『教育係のさくらさんには、絶対に恋心を知られてはいけない!』
『教育係のさくらさんには、絶対に恋心を知られてはいけない!』
第2章 バレそうな恋心と、二人きりの特別研修
〜さくらさんの笑顔を見るたび、胸のドキドキが止まらない〜
第一話 月曜日の朝、また会える
月曜日の朝、午前八時四十分。
あなたは会社の入口で、社員証を確認しながら深呼吸していた。
「よし……今日も頑張ろう」
いつもより少し早く家を出たのは、仕事の準備をするため。
……というのは、半分だけ本当だった。
もう半分の理由は、教育係のさくらに会いたかったからだ。
(さくらさん、もう来てるかな……)
考えただけで、胸の奥がむずむずする。
先週、仕事を教えてもらったときのこと。
わからない操作を丁寧に説明してくれたこと。
失敗して落ち込んでいたとき、「大丈夫ですよ」と笑ってくれたこと。
そして、帰り際に「また明日ですね!」と言ってくれたこと。
どれも、あなたにとって大切な思い出になっていた。
(……いやいや!)
あなたは慌てて首を横に振った。
(僕は仕事をしに来たんだ! さくらさんに会うためだけに来たんじゃない!)
自分に言い聞かせ、オフィスの扉を開ける。
すると――。
「あっ! おはようございます!」
聞き慣れた、明るい声。
窓際のデスクでパソコンを起動していたさくらが、あなたに気づいて手を振っていた。
長いピンク色の髪がさらりと揺れる。
髪飾りの白い花が、朝の光を受けて輝いていた。
「おはようございます、さくらさん!」
あなたは笑顔で挨拶した。
その瞬間。
ドクンッ!
(……ああ、やっぱりだ)
胸が大きく跳ねた。
(朝から笑顔がかわいすぎる……!)
さくらは椅子から立ち上がり、あなたのデスクへやってきた。
「先週はお疲れさまでした! お休みはゆっくりできましたか?」
「は、はい! ゆっくりできました!」
「よかった! 今週も一緒に頑張りましょうね!」
「はい!」
ドクン、ドクン、ドクン。
(『一緒に頑張りましょう』って……!)
(そんな笑顔で言われたら、今週ずっと頑張れちゃうじゃないか……!)
あなたは必死に表情を整えた。
さくらに恋をしている。
その事実は、もう自分の中で疑いようがなかった。
ただし、本人に知られるわけにはいかない。
教育係と新人という関係だからこそ、今は仕事をきちんと覚えたい。
さくらに余計な気を遣わせたくない。
そして何より――。
(好きだってバレたら、今までみたいに普通に話せなくなるかもしれない……)
それだけは、絶対に避けたかった。
「それじゃあ、今日の予定を確認しましょうか!」
さくらが資料を手に取る。
「今日は少し難しい業務にも挑戦してもらいますよ!」
「わかりました!」
「ふふっ。頼もしいですね!」
また笑顔。
また鼓動。
ドクンッ!
(……今日も秘密を守り抜くぞ!)
あなたは心の中で、固く決意した。
ところが、その決意は午前中のうちに大きく揺らぐことになる。
第二話 教育係の特別ミッション
午前十時。
あなたは、さくらの隣で資料を確認していた。
今日の課題は、複数の資料を照合して、報告書を作成すること。
今まで習った操作を組み合わせなければならないため、簡単ではない。
「まず、この数字を元の資料と照らし合わせてください」
さくらが画面を指さす。
「そのあと、こちらの表に転記します。最後に、間違いがないか確認しましょう」
「はい!」
あなたは真剣に作業を始めた。
数字を確認し、入力し、もう一度見直す。
少しでも間違いがあれば、報告書の内容が変わってしまう。
だからこそ、慎重に進めなければならない。
「……できました!」
あなたは入力を終え、さくらに画面を見せた。
さくらは真剣な顔で確認する。
「ええと……ここは……」
数秒後。
「うん! きれいにできています!」
「本当ですか?」
「はい! 確認も丁寧ですし、数字も合っています!」
さくらは嬉しそうに笑った。
「先週よりも、ずっと成長していますね!」
ドクンッ!
(また褒められた……!)
あなたは嬉しさを隠そうとした。
しかし、頬がじわじわ熱くなる。
「ありがとうございます……!」
「ふふっ。照れています?」
「えっ!?」
さくらが顔をのぞき込んできた。
距離が近い。
思っていた以上に近い。
(ま、待って! 近いって……!)
あなたはモニターに視線を戻した。
「て、照れてないです!」
「そうですか?」
「はい!」
「でも、お顔が赤いですよ?」
「そ、それは……!」
言い訳が見つからない。
先週も使った「暑いから」という言い訳は、もう使えない。
(どうしよう……!)
さくらは少し考えたあと、ぽんと手を打った。
「もしかして、褒められるのが苦手なんですか?」
「……えっ?」
「頑張ったところを褒められると、恥ずかしくなっちゃうタイプなのかなって!」
「あ……そ、そうかもしれません!」
あなたは、その言葉に飛びついた。
「自分では、まだまだだと思っているので……!」
「なるほど!」
さくらは納得したようにうなずいた。
「でも、できるようになったことは、ちゃんと自信にしていいんですよ?」
その言葉は、思いのほか心に響いた。
「最初から完璧な人なんていません。少しずつ覚えて、少しずつ成長していけばいいんです」
さくらは、優しく微笑んだ。
「私は、あなたが頑張っていることをちゃんと見ていますからね」
ドクン。
今度の鼓動は、いつもより深く響いた。
(……ちゃんと見てくれているんだ)
仕事を覚えようと努力している自分を。
失敗しても、もう一度挑戦しようとしている自分を。
さくらは、きちんと見てくれていた。
嬉しさで胸がいっぱいになる。
「……ありがとうございます、さくらさん」
あなたは、今度は目をそらさずに答えた。
「僕、もっと頑張ります」
さくらは一瞬驚いたように目を丸くし、それから、いつもの笑顔を見せた。
「はい! 期待していますね!」
ドクン、ドクン。
(……好きだ)
(やっぱり、好きだなあ……)
心の中では何度も告白しているのに、現実ではまだ何も伝えられない。
あなたは、そのもどかしさを胸にしまい込んだ。
第三話 お昼休みの隣の席
正午。
午前中の業務を終えたあなたは、社員食堂へ向かおうとしていた。
すると、後ろからさくらが声をかけてきた。
「お昼、もう行きますか?」
「はい、今から行こうと思っています!」
「よかったら、一緒に行きませんか?」
「…………えっ?」
あなたは固まった。
一緒に。
お昼を。
さくらと?
(えええええっ!?)
心の中で大きな悲鳴が上がる。
今まで、仕事中に隣に座ることは何度もあった。
でも、昼休みは別だ。
仕事を教える時間ではない。
二人で食事をするとなれば、仕事以外の話だってするかもしれない。
好きな食べ物。
休日の過ごし方。
趣味。
そんなことを聞かれたら、自分はちゃんと答えられるのだろうか。
「……あれ? もしかして、都合が悪かったですか?」
さくらが不思議そうに尋ねた。
「い、いえ! 全然、大丈夫です!」
「本当? じゃあ、行きましょう!」
さくらは嬉しそうに笑った。
ドクン、ドクン、ドクン!
(落ち着け……!)
(ただ一緒にお昼を食べるだけだ!)
(教育係と新人が一緒に食事をする。それだけ!)
あなたは心の中で何度も繰り返した。
社員食堂に着くと、二人はそれぞれ昼食を選んだ。
そして、窓際のテーブルに向かい合って座った。
「いただきます!」
「いただきます!」
食事が始まる。
最初は仕事の話をしていた。
午前中に覚えた操作について。
午後の予定について。
書類の確認方法について。
ところが、食事が半分ほど進んだころ、さくらがふと尋ねた。
「そういえば、お休みの日って何をしているんですか?」
「えっ?」
予想外の質問だった。
「趣味とか、好きなこととか! まだ仕事の話ばかりですから、少しずつあなたのことも知りたいなって思って」
「ぼ、僕のこと……?」
ドクンッ!
胸が跳ねる。
(さくらさんが……僕のことを知りたい?)
もちろん、教育係として新人のことを知ろうとしているだけかもしれない。
そう考えるのが自然だ。
でも、好きな人から「あなたのことを知りたい」と言われると、どうしても特別な意味を考えてしまう。
「えっと……休日は、本を読んだり、ゆっくり過ごしたりすることが多いです」
「そうなんですね!」
さくらは興味深そうにうなずいた。
「どんな本を読むんですか?」
「ミステリーとか、冒険ものとか……」
「わあ、面白そう! 私も謎解きのお話、好きなんですよ!」
「本当ですか?」
「はい! 先が気になって、ついつい夜更かししちゃうこともあります!」
さくらは楽しそうに笑った。
「犯人がわかったときに、『やっぱり!』ってなるのが好きなんです」
「わかります! 伏線がつながると、すごく嬉しいですよね!」
思わず、いつもより大きな声が出た。
さくらが目を丸くする。
あなたは慌てて口を閉じた。
(あっ……! ちょっと興奮しすぎた……!)
しかし、さくらは嬉しそうだった。
「ふふっ。今の、すごく楽しそうでしたね!」
「す、すみません……!」
「どうして謝るんですか? 好きなことのお話をしてくれるの、嬉しいですよ!」
さくらは、にこにこしながら言った。
「仕事中とは違う一面が見られました!」
その言葉に、あなたの心臓がまた跳ねた。
ドクン、ドクン。
(仕事中とは違う一面……)
(さくらさん、僕のことをちゃんと見てくれているんだ……)
今まで、さくらと話すときは緊張してばかりだった。
何を言えばいいのか考えすぎて、自然に話すことさえ難しかった。
けれど、好きな本の話をしているときは、少しだけ違った。
さくらが笑ってくれる。
自分の話に興味を持ってくれる。
同じ趣味で盛り上がれる。
その時間が、とても楽しかった。
「……さくらさんと話すの、楽しいです」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
言ってから、あなたはハッとした。
(しまった……!)
(今の、ちょっと意味深じゃないか!?)
ところが、さくらは驚くどころか、満面の笑顔を見せた。
「私もですよ!」
ドクンッ!
「これからも、いろいろお話ししましょうね!」
「……はい!」
あなたは嬉しさを隠しきれず、笑顔でうなずいた。
その日のお昼休みは、あっという間に終わった。
そして、あなたの胸には新しい悩みが生まれていた。
(……もっと話したい)
(もっと、さくらさんのことを知りたい)
(でも、好きだってバレたら……!)
あなたは頭を抱えた。
恋心を隠すために距離を取ろうとすると、寂しくなる。
近づこうとすると、胸がドキドキして何もできなくなる。
どうやら、この恋は思っていた以上に難しいらしい。
第四話 突然の雨と、一本の傘
午後五時半。
その日の仕事が終わり、あなたは帰る準備をしていた。
窓の外を見ると、空はいつの間にか暗くなっていた。
そして、雨が降り始めていた。
「……あれ、雨?」
あなたは窓に近づいた。
かなり強く降っている。
傘は持ってきていなかった。
(困ったな……)
駅までは歩いて十分ほど。
走れば何とかなるかもしれないが、せっかく覚えた仕事の資料を濡らしたくない。
どうしようかと悩んでいると、背後から声がした。
「傘、持ってきていないんですか?」
振り返ると、さくらが立っていた。
「はい……。朝は晴れていたので、油断しました」
「そうなんですね」
さくらは自分のバッグを開けた。
中から、折りたたみ傘を取り出す。
「よかったら、一緒に駅まで行きませんか?」
「……えっ?」
あなたは、再び固まった。
「私の傘、少し大きめなので、二人でも入れると思いますよ!」
さくらは傘を広げてみせた。
(……二人で?)
(さくらさんと、同じ傘に……?)
ドクンッ!
心臓が跳ねる。
一緒に歩く。
同じ傘に入る。
肩が近くなるかもしれない。
会話だって、二人きりで続くかもしれない。
想像するだけで、胸が落ち着かなくなった。
「……あ、ありがとうございます。でも、さくらさんが濡れてしまうんじゃ……」
「大丈夫ですよ!」
さくらは笑顔で答えた。
「せっかく一緒に帰るんですから、遠慮しないでください!」
その言葉に、あなたはとうとう断れなくなった。
「……では、お言葉に甘えて」
「はい!」
二人は並んで、会社の玄関を出た。
傘の上で、雨粒がぱらぱらと音を立てる。
街灯の光が、濡れた道路に反射していた。
さくらは傘をあなたのほうへ少し傾けた。
「こちら側、濡れていませんか?」
「だ、大丈夫です!」
「本当ですか? もう少しこっちに入ってください」
さくらが傘を持ち直す。
自然と、二人の距離が近くなった。
ドクン、ドクン、ドクン。
(近い……!)
(さくらさんが、すぐ隣にいる……!)
あなたは前を向いたまま、必死に平静を保った。
すると、さくらがふと口を開いた。
「……あの」
「は、はい!」
「私と一緒にいると、やっぱり緊張しますか?」
「…………!」
あなたの足が止まりそうになった。
(な、何で今、その質問を……!?)
さくらは、雨の向こうを見ながら続けた。
「最初に会ったときから、ちょっと緊張しているように見えたので」
「そ、それは……」
「私、怖い先輩に見えるのかなって、少し気になっていたんです」
「違います!」
あなたは、思わず強く否定していた。
さくらが驚いてこちらを見る。
あなたは、自分でも驚くほど真剣な声で続けた。
「さくらさんは、全然怖くないです!」
「……そうですか?」
「はい! いつも優しく教えてくれますし、失敗しても怒らずに一緒に考えてくれますし……」
言葉が次々に出てきた。
「僕、さくらさんに教育係を担当してもらえて、本当によかったと思っています」
言い終わったあと、あなたは気づいた。
少し、素直になりすぎたかもしれない。
でも、今の言葉は本心だった。
さくらはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その声は、いつもより少し柔らかかった。
「そんなふうに思ってもらえて、私も嬉しいです」
ドクン。
あなたの胸が鳴る。
雨の音が、二人の沈黙を優しく包み込んだ。
しばらく歩いたあと、さくらが明るい声で言った。
「じゃあ、これからはもっと気軽に話しかけてくださいね!」
「……はい!」
「仕事のことでも、趣味のことでも、何でも大丈夫ですから!」
「わかりました!」
あなたは笑顔で答えた。
そのとき、駅の入口が見えてきた。
「着きましたね!」
さくらは傘を閉じながら言った。
「今日は一緒に帰れてよかったです!」
「……えっ?」
「雨が降らなかったら、別々に帰っていたでしょう?」
さくらは、いたずらっぽく笑った。
「だから、雨にも感謝ですね!」
あなたは思わず笑ってしまった。
「……そうですね!」
二人で笑う。
ただ、それだけのことなのに。
あなたにとっては、忘れられない時間になった。
別れ際、さくらが手を振った。
「それじゃあ、また明日! 気をつけて帰ってくださいね!」
「はい! さくらさんも!」
さくらが改札の向こうへ歩いていく。
あなたは、その姿が見えなくなるまで見送った。
そして、ひとりになった瞬間。
「…………はあああ……」
大きく息を吐いた。
ドクン、ドクン、ドクン。
まだ胸がドキドキしている。
「……好きだなあ」
雨の降る駅前で、あなたは小さくつぶやいた。
今日一日で、さくらのことをもっと好きになってしまった。
でも、後悔はしていなかった。
第五話 翌朝、さくらが見せた表情
翌朝。
あなたは少し眠そうな顔でオフィスに入った。
昨夜は、なかなか寝つけなかった。
原因はもちろん、昨日の帰り道だ。
さくらと一緒に傘に入ったこと。
趣味の話で笑い合えたこと。
そして、「一緒に帰れてよかった」と言ってくれたこと。
思い出すたびに胸がドキドキして、なかなか眠れなかったのだ。
(……だめだ)
(今日は絶対に、普通に接しよう)
あなたは深呼吸して、自分の席へ向かった。
すると。
「おはようございます!」
さくらが笑顔で手を振った。
「おはようございます、さくらさん!」
あなたも挨拶を返した。
しかし、その直後。
さくらはあなたの顔をじっと見つめた。
「……あれ?」
「えっ?」
「今日は、ちょっと眠そうですね?」
「そ、そうですか?」
「はい! 昨日、ちゃんと眠れました?」
(うっ……!)
あなたは目をそらした。
「ね、眠れましたよ!」
「本当ですか?」
「本当です!」
さくらは少し考えたあと、にっこり笑った。
「それならよかったです!」
そして、あなたのデスクに小さな包みを置いた。
「……え?」
「これ、よかったらどうぞ!」
包みの中には、個包装のお菓子が入っていた。
「昨日、一緒に帰ったときに、頑張り屋さんだなって思ったので!」
「……えっ!?」
「いつも頑張っているご褒美です!」
さくらは、照れくさそうに笑った。
「もちろん、無理はしないでくださいね?」
あなたは、しばらく言葉が出なかった。
自分のことを気にかけてくれた。
わざわざ、お菓子まで用意してくれた。
その優しさが、胸にじんわりと染み込んでくる。
ドクン、ドクン、ドクン。
(……どうしよう)
(嬉しすぎる……)
「……ありがとうございます、さくらさん」
ようやく、それだけ言えた。
「大切にいただきます」
「ふふっ。食べてくださいね。大切にしまい込まなくてもいいですから!」
さくらは楽しそうに笑った。
あなたも、つられて笑った。
「……はい!」
さくらが自分の席に戻っていく。
あなたは、机の上の小さな包みを見つめた。
もちろん、ただのお菓子だ。
教育係が新人を気遣ってくれただけ。
それ以上の意味があるとは限らない。
わかっている。
わかっているのに。
(……今日も頑張ろう)
あなたは包みをそっと机の端に置いた。
(さくらさんが見ていてくれるなら、もっと成長したい)
恋心を隠すために始めた努力。
それはいつの間にか、さくらに認めてもらうための努力になっていた。
そして、あなたはまだ知らない。
さくらが自分の席で、同僚に小さく話しかけていたことを。
「ねえ、最近、あの子が少しずつ笑ってくれるようになったんです」
「へえ、教育係として嬉しいんじゃない?」
「はい!」
さくらは嬉しそうにうなずいた。
「最初はすごく緊張しているみたいだったから、私も心配だったんです。でも最近は、少しずつ自分から話してくれるようになって……」
そこで、さくらはあなたのほうを見た。
あなたは、真剣に仕事をしている。
その横顔を見て、さくらはふっと微笑んだ。
「……もっと、いろいろお話しできるようになるといいな」
その言葉の意味を、あなたはまだ知らない。
ただ、今日もさくらの笑顔を見るたびに。
ドクン、ドクン、ドクン。
あなたの胸は、隠しきれない恋心を抱えながら、幸せそうに鳴り続けるのだった。
第2章・終幕 秘密は、まだ守られている
退勤時間。
あなたはデスクを片づけながら、今日一日を振り返っていた。
さくらと仕事をした。
お昼に趣味の話をした。
雨の中、一緒に帰った。
そして今朝は、お菓子までくれた。
一つひとつは、小さな出来事だ。
でも、あなたにとっては、どれも大切な思い出だった。
(……明日も、頑張ろう)
そう思っていると、さくらが声をかけてきた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさまです、さくらさん!」
「今日もよく頑張りましたね!」
「ありがとうございます!」
さくらは笑顔でうなずいた。
「それじゃあ、また明日!」
「はい! また明日!」
さくらが手を振る。
あなたも手を振り返す。
そして、さくらが出口へ向かったあと。
あなたは、胸元にそっと手を当てた。
ドクン、ドクン。
「……明日も会えるんだ」
小さくつぶやき、微笑んだ。
恋心は、まだ秘密。
さくらには、まだ知られていない。
……少なくとも、あなたはそう信じている。
しかし、オフィスを出たさくらは、ふと立ち止まっていた。
そして、今日あなたが見せた笑顔を思い出し、頬を緩めた。
「……本当に、素直で一生懸命な人ですね」
さくらは小さく笑うと、夜の街へ歩き出した。
二人の気持ちは、まだ交わらない。
けれど、少しずつ、確実に。
二人の距離は近づき始めていた。
第2章・完。