発生したときの対応については、わかりやすかったです。あなたが整理してくれた資料のおかげですね」
「さくらさんが確認してくれたおかげです!」
「また、お互いに褒め合っていますね」
「あっ……!」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に笑った。
「ふふっ」
「ははっ……!」
その瞬間、あなたは思った。
(こうやって、さくらさんと一緒に笑えるのって……すごくうれしいな)
仕事で褒められたことも、プロジェクトが順調に進んだこともうれしい。
けれど、何よりもうれしいのは、さくらさんが隣にいてくれることだった。
もちろん、そんな本音を口にする勇気はない。
「……よし! 次の作業も頑張ります!」
あなたは、わざと明るい声を出した。
「はい。期待していますね」
さくらさんは笑顔で答えた。
その笑顔に、あなたの胸はまたドクンドクンと鳴った。
(教育係のさくらさんには、恋心を知られてはいけない……!)
あなたは、いつものように心の中で誓った。
けれど、その誓いを繰り返すたびに、さくらさんと過ごす時間は増えていく。
そして、二人の信頼関係も深まっていくのだった。
7.「あなたがいてくれて、よかったです」
その日の夕方。
一通りの作業が終わり、オフィスには少しずつ帰宅する社員が増えていた。
あなたはデスクで、今日の作業内容をチェックリストに記入していた。
進捗状況は順調。
確認漏れもない。
翌日の作業予定も整理できている。
以前なら、チェックリストを埋めるだけで精いっぱいだった。
けれど今では、作業の優先順位を考え、必要な準備までできるようになっている。
(少しは成長できたのかな……)
そんなことを考えていると、さくらさんが隣にやってきた。
「まだ作業をしていたんですね」
「あっ、はい。今日の分を確認していました」
「見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです!」
さくらさんはチェックリストに目を通した。
そして、満足そうにうなずいた。
「きれいに整理されていますね。明日の作業もわかりやすいです」
「ありがとうございます!」
「以前は、確認する項目を一つずつ説明する必要がありましたけど……今では、私が確認する前に必要なことを整理してくれています」
あなたは、少し恥ずかしくなった。
「まだまだですよ。見落としていることもあると思いますし……」
「もちろん、誰にでも見落としはあります」
さくらさんは穏やかに答えた。
「でも、今のあなたは、自分で確認して、必要なら周りに相談することができています。それは、とても大切なことですよ」
「……はい」
その言葉を聞いているうちに、胸の奥が熱くなった。
初めて仕事を教えてもらった日。
失敗して落ち込んだ日。
会議で初めて提案をした日。
そして、今日の中間報告。
さまざまな出来事が思い浮かんだ。
そのたびに、さくらさんはそばにいてくれた。
厳しいことを言われた日もあった。
うまくできなくて悔しかった日もあった。
それでも、彼女はあなたの努力を見てくれていた。
「……さくらさん」
「はい?」
「僕、最初は本当に何もできなくて……。こんな大きなプロジェクトを任されるなんて、思っていませんでした」
「そうでしたね」
「でも、今は……」
あなたは、言葉を探した。
本当は、もっと伝えたいことがある。
さくらさんが教育係でよかった。
さくらさんに出会えてよかった。
あなたの隣で笑ってくれることが、何よりもうれしい。
けれど、そのすべてを伝えてしまえば、胸の奥にしまっている恋心まで知られてしまいそうだった。
だから、あなたは一番伝えやすい言葉を選んだ。
「さくらさんと一緒に仕事ができて、本当によかったです」
さくらさんは、一瞬だけ目を丸くした。
そして、やさしく微笑んだ。
「……私もですよ」
「えっ?」
「あなたと一緒に仕事ができて、よかったと思っています」
あなたは、言葉を失った。
「あなたは、ただ教えたことを覚えるだけではありません。自分で考えて、工夫して、私にも新しい気づきをくれます」
さくらさんは、あなたのチェックリストをそっと机に置いた。
「これから先も、一緒に仕事ができたら心強いですね」
――一緒に仕事ができたら。
その言葉を聞いた瞬間、あなたの胸が大きく鳴った。
ドクン。
ドクン。
(……えっ?)
(今、さくらさん……なんて……?)
あなたは顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そんな……! 僕なんて、まだまだです!」
「ふふっ。そうやって謙遜するところは、まだ変わりませんね」
「うう……!」
さくらさんは楽しそうに笑った。
「でも、期待していますよ。これからもよろしくお願いしますね」
「……はい!」
あなたは、精いっぱいの笑顔で答えた。
その笑顔の裏で、心臓はずっと速く鳴り続けていた。
(だめだ……。こんなの、ますます好きになってしまう……!)
しかし、あなたはまだ知らない。
さくらさんがあなたを、単に成長を見守る新人としてだけではなく、これからも一緒に仕事を進めていきたい、大切なビジネスパートナーとして見始めていることを。
8.ビジネスパートナーという新しい関係
数日後。
大型プロジェクトの担当者を集めた定例会議で、責任者から新しい方針が伝えられた。
「今回のプロジェクトは、今後さらに業務の範囲を広げていく予定です。そのため、各担当者には、これまで以上に主体的な判断をお願いしたいと思います」
あなたは真剣に耳を傾けた。
「また、進行管理と企画調整については、連携を強化する必要があります。そこで――」
責任者は資料を切り替えた。
「今後は、さくらさんとあなたを中心に、両方の業務を連携させて進めてもらいたいと考えています」
「……えっ?」
あなたは、思わず顔を上げた。
隣のさくらさんも資料を見つめていた。
「二人の間で情報共有ができているので、部署間の調整もスムーズに進んでいます。これまでの実績を踏まえて、今後もその体制で進めたいと思います」
会議室の何人かが、納得したようにうなずいた。
「よろしくお願いします」
さくらさんは落ち着いて答えた。
あなたも慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!」
会議が終わると、あなたは資料を抱えながら、さくらさんに声をかけた。
「さくらさん……。これからも、一緒に担当することになりましたね」
「ええ。そうですね」
「僕で大丈夫でしょうか……?」
思わず、以前と同じような言葉が出てしまった。
さくらさんは、少し呆れたように笑った。
「もう。まだそんなことを言っているんですか?」
「す、すみません!」
「謝らなくてもいいですよ」
彼女は、あなたの目をまっすぐ見つめた。
「私は、あなたと一緒に仕事を進めたいと思っています」
「……!」
「あなたが気づいてくれることもありますし、私が見落としていた点を指摘してくれることもあります。意見が違うときも、話し合えば解決できますから」
さくらさんは、やわらかく微笑んだ。
「だから、これからも自信を持って意見を聞かせてください」
あなたは、しばらく何も言えなかった。
胸の奥に、温かいものが広がっていく。
「……はい。僕も、さくらさんと一緒に頑張りたいです」
ようやく、それだけ答えた。
さくらさんは満足そうにうなずいた。
「では、これからもよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
二人は並んで歩き出した。
向かう先は、次の打ち合わせのための会議室。
いつもと変わらない仕事の風景。
いつもと変わらない、さくらさんの横顔。
けれど、二人の関係は少しずつ変わり始めていた。
教育係と新人。
教える人と教わる人。
その関係から一歩進んで、互いの考えを尊重し、同じ目標に向かって進む仕事仲間へ。
そして今、さくらさんの中では、あなたはすでに信頼できるビジネスパートナーになりつつあった。
一方のあなたはというと――。
(さくらさんと、これからも一緒に仕事ができるんだ……!)
そのことがうれしくて、うれしくて、仕方がなかった。
(もっと頑張ろう。さくらさんの役に立てるようになりたい)
そんなことを考えながら、あなたは彼女の隣を歩いていた。
そして、ふと気づく。
さくらさんが、いつもより少し楽しそうに見えることに。
「……さくらさん?」
「はい?」
「何か、いいことでもあったんですか?」
さくらさんは、少し考えてから答えた。
「そうですね。これからの仕事が、ますます楽しみになったんです」
「……!」
「あなたと一緒なら、きっといい仕事ができると思いますから」
あなたの心臓が、ドクン、と鳴った。
(――っ!)
(だ、だめだ……!)
(そんなことを言われたら、僕……!)
あなたは慌てて前を向いた。
「そ、そうですね! 頑張りましょう!」
「はい。期待していますよ」
さくらさんは、いつもの笑顔で答えた。
その笑顔を見ないようにしながら、あなたは必死に仕事のことを考えようとした。
しかし、頭の中では何度も同じ言葉が繰り返されていた。
――あなたと一緒なら、きっといい仕事ができる。
(……ああ、もう!)
(教育係のさくらさんには、恋心を知られてはいけないんだってば……!)
あなたは心の中で叫んだ。
けれど、隣を歩くさくらさんは、あなたのそんな気持ちには気づいていない。
ただ、これからも一緒に仕事ができることをうれしく思っていた。
そして二人は、次の会議室へと向かっていく。
大型プロジェクトは、まだ始まったばかり。
これから難しい問題に直面することもあるだろう。
意見が食い違うことも、失敗して落ち込むこともあるかもしれない。
それでも、二人ならきっと乗り越えられる。
なぜなら、二人は互いの考えを尊重し、力を合わせて前に進めるようになったのだから。
あなたはまだ、その関係に名前をつけていなかった。
さくらさんにとって、自分がどんな存在になり始めているのかも、気づいていなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
あなたは今日も、教育係のさくらさんに恋をしている。
そして、その恋心を隠したまま、二人で大きな仕事を成功させようとしていた。
――もちろん、さくらさんには絶対に知られないように。
第8章・完