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昼休みの質問攻めと、うっかり口にした本音

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

昼休みの質問攻めと、うっかり口にした本音

――昼休み。

午前中の仕事を無事に終えた僕は、さくらさんと一緒に食堂で昼食を済ませていた。

さくらさんの妹さんが、まさかあのとき助けた女の子だったなんて。

しかも、さくらさんと昔の話をしていたなんて。

人生、何が起こるかわからないものだ。

そんなことを考えながら、僕はさくらさんと一緒に会社の庭へ向かった。

いつものベンチ。

いつもの木陰。

そして、いつもなら穏やかな昼休みが始まるはずだった。

「……それで」

「はい?」

隣に座ったさくらさんが、にっこりと微笑んだ。

「今朝、私の妹と何をお話ししていたんですか?」

……来た。

「えっと、まあ、いろいろですよ」

「いろいろ、ですか?」

「はい。世間話とか、学校のこととか」

「それだけですか?」

「……はい」

「本当に?」

さくらさんが、少しだけ顔を近づけた。

「私の昔の話も、聞いたんじゃありませんか?」

「ぶっ!?」

危うく飲みかけのお茶を吹き出すところだった。

「な、なぜそれを!?」

「やっぱり聞いたんですね?」

「あっ……!」

しまった。

今のは完全に自白だった。

さくらさんは口元に手を当てて、くすっと笑った。

「ふふっ。わかりやすいですね」

「……今日の僕、もう帰っていいですか?」

「まだ午後のお仕事がありますよ?」

「ですよね……」

僕は遠い空を見上げた。

助けてください、神様。

どうして僕は、この人の前だとこんなにも調子が狂うのでしょうか。

「それで、妹は何と言っていましたか?」

「え?」

「私の昔のことです。何か、余計なことまで話していませんでしたか?」

さくらさんは穏やかな口調だった。

けれど、いつもより少しだけ真剣な目をしている。

「余計なことって……」

「例えば、学生時代のこととか。昔の失敗とか。恥ずかしい話とか」

「……」

「それから、私が昔、どんな人だったかとか」

「さくらさん、質問が多くないですか!?」

思わず叫んでしまった。

さくらさんは目を丸くしたあと、少し頬を膨らませた。

「だって、気になるじゃないですか」

「い、いや、でも……」

「私の妹と、あなたは昔からの知り合いだったんですよね?」

「まあ、そうですけど……」

「いつ、どこで出会ったんですか?」

「大学生のときです」

「どうして助けたんですか?」

「困っていたからです」

「どうして、そんなに親切にしたんですか?」

「それは……」

「それに、妹はあなたのことを覚えていたんですよね?」

「……はい」

「では、あなたも妹のことを覚えていたんですか?」

「……はい」

「どうしてですか?」

「ええっ!?」

質問が止まらない。

まるで、さくらさんによる取り調べだった。

しかも、相手は僕が大好きな人である。

冷静に答えられるわけがない。

「さくらさん、僕、午後の仕事の準備が……」

「あと一つだけです」

「その言葉、もう三回目です!」

「あら。数えていたんですか?」

「数えたくもなりますよ!」

さくらさんは、とうとう声を出して笑った。

「ふふふっ。すみません。あなたの慌てた顔が、なんだか懐かしくて」

「懐かしい……?」

「はい。昔の妹も、あなたのように慌てることがあったんです」

そう言って、さくらさんは庭の木々へ視線を向けた。

「妹から聞きました。あなたがあの子を助けてくれたとき、困っているのに、どうすればいいかわからなくて戸惑っていたそうですね」

「……まあ、そうでしたね」

「でも、最後にはきちんと助けてくれた」

「それは、当然のことをしただけです」

僕がそう答えると、さくらさんは小さく首を振った。

「当然のことを、誰もができるわけではありませんよ」

その声は、いつもより優しかった。

「ありがとうございます。妹のことも、昔の私のことも……大切に覚えていてくれて」

「……いえ」

不意打ちだった。

そんなふうにお礼を言われるなんて、思っていなかった。

僕は慌てて視線をそらした。

だめだ。

今の笑顔は、反則だ。

心臓がうるさい。

ドクン。

ドクン。

落ち着け、僕。

これはただのお礼だ。

深い意味なんてない。

そう、自分に言い聞かせていたのに。

「……それで」

「ま、まだあるんですか!?」

「最後です。本当に最後ですから」

さくらさんは、いたずらっぽく微笑んだ。

「あなたは、私のことをどう思っていますか?」

「…………はい?」

時間が止まった。

風の音が聞こえる。

木の葉が揺れている。

遠くから社員たちの笑い声が聞こえる。

しかし、僕の頭の中だけは完全に停止していた。

「わ、私のことです」

さくらさんは、少しだけ首を傾げた。

「教育係として、どんな人だと思っていますか?」

……ああ。

そういうことか。

びっくりした。

本当にびっくりした。

危うく、心の中で抱えている秘密を全部吐き出すところだった。

「そ、それはですね!」

僕は姿勢を正した。

ここは建前だ。

完璧な建前を答えるんだ。

「さくらさんは、仕事ができて、優しくて、頼りになって、いつも周囲のことを考えていて……」

「はい」

「それに、困っている人を放っておけなくて、説明も丁寧で、笑顔も素敵で……」

「……笑顔も?」

「あっ」

さくらさんの目が、きらりと光った。

「笑顔も、素敵なんですか?」

「ち、違います! いや、違わないですけど!」

「違わないんですね?」

「そうじゃなくて!」

何を言っているんだ、僕は!

建前を話すだけだったはずなのに、なぜか余計な言葉がどんどん出てくる。

「と、とにかく! さくらさんは、僕にとって、ものすごく尊敬できる人なんです!」

「……尊敬、ですか」

「はい! 尊敬です!」

よし。

これで終わりだ。

恋心など一切漏れていない。

たぶん。

さくらさんは、しばらく僕を見つめていた。

そして、ふっと微笑んだ。

「……それだけですか?」

「はい! それだけです!」

「本当に?」

「本当に!」

「……そうですか」

さくらさんは、なぜか少しだけ残念そうな顔をした。

え?

今の、何?

どうして残念そうなの?

僕が何か間違えた?

いや、間違えていない。

尊敬していると答えただけだ。

それ以上のことなんて、言えるわけがない。

言ったら最後、僕の平穏な会社生活は終わる。

……そう思っていた。

しかし。

「でも、あなた」

「は、はい?」

「さっきから、私の顔を見ないようにしていますよね?」

「そ、そんなことは!」

「では、こちらを見てください」

「…………」

無理だ。

無理無理無理。

今、目を合わせたら絶対に顔が赤くなる。

「……見られないんですか?」

「み、見られます!」

僕は勢いよく顔を上げた。

そして。

さくらさんと目が合った。

にこっ。

「こんにちは。私の顔、ちゃんと見えていますか?」

「――っ!?」

その笑顔。

その優しい声。

そして、ほんの少しだけ楽しそうな目。

僕の心臓が、一気に跳ねた。

ドクンッ!!

「み、見えています! よく見えています!」

「ふふっ。よかったです」

「……っ」

だめだ。

この人、絶対にわざとやっている。

僕が慌てるのを楽しんでいる。

しかも、本人はとても楽しそうだ。

「……さくらさん」

「はい?」

「今日、何かありましたか?」

「いいえ?」

「なんだか、いつもより意地悪な気が……」

「そうですか?」

さくらさんは、にっこりと微笑んだ。

「私は、あなたのことをもっと知りたいだけですよ」

「…………」

それは、ずるい。

そんなことを言われたら、何も言い返せない。

僕はベンチの端に少しだけ移動した。

さくらさんも、なぜか同じ分だけ移動した。

「……」

さらに移動した。

さくらさんも移動した。

「さくらさん!?」

「どうしました?」

「どうしてついてくるんですか!?」

「あなたが遠くに行ってしまうので」

「ここ、ベンチの上ですからね!?」

さくらさんは、とうとう我慢できなくなったように笑い出した。

「ふふふっ、ごめんなさい。つい、楽しくて」

「僕の心臓は全然楽しくないんですけど!?」

「では、午後のお仕事が終わったら、またお話ししましょうね」

「まだ続くんですか!?」

「もちろんです」

……終わった。

僕の昼休みは、完全に終わった。

そして、昼休み終了のチャイムが鳴った。

僕はベンチから立ち上がり、さくらさんと並んでオフィスへ戻ることになった。

歩きながら、僕は心の中で反省会を始めた。

――今日の失敗。

一つ。妹さんとの会話を聞かれて動揺した。

二つ。質問攻めに耐えられなかった。

三つ。さくらさんの笑顔を褒めてしまった。

四つ。さくらさんを尊敬していると答えたら、なぜか追加質問が来た。

そして、最大の失敗。

さくらさんのことが好きだと、本人に知られそうになった。

「……はぁ」

「ため息ですか?」

隣から声がした。

「い、いえ! 午後も頑張ろうと思いまして!」

「そうですか」

さくらさんは、少しだけ歩く速度を落とした。

そして、僕に聞こえるくらいの声で、ぽつりと言った。

「……私も、あなたとお話しできて楽しかったですよ」

「…………え?」

「では、午後もよろしくお願いしますね」

さくらさんは、いつもの落ち着いた笑顔で先に歩いていった。

僕は、その場に立ち尽くした。

ドクン。

ドクン。

ドクンドクン。

「……午後の仕事、できるかな」

無理だ。

絶対に無理だ。

あの人は、僕が知らないところで、僕の心臓を何度も止めに来ている。

しかも、本人はきっと気づいていない。

……いや。

最近、少しだけ思うことがある。

もしかして。

もしかしてだけど。

さくらさんは、僕が慌てる理由を、ほんの少しだけ察しているのではないだろうか。

「……いやいやいや! 考えすぎだ!」

僕は頭を振り、オフィスへ向かった。

その背後。

廊下の角を曲がる直前、さくらさんがそっと振り返った。

そして、誰にも見られていないことを確認すると。

ほんの少しだけ頬を赤くして、小さく呟いた。

「……笑顔も素敵、ですか」

口元に手を当てる。

「……そんなことを言われたら、もっと聞きたくなってしまうじゃないですか」

ふふっ。

さくらさんは、嬉しそうに微笑んだ。

「午後も、少しだけお話ししてみようかな」

――どうやら僕の平穏な午後は、まだ始まってすらいないらしい。