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休日出勤、失敗続きの僕を救ってくれたのは、教育係のさくらさんでした。

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

休日出勤、失敗続きの僕を救ってくれたのは、教育係のさくらさんでした。

第一話 静かな土曜日のオフィス

土曜日、午前八時十五分。

いつもなら、まだ布団の中でゆっくりしている時間だった。

しかし、あなたは駅へ向かって歩いていた。

今日は休日出勤。

平日に終わらなかった資料の整理と、来週の会議で使う報告書の準備をすることになっていたのだ。

「……よし。今日は頑張ろう」

あなたは小さくつぶやいた。

休日に出勤するのは少し大変だったが、悪いことばかりではない。

平日よりも人が少ないから、落ち着いて仕事を覚えられる。

そして、うまくいけば、さくらに成長した姿を見せられるかもしれない。

(先週も、いろいろ教えてもらったし……)

(今日は自分の力で、ちゃんと仕事を進めたいな)

さくらは教育係として、いつも優しく接してくれる。

わからないことがあれば丁寧に説明してくれるし、失敗したときも、すぐに責めたりしない。

そんなさくらに、あなたは初めて会った日から恋をしていた。

笑顔を見るだけで胸がドキドキする。

名前を呼ばれるだけで嬉しくなる。

だからこそ、少しでも頼もしい姿を見せたかった。

(よし! 今日は失敗しないぞ!)

あなたは気合を入れ、会社の扉を開いた。

ところが。

「……あれ?」

オフィスに入った瞬間、あなたは足を止めた。

窓際のデスクに、見覚えのある長いピンク色の髪が見えたのだ。

白い花の髪飾り。

黒いリボン。

そして、パソコンに向かいながら、楽しそうに作業をしている女性。

「……さくらさん?」

あなたの声に気づき、彼女が振り返った。

「あっ! おはようございます!」

満面の笑顔。

「おはようございます、さくらさん!」

ドクンッ!

いきなり心臓が跳ねた。

(えっ……! さくらさんも休日出勤だったんだ!)

嬉しい。

ものすごく嬉しい。

休日のオフィスで、さくらに会えるなんて思っていなかった。

しかし、嬉しさのあまり、あなたは入口で立ち尽くしてしまった。

「……あれ? どうしました?」

さくらが不思議そうに首をかしげる。

「もしかして、今日のお仕事のことで緊張しています?」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「ふふっ。ならよかった!」

さくらは椅子から立ち上がった。

「今日は二人とも出勤ですね。平日より静かですし、落ち着いて作業できそうです!」

「そうですね!」

ドクン、ドクン。

(休日のオフィスで、さくらさんと二人きり……)

(いやいや! 落ち着け、僕!)

あなたは必死に平静を装った。

今日は仕事をしに来たのだ。

さくらと会えて嬉しいからといって、浮かれている場合ではない。

「それじゃあ、今日の作業を確認しましょうか!」

「はい!」

あなたは自分のデスクへ向かった。

このときは、まだ思っていた。

今日はきっと、いい一日になる。

さくらに成長を見せられる。

そう信じていた。

――しかし。

その期待は、午前中のうちに何度も裏切られることになる。

第二話 最初の失敗

午前九時。

あなたは会議用の報告書を作成していた。

必要な資料を確認し、数字を入力し、決められた形式に整える。

これまで何度も練習してきた作業だった。

(大丈夫。手順は覚えている)

(落ち着いてやれば、できるはずだ)

あなたは一つずつ確認しながら、作業を進めた。

そして、ようやく完成した。

「……できた!」

思わず声が出た。

あなたは報告書を見直した。

数字も合っている。

文章も問題ない。

表の配置も、きれいに整っている。

(よし……!)

(これなら、さくらさんに見せても大丈夫だ!)

あなたは保存ボタンを押し、さくらのデスクへ向かった。

「あの、さくらさん!」

「はい?」

「報告書ができました。確認をお願いしてもいいですか?」

「もちろんです!」

さくらは椅子を少し回し、画面を確認した。

最初は笑顔だった。

ところが、数秒後。

「あれ……?」

その声を聞いた瞬間、あなたの胸が嫌な音を立てた。

ドクン……。

「ここの数字なんですけど……」

さくらが画面を指さした。

「元の資料と、少し違っていますね」

「……えっ?」

あなたは画面をのぞき込んだ。

そこには、確かに間違った数字が入力されていた。

一桁だけ、転記を間違えていたのだ。

「あ……!」

顔から血の気が引いた。

(うそだろ……)

(何度も確認したのに……!)

さくらは落ち着いた声で説明した。

「ここの数字は、元の資料ではこちらになっていますね。入力するときに、見間違えたのかもしれません」

「す、すみません……!」

あなたは慌てて頭を下げた。

「申し訳ありません! すぐに直します!」

「はい。大丈夫ですよ。一緒に確認しましょう」

さくらは責めなかった。

声を荒らげることもなかった。

いつもの優しい表情のままだった。

それなのに。

あなたの心は、ひどく落ち込んでいた。

(……せっかく、頑張ったのに)

(ちゃんと確認したつもりだったのに……)

(さくらさんに、また間違いを見つけられた)

もちろん、一つのミスで仕事ができないと決まるわけではない。

頭ではわかっていた。

でも、今日は違った。

休日に出勤してまで、成長した姿を見せたいと思っていた。

さくらに「よくできました」と褒めてもらいたかった。

その期待が大きかったぶん、失敗が胸に刺さった。

「……直しました」

あなたは、もう一度報告書を見せた。

「ありがとうございます。では、次の資料も進めてみましょう!」

さくらは笑顔でうなずいた。

あなたも、何とか笑顔を作った。

「……はい」

けれど、胸の奥に沈んだ気持ちは、簡単には消えてくれなかった。

第三話 失敗、また失敗

午前十時半。

次は、会議資料の整理だった。

あなたは、先ほどの失敗を繰り返さないように慎重に作業した。

一つの項目を入力するたびに、元の資料を確認する。

文章を書いたあとにも、もう一度読み直す。

(今度こそ……!)

(絶対に間違えない!)

時間はかかった。

それでも、何とか作業を終えた。

「……できました」

あなたは小さくつぶやいた。

今度こそ大丈夫だ。

そう思いながら、資料を確認する。

しかし、画面をスクロールしていたときだった。

「あ……」

必要な項目が、一つ抜けていた。

入力し忘れていたのだ。

あなたの手が止まった。

「…………」

頭の中が真っ白になる。

(また……?)

(また、間違えたのか……?)

先ほどの数字のミス。

今度は、入力漏れ。

どちらも、確認していれば防げたはずの失敗だった。

「……何やってるんだ、僕」

誰にも聞こえないよう、小さな声でつぶやいた。

胸の奥が重くなる。

自分が情けなかった。

さくらは、いつも丁寧に教えてくれている。

自分も、その期待に応えたいと思っている。

それなのに、失敗ばかり。

(……全然、成長できていないじゃないか)

あなたは額に手を当てた。

そのとき。

「どうしました?」

さくらの声が聞こえた。

顔を上げると、彼女が隣に立っていた。

「あっ……いえ」

「何か困っていますか?」

「……大丈夫です」

思わず、そう答えてしまった。

本当は、大丈夫ではなかった。

落ち込んでいた。

自信をなくしていた。

もう一度確認して、間違いを直さなければならない。

でも、さくらに心配をかけたくなかった。

何より、これ以上、できない自分を見せたくなかった。

「そうですか?」

さくらは画面をちらりと見た。

「……ここ、まだ入力していない項目があるみたいですね」

「……はい」

「一緒に確認しましょうか?」

「いえ! 自分でできます!」

思った以上に強い声が出た。

さくらが驚いたように目を丸くする。

あなたはハッとした。

「あっ……すみません!」

慌てて頭を下げた。

「違うんです。その……自分でちゃんとできるようになりたくて……」

言いながら、胸が苦しくなった。

本当は、助けてもらいたい。

さくらの隣で、もう一度やり方を教えてもらいたい。

でも、それではいつまでたっても一人前になれないような気がした。

「……そうですよね」

さくらは、穏やかにうなずいた。

「わかりました。まずは自分でやってみましょう」

「はい……」

「ただ、困ったときはいつでも呼んでくださいね」

「……ありがとうございます」

さくらは自分の席へ戻っていった。

あなたは画面に向き直った。

けれど、キーボードに置いた指が、なかなか動かなかった。

(……何で、あんな言い方をしたんだろう)

(さくらさんは、助けようとしてくれただけなのに)

後悔が押し寄せてくる。

自分の不甲斐なさが、さくらへの申し訳なさに変わっていく。

あなたは唇をぎゅっと結び、もう一度作業を始めた。

今度は、間違えないように。

一つずつ。

慎重に。

そうして、何とか資料を完成させた。

だが、あなたの気持ちは晴れなかった。

第四話 お昼休み、笑顔が作れない

正午。

いつもなら、さくらと一緒に昼食を取ることも楽しみの一つだった。

けれど今日は、そんな気分になれなかった。

あなたはコンビニで買ってきた昼食をデスクに置き、黙って食べ始めた。

味がしないわけではない。

お腹が空いていないわけでもない。

ただ、何を食べても、頭の中では午前中の失敗ばかりが繰り返されていた。

(数字を間違えて……)

(入力も忘れて……)

(さくらさんに、あんな言い方までして……)

思い出すたび、胸が重くなる。

「……はあ」

小さくため息がこぼれた。

すると。

「お隣、いいですか?」

顔を上げると、さくらが立っていた。

手にはお弁当と飲み物を持っている。

「あ……はい。もちろんです」

さくらは隣の席に座った。

「今日は、ここでお昼にしようと思って!」

「……そうなんですね」

いつもなら、ここで嬉しくなるはずだった。

好きな人が隣に座ってくれた。

二人で昼食を取れる。

それだけで、胸がドキドキしてしまうはずだった。

でも、今日は違った。

さくらの顔を見ても、うまく笑えない。

嬉しい気持ちよりも、申し訳ない気持ちのほうが強かった。

(……僕、何をやってるんだろう)

(せっかく一緒に仕事ができる日なのに……)

さくらは、お弁当を開きながらあなたの顔を見た。

「……あの」

「はい?」

「今日、ちょっと元気がないですね」

あなたは言葉に詰まった。

「……そんなこと、ないですよ」

「本当ですか?」

「はい……」

さくらはしばらく黙っていた。

それから、優しい声で尋ねた。

「午前中の失敗が、気になっていますか?」

あなたの手が止まった。

「…………」

図星だった。

否定しようとした。

いつものように、「大丈夫です」と答えようとした。

でも、声が出なかった。

さくらは、急かさずに待ってくれていた。

あなたは、ゆっくりと口を開いた。

「……はい」

小さな声だった。

「……失敗ばかりで」

言葉にすると、急に胸が苦しくなった。

「ちゃんと確認したつもりだったのに、間違えて……。次は気をつけようと思ったのに、また失敗して……」

目を伏せる。

「……僕、全然できていないなって」

さくらは、黙って聞いていた。

あなたは続けた。

「今日、休日出勤だったので……」

「うん」

「平日より落ち着いて仕事ができると思ったんです。だから、ちゃんと成果を出したかったんです」

声が少しずつ小さくなる。

「……さくらさんにも、成長したところを見せたかったのに」

言ってしまった。

最後の言葉を口にした瞬間、あなたは顔を上げた。

(……しまった!)

(今の、どういう意味に聞こえた!?)

さくらは驚いたように目を丸くしていた。

あなたは慌てて付け加えた。

「い、いえ! 教育係として、です! ちゃんと教えてもらっているのに、いつまでも失敗していたら申し訳ないと思って……!」

必死だった。

恋心を悟られたくない。

けれど、今の言葉には嘘をつきたくなかった。

さくらは少しだけ目を伏せ、それから穏やかに微笑んだ。

「……そうだったんですね」

あなたは恐る恐る、彼女を見た。

「私に成長したところを見せたいと思ってくれたことは、とても嬉しいです」

「……さくらさん」

「でもね」

さくらは、お弁当のふたを閉じて、あなたに向き直った。

「失敗したからって、今まで頑張ってきたことがなくなるわけじゃありませんよ」

その言葉に、胸が揺れた。

「今日、間違いが見つかったのは事実です。でも、あなたが一生懸命に作業していたことも、ちゃんと事実なんです」

「…………」

「それに、間違いを見つけて、修正して、次はどうすれば防げるかを考える。それも仕事を覚えていくための大切な経験なんですよ」

さくらは、優しく笑った。

「最初から何でもできる人なんて、いませんから」

あなたは、唇を噛みしめた。

胸の奥に溜まっていたものが、少しずつほどけていくようだった。

「……でも」

「うん?」

「さくらさんに、がっかりされたくなかったんです」

とうとう、本音がこぼれた。

「……頼りないって思われたくなくて」

さくらは、一瞬だけ驚いた顔をした。

そして、ゆっくりと首を横に振った。

「私は、今日の失敗だけで、あなたのことを頼りないなんて思いませんよ」

「……本当ですか?」

「本当です!」

さくらは、いつもの明るい笑顔を見せた。

「あなたができるようになったことも、頑張っていることも、私はちゃんと知っていますから」

ドクン。

あなたの胸が、小さく鳴った。

けれど、今度の鼓動は、苦しいだけのものではなかった。

「……ありがとうございます」

声が少し震えた。

さくらは気づいたようだったが、何も指摘しなかった。

ただ、あなたのそばにいてくれた。

その優しさが、何より嬉しかった。

第五話 さくらさんの秘密のノート

昼食を終えたあと。

さくらは自分のバッグから、小さなノートを取り出した。

「実はね、私、これを使っているんです」

「……ノートですか?」

「はい!」

表紙には、かわいらしい花のシールが貼られていた。

さくらはページを開き、あなたに見せた。

そこには、仕事で起こりやすいミスと、その対策が簡潔にまとめられていた。

数字の転記ミス。

入力漏れ。

保存忘れ。

確認不足。

それぞれの項目の横に、具体的な防止方法が書かれている。

「新人のころ、私もよく失敗したんですよ」

「……えっ?」

あなたは思わず顔を上げた。

「さくらさんも……?」

「もちろんです!」

さくらは、少し恥ずかしそうに笑った。

「数字を間違えたり、必要な書類を持っていくのを忘れたり……。確認したつもりなのに、全然できていなかったこともありました」

想像できなかった。

いつも落ち着いていて、優しくて、仕事もできるさくら。

そんな彼女にも、失敗を繰り返していた時期があったなんて。

「……意外です」

「ふふっ。そうですか?」

さくらはノートをめくった。

「でも、失敗するたびに、次はどうしたら防げるかなって考えていたんです。それで、気づいたことを書き留めるようになりました」

「……なるほど」

「たとえば、数字の転記なら、入力したあとに元の資料と一行ずつ照合する。入力漏れなら、作業を始める前に必要な項目を一覧にしておく」

さくらは、ページを指で示した。

「一度に全部を完璧にする必要はありません。自分が間違えやすいところを知って、少しずつ対策を増やしていけばいいんです」

あなたは真剣に聞いていた。

これは、ただの励ましではなかった。

実際に失敗を経験してきた人だからこそ、伝えられる言葉だった。

「……さくらさん」

「はい?」

「そのノート、僕も作ってみてもいいですか?」

さくらの顔がぱっと明るくなった。

「もちろんです!」

「今日の失敗を、次に活かしたいです」

あなたは、自分の手元を見つめた。

「失敗したことばかり考えていても、何も変わらないですよね。だから、次は同じ間違いをしないために、ちゃんと対策を考えます」

さくらは、嬉しそうにうなずいた。

「……うん!」

それから、少しだけいたずらっぽい笑顔になった。

「じゃあ、今日から一緒に作戦会議ですね!」

「作戦会議……?」

「はい! 失敗を減らすための作戦です!」

さくらは人差し指を立てた。

「まず、今日のミスを整理する。次に、原因を考える。そして、対策を決める!」

「……なるほど!」

「ふふっ。どうですか? やる気が出てきました?」

あなたは、久しぶりに自然な笑顔を浮かべた。

「……はい!」

その瞬間。

さくらが、ほっとしたような表情を見せた。

「よかった……」

「……え?」

「さっきまで、すごく落ち込んでいたから。少し元気になってくれたみたいで、安心しました」

あなたは、胸がいっぱいになった。

さくらは、自分が思っていた以上に気にかけてくれていた。

失敗を指摘するだけではなく、落ち込んだ心まで心配してくれていた。

ドクン、ドクン。

(……やっぱり、好きだ)

こんなに優しくしてもらったら、もっと好きになってしまう。

それでも。

今は、伝えない。

今はまだ、この気持ちを胸の奥にしまっておく。

あなたは笑顔で答えた。

「……ありがとうございます。午後も頑張ります!」

「はい! 一緒に頑張りましょう!」

さくらは、明るく手を差し出すような仕草をした。

まるで、もう一度立ち上がるために応援してくれているようだった。

あなたは、しっかりとうなずいた。

第六話 午後の再挑戦

午後一時。

あなたは自分のデスクに戻り、新しいノートを開いた。

一番上に、今日の日付を書く。

その下に、午前中の失敗を一つずつ記録していった。

失敗その一:数字の転記ミス。

原因――数字を一桁ずつ確認せず、目で追うだけになっていた。

対策――入力後、元の資料と一行ずつ照合する。

失敗その二:必要項目の入力漏れ。

原因――作業の順番を決めず、思いついた順に入力していた。

対策――作業前に項目一覧を作り、完了したものに印をつける。

書き終えたあなたは、ペンを置いた。

(……よし)

落ち込んでいるだけだった午前中とは違う。

今は、次に何をすればいいのかが見えていた。

あなたは資料を開き、もう一度作業に取りかかった。

一つずつ入力する。

一覧と照合する。

終わった項目に印をつける。

入力した数字は、必ず元の資料と見比べる。

急がない。

焦らない。

自分で決めた手順を守る。

そうして、時間をかけながら、少しずつ作業を進めていった。

午後二時半。

「……できた」

あなたは、完成した報告書を見つめた。

今度は、入力漏れもない。

数字も、すべて一致している。

もちろん、まだ確認は必要だ。

でも、午前中よりもずっと落ち着いて作業ができていた。

「さくらさん!」

あなたは、隣のデスクに声をかけた。

「ちょっと確認していただいてもいいですか?」

さくらは、すぐに顔を上げた。

「はい! 見せてください!」

画面を確認する。

一ページ目。

二ページ目。

三ページ目。

さくらは、丁寧に見直していった。

あなたは、緊張しながら待っていた。

ドクン、ドクン。

(お願い……!)

(今度こそ……!)

そして。

「……うん!」

さくらが顔を上げた。

「きちんとできています!」

「……えっ?」

「数字も合っていますし、必要な項目も全部入力されています。確認も丁寧ですね!」

あなたは、しばらく動けなかった。

「……本当、ですか?」

「本当です!」

さくらは満面の笑みを浮かべた。

「午前中の失敗を、ちゃんと次に活かせていますね!」

その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥が、ぱっと明るくなった。

嬉しい。

本当に、嬉しかった。

「……よかった」

あなたは、思わず笑った。

「よかった……!」

何度も同じ言葉がこぼれた。

さくらは、あなたの様子を見て、くすっと笑った。

「ふふっ。そんなに嬉しいですか?」

「は、はい!」

あなたは正直にうなずいた。

「すごく嬉しいです!」

「よかったですね!」

さくらは、まるで自分のことのように喜んでくれた。

「今日、頑張ってよかったですね!」

ドクン、ドクン、ドクン。

あなたの心臓が、再び大きく鳴った。

(……ああ)

(この笑顔が見たかったんだ)

朝から失敗続きで、何度も落ち込んだ。

自分が情けなくなった。

さくらにがっかりされたのではないかと、怖くなった。

でも、諦めずにもう一度挑戦してよかった。

さくらが励ましてくれたから、立ち直ることができた。

そして今、彼女は自分の成長を喜んでくれている。

「……さくらさん」

あなたは、少し照れながら言った。

「お昼に、話を聞いてくれてありがとうございました」

さくらは、優しく微笑んだ。

「どういたしまして!」

「さくらさんのおかげで、もう一度頑張れました」

その言葉に、さくらは少し驚いたようだった。

そして、照れくさそうに頬を緩めた。

「……そんなふうに言ってもらえると、教育係になってよかったなって思います」

ドクンッ!

(……っ!)

あなたは顔が熱くなるのを感じた。

(だめだ……!)

(今の言葉、嬉しすぎる……!)

さくらは、あなたの赤くなった顔を見て首をかしげた。

「……あれ? また顔が赤くなっていますよ?」

「えっ!?」

「もしかして、まだ緊張しています?」

「そ、それは……!」

言い訳を探そうとした。

けれど、今度は少しだけ違った。

あなたは、恥ずかしそうに笑った。

「……さくらさんに褒めてもらえたので」

言ってしまった。

あまりにも正直な答えだった。

さくらは一瞬、目を丸くした。

それから。

「……ふふっ!」

嬉しそうに笑った。

「もう! そういうことを言われると、私まで照れちゃうじゃないですか!」

「……えっ?」

今度は、あなたが固まる番だった。

さくらは少し頬を赤くしながら、書類を抱え直した。

「と、とにかく! この調子で頑張りましょうね!」

「は、はい!」

さくらは自分の席へ戻っていった。

あなたは、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。

ドクン、ドクン、ドクン。

(……今、さくらさん、照れてた?)

(いや、まさか……)

(僕のせいで……?)

考えれば考えるほど、胸の鼓動が速くなった。

けれど、あなたはまだ知らない。

さくらもまた、あなたの何気ない言葉を、いつもより少しだけ嬉しく感じていたことを。

第七話 帰り道、二人だけの約束

午後五時。

予定していた作業が、ようやくすべて終わった。

あなたはノートを閉じ、デスクの上を片づけた。

今日は本当に長い一日だった。

朝は期待に満ちていた。

午前中は失敗続きで、何度も落ち込んだ。

昼休みには、さくらに本音を打ち明けた。

そして午後は、もう一度挑戦して、少しだけ成長することができた。

疲れた。

けれど、朝よりもずっと、心は軽くなっていた。

「お疲れさまでした!」

さくらが、バッグを持ってやってきた。

「今日も頑張りましたね!」

「……はい。ありがとうございます」

あなたは笑顔で答えた。

さくらは、机の上に置かれたノートに気づいた。

「それ、今日作ったんですか?」

「はい。失敗したところと、次に気をつけることを書いてみました」

「わあ! いいですね!」

さくらは嬉しそうに目を輝かせた。

「これからも、続けていくと役に立つと思いますよ!」

「はい。続けてみます」

あなたはノートを大切にしまった。

そして、少しだけ迷ったあと、口を開いた。

「あの……さくらさん」

「はい?」

「今日、朝は失敗ばかりで……本当に落ち込んでいました」

「……うん」

「でも、さくらさんが話を聞いてくれて、助かりました」

あなたは、まっすぐに彼女を見つめた。

「だから、ありがとうございました」

さくらは、静かにあなたの言葉を聞いていた。

やがて、ふわりと笑った。

「こちらこそ、話してくれてありがとうございます」

「……え?」

「落ち込んでいるときって、無理に元気なふりをしたくなることもありますよね」

さくらは、穏やかな声で続けた。

「でも、困っていることを話してくれたら、一緒に考えられます。だから、これからも遠慮しないでくださいね」

あなたは胸が熱くなった。

「……はい」

「それから!」

さくらは、いつもの明るい表情に戻った。

「今日みたいに失敗しても、何度でも挑戦していいんですからね!」

「……はい!」

「約束ですよ!」

さくらは、小指を立てる代わりに、にっこりと笑って手を差し出した。

「これからも、一緒に頑張りましょう!」

あなたは、その手を見つめた。

そして、笑顔でうなずいた。

「……はい。約束します」

二人で笑い合う。

ただそれだけのことなのに、胸がいっぱいになった。

ドクン、ドクン。

(……やっぱり、好きだな)

あなたは、心の中でつぶやいた。

今日、失敗したことは消えない。

でも、失敗したからこそ、学べたことがある。

落ち込んだからこそ、さくらの優しさに気づけた。

そして、さくらと一緒に頑張ることが、こんなにも心強いのだと知った。

「それじゃあ、帰りましょうか!」

さくらがバッグを肩にかけた。

「はい!」

あなたも立ち上がった。

二人でオフィスを出る。

夕暮れの街を歩きながら、さくらは今日の仕事について話してくれた。

あなたも、少しずつ自然に話せるようになっていた。

まだ緊張はする。

胸だって、相変わらずドキドキする。

けれど、以前よりも少しだけ、素直な自分でいられるようになった。

駅に着くと、さくらが手を振った。

「では、また月曜日ですね!」

「はい! お疲れさまでした!」

さくらが改札へ向かう。

あなたは、その姿を見送った。

そして、ひとりになった瞬間。

「……はあ」

胸に手を当てた。

ドクン、ドクン、ドクン。

「……好きだなあ、さくらさん」

今日も、恋心は秘密のまま。

けれど、あなたは少しだけ自信を持てるようになっていた。

失敗してもいい。

落ち込んでもいい。

大切なのは、そこからもう一度、前を向くこと。

さくらが教えてくれたのは、仕事のやり方だけではなかった。

頑張り続けることの意味も。

誰かに頼ることの大切さも。

そして――。

好きな人の笑顔が、もう一度立ち上がる力になることも。

あなたは空を見上げた。

「……月曜日、もっと頑張ろう」

そうつぶやき、帰り道を歩き始めた。

第3章・エピローグ 教育係のさくらが残した言葉

その夜。

さくらは自宅で、今日の仕事を振り返っていた。

机の上には、温かい飲み物。

そして、職場から持ち帰った小さなメモ帳。

さくらは、今日の出来事を思い出していた。

午前中、何度も失敗して落ち込んでいたあなた。

昼休みに、ぽつりぽつりと本音を話してくれたあなた。

そして午後、もう一度挑戦して、嬉しそうに笑っていたあなた。

「……本当によく頑張っていましたね」

さくらは、誰もいない部屋で小さくつぶやいた。

あなたは、失敗したことを気にしていた。

自分はまだまだだと、落ち込んでいた。

けれど、さくらから見れば、あなたは確実に前へ進んでいた。

失敗から目をそらさず、原因を考え、対策を立て、もう一度挑戦した。

その姿が、さくらには嬉しかった。

「……次に会うときも、頑張っている姿を見られるといいな」

そう言って、さくらは微笑んだ。

一方、そのころ。

あなたも自分の部屋で、今日作ったノートを開いていた。

最後のページに、新しい一文を書き加える。

『失敗しても、諦めない。さくらさんが教えてくれたことを、少しずつ身につけていく。』

書き終えたあなたは、ペンを置いた。

そして、今日のさくらの笑顔を思い出した。

「……次は、もっと成長したところを見せたいな」

胸が鳴る。

ドクン。

「……でも、好きだってことは、まだ秘密だからな」

誰にも聞こえない声で、そうつぶやく。

恋心を隠す日々は、まだ続く。

次にさくらと会うのは月曜日。

あなたは少しだけ楽しみになりながら、ノートを閉じた。

第3章・完。