眠っているさくらさんの寝言と、聞いてはいけなかった本音
眠っているさくらさんの寝言と、聞いてはいけなかった本音
昼休み。
専務室でボカロを聴いていた僕は、いつの間にか眠ってしまっていた。
夢の中には、なぜかさくらさんがいた。
いつもどおり優しく微笑んで、僕の隣に座っている。
「専務、お疲れさまです。少し休憩しましょうか」
『さくらさん……夢の中でも優しいなぁ……』
「ふふっ。いつも頑張っていらっしゃいますからね」
そんな夢を見ながら、僕は幸せな気分に浸っていた。
しかし、その頃――。
現実の専務室では。
僕の隣のソファに、さくらさんが座っていた。
実は、さくらさんも昼休みの仕事を終え、少し休憩しようと専務室に立ち寄ったのだ。
そして、ボカロを聴きながら眠っている僕を見つけた。
「……もう。専務ったら、こんなところで眠ってしまって」
さくらさんは小さく笑った。
「いつも皆さんのお仕事を手伝っていらっしゃいますからね。お疲れなのかもしれません」
そう言って、僕の邪魔にならないよう音量を下げる。
そして、向かいのソファに腰を下ろした。
ところが――。
さくらさんも、いつの間にか眠ってしまったのだった。
1 夢の中で聞こえた、さくらさんの声
夢の中。
僕は、さくらさんと一緒に会社の庭を歩いていた。
「専務、今日はお仕事が終わったら、一緒に帰りませんか?」
『えっ!? い、一緒に!?』
「はい。……駄目でしょうか?」
『駄目なわけないです! むしろ、ぜひお願いします!!』
「ふふっ。そんなに喜んでいただけるなんて、嬉しいです」
ああ……夢って素晴らしい。
僕は心の中で感動していた。
『いや、待て。これは夢だ。夢なんだ。浮かれてはいけない……!』
そう思った瞬間、夢の中のさくらさんが、少し寂しそうな顔をした。
「……専務は、私と一緒にいるのは嫌ですか?」
『違います! 大好きです!!』
「……えっ?」
『…………あっ。』
終わった。
僕は夢の中で、盛大にやらかした。
「……大好き、ですか?」
『ち、違っ……! いや、違わないけど、そういう意味ではなくて……!』
「ふふっ。専務、顔が赤いですよ?」
『夢の中でも追い詰めてくるの!?』
そこで夢の景色がふわりと揺れた。
そして、さくらさんが優しく僕の名前を呼ぼうとした、そのとき――。
「……専務……」
現実の世界から、かすかな声が聞こえた。
2 眠っているさくらさんの寝言
「……専務……」
隣のソファで眠っていたさくらさんが、小さな声を漏らした。
「……そんなに、無理をしないでください……」
夢の中でも、僕のことを心配しているらしい。
さくらさんは、ゆっくり寝返りを打った。
「……いつも……みんなのことばかり……」
少しだけ眉を下げる。
「……自分のことも……大切にしてくださいね……」
その表情は、普段の教育係としての顔とは違っていた。
いつも落ち着いていて、仕事ができて、僕が困っているとすぐに助けてくれるさくらさん。
けれど、眠っている今は、まるで僕のことを本当に心配しているかのようだった。
そして――。
「……私だって……」
さくらさんの声が、ほんの少しだけ小さくなった。
「……専務と……一緒にいたいのに……」
静かな専務室に、その寝言が落ちた。
「……もっと……お話ししたいです……」
さくらさんは、ほんのり頬を赤くしていた。
「……私のことも……頼ってほしいです……」
最後に、彼女は微笑んだ。
「……大好き、ですよ……専務……」
3 夢の中の僕、現実の僕
一方、夢の中の僕はというと――。
『……えっ?』
なぜか目の前に、巨大な文字が浮かんでいた。
「さくらさんは、あなたのことが大好きです」
『…………』
『いやいやいやいや!?』
『待って!? これ夢だよね!? 僕に都合がよすぎない!?』
夢の中のさくらさんが、くすくすと笑う。
「専務、どうかなさいましたか?」
『な、なんでもありません!』
「そうですか?」
彼女は首をかしげたあと、そっと微笑んだ。
「……私、専務と一緒にいる時間が好きなんです」
『…………っ!?』
『夢よ、永遠に続いてくれ!!』
しかし、次の瞬間。
「……ん……」
現実の僕が、ソファの上で身じろぎした。
イヤホンからは、まだボカロの曲が流れている。
僕は夢の中で幸せそうに笑いながら、目を覚まさない。
その隣では、さくらさんが眠ったまま、もう一度つぶやいた。
「……専務……起きたら……ちゃんと休んでくださいね……」
4 先に目を覚ましたのは?
数分後。
「……ん……」
さくらさんが目を覚ました。
「あら……私、眠ってしまったのですね……」
ゆっくり身体を起こし、時計を見る。
「いけません。そろそろ午後のお仕事が始まりますね」
そう言って立ち上がろうとしたとき、ふと隣を見る。
そこには、まだ眠っている僕がいた。
「……専務?」
返事はない。
「……ふふっ。よほどお疲れなのですね」
さくらさんは、僕のパソコンの画面を確認した。
仕事の書類はきちんと保存されている。
それを確かめると、ほっとしたように微笑んだ。
「本当に、いつも頑張りすぎなんですから……」
そして、少し迷ったあと。
僕を起こさないよう、そっと声をかけた。
「……午後のお仕事、私もお手伝いしますからね」
その言葉を残し、さくらさんは専務室を出ようとした。
しかし、ドアの前で立ち止まった。
「…………」
振り返り、眠っている僕を見つめる。
そして、誰にも聞こえないくらいの声で――。
「……夢の中くらい、素直になってもいいですよね……」
そうつぶやき、微笑んだ。
5 目覚めた僕に待っていたもの
「……ん?」
しばらくして、僕は目を覚ました。
『あれ……僕、寝てたのか……』
イヤホンを外し、時計を見る。
『うわっ!? そろそろ午後の仕事じゃないか!』
慌てて立ち上がろうとした、そのとき。
机の上に、一枚のメモが置いてあることに気づいた。
そこには、さくらさんの綺麗な字でこう書かれていた。
『専務へ。
少しお疲れのようでしたので、起こさずにおきました。
午後のお仕事、無理をなさらないでくださいね。
困ったことがあれば、いつでも私を頼ってください。
さくら』
『…………』
『さくらさん……!!』
僕は思わずメモを胸元に抱えそうになり、寸前で我に返った。
『いやいやいや! 落ち着け僕! これは教育係としての優しさだ! きっとそうだ!』
……そうに決まっている。
だって、さくらさんは誰にでも優しい。
僕だけが特別なわけじゃない。
『……でも……』
夢の中の、優しく微笑むさくらさんが頭をよぎった。
『……あんなふうに、一緒にいたいって言われたら……』
顔が熱くなる。
『……駄目だ。考えるな。仕事だ、仕事!』
僕はメモを丁寧に手帳に挟み、パソコンに向かった。
――その頃。
廊下を歩いていたさくらさんは、ひとりで小さく笑っていた。
「……寝言、聞かれていないといいのですが……」
実は、さくらさん自身も、自分が何を口にしたのか、少しだけ覚えていた。
「……大好き、なんて……」
頬を赤くしながら、そっと口元を押さえる。
「……もう。私ったら……」
けれど、その表情は嬉しそうだった。
そして、午後。
専務室のドアがノックされた。
コンコン。
「失礼いたします。専務、午後のお仕事を始めましょうか」
『さ、さくらさん!?』
「はい。どうかなさいましたか?」
『い、いえ! なんでもありません!』
さくらさんは不思議そうに首をかしげたあと、いつもの優しい笑顔を見せた。
「ふふっ。では、今日も一緒に頑張りましょうね」
『…………はい』
ドクン。
僕の心臓が、大きく跳ねた。
(……やっぱり、僕はこの人が好きだ)
(でも――)
(さくらさんには、絶対にこの恋心を知られてはいけない。)
その一方で、さくらさんは書類を整理しながら、誰にも気づかれないように微笑んでいた。
(……専務。いつか、私の気持ちにも気づいてくださるのでしょうか……?)
二人の想いは、まだ言葉にならない。
けれど、同じ部屋で仕事をする二人の距離は、昨日よりほんの少しだけ近づいていた。
そして僕は、まだ知らない。
昼寝をしていたさくらさんが、夢の中で僕への本音を口にしていたことを――。
もちろん、さくらさんも知らない。
僕が夢の中で、彼女の言葉に大騒ぎしていたことを。
……もしお互いに夢の内容を知ってしまったら。
きっと、二人そろって顔を真っ赤にすることになるだろう。