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「紛失した企画書と、専務室に押し寄せる救援要請。僕の心臓は今日一日もたない」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「紛失した企画書と、専務室に押し寄せる救援要請。僕の心臓は今日一日もたない」

朝。

あなたは専務室へと向かっていた。

昨日は昇進して初めての専務としての仕事を終え、なんとか一日を乗り切った。

そして今日も、新しい一日が始まる。

あなた「……よし。今日も一日、頑張ろう」

専務室の扉を開け、いつものように自分の席へ向かう。

鞄を置き、椅子に座り、パソコンの電源を入れる。

あなた「まずは昨日の続きの確認。それから各部署の報告書を読んで……うん、今日も順調にいけそうだ」

そう。

あなたは専務になった。

仕事も順調。

社員たちからの信頼もある。

そして何より、今日もさくらさんと一緒に仕事ができる。

……いや。

あなた「……さくらさんと仕事ができる、か」

思わず小さく呟いてしまう。

あなた「いやいやいや! 違う! 仕事だ! 仕事をするんだ! 僕は専務! 専務として冷静に……!」

自分の頬を軽く叩き、気持ちを切り替えた。

あなた「よし!」

パソコンの画面を開き、マウスに手を伸ばした、その瞬間。

コンコン!

あなた「ん?」

コンコンコンコン!

あなた「……え、ちょっと待って。ノックの回数、多くない?」

扉の向こうから、慌てた声が聞こえた。

美咲「専務! いらっしゃいますか!?」

あなた「美咲さん? はい、いますよ。どうぞ!」

ガチャッ!

扉が開いた。

そこにいたのは、美咲さん。

そして、その後ろには数人の社員たちがいた。

全員、なぜか青ざめた顔をしている。

あなた「……えーと?」

美咲「専務……大変なんです!」

社員A「助けてください!」

社員B「本当に困っているんです!」

社員C「このままじゃ、今日の会議に間に合いません!」

あなた「ちょ、ちょっと待ってください! 一人ずつ! 何があったんですか!?」

美咲さんは手に持っていたファイルをぎゅっと握りしめた。

美咲「昨日まで、私たちが企画していた新規プロジェクトの書類が……なくなってしまったんです」

あなた「……え?」

社員A「昨日の夕方までは、確かにあったんです!」

社員B「今日の朝、最終確認をしようとしたら、どこにもなくて……!」

社員C「共有フォルダも確認しました。印刷した資料も、保管棚も、全部探したんです!」

美咲「でも、見つからないんです……!」

あなた「なるほど……」

あなたは一度、深呼吸した。

そして、専務としての表情に切り替える。

あなた「分かりました。まず、落ち着きましょう。誰かが持ち出したと決めつけるのはまだ早いです」

社員たち「……!」

あなた「最後に書類を確認した時間、保存した場所、印刷した部数。それを順番に整理しましょう。僕も一緒に探します」

美咲「専務……ありがとうございます!」

あなた「いえ。困ったときはお互いさまですから」

社員たちの顔に、少しずつ安心が戻ってきた。

あなた「それじゃ、捜索開始です!」

社員たち「はい!」

……こうして。

あなたの予定していた朝の作業は、開始からわずか数分で吹き飛んだ。

1.専務室、臨時捜索本部になる

あなた「まずは昨日の作業場所を確認しましょう。美咲さん、最後に書類を見たのは?」

美咲「昨日の午後五時ごろです。企画会議のあと、修正した資料を印刷して……」

あなた「そのあと、どこに?」

美咲「会議室で最終確認をして、いったん自分のデスクに戻りました」

あなた「よし。では、その経路を順番に確認しましょう」

あなたはホワイトボードを引っ張り出し、情報を整理し始めた。

最後に確認した時間。

書類を持っていた人。

印刷した場所。

共有フォルダの保存先。

社員たちは、それぞれの記憶をたどっていく。

すると、ひとつ気になることが出てきた。

社員A「そういえば、昨日、修正前の資料も一緒に印刷してしまったんですよ」

あなた「修正前の資料?」

社員A「はい。最新版と古い版が、同じファイル名だったんです」

あなた「……なるほど」

あなたはホワイトボードに書き込んだ。

あなた「つまり、最新版と修正版、それから修正前の資料が混ざっている可能性があるわけですね」

美咲「でも、印刷した資料自体が見つからないんです」

あなた「では、印刷したあとに誰がどこへ持っていったのか、もう一度確認しましょう」

そこへ。

コンコン。

あなた「はい?」

扉が開いた。

さくら「失礼いたします。……皆さん、こちらにいらしたんですね」

あなた「さ、さくらさん!?」

心臓が跳ねた。

ドクンッ!

さくらさんは、いつもの落ち着いた笑顔で入ってきた。

さくら「朝から皆さんの姿が見えなかったので、何かあったのかと思いまして。どうかなさいましたか?」

美咲「実は、昨日まで企画していた書類が見つからなくて……」

さくら「そうだったんですね」

彼女は状況を聞くと、すぐに頷いた。

さくら「私もお手伝いいたします。昨日、会議室の片付けを少しお手伝いしましたので、何か思い出せるかもしれません」

あなた「ありがとうございます。助かります」

さくら「いえ。専務も、朝から大変ですね」

あなた「い、いえ! これくらい、どうってことありません!」

さくら「ふふっ。頼もしいですね」

ドクンッ!!

あなた(やめてください!!)

あなた(朝からその笑顔は反則です!!)

あなた(僕は今、専務として社員の危機を救わなきゃいけないんです! 恋心で業務を停止させるわけにはいかないんです!!)

あなたは必死に平静を装った。

しかし。

さくら「それでは、私はこちらの棚を確認しますね」

あなた「は、はい!」

さくら「専務は、会議室の資料を確認していただけますか?」

あなた「もちろんです!」

さくら「ありがとうございます」

にこっ。

あなた(ああああああああああ!!)

あなた(今日もかわいい!!)

あなた(仕事!! 仕事に集中!!)

あなたは心の中で叫びながら、資料の確認を再開した。

2.触れてしまった手と、停止する専務

専務室だけでは見つからず、あなたたちは隣の資料保管室へ移動した。

棚には、過去の企画書や会議資料がきれいに並んでいる。

あなた「最新版は昨日の午後に印刷したんですよね?」

美咲「はい。表紙に青い付箋を貼ったはずです」

あなた「青い付箋……分かりました。上の棚も確認してみます」

あなたは棚の上段へ手を伸ばした。

そのとき。

さくら「専務、こちらにも似たファイルがありますよ」

あなた「あ、本当ですか?」

あなたは振り返り、さくらさんの差し出したファイルに手を伸ばした。

そして。

指先が、触れた。

あなた「…………」

さくら「…………」

ほんの一瞬。

本当に、ほんの一瞬だった。

しかし、あなたにとっては違った。

ドクンッ!!

あなた(えっ)

ドクンッ! ドクンッ!!

あなた(今、触れた!?)

ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!!

あなた(さくらさんの手に!? 僕の手が!?)

さくら「……専務?」

あなた「は、はいっ!?」

声が裏返った。

さくら「大丈夫ですか? お顔が赤いようですが……」

あなた「だ、大丈夫です! 室内が少し暑いだけです!」

さくら「そうでしょうか? 空調は効いていると思いますけれど……」

あなた「気のせいです! 気のせい!」

さくら「……?」

さくらさんは首を傾げながらも、心配そうにあなたを見つめている。

さくら「無理はなさらないでくださいね。専務になられたばかりですし」

あなた「は、はい……」

さくら「何かあったら、私にも頼ってください」

あなた「…………」

ドクン。

あなた(好きです)

ドクン。

あなた(本当に好きです)

ドクンッ!!

あなた(でも言えません!!)

あなたは受け取ったファイルを胸元に抱え、必死に平常心を保とうとした。

その様子を見ていた美咲さんが、不思議そうに尋ねる。

美咲「専務? そのファイル、確認しなくて大丈夫ですか?」

あなた「……あっ!」

あなた(しまった! 完全に停止していた!)

あなた「か、確認します! もちろんです!」

社員A「専務、さっきから少し様子がおかしくありませんか?」

あなた「正常です!」

社員B「即答ですね……」

さくら「ふふっ。専務は、責任感がお強いですから」

あなた(さくらさん!! フォローしてくださるのは嬉しいですけど!!)

あなた(今の僕に優しくしないでください!! 心臓がもちません!!)

もちろん、そんなことを口にできるはずもなかった。

3.消えた書類の正体

それから三十分。

あなたたちは資料保管室、会議室、印刷室を順番に確認した。

しかし、目的の書類は見つからない。

社員たちの表情も、再び暗くなり始めていた。

社員B「もう、どこにもないですね……」

美咲「どうしよう……。午後の会議で使うのに……」

あなた「……待ってください」

あなたは、ホワイトボードに書いた情報をもう一度見つめた。

最後に印刷したのは午後五時。

その後、会議室で確認。

そして、修正前の資料も同時に印刷していた。

あなた「……美咲さん。昨日、印刷室で使ったプリンターは、どちらですか?」

美咲「え? 奥の大型プリンターです」

あなた「それで、印刷した資料はすぐに回収しましたか?」

美咲「はい。ただ、何枚か印刷が遅れて出てきたので、全部そろったかは……」

あなた「なるほど」

あなたはすぐに印刷室へ向かった。

プリンターの横には、仕分け用のトレーがいくつか置かれている。

あなた「ここですね」

さくら「専務、何かお気づきになったんですか?」

あなた「ええ。印刷したあと、資料が別のトレーに分かれてしまった可能性があります」

あなたはトレーを一つずつ確認した。

一つ目。

別部署の会議資料。

二つ目。

社内研修の案内。

三つ目。

古い企画書。

そして、四つ目。

あなた「……ありました」

美咲「えっ!?」

社員たち「本当ですか!?」

あなたが取り出したのは、青い付箋の貼られたファイルだった。

美咲「それです! その表紙です!」

あなた「よかった……!」

社員A「どうして、こんなところに……?」

あなた「おそらく、印刷が遅れて出てきた分が、別のトレーに入ってしまったんでしょう。昨日の資料を整理した方が、別部署の書類と一緒にまとめた可能性もあります」

さくら「なるほど。だから、保管棚にも会議室にもなかったんですね」

あなた「はい。念のため、中身も確認しましょう」

美咲さんがファイルを開き、ページを一枚ずつ確認していく。

美咲「……全部あります!」

社員B「よかったあああ!」

社員C「これで午後の会議に間に合います!」

美咲さんは、ほっとした表情であなたに頭を下げた。

美咲「専務、本当にありがとうございました!」

あなた「いえ。皆さんが昨日まで頑張って準備した企画ですから。無事に見つかってよかったです」

社員A「専務がいなかったら、私たち、もう一度全部作り直すところでした」

あなた「それは大変ですね……。でも、次からは印刷後の確認と保管場所の共有を徹底しましょう。今回の件を仕組みで防げるようにすればいいんです」

社員たち「はい!」

さくらさんも、あなたの隣で微笑んだ。

さくら「さすがですね、専務。問題を解決するだけではなく、次に同じことが起きないように考えていらっしゃるんですね」

あなた「い、いえ……。皆さんが協力してくださったおかげです」

さくら「謙虚なところも、素敵だと思います」

あなた「…………」

ドクンッ。

あなた(今、素敵って言いました?)

ドクンッ!!

あなた(言いましたよね!?)

あなた(今日、僕の心臓は何回試練を受ければいいんですか!?)

あなたは笑顔を保ったまま、静かに天井を見上げた。

あなた(……午後も頑張ろう)

あなた(いや、まず午前中を生き延びよう)

4.昼休み、食堂で隣に座るさくらさん

紛失騒動が解決し、社員たちはそれぞれの部署へ戻っていった。

あなたも専務室に戻り、残っていた業務を片付ける。

時計を見ると、ちょうど昼休みだった。

あなた「……ふう。なんとか午前中が終わった」

パソコンを閉じ、椅子から立ち上がる。

そのとき、扉がノックされた。

コンコン。

あなた「どうぞ」

さくら「専務、お昼のお時間ですが……ご一緒に食堂へ行きませんか?」

あなた「…………え?」

さくら「お忙しいようでしたので、お声をかけようと思いまして」

あなた「い、行きます! ぜひ!」

さくら「ふふっ。では、参りましょう」

あなた(食堂!!)

あなた(さくらさんと!!)

あなた(お昼ご飯!!)

あなた(落ち着け! ただの昼食だ! 社員同士で食事をするだけ!)

あなたは、さくらさんの少し後ろを歩きながら、心の中で何度も自分に言い聞かせた。

食堂に到着すると、幸いにも二人掛けの席が空いていた。

さくら「こちらでよろしいですか?」

あなた「もちろんです!」

二人は昼食を受け取り、向かい合って座った。

さくら「午前中は大変でしたね」

あなた「そうですね。でも、無事に見つかって本当によかったです」

さくら「専務がすぐに状況を整理してくださったので、皆さんも安心していましたよ」

あなた「皆さんが一生懸命探していたので、僕も何とか力になりたくて」

さくら「そういうところ、変わりませんね」

あなた「……え?」

さくら「教育係をしていた頃から、困っている方を放っておけないところがありましたから」

あなた「……覚えていてくださったんですか?」

さくら「もちろんです」

さくらさんは、優しく微笑んだ。

さくら「私は、あなたのそういうところをずっと見てきましたから」

ドクン。

ドクン。

ドクンッ!!

あなた(ずっと……!?)

あなた(教育係の頃から……!?)

あなた(僕のことを、そんなに見ていてくださったんですか!?)

あなたは箸を持ったまま、完全に固まった。

さくら「……専務?」

あなた「は、はい!」

さくら「お食事、冷めてしまいますよ?」

あなた「あっ、そうですね! いただきます!」

あなたは慌てて食事を口に運んだ。

しかし、味が分からない。

あなた(おいしいはずだ……。いつも通りの昼食だ……)

あなた(なのに、さくらさんの言葉が頭から離れない……!)

さくら「そういえば、専務」

あなた「はい!?」

さくら「今日の夜のお約束、覚えていらっしゃいますか?」

あなた「…………」

箸が止まった。

あなた「……よ、夜?」

さくら「はい。以前、今日の夜はお好きなものをごちそうするとお話ししましたよね?」

あなた「…………」

あなたの脳内に、以前の会話がよみがえった。

――専務になられたお祝いも兼ねて、今度お好きなものをごちそうさせてください。

――本当ですか?

――はい。約束です。

あなた「…………あ」

さくら「忘れていらっしゃいましたか?」

あなた「い、いえ! 覚えています! もちろんです!」

さくら「よかったです。何がお好きですか? 今日は遠慮なさらなくて大丈夫ですよ」

あなた(好きなもの……!?)

あなた(好きなものを奢ってくださる……!?)

あなた(つまり、今夜はさくらさんと二人で食事……!?)

あなた(昼は食堂で一緒に食事……)

あなた(夜も一緒に食事……)

あなた(今日、僕は一日に二回も、さくらさんと食事をするんですか!?)

ドクンッ!!

あなた「…………」

さくら「専務?」

あなた「……さくらさん」

さくら「はい?」

あなた「少しだけ……お水をいただいてもよろしいでしょうか……」

さくら「えっ? もちろんです。大丈夫ですか?」

あなた「……はい。大丈夫です」

あなた(大丈夫じゃないです!!)

あなた(嬉しすぎて、心臓が限界なんです!!)

5.夜の約束が、さらに追い打ちをかける

昼食を終え、二人は食堂を出た。

廊下を歩いていると、さくらさんがふと思い出したように口を開いた。

さくら「そういえば、専務。今夜のお店ですが、何か食べたいものはありますか?」

あなた「えっ、今から決めるんですか!?」

さくら「はい。せっかくですから、専務のお好きなものにしたいと思いまして」

あなた「そ、それは……」

さくら「和食でも洋食でも、甘いものがお好きでしたら、食後にデザートのお店へ寄るのもいいですね」

あなた「…………」

あなた(デザート……!?)

あなた(食事のあとに、二人でデザートのお店……!?)

あなた(待ってください! それはもう、僕の心の中では大事件なんですが!?)

あなたは必死に考えた。

あまり高級すぎるお店をお願いするのも申し訳ない。

かといって、さくらさんとの約束を適当に済ませたくもない。

そして何より――。

あなた(本音を言えば、さくらさんと一緒なら、どこでも嬉しいんですけど……!)

さくら「……専務?」

あなた「は、はい!」

さくら「もしかして、まだお決まりではありませんか?」

あなた「ええと……落ち着いて食事ができるお店がいいです」

さくら「落ち着いて食事ができるお店、ですね。分かりました」

あなた「あと、さくらさんのお時間が大丈夫なところで……」

さくら「ありがとうございます。お気遣いまでしてくださるんですね」

あなた「い、いえ!」

さくら「では、私がいくつか候補を考えておきます。専務も、お好きなお店があれば教えてくださいね」

あなた「……はい」

さくら「楽しみにしています」

にこっ。

あなた「…………っ!」

ドクンッ!!

あなたは思わず壁に手をついた。

さくら「せ、専務!? 本当に大丈夫ですか!?」

あなた「だ、大丈夫です! ちょっと、壁の感触を確かめただけです!」

さくら「壁の感触……?」

あなた「はい! 専務室の壁と、こちらの壁に違いがあるのかと!」

さくら「…………」

さくらさんは数秒、黙った。

そして。

さくら「ふふっ……。専務は、ときどき不思議なことをおっしゃいますね」

あなた「…………」

あなた(終わった)

あなた(僕の専務としての威厳が、壁の感触によって消えました)

さくら「でも……」

あなた「……?」

さくら「そんなふうに一生懸命なところも、私は好きですよ」

あなた「…………」

時間が止まった。

廊下を歩く社員たちの声も、遠くの電話の音も、何も聞こえなくなった。

あなたの耳に残ったのは、たった一言。

――好きですよ。

あなた「…………」

さくら「……専務?」

あなた「…………」

さくら「専務!? お顔が真っ赤です!」

あなた「……すみません。少しだけ、休憩を……」

さくら「もちろんです! 医務室へ行かれますか?」

あなた「いえ……大丈夫です……。少し深呼吸すれば……」

さくら「無理はいけませんよ。専務のお仕事を支えるのも、私の役目ですから」

あなた(もう無理です)

あなた(優しさが、優しさが強すぎます……!)

あなたは壁に手をついたまま、心の中で叫んだ。

あなた(誰か……誰か僕を助けてください……!)

あなた(今日一日、仕事で問題を解決することはできても……)

あなた(さくらさんへの恋心だけは、まったく解決できません!!)

6.そして、運命の夜へ

午後の仕事も、なんとか無事に終わった。

紛失した企画書の件は再発防止策までまとまり、美咲さんたちから改めて感謝された。

専務としては、充実した一日だった。

……ただし。

あなた(午前中、手が触れた)

あなた(昼休み、二人で食堂に行った)

あなた(教育係の頃から僕を見ていたと言われた)

あなた(夜は好きなものをごちそうしてくれる)

あなた(そして……好きですよ、と言われた)

あなた「…………」

あなたは専務室の椅子に座り、両手で顔を覆った。

あなた「……今日、情報量が多すぎる」

コンコン。

あなた「ひゃいっ!?」

自分でも驚くほど高い声が出た。

さくら「失礼いたします。専務、お仕事は終わりましたか?」

あなた「は、はい! ちょうど終わったところです!」

さくら「よかったです。それでは、お約束のお食事に参りましょうか」

あなた「…………」

さくら「専務?」

あなた「……はい」

あなたはゆっくり立ち上がった。

そして、専務室の扉へ向かう。

さくらさんが、優しく微笑みながら待っていた。

さくら「今日は一日、お疲れさまでした」

あなた「さくらさんも、お疲れさまでした」

さくら「今夜は、お仕事の話は少しお休みにして、ゆっくり楽しみましょうね」

あなた「…………っ」

ドクンッ。

最後の一撃だった。

あなた(仕事の話はお休み……)

あなた(つまり、二人でゆっくり……)

あなた(しかも、さくらさんの笑顔……)

あなた「…………」

さくら「専務?」

あなた「……さくらさん」

さくら「はい?」

あなた「……今日も一日、本当にありがとうございました」

さくら「……こちらこそ。ありがとうございます」

彼女は少しだけ目を細め、嬉しそうに笑った。

その笑顔を見た瞬間。

あなたは、とうとう限界を迎えた。

あなた「……っ、すみません。三秒だけ、目を閉じます……」

さくら「えっ?」

あなた「一、二、さ……」

ふらっ。

さくら「せ、専務!?」

あなたは壁に寄りかかり、なんとか踏みとどまった。

さくら「もう! 本当に大丈夫ですか? 今日は朝からずっと頑張りすぎです!」

あなた「……はい。すみません……」

さくら「お食事の前に、少し休みましょう。急がなくても大丈夫ですから」

あなた「……ありがとうございます」

さくら「ふふっ。今夜は逃げませんから、ゆっくり行きましょうね」

あなた「…………え?」

さくら「……あっ」

さくらさんは、自分の言葉に気づいたように、少しだけ頬を赤くした。

さくら「い、いえ! お店の予約時間には余裕があります、という意味です!」

あなた「……そ、そうですよね!」

二人は顔を見合わせた。

そして、同時に視線をそらした。

あなた(今のは何ですか!?)

さくら(……私、何を言っているのでしょう……!)

あなた(心臓が……本当に……!)

さくら(……今夜、ちゃんとお話しできるでしょうか……)

そのまま、二人は並んで会社を出た。

夕暮れの街を歩きながら、あなたは考えていた。

あなた(専務としての仕事は、少しずつ慣れてきた)

あなた(社員たちも頼ってくれる。今日の問題も解決できた)

あなた(……でも)

隣を歩くさくらさんを、ちらりと見る。

彼女は楽しそうに、今夜のお店について話していた。

あなた(あなたへの恋心だけは……どうしても、隠し通せる気がしない)

ドクン。

あなたは小さく息を吐いた。

あなた(……今日も一日、頑張ろう)

あなた(いや、もう一つだけ頑張ろう)

あなた(今夜、さくらさんの隣で、ちゃんと食事をするんだ……!)

さくら「専務?」

あなた「はい!」

さくら「ふふっ。今夜は、よろしくお願いいたしますね」

あなた「……こちらこそ!」

ドクンッ!!

――こうして、専務としての大仕事を乗り切ったあなたに、今度はさくらさんとの二人きりの夕食という、別の意味で難易度の高い仕事が待ち受けることになったのだった。

そして、あなたはまだ知らない。

さくらさんもまた、今夜の約束を楽しみにしすぎて、出社前からお店の候補を何軒も調べていたことを。

彼女もまた、あなたと同じくらい――いや、それ以上に、ドキドキしていたことを。