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「久しぶりの休日と、偶然見つけたさくらさん」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「久しぶりの休日と、偶然見つけたさくらさん」

第一話 今日は、何もしなくていい日

「……よしっ!」

朝、目覚まし時計を止めたあなたは、勢いよく布団から起き上がった。

今日は休暇。

仕事もない。会議もない。大量の書類もない。誰かの相談に乗る必要もなければ、さくらさんの隣で平静を装う必要もない。

そう。

今日は、さくらさんの顔を見てドキドキすることもないのだ!

「……最高の休日じゃないか」

思わず笑みがこぼれた。

「今日は好きなことをして、好きなものを食べて、好きな場所に行く。仕事のことは一切考えない!」

あなたは自分にそう宣言すると、さっそく出かける準備を始めた。

最初に向かったのは、以前から気になっていた喫茶店だった。

落ち着いた店内。窓際の席。香りのいいコーヒー。

「……ああ、幸せだ」

あなたはコーヒーを一口飲み、深く息を吐いた。

普段は仕事の合間に飲むコーヒーも、休日にゆっくり味わうと格別だった。

その後は書店に立ち寄り、気になっていた本を購入。

さらに、雑貨店で小さな置物を眺め、昼食には以前から食べたかった料理を注文した。

「これだよ、これ! こういう休日が欲しかったんだ!」

誰に聞かせるでもなく、あなたは満足げにうなずいた。

会社では、困っている社員がいれば放っておけない。

仕事が残っていれば、ついつい手伝ってしまう。

さくらさんの仕事が多ければ、気づかれないように書類を整理してしまうことだってある。

そんなあなたにとって、何も気にせず過ごせる休日は貴重だった。

「……明日からまた頑張ろう」

そうつぶやき、あなたは次の目的地へ向かった。

まさか、その先で。

一番会いたくて、一番会うのが怖い人に出会うなんて、思いもしなかった。

第二話 「……あれ? あなた?」

午後。

あなたは駅前の商業施設を歩いていた。

目的は、趣味の店巡り。

仕事用の服ではなく、今日は気楽な私服。普段よりも表情も柔らかく、歩く速度もゆっくりだ。

「さて、次はどこに行こうかな……」

そのときだった。

「……あれ?」

背後から、聞き慣れた女性の声がした。

「もしかして……あなたですか?」

「…………え?」

聞き覚えのある声。

優しくて、落ち着いていて。

仕事中、何度も聞いてきた声。

あなたは、恐る恐る振り返った。

そこには――。

「こんにちは。こんなところでお会いするなんて、偶然ですね」

柔らかな笑顔を浮かべた、さくらさんが立っていた。

「…………」

「……あなた?」

「…………さ、さくらさん?」

「はい。そうですよ?」

にこっ。

さくらさんは、いつも会社で見るのと同じ笑顔だった。

ただし、今日はスーツ姿ではない。

落ち着いた色合いの私服に身を包み、髪もいつもより少し柔らかくまとめられている。

あなたは一瞬、言葉を失った。

(待って。なんで?)

(なんで、さくらさんがここにいるんだ!?)

(今日は休暇だぞ!? 会社の外だぞ!? しかも私服だぞ!?)

(……いや、私服なのは当たり前だろ! 何を考えてるんだ僕は!)

心の中で一人ツッコミを繰り返す。

その間にも、さくらさんは不思議そうにあなたを見ていた。

「今日はお休みですか?」

「は、はい! そうなんです!」

「ふふっ。私も今日はお休みなんです」

「そ、そうなんですね!」

(知りたくなかったような、知れて嬉しいような……!)

(いや、嬉しいって何だ! 落ち着け!)

あなたは必死に平静を保った。

すると、さくらさんがあなたの手元に目を向けた。

「お買い物をされていたんですか?」

「あ、はい。ちょっと趣味の店を回っていて……」

「そうなんですね。普段、会社では忙しそうにされていますから、今日はゆっくりできているようで安心しました」

「……え?」

思いがけない言葉だった。

さくらさんは、穏やかな表情で続ける。

「いつも皆さんのお手伝いをされていますよね。ご自分のお仕事もあるのに、他の方のことまで気にかけていらっしゃるので」

「い、いえ! 僕は別に、そんな大したことは……」

「いいえ。私はちゃんと見ていますよ」

「…………っ!」

(やめてください!)

(そんな優しい顔で言われたら、僕の心臓がもちません!)

ドクンッ。

あなたは、思わず視線をそらした。

さくらさんは小さく首をかしげたものの、それ以上は追及しなかった。

そして、少しだけ遠慮がちに尋ねた。

「……もしよろしければ、このあと少し、ご一緒してもいいですか?」

「…………えっ?」

「もちろん、ご予定があれば無理にとは言いませんけれど」

「い、いえ! 予定は……ありません!」

即答だった。

あまりにも即答だった。

さくらさんが、きょとんとする。

「ふふっ。よかったです」

(しまったあああああ!)

(即答しすぎた! 絶対に変だった!)

あなたは心の中で頭を抱えた。

しかし、さくらさんは楽しそうに微笑んでいた。

第三話 二人きりの休日散歩

「では、少し歩きましょうか」

「は、はい!」

二人は並んで歩き始めた。

会社では何度も隣に並んだことがある。

書類を確認するときも、会議に向かうときも、帰り道を一緒に歩いたことだってある。

なのに。

今日は、何もかもが違った。

仕事の話をする必要はない。

教育係と部下という立場を意識する必要もない。

ただ、休日に偶然出会った二人として歩いている。

(……いや、待て)

(これって、周りから見たら……)

あなたはちらりと隣を見た。

さくらさんは、ショーウィンドウに並んだ小物を楽しそうに眺めていた。

「このお店、かわいいですね」

「そ、そうですね」

「こういう小物、好きなんです。見ているだけでも楽しくなりますよね」

「……はい」

(かわいい)

(いや、お店が! お店がかわいいって話だ!)

(さくらさんがかわいいとか、そんなことは一切……)

さくらさんが振り返った。

「……どうかしましたか?」

「な、何でもありません!」

「そうですか?」

にこっ。

(その笑顔は反則です……!)

あなたは慌てて前を向いた。

しばらく歩いていると、さくらさんがふと口を開いた。

「実は私、今日は一人でゆっくり過ごそうと思っていたんです」

「そうだったんですね」

「はい。最近は仕事のことばかり考えてしまっていたので、少し気分転換をしたくて」

「……分かります。僕も今日は、仕事のことを忘れようと思っていました」

「ふふっ。では、目的は同じですね」

さくらさんは嬉しそうに笑った。

「今日は、お互いに仕事の話は禁止にしましょうか」

「賛成です!」

「では、仕事の相談も禁止です」

「……えっ」

「あなた、休みの日でも誰かに頼られたら、つい手伝ってしまいそうですから」

「うっ……」

図星だった。

「今日は、あなたも自分のために時間を使ってくださいね」

「……はい」

さくらさんの言葉は、いつもより少しだけ優しく聞こえた。

あなたは胸の奥が温かくなるのを感じた。

(……ああ)

(やっぱり、この人が好きなんだな)

心の中でそう思った瞬間。

ドクンッ。

(……危ない危ない!)

あなたは慌てて別のことを考えた。

第四話 カフェで起きた緊急事態

歩き疲れた二人は、近くのカフェに入った。

窓際の席に向かい合って座り、それぞれ飲み物を注文する。

「今日は、いつもと違うあなたが見られて新鮮です」

「えっ?」

「会社では、いつも真剣な表情をされていますから」

「そ、そうですか?」

「はい。今日は少しリラックスされているように見えます」

さくらさんは、コーヒーを一口飲んだ。

「……私は、こういうあなたも素敵だと思いますよ」

「…………」

時間が止まった。

いや、止まっていない。

店内では普通に音楽が流れているし、隣の席では楽しそうな会話が聞こえている。

なのに、あなたの頭の中だけが完全に停止した。

(素敵……?)

(今、素敵って言った?)

(僕に?)

(さくらさんが?)

ドクンッ!

ドクンッ!

ドクンッ!

「……あ、あの、さくらさん?」

「はい?」

「そ、その……今のは……」

「今の、ですか?」

さくらさんは少し考えてから、ふわりと笑った。

「いつも頑張っていらっしゃるので、休日くらいは自然体でいてほしい、という意味ですよ」

「そ、そうですよね! はい! 分かりました!」

(危なかった……!)

(いや、別に危なくない! 僕が勝手に動揺してるだけだ!)

あなたは冷静さを取り戻そうと、コーヒーを口に運んだ。

しかし、その直後。

「……それに」

「はい?」

「二人でこうしてお話しするのも、私は楽しいです」

ゴトッ。

あなたの手から、スプーンがテーブルに落ちた。

「……あなた?」

「だ、大丈夫です! スプーンがちょっと!」

「ふふっ。慌てなくても大丈夫ですよ」

さくらさんは笑いながら、落ちたスプーンを店員にお願いして交換してもらった。

そして、少しだけ頬を緩めて言った。

「今日は、あなたと偶然お会いできてよかったです」

あなたは、もう何も言えなかった。

(……僕の休日)

(平穏に終わる予定だったのに……)

(どうして、こんなに幸せなんだ……)

第五話 さくらさんの小さなお願い

カフェを出るころには、夕方が近づいていた。

「今日はありがとうございました」

あなたがそう言うと、さくらさんは少し驚いた顔をした。

「こちらこそ。突然お声をかけてしまって、すみませんでした」

「い、いえ! 全然そんなことは!」

「ふふっ。なら、よかったです」

駅へ向かう途中、さくらさんが立ち止まった。

「……あの、あなた」

「はい?」

「今日は、とても楽しかったです」

「…………!」

「また、こうして休日にお会いできたら嬉しいですね」

あなたの心臓が、再び大きく跳ねた。

ドクンッ。

ドクンッ。

(また……?)

(また二人で……?)

(いや、落ち着け! これは偶然だ! 次も偶然会うとは限らない!)

あなたは頭の中で必死に自分を落ち着かせた。

そして、なんとか笑顔を作る。

「……はい。僕も、楽しかったです」

その返事を聞いたさくらさんは、どこか安心したように微笑んだ。

「よかったです。それでは、また明日、会社で」

「はい! また明日!」

さくらさんは軽く手を振り、駅の改札へ向かっていった。

あなたは、その後ろ姿を見送った。

そして、さくらさんの姿が見えなくなった瞬間――。

「…………」

あなたは近くの柱の陰に移動した。

「……あああああああああっ!!」

声を抑えながら、頭を抱える。

「何なんだ今日の休日はああああっ!!」

(私服のさくらさん!)

(休日のさくらさん!)

(自然体の僕が素敵って何!?)

(また会えたら嬉しいって何!?)

(……いや、嬉しいのは僕も同じだけど!)

あなたは柱に額を軽く当てた。

「……明日、どんな顔で会えばいいんだ……」

そのとき、スマートフォンが震えた。

画面を見ると、さくらさんからメッセージが届いていた。

『今日はありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね。明日、またお会いできるのを楽しみにしています』

「…………」

あなたは静かにスマートフォンを胸元に引き寄せた。

「……反則だろ、これ」

顔が熱い。

心臓がうるさい。

けれど、口元はどうしても緩んでしまう。

「……明日も、頑張ろう」

そうつぶやいて、あなたは帰路についた。

第六話 翌朝、教育係のさくらさん

翌朝。

あなたは、いつもより少し早く出社した。

(よし。今日は普通に挨拶する)

(昨日のことは忘れる)

(休日に偶然会っただけだ)

(僕は冷静。僕は平常心。僕は……)

「おはようございます」

「お、おはようございます!」

隣の席に座ったさくらさんが、あなたに微笑みかけた。

「昨日はよく眠れましたか?」

「……っ!?」

(昨日!?)

(いきなり昨日の話!?)

「は、はい! よく眠れました!」

「ふふっ。よかったです」

さくらさんはパソコンを立ち上げながら、何気ない調子で続けた。

「私は、昨日のことを思い出していたら、少し楽しい気分になってしまって。いつもより早く目が覚めたんです」

「…………」

(待って)

(待ってください)

(それは、どういう意味ですか!?)

あなたが固まっていると、さくらさんはそっと顔を近づけた。

「……また、あのお店にも行ってみたいですね」

「…………っ!」

ドクンッ!!

あなたは、机の下でこっそり拳を握った。

(だめだ)

(今日も、平穏な一日にはならない……!)

さくらさんは何も知らないような顔で、書類をあなたの机に置いた。

「では、今日もよろしくお願いしますね」

「……は、はい!」

さくらさんは仕事へ戻っていく。

その横顔を見ながら、あなたは心の中で誓った。

(教育係のさくらさんには、恋心を知られてはいけない)

(……絶対に)

その一方で。

さくらさんはパソコンの画面を見つめながら、ほんの少しだけ口元を緩めていた。

(昨日のあなた、とても楽しそうでしたね)

(……また、ご一緒できたらいいな)

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で。

「……ふふっ」

さくらさんは、そっと微笑んだのだった。

――あなたの恋心は、今日も隠し通せるのだろうか。

それとも、昨日の休日がきっかけで、さくらさんとの距離は少しずつ縮まっていくのだろうか。