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「封印した黒歴史と、帰り道のさくらさんの反撃」

教育係のさくらには恋心を知られてはいけない。 — www.pixiv.net · All chapters

「封印した黒歴史と、帰り道のさくらさんの反撃」

朝。

専務室でパソコンを立ち上げながら、あなたはふと、高校時代のことを思い出していた。

(……そういえば、高校時代って、今考えると相当恥ずかしかったな)

きっかけは、当時夢中になっていたアニメだった。

主人公が片目を押さえながら、世界の運命を背負うような台詞を言う。

それに憧れたあなたは、休み時間に友人たちの前で腕を組み、窓の外を見ながら言ったものだ。

『……この世界の均衡が崩れ始めている。俺が動く時が来たようだな』

(うわあああああああああっ!!)

思い出した瞬間、あなたは机に突っ伏した。

(何やってんだ高校時代の僕!! しかも当時の友達、普通に「数学の宿題やった?」って返してきたじゃないか!!)

「……ふふっ」

隣の席から、小さな笑い声が聞こえた。

さくらさんだった。

「どうされましたか? 専務。朝からずいぶんと苦しそうですが……」

「い、いえ! 何でもありません!」

「そうですか? 何か、とても恥ずかしい思い出を思い出したように見えましたけれど」

(なぜ分かる!?)

「……さくらさんにも、そういう時代ってあったんですか?」

「もちろんです。私にも学生時代はありましたから」

「そ、そうですよね……」

さくらさんは、にこりと微笑んだ。

「どんな思い出なのか、いつか聞かせてくださいね?」

(絶対に言えない!!)

あなたは心に誓った。

高校時代の黒歴史は、墓場まで持っていく。

……そう、誓ったはずだった。

1.封印されし黒歴史、まさかの復活

午前十時。

専務室に、美咲さんを含めた女性社員たちが書類を届けにやって来た。

「専務、おはようございます! こちら、確認をお願いします」

「ありがとうございます。ああ、そうだ。皆さん、少しだけいいですか?」

「はい?」

書類を受け取ったあなたは、ふと窓の外に目を向けた。

朝の光が差し込むオフィス。

なぜか、その光景を見ているうちに、先ほどの高校時代の記憶がよみがえった。

(……待てよ)

(あの頃の自分は、確かに恥ずかしかった)

(だが……今なら、少しくらいなら……!)

何を考えているのか。

あなたはゆっくりと椅子から立ち上がった。

そして、普段よりも低い声で言った。

「……どうやら、運命の歯車が再び回り始めたようだな」

「…………え?」

美咲さんが固まった。

あなたは構わず、窓の外を見つめる。

「この程度の案件、俺の前では障害にすらならない」

書類を一枚手に取る。

「安心しろ。すべてのシナリオは、すでに俺の頭の中で完成している」

沈黙。

(ああああああああ!! 何を言っているんだ僕は!?)

しかし、ここまで来て引き返せない。

あなたは最後に、ゆっくりと振り返った。

「……さあ、物語の続きを始めようか」

決まった。

いや、何が決まったのかは分からない。

だが、あなたの中では妙な達成感があった。

そして――。

「…………」

女性社員たちは、そろってあなたを見つめていた。

「……えっと、皆さん?」

美咲さんが、頬を赤く染めながら口を開いた。

「せ、専務……今の、すごく……」

「すごく?」

「かっこよかったです……!」

「……はい?」

別の女性社員も、胸元で手を組んだ。

「いつもの優しい専務も素敵ですけど、ああいう雰囲気もいいですね……」

「分かります! 普段は穏やかなのに、仕事になると絶対にやり遂げるって感じがして……!」

「『すべてのシナリオは完成している』って……なんだか頼もしいです!」

(待って!?)

(今の、ただの厨二病発言なんですけど!?)

美咲さんは、うっとりした顔であなたを見た。

「専務って、まだ私たちの知らない一面があるんですね……」

「い、いや、あの……!」

「もっと聞きたいです!」

「えっ!?」

「さっきの続き、ありませんか?」

「続き!?」

あなたの脳内に、緊急警報が鳴り響いた。

(まずい! 調子に乗ってしまった!)

(ここで続けたら、僕の黒歴史が現在進行形になってしまう!!)

そのときだった。

「皆さん、お仕事中ですよ」

柔らかな声が響いた。

さくらさんだった。

女性社員たちが、はっとして姿勢を正す。

「す、すみません、さくらさん!」

「ふふっ。専務の意外な一面が見られて、楽しかったのは分かりますけれど」

さくらさんは、あなたに視線を向けた。

そして。

「……とても、素敵でしたよ」

にこっ。

(…………)

(………………)

(今、何と?)

「さ、さくらさん?」

「それでは、私は自分の仕事に戻りますね」

そう言って、さくらさんは書類を抱えて部屋を出ていった。

ただし、扉が閉まる直前。

あなたには見えた。

さくらさんが、口元を押さえて笑っていたことを。

(絶対に面白がってる……!!)

2.昼休み、専務の反省会

昼休み。

あなたはいつもの庭のベンチに座っていた。

青空を見上げ、両手で顔を覆う。

「……何をやっているんだ、僕は」

今日の出来事を振り返る。

女性社員たちには喜ばれた。

美咲さんにも、かっこいいと言われた。

仕事にも何の支障もなかった。

……問題は。

(さくらさんに見られたことだ!!)

「……ああ、もう」

あなたはベンチに背中を預けた。

「明日から、普通に仕事をしよう。厨二病発言は禁止。封印。永久封印だ」

「永久、ですか?」

「そう。永久――」

「では、今日のあれは何だったのでしょう?」

「うわあっ!?」

振り返ると、さくらさんが立っていた。

いつの間に!?

「さ、さくらさん!? いつから!?」

「『明日から普通に仕事をしよう』あたりからです」

「ほぼ最初からじゃないですか!」

「ふふっ」

さくらさんは、あなたの隣に腰を下ろした。

「でも、私は嫌いではありませんでしたよ」

「……え?」

「普段の専務とは少し違っていて。自信に満ちているように見えましたし」

「いや、あれは……昔、アニメに影響されて……」

「そうだったのですね」

「高校時代に、似たようなことを友達の前でやっていたんです。今思い出すと、もう恥ずかしくて……」

さくらさんは、少し驚いたあと、くすくすと笑った。

「そういうことでしたか」

「笑わないでください……」

「すみません。でも……」

彼女は、ふっと優しい表情になった。

「私は、そうやって昔の自分を恥ずかしがれるところも、素敵だと思いますよ」

「…………」

(やめてください)

(そういう優しいことを言うのは、反則です)

「……ありがとうございます」

何とかそれだけ返すと、さくらさんは立ち上がった。

「それでは、午後も頑張りましょうね。専務」

「はい……」

さくらさんは数歩歩いてから、振り返った。

「そうそう」

「はい?」

「帰り道、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

「もちろんですけど……?」

「ふふっ。楽しみにしていてくださいね」

(……何を!?)

あなたは、その時点ではまだ知らなかった。

さくらさんが、午後の仕事中もずっと楽しそうにしていた理由を。

3.夕方、隣を歩くさくらさん

定時を少し過ぎた頃。

今日の仕事を終えたあなたは、さくらさんと一緒に会社を出た。

秋の風が、二人の間を通り抜ける。

「今日はお疲れさまでした、専務」

「さくらさんも、お疲れさまでした」

しばらくは、いつもどおりの帰り道だった。

しかし。

さくらさんが、ふいに足を止めた。

「……ところで、専務」

「はい?」

彼女はあなたの前に回り、こちらを見上げた。

そして、いつもより少しだけいたずらっぽく微笑んだ。

「今日の朝のことなのですが」

(来た……!!)

「『運命の歯車が再び回り始めた』とおっしゃっていましたよね?」

「……はい」

「『すべてのシナリオは完成している』とも」

「……はい」

「それから、『物語の続きを始めようか』と」

「……はい……」

さくらさんは、ふふっと笑った。

「実は私、あの台詞がずっと頭から離れなくて」

「わ、忘れてください!!」

「どうしてですか? 私は結構、好きでしたよ?」

(うわあああああ!!)

あなたが顔を覆うと、さくらさんは楽しそうに笑った。

「では……私からも、ひとつ」

「……ひとつ?」

「はい」

さくらさんは、すっと姿勢を正した。

そして、あなたの目をまっすぐに見つめる。

「――ふふっ。ようやく二人きりになれましたね」

「…………え?」

「周囲の目もなく、誰にも邪魔されない。ここから先は、私たちだけの物語……ですね?」

「っ!?」

(ま、待って!?)

(何を言い出したんですか、さくらさん!?)

彼女は、さらに一歩だけ近づいた。

もちろん、二人が無理なく話せる距離で。

そして、少しだけ首を傾げる。

「……専務。あなたは、この先のシナリオも完成させていらっしゃるのですか?」

「そ、それは……!」

「それとも……」

さくらさんは、ふわりと微笑んだ。

「私に、続きを考えさせてくださいますか?」

(…………)

(………………)

(この人、絶対に分かってやっている!!)

「さ、さくらさん……!」

「はい?」

「それ、絶対に僕への仕返しですよね!?」

「仕返しだなんて。私はただ、専務の素敵な台詞を参考にしただけですよ?」

「絶対に嘘です!!」

「あら。どうしてでしょう?」

そう言いながら、さくらさんは小さくウインクした。

(ウインク!?)

(しかも、こんなタイミングで!?)

あなたの心臓が、ドクンッと大きく跳ねた。

さくらさんは、それを見て満足そうに微笑んだ。

「ふふっ。今日は私の勝ちですね」

「……完敗です」

「ありがとうございます」

「褒めてないです……」

「それでも、嬉しいです」

彼女はまた笑った。

その笑顔が、あまりにも自然で、優しくて。

あなたは思わず目をそらした。

(……駄目だ)

(この人、本当にずるい)

4.最後の一撃

駅前の分かれ道に着いた。

「それでは、専務。また明日」

「はい。また明日です、さくらさん」

いつものように別れようとした、その瞬間。

「……あっ、そうでした」

さくらさんが振り返った。

「最後に、ひとつだけお願いしてもよろしいですか?」

「な、何でしょう?」

彼女は両手を後ろに回し、少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「明日も、今日のような専務を見せていただけますか?」

「…………え?」

「普段の優しい専務も大好きですけれど……」

「…………っ!?」

「今日の、少し自信たっぷりな専務も、私は素敵だと思いましたから」

(す、好き……!?)

(いや、今のは人として好きという意味かもしれない!! 落ち着け僕!!)

脳内で必死に冷静さを保とうとするあなた。

そんなあなたを見て、さくらさんはまた微笑んだ。

「……それでは、おやすみなさい。専務」

彼女は手を振り、帰っていった。

あなたは、その場に立ち尽くした。

「…………」

数秒後。

「……明日、どんな顔をして会えばいいんだあああああ!!」

夕暮れの駅前に、あなたの小さな叫びが響いた。

もちろん、通行人に迷惑がかからない程度の声だったが。

その頃。

帰り道を歩くさくらさんは、スマートフォンを片手に、今日の出来事を思い返していた。

「……ふふっ」

思わず、笑みがこぼれる。

(高校時代の思い出を恥ずかしがっている専務……可愛かったですね)

そして、少しだけ頬を赤くした。

(それに……私の言葉で、あんなに慌ててくださるなんて)

彼女は夜空を見上げる。

「……明日は、もう少しだけ優しくしてあげましょうか」

そう呟いてから、ふと立ち止まった。

「……いえ」

いたずらっぽく、にこり。

「もう少しだけ、からかってみるのも……いいかもしれませんね」

――翌日。

あなたはまだ知らない。

さくらさんが、あなたの黒歴史を忘れるどころか、新しい恋愛作戦の切り札として大切に保管し始めていることを。

そして何より。

彼女自身もまた、あなたにだけは知られたくないほど、あなたのことを意識し始めていることを。