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「二人きりの個別指導と、優しすぎる教育係」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「二人きりの個別指導と、優しすぎる教育係」

昼休みの庭。

あなたはベンチに座り、両手で顔を覆っていた。

「……終わった」

午前中、さくらさんからの質問攻めに遭い、建前で答えるつもりが、ついうっかり本音を口にしてしまった。

『さくらさんと一緒に仕事ができるのが、嬉しいんです』

……と。

しかも、よりによって本人の目の前で。

「いや、仕事の話としては間違ってない。間違ってないけど……!」

あなたはベンチに突っ伏した。

「本当は、さくらさんが隣にいるだけで嬉しいんだよ……。声をかけてくれるだけで一日頑張れるし、笑ってくれたらもう……」

そこまで呟いたところで、あなたは勢いよく顔を上げた。

「待て待て待て! 誰もいないよな!?」

周囲を確認。

誰もいない。

「……よし」

「何がよしなんですか?」

「うわあああっ!?」

背後から聞こえた声に、あなたはベンチから飛び上がった。

振り返ると、そこには書類を持ったさくらさんが立っていた。

「さ、さくらさん!? いつから!?」

「今、来たところですよ?」

にこっ。

「それより、午後のお仕事についてお話があるのですが……」

「は、はい! 何でしょうか!」

「今日、少しだけお時間をいただけますか?」

「もちろんです! 専務として、必要な仕事なら何でも!」

「ふふっ。ありがとうございます」

さくらさんは、いつもより少し柔らかい笑顔を浮かべた。

「では、午後は私と二人きりで個別指導をしましょうね」

「…………え?」

「専務になられてから、お仕事の幅も広がりましたから。改めて、確認しておきたいことがあるんです」

「ふ、二人きり……」

「はい。お嫌ですか?」

さくらさんが少しだけ首を傾げる。

「い、いえ! 全然! むしろ勉強になります!」

「よかったです」

彼女は嬉しそうに微笑んだ。

あなたの心臓が、ドクンッと跳ねた。

(待って。午後ずっと、さくらさんと二人きり?)

(しかも個別指導?)

(僕、午後を無事に生き延びられるのか……!?)

その頃。

植え込みの陰から、ひょこっと顔を出していた人物がいた。

美咲さんである。

(……あれ? 今、さくらさんが専務と二人きりって言いました?)

美咲さんは目を丸くした。

(えっ、何それ! 気になるんですけど!)

彼女は慌てて植え込みの陰に隠れ直した。

「……午後、ちょっとだけ見に行こうかな」

小さな声でそう呟いた。

もちろん、本人たちには聞こえていない。

……はずだった。

第一章 二人きりの会議室

午後一時。

あなたは、会議室の椅子に背筋を伸ばして座っていた。

目の前にはノートパソコン。

そして隣には、さくらさん。

「それでは、始めましょうか」

「よろしくお願いします!」

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

さくらさんは、あなたの資料を覗き込んだ。

「まずは、最近担当されている案件について確認しましょう。こちらの資料、とてもよくまとまっていますね」

「ありがとうございます!」

「ただ、こちらの数字はもう一度確認すると、もっと説得力が出ると思います」

彼女は画面を指さしながら、丁寧に説明してくれた。

その説明はわかりやすく、決して一方的ではない。

あなたが答えに迷えば、急かさず待ってくれる。

間違えても、責めることはなかった。

「惜しいですね。考え方は合っていますよ」

「えっ、本当ですか?」

「はい。ここまで自分で考えられたのですから、あと少しです」

さくらさんは、あなたのノートに小さく補足を書き込んだ。

「ほら、こう考えると答えが見えてきませんか?」

「あっ……! なるほど!」

「正解です」

にこっ。

その笑顔を見た瞬間。

ドクンッ。

(……かわいい)

ドクン、ドクン。

(いや、違う。今は勉強中だ。集中しろ、僕!)

あなたは慌てて資料に目を落とした。

すると、さくらさんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「専務? 疲れていませんか?」

「だ、大丈夫です!」

「本当ですか? 先ほどから、少し顔が赤いようですが……」

「これは、その! 暖房が!」

さくらさんは部屋の温度表示を見た。

「二十四度ですね。少し暑いでしょうか?」

「いえ! ちょうどいいです!」

「そうですか?」

彼女は不思議そうにしながらも、あなたの手元に置いてあった水を差し出した。

「では、少し休憩しましょう。無理は禁物ですよ」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

さくらさんは自分のカップを持ち、穏やかに微笑んだ。

「専務は、いつも頑張りすぎですから」

「えっ?」

「周りの方々のお仕事まで気にかけて、ご自分の仕事もきちんとこなして……。私は、そういうところを尊敬しています」

「…………」

「でも、専務だって誰かに頼っていいんですよ?」

その言葉は、とても優しかった。

あなたは思わず、彼女の顔を見つめてしまった。

(……ずるい)

(そんな優しいことを言われたら、ますます好きになってしまうじゃないか)

「……ありがとうございます。さくらさんにそう言ってもらえると、頑張ってきてよかったと思えます」

自然に口から出た言葉だった。

さくらさんは、少し驚いたあと、ふわりと笑った。

「ふふっ。それなら、私も嬉しいです」

ドクンッ!

あなたは慌てて水を飲んだ。

(危ない! 今のは危なかった!)

そのとき。

会議室の扉の小窓の向こうに、何かが動いた。

あなたは目を細めた。

(……ん?)

小窓の向こうに、一瞬だけ見えたのは――。

美咲さんの目だった。

美咲さんは、すぐにしゃがみ込んだ。

(わわわっ! 目が合いそうになった!)

(何してるんだろう、私……! でも、気になる……!)

彼女は扉の横にそっと移動し、耳を澄ませた。

第二章 優しすぎる個別指導

休憩が終わると、さくらさんは次の資料を開いた。

「では、次は部下の方々への指示の出し方について考えてみましょうか」

「指示の出し方、ですか?」

「はい。専務はご自身で処理できる仕事が多いので、つい自分で片づけてしまうことがありますよね?」

「……あります」

「でも、これからは周りの方々に任せることも大切です」

さくらさんは、穏やかな声で続けた。

「専務が全部背負ってしまったら、周りの方々も頼る機会を失ってしまいますから」

「確かに……」

「ですから、今日は練習してみましょう。私を部下だと思って、仕事をお願いしてみてください」

「さくらさんに、仕事をお願いするんですか?」

「はい。遠慮なさらずに」

あなたは腕を組んで考えた。

(さくらさんに頼む仕事……)

(いや、そんなの……)

「……さくらさん」

「はい?」

「いつも、ありがとうございます」

「……え?」

「仕事のことだけじゃなくて、僕が困っているときに声をかけてくれたり、失敗したときに励ましてくれたり……」

言いながら、あなたは自分が何を話しているのか気づいた。

(あっ、違う! 練習! これは指示の練習!)

しかし、止まらない。

「だから、その……これからも、そばで仕事を教えてもらえると……」

沈黙。

あなたは固まった。

(言った)

(今、完全に本音を言った……!)

「……あの、これは、その……!」

必死に言い訳を考えるあなた。

しかし、さくらさんは笑わなかった。

からかうこともなかった。

ただ、少しだけ目を細めて、優しく微笑んだ。

「もちろんです」

「……え?」

「私でよければ、これからもお手伝いさせてください」

「さ、さくらさん……」

「専務が頑張っていらっしゃることは、私が一番近くで見ていますから」

その声は、いつもよりほんの少しだけ柔らかかった。

「ですから、困ったときは遠慮なく頼ってくださいね?」

ドクンッ。

ドクンッ。

ドクンッ。

(無理だ……)

(この人、優しすぎる……!)

あなたはノートに顔を伏せた。

「専務?」

「……少し、考えを整理しています」

「ふふっ。では、少し待っていますね」

さくらさんは急かさず、あなたが落ち着くまで静かに待ってくれた。

その気遣いが、また胸に響く。

やがてあなたが顔を上げると、彼女は何事もなかったかのように資料を指さした。

「では、続きに戻りましょうか」

「……はい!」

あなたは気合いを入れ直した。

ところが。

「それと、専務」

「はい?」

「先ほどの言葉、とても嬉しかったです」

「…………っ!?」

再び、顔が真っ赤になった。

さくらさんは、そんなあなたを見てくすっと笑った。

「ふふっ。今日は、いつもより素直ですね」

(やめてえええええ!)

あなたの心の叫びは、会議室の中だけに響いていた。

……と思っていた。

第三章 扉の向こうの美咲さん

会議室の外。

美咲さんは、両手で口を押さえていた。

(えっ、何!? 今の会話、何!?)

(さくらさん、めちゃくちゃ優しい……!)

(それに専務も、いつもより素直じゃない!?)

美咲さんは、二人の関係を勝手に想像して、ひとりでそわそわしていた。

(いやいやいや! まだ決まったわけじゃない! ただの個別指導かもしれないし!)

(……でも、さくらさんの声、すっごく優しかったな)

そのとき。

「美咲さん?」

「ひゃいっ!?」

背後から声をかけられ、美咲さんは飛び上がった。

振り返ると、書類を抱えた別の社員が立っていた。

「何をしているんですか?」

「い、いえ! その……会議室の前を通りかかっただけです!」

「会議室の前で、しゃがんで?」

「…………」

美咲さんは、ゆっくり立ち上がった。

「……落とし物を探していました」

「何を落としたんですか?」

「……好奇心です」

「はい?」

「いえ! 何でもありません!」

美咲さんは、逃げるようにその場を離れた。

(あああああ! 何を言ってるの私!)

しかし、数歩進んだところで、ぴたりと足を止める。

(……でも)

(さくらさん、あんなに優しい顔をするんだ)

美咲さんは、少しだけ嬉しそうに笑った。

(専務、頑張ってくださいね……!)

もちろん、本人に伝える勇気はまだなかった。

第四章 個別指導の終わりに

午後四時。

二人きりの個別指導は、無事に終了した。

あなたのノートには、重要なポイントがきれいにまとめられている。

「今日はありがとうございました!」

あなたが頭を下げると、さくらさんも微笑んだ。

「こちらこそ。専務は理解が早いので、教えている私も楽しかったです」

「いえ、さくらさんの教え方が上手だからです」

「ふふっ。ありがとうございます」

彼女は資料をまとめながら、ふと思い出したように言った。

「そういえば……」

「はい?」

「昼休みに、私と一緒に仕事ができて嬉しいとおっしゃっていましたよね?」

「…………」

あなたの動きが止まった。

(まさか、覚えてる!?)

さくらさんは、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「今日の個別指導も、嬉しかったですか?」

「そ、それは……!」

逃げ道がない。

否定したら嘘になる。

肯定したら、また本音が漏れる。

あなたは数秒間、真剣に悩んだ末――。

「……はい。すごく、勉強になりました」

仕事の話として答えた。

完璧な回答。

……のはずだった。

「それだけ、ですか?」

「えっ?」

さくらさんが、じっとこちらを見つめている。

その表情は優しく、決して責めるようなものではなかった。

「私は、専務と二人でお話しできて楽しかったですよ?」

「…………っ!」

ドクンッ!!

心臓が跳ねた。

「さ、さくらさんも……?」

「はい。普段はお仕事のお話ばかりですから。こうしてゆっくりお話しできるのも、いいものですね」

そう言って、彼女は微笑んだ。

あなたは、もう限界だった。

(好きだ)

(やっぱり、好きだ……!)

(こんなに優しくされて、嬉しくないわけがない……!)

「……ありがとうございます」

どうにかそれだけを口にした。

さくらさんは、あなたの表情を見て、少しだけ首を傾げた。

「専務?」

「……いえ。明日も頑張ろうと思いまして」

「ふふっ。いい心がけですね」

彼女は立ち上がり、扉の方へ向かった。

そして、出ていく直前に振り返る。

「明日も、何かあればいつでも相談してくださいね」

にこっ。

「お疲れさまでした、専務」

扉が閉まった。

あなたは椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。

「…………」

「…………」

そして。

「……好きだああああああ!!」

声を抑えて、机に突っ伏した。

「優しすぎるだろ……! 何なんだ、あの人……!」

その直後。

コンコン。

扉がノックされた。

「専務、まだいらっしゃいますか?」

「は、はいっ!?」

「美咲です。書類をお持ちしました!」

「ど、どうぞ!」

扉が開く。

美咲さんは書類を置きながら、あなたの顔をじーっと見つめた。

「……専務」

「な、何でしょう?」

「今日、さくらさんと個別指導だったんですよね?」

「そ、そうですが……」

「楽しかったですか?」

「……勉強になりました」

「ふうん?」

美咲さんは、にっこり笑った。

「お顔が、すっごく幸せそうですよ?」

「!?」

「それじゃあ、失礼しますね!」

美咲さんは軽やかに退室した。

残されたあなたは、頭を抱えた。

「……まさか、見られてた?」

その頃、廊下を歩く美咲さんは、こっそり笑っていた。

(これは……明日も目が離せませんね!)

一方、さくらさんは自分のデスクに戻り、今日の資料を整理していた。

ふと、手を止める。

「……今日の専務、いつもより素直でしたね」

思い出すのは、あなたの照れた顔。

そして、真剣に感謝を伝えてくれたときの声。

さくらさんは、誰にも見られないように小さく微笑んだ。

「……また、二人でお話しできたらいいですね」

その呟きは、誰にも聞かれなかった。

……ただし。

少し離れた場所で書類を整理していた美咲さんが、偶然その言葉を聞いてしまったことを除けば。

「…………えっ?」

美咲さんは、ゆっくり顔を上げた。

「今のって……?」

そして、ひとりで小さく頷いた。

「……明日も、楽しみですね!」

こうして、あなたの恋心は今日も隠されたまま。

ただし――。

さくらさんが、あなたと二人きりで過ごす時間を少しずつ楽しみにし始めていることだけは、まだあなた自身も知らなかった。