少しだけ、あなたに本音を言ってみた話。
少しだけ、あなたに本音を言ってみた話。
1.順調に進むチェックリスト
朝、会社に到着したあなたは、自分のデスクに鞄を置くと、すぐに一冊のノートを取り出した。
そこには、さくらさんから教わった仕事の手順や、これまでに失敗したこと、次に同じ失敗をしないための対策が細かく書かれている。
そして、ノートの最後のページには、毎日確認するためのチェックリストがあった。
* 出勤したら今日の予定を確認する。
* メールを確認し、優先順位をつける。
* 作業を始める前に手順書を読む。
* 分からないことは、自己判断せずに質問する。
* 作業が終わったら、必ず見直す。
* 今日の仕事を振り返り、改善点を記録する。
「……よし」
あなたは小さく頷いた。
以前の自分なら、朝から何をすればいいのか分からず、机の前で慌てていたかもしれない。
メールの確認を忘れたり、作業の順番を間違えたり。分からないことがあっても、さくらさんに迷惑をかけたくなくて、一人で抱え込んでしまったこともあった。
けれど、今は違う。
さくらさんが教えてくれたことを、一つずつ実践してきた。
失敗した日もあった。落ち込んで、何もかも嫌になりそうな日もあった。
それでも、チェックリストに印が増えていくたびに、自分が少しずつ前に進んでいることを実感できた。
「おはようございます」
その声が聞こえた瞬間。
ドクンッ!
あなたの胸が大きく跳ねた。
振り向かなくても分かる。
教育係の、さくらさんだ。
「おはようございます、さくらさん!」
慌てて返事をすると、さくらさんはいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「朝からノートを確認しているんですね。感心、感心」
「い、いえ! まだまだですよ!」
「そうですか? でも、最近は仕事の進め方がずいぶん安定してきましたよ」
「……本当ですか?」
思わず聞き返してしまった。
さくらさんは不思議そうに首を傾げる。
「もちろん。本当ですよ。以前は何度も確認していた作業も、今では自分で手順を整理できていますし」
「……!」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
嬉しかった。
自分が努力してきたことを、さくらさんが見ていてくれた。
その事実だけで、今日一日を頑張れるような気がした。
しかし、同時に困ったこともある。
目の前にいるさくらさんが、あまりにも優しいのだ。
その笑顔を見るたびに、胸の音が大きくなる。
――駄目だ。
――落ち着け、僕。
――これは仕事の話だ。普通に返事をするだけでいい。
「ありがとうございます! これからも頑張ります!」
「はい。期待していますね」
さくらさんはそう言うと、自分のデスクへと向かっていった。
あなたは、その背中を見送りながら、そっと胸元を押さえた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
「……今日も、心臓が忙しいな」
誰にも聞こえない声で呟いた。
もちろん、本人に聞かれるわけにはいかない。
教育係のさくらさんには、絶対に恋心を知られてはいけないのだから。
2.チェックリストに増える印
午前中の仕事は、驚くほど順調だった。
メールの確認を終え、優先順位をつけ、必要な資料を整理する。
作業に取りかかる前には手順書を読み、分からない部分には付箋を貼った。
以前なら、何度も同じ箇所を読み返していた作業も、今日は落ち着いて進められた。
一つの作業が終わるたびに、ノートのチェックリストへ印をつける。
カリッ。
ペン先が紙の上を走る。
「……よし、完了」
また一つ、チェックが増えた。
しばらくすると、さくらさんが書類を持ってやってきた。
「進捗はどうですか?」
「はい! 予定していたところまで終わりました。こちらが確認した資料です」
あなたは、整理した資料を差し出した。
さくらさんは内容に目を通し、ページをめくっていく。
その間、あなたは妙に緊張していた。
もし間違いがあったらどうしよう。
説明が足りなかったらどうしよう。
いや、待て。
今日は何度も確認した。根拠となる資料も揃えてある。
大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせていると、さくらさんが顔を上げた。
「うん。よくできていますね」
「……えっ?」
「必要な情報が整理されていますし、確認した箇所も分かりやすいです。これなら、ほかの人も内容を把握しやすいと思います」
「ほ、本当ですか?」
「ふふっ。また同じことを聞いていますよ」
「あっ……す、すみません!」
さくらさんは小さく笑った。
「謝らなくてもいいんですよ。自分の仕事に自信を持つことも、大切ですから」
その言葉が、心に残った。
自信を持つこと。
自分には、まだ難しい。
少し褒められただけで嬉しくなり、少し注意されただけで落ち込んでしまう。
それでも、さくらさんは、そんな自分を急かさなかった。
できたことを認めてくれる。
失敗したときには、一緒に原因を考えてくれる。
そして、次にどうすればいいのかを教えてくれる。
――だから、好きになってしまったんだ。
胸の内側で、誰にも言えない本音が呟いた。
もちろん、口には出さない。
「ありがとうございます。次の作業も、同じように確認して進めます」
「はい。よろしくお願いしますね」
さくらさんが離れていく。
あなたはノートに視線を落とした。
午前中のチェック項目は、ほとんど埋まっていた。
残っている項目も、午後の仕事が終われば確認できるだろう。
「……順調だ」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声が出た。
仕事が順調に進んでいる。
それは間違いなく嬉しいことだった。
けれど、今日のあなたには、もう一つだけ気になっていることがあった。
――さくらさんに、少しだけ本音を話してみたい。
仕事のこと。
自分の弱さのこと。
そして、ずっと心の中にしまっていた気持ちのこと。
もちろん、恋心を打ち明けるつもりはない。
そんなことをしたら、今までどおりに接することができなくなるかもしれない。
ただ、ほんの少しだけ。
いつも笑顔で頑張っている自分の、本当の気持ちを。
さくらさんに聞いてもらいたかった。
3.昼休み、二人きりの会話
昼休み。
あなたは休憩スペースで昼食を食べ終えると、窓際の席でノートを開いていた。
午前中にできたことを振り返り、午後の予定を確認する。
チェックリストは順調。
それなのに、頭の中では仕事とは別のことを考えてしまう。
――今なら、さくらさんと話せるかな。
そんなことを考えた直後だった。
「ここ、座ってもいいですか?」
「ひゃっ!」
思わず変な声が出た。
顔を上げると、さくらさんが弁当箱を持って立っていた。
「……えっと、今、すごい声が出ませんでした?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうですか?」
さくらさんは少し不思議そうにしながら、向かいの席に座った。
まさか、本人から来てくれるなんて。
心臓が大変なことになっている。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……!
あなたは必死に平静を装い、ノートを閉じた。
「午前中、頑張っていましたね」
さくらさんが言った。
「ありがとうございます」
「最近、チェックリストをよく使っていますよね」
「はい。自分が何をできていて、何を忘れているのか、分かりやすいので」
「いい方法だと思います。自分に合ったやり方を見つけるのも、成長の一つですから」
「……はい」
会話は順調だった。
いつもの仕事の話。
いつもの穏やかな声。
いつもの優しい笑顔。
しかし、あなたはふと、思った。
――今なら。
――少しだけ、本音を言ってみてもいいんじゃないか。
喉の奥が緊張で詰まりそうになる。
けれど、今日は仕事がうまく進んでいる。
朝から失敗を恐れてばかりだった自分とは違う。
だからこそ、少しだけ勇気を出したかった。
「あの、さくらさん」
「はい?」
「……ちょっと、聞いてもらいたいことがあるんです」
さくらさんの表情が、優しく変わった。
「もちろん。どうしました?」
あなたは膝の上で両手を握った。
「……僕、実は」
言葉が止まる。
違う。
恋心を話すわけじゃない。
話したいのは、もっと別のことだ。
「……仕事がうまくいかないとき、すごく不安になるんです」
ようやく、言葉にできた。
「失敗したら、また迷惑をかけるんじゃないかって。何度も同じことを聞いたら、呆れられるんじゃないかって……」
さくらさんは、黙って聞いていた。
あなたは続けた。
「だから、分からないことがあっても、聞くのをためらってしまうことがありました。自分で何とかしなきゃって、無理に考えたりして……」
話しているうちに、胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ言葉になっていった。
「でも、それだと余計に時間がかかってしまうんですよね。失敗も増えて……。自分でも、何をやっているんだろうって思うことがありました」
恥ずかしかった。
こんな弱いところを見せてしまっていいのだろうか。
いつも頑張っている自分を見せたかった。
頼りになる後輩だと思われたかった。
それなのに、今、自分は不安でいっぱいだったことを打ち明けている。
さくらさんに、どう思われただろう。
恐る恐る顔を上げる。
すると――。
「……話してくれて、ありがとうございます」
さくらさんは、穏やかに微笑んでいた。
「えっ……?」
「不安になるのは、悪いことではありませんよ。仕事をきちんと覚えたい、迷惑をかけたくない。そう思っているからこそ、怖くなることもあるんだと思います」
「……さくらさん」
「でも、一人で全部抱え込まなくてもいいんです。私も教育係ですから。分からないことを質問してもらうのも、私の仕事ですよ」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、ぎゅっとなった。
優しい。
やっぱり、この人は優しい。
こちらの気持ちを決めつけず、最後まで話を聞いてくれる。
弱いところを見せても、否定しないでくれる。
「……僕、もっと早く相談すればよかったです」
「そうですね。早めに相談してくれたほうが、私も助かります」
「あはは……。ですよね」
「ふふっ。でも、今からでも遅くありませんよ」
さくらさんは、少しだけ身を乗り出した。
「これからは、分からないことがあったら遠慮なく聞いてください。もちろん、まず自分で考えてみることも大切ですけどね」
「はい」
「それから、できたことまで忘れないでくださいね。あなたは、ちゃんと成長していますから」
あなたは返事をしようとした。
けれど、すぐには声が出なかった。
嬉しくて。
安心して。
そして、さくらさんのことが、どうしようもなく好きだったから。
「……ありがとうございます」
やっと、それだけを言えた。
さくらさんは、にっこりと笑った。
「どういたしまして」
その笑顔を見て、あなたは思った。
――ああ、駄目だ。
――やっぱり、好きだ。
――でも、この気持ちだけは、まだ秘密にしておこう。
本音を話すことはできた。
仕事に対する不安も、失敗を恐れていたことも。
少しだけ、心が軽くなった。
けれど、たった一つだけ、話せない本音がある。
さくらさんの笑顔を見るだけで、胸がドクンドクンと鳴ってしまうこと。
それだけは、どうしても言えなかった。
4.午後、少し変わった自分
午後の仕事が始まった。
あなたはデスクに戻り、ノートを開いた。
午前中のチェックリストを確認する。
* 出勤したら今日の予定を確認する。
* メールを確認し、優先順位をつける。
* 作業を始める前に手順書を読む。
* 分からないことは、自己判断せずに質問する。
* 作業が終わったら、必ず見直す。
* 今日の仕事を振り返り、改善点を記録する。
「……よし」
午後の作業も、落ち着いて始められそうだった。
少しして、資料の数字について疑問が生じた。
以前なら、ここで悩み続けていたかもしれない。
何度も資料を読み返して、時間だけが過ぎていく。
けれど、今日は違う。
あなたは、まず自分で関連資料を確認した。
それでも判断できなかったため、疑問点を整理してから、さくらさんのデスクへ向かった。
「あの、さくらさん。今、少しよろしいですか?」
「はい、どうしました?」
「この数字についてなんですが、こちらの資料ではこの値になっていて、別の資料では違う値になっています。更新時期が違うのかと思ったんですが、確認していただけますか?」
さくらさんは資料を受け取った。
「なるほど。きちんと確認したうえで質問してくれたんですね」
「はい。自分でも調べてみたんですが、判断できなくて……」
「いいと思います。では、一緒に確認しましょう」
二人で資料を見比べる。
さくらさんが説明してくれた内容を、あなたはノートに書き込んだ。
「つまり、こちらの資料が最新版なんですね」
「そうです。ただ、古い資料を参照する場面もあるので、作成日と更新日を確認する習慣をつけるといいですよ」
「分かりました。ありがとうございます!」
質問は、ほんの数分で終わった。
以前の自分なら、何十分も悩んでいたかもしれない。
自分で調べること。
疑問点を整理すること。
それでも分からなければ、質問すること。
さくらさんが何度も教えてくれた手順が、ようやく自然にできるようになってきた。
席に戻る途中、あなたは小さく笑った。
「……できた」
誰かに褒めてもらったからだけではない。
自分で考え、自分で判断し、必要なときに助けを求められた。
それが、嬉しかった。
そして、もう一つ。
昼休みに本音を話したことで、さくらさんへの相談が、ほんの少しだけ怖くなくなった。
もちろん、顔を合わせると胸は高鳴る。
「さくらさん」と呼ぶだけで緊張する。
褒められれば嬉しいし、笑いかけられれば目をそらしたくなる。
それでも、仕事の相談はできる。
恋心を隠したままでも、信頼を深めることはできるのだ。
あなたはノートに新しい一文を書き足した。
『分からないことを質問するのは、迷惑をかけることではない。仕事を正しく進めるために必要なこと』
書き終えると、ペンを置いた。
「……よし。次も頑張ろう」
5.夕方、さくらさんからの言葉
定時が近づいた頃、あなたは最後の作業を終えた。
資料を見直し、必要な報告を済ませる。
机の上を整理して、忘れ物がないか確認する。
そして、ノートのチェックリストを開いた。
* 出勤したら今日の予定を確認する。
* メールを確認し、優先順位をつける。
* 作業を始める前に手順書を読む。
* 分からないことは、自己判断せずに質問する。
* 作業が終わったら、必ず見直す。
* 今日の仕事を振り返り、改善点を記録する。
「……全部、終わった」
最後の項目にチェックを入れた瞬間、達成感が胸いっぱいに広がった。
一つ一つの作業を確認して、必要な報告も済ませた。
大きな失敗もなく、予定していた仕事を終えられた。
そして何より、今日は自分の本音を、ほんの少しだけ誰かに話すことができた。
「お疲れさまです」
声をかけられて振り向くと、さくらさんが立っていた。
「お疲れさまです!」
「今日の仕事、どうでしたか?」
あなたは少し考えてから、答えた。
「……うまくいったと思います」
「おっ。いつもより自信がありそうですね」
「えっ、そ、そうですか?」
「はい。朝から見ていましたけど、落ち着いて仕事を進められていましたよ」
まただ。
また、そんなに嬉しいことを言ってくれる。
あなたは照れくさくなり、ノートへ視線を落とした。
「……実は、今日のチェックリスト、全部終わったんです」
「本当ですか?」
「はい。もちろん、まだ覚えきれていないこともありますけど……。前よりは、できることが増えた気がします」
さくらさんはノートを覗き込み、チェックが並んだページを見た。
「わあ。本当に全部できていますね」
「はい!」
「素晴らしいです。毎日、きちんと続けてきた成果ですね」
その言葉に、顔が熱くなった。
「そ、そんな……。さくらさんが教えてくれたおかげです」
「私は教えただけですよ。実際に努力したのは、あなたです」
あなたは言葉を失った。
さくらさんは、あなたの努力をあなた自身のものとして認めてくれる。
何もかも自分の手柄にするわけでもない。
かといって、必要以上に甘やかすわけでもない。
できたことは褒めて、改善すべきことはきちんと伝えてくれる。
そんなところも、好きだった。
「……ありがとうございます」
あなたは、今度はまっすぐにさくらさんを見て言った。
「これからも、頑張ります」
「はい。期待していますね」
そして、さくらさんは少し声を柔らかくした。
「それと、今日、昼休みに話してくれたこと。私、嬉しかったですよ」
「……え?」
「自分が不安に思っていることを、きちんと言葉にしてくれたでしょう? そうやって相談してもらえると、私もあなたをサポートしやすくなりますから」
「……あ」
「無理に何でもできるふりをしなくてもいいんです。少しずつ、一緒に覚えていきましょう」
あなたの胸が、強く鳴った。
ドクンッ。
ドクンッ。
今すぐ何か言いたい。
ありがとう。
嬉しいです。
あなたが教育係でよかったです。
あなたに教えてもらえて、本当によかったです。
そして、本当は――。
「……さくらさんが教育係で、よかったです」
気がつけば、口に出していた。
さくらさんが目を丸くした。
「……え?」
「あっ! い、いえ! その、仕事のことです! さくらさんに教えてもらえて、よかったなって!」
慌てて言い直す。
心臓がうるさい。
しまった。
今の言い方は、少し変だっただろうか。
まさか、恋心に気づかれていないだろうか。
あなたが内心で大慌てしていると、さくらさんはふっと笑った。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、教育係として嬉しいです」
「……っ!」
駄目だ。
その笑顔は反則だ。
あなたは思わず顔を伏せた。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
「ふふっ。では、今日はゆっくり休んでくださいね。明日もよろしくお願いします」
「はい! お疲れさまでした!」
さくらさんは自分のデスクへ戻っていった。
あなたはしばらく、その場から動けなかった。
胸の音が、なかなか落ち着かない。
ドクン、ドクン、ドクン……。
「……少しだけ、本音を言えた」
小さく呟いた。
もちろん、伝えたのは仕事に関する本音だ。
恋心ではない。
それでも、今日は少しだけ、さくらさんとの距離が縮まった気がした。
6.帰り道、秘密のノート
会社を出ると、夕方の風が頬を撫でた。
あなたは駅へ向かいながら、鞄の中に入れたノートを思い出した。
今日もチェックリストは順調だった。
新しく覚えたこともある。
自分の不安を、少しだけ言葉にできた。
そして、さくらさんから、これからも一緒に覚えていこうと言ってもらえた。
「……いい一日だったな」
自然と笑みがこぼれた。
でも、心の中には、まだ誰にも見せられないページがある。
仕事の手順でも、失敗の記録でもない。
さくらさんについて、こっそり書き留めている秘密のページだ。
あなたは帰りの電車を待ちながら、ノートの最後のページを開いた。
そこには、誰にも見られないよう、小さな文字で書かれていた。
『今日の記録』
『朝、仕事が順調に進んだ。さくらさんに褒めてもらえた』
『昼休み、自分の不安を少しだけ話せた』
『さくらさんは、最後まで話を聞いてくれた』
『仕事のことで、これからも相談していいと言ってくれた』
ここまでは、仕事の記録と変わらない。
しかし、その下には――。
『本当は、もっと話したい』
『もっと、さくらさんのことを知りたい』
『さくらさんが笑ってくれると、すごく嬉しい』
『でも、恋心だけは知られたくない』
ペンを止めた。
少しだけ考えてから、最後に一文を書き足した。
『いつか、この気持ちを隠さなくてもいい日が来るのだろうか』
書き終えたあなたは、ノートをそっと閉じた。
「……いやいや、何を書いているんだ、僕は」
顔が熱くなる。
誰も見ていないのに、慌てて周囲を確認してしまった。
もちろん、誰もいない。
あなたは苦笑して、ノートを鞄の奥へしまった。
まだ、言えない。
今は、教育係と後輩。
教えてくれる人と、教わる人。
その関係を大切にしたい。
恋心を知られるのは怖い。
けれど、今日のように少しずつ本音を話せるようになれば、いつかもっと自分らしくいられるかもしれない。
そんなことを考えながら、あなたは電車に乗り込んだ。
窓の外に、街の明かりが流れていく。
胸の中には、明日への期待と、さくらさんへの変わらない想いがあった。
ドクン。
小さな鼓動が、また一つ響く。
「……明日も、頑張ろう」
あなたはそっと呟いた。
仕事も。
チェックリストも。
そして、誰にも知られてはいけない恋心も。
焦らず、一歩ずつ。
第7章・完