1-6 再会を誓って【挿絵】
1-6 再会を誓って【挿絵】
「色々と、ありがとうございました」 黄金色に輝く光の壁を背にして、クリスが深々と頭をさげた。武装を失い、文字通り丸腰になってしまった彼女であったが、一礼を終えて持ち上げた表情は晴天そのもののように明るく、軽やかな所作からは疲労の色もみられない。「とんでもございません。姫殿下も、どうぞお元気で」 今朝早く、おれたちは鬼人の里を後にした。ファルマーは、クリスから剣を預かってから休みなく作業をつづけていたようで、挨拶をしたいと言うクリスともども、ミスラに止められた。「ああなったら、天変地異でも起こらない限り動かないよ」 職人気質というやつなのだろう。ミスラとはそこで別れ、身ひとつで帰ろうとしたクリスを『境界線』まで送り届けることになった。屋敷を出たあたりで出くわしたキースが同行を求めたが、マリーに真顔で『人数が多いので、四肢が削れるかもしれませんが』と前置きされて、丁重に身を引いた。 何のことやら、と首を傾げるクリスは、やはりマリーに抱きすくめられた時は顔を赤くして困惑していたが、飛び始めてからはむしろ興奮しはじめて、身動ぎした挙句落下したりしないか神経を尖らせっぱなしだった。 マリー曰く、制御の難しい飛翔魔法であるそうだが、今回に限っては目的地が明解に過ぎた。 遥か高く、雲を突き抜けて噴き上がる光の壁。陸を東西に分断するように走り抜ける大河が根源であることは、見ての通り明らかである。だが、視力から得られる以上の情報はいまだ収集できていない。 わかっていることは、この光と川は触れた生物の魔力を試すように吸収し、魔力が切れるとその生命をも呑み込んでしまうこと。そしておそらくは、人以外はそもそも通過できないであろうこと。 それらの事情から、壁に阻まれたふたつの大地を行き来することができる者はごく少数であることだ。 おれが知る限り、その資格をもつ人間は三人だけで、そのうちのふたりがこの場にいる。人の世なら邪推されかねない状況であるが、こちら側なら妙な詮索を警戒せずにすむ。「ミスラによると、ひと月もすれば新しい剣が完成するそうです。それまではこちらをお使いください」「それは……」 差し出した二本の双剣に目をおとして、クリスが息をのんだ。ファルマーの屋敷でも披露した、淡く輝く光を放つ短剣だ。「銘は鈍色蛍といいます。魔法具ですが、短剣のように扱って頂いて構いません」「ですが、これをお借りしてしまうと、セイジさまが……」「魔法使いにとっての魔法具と、剣士にとっての剣。失った場合、どちらがより影響を被るかは明白でしょう」 自己嫌悪に陥りそうだった。この言い方は、実力不足を指摘しているとも捉えられないからだ。 だが、さすがに王族を丸腰で帰らせるわけにはいかない。クリスに万が一のことがあったら、帰郷どころか国土を踏むことすらできなくなってしまう。「セイジなら大丈夫ですよ。ここは魔力が豊富ですし、私もついていますから」 不干渉の姿勢をみせていたマリーが、思わぬ援護射撃をしてくれた。小柄で物静かなマリーだが、ファルマーに致命傷を与えたあの一撃を見てしまっては、頼りないとは言えないだろう。力強いその言葉に、何かを言いたげに唇をつぐんでいたクリスが頭をさげた。「わかりました。セイジさまをお願いね、マリーちゃん」「お任せください。クリスも息災で」「お前はおれのなんなんだ。保護者か何かか?」「保護者です。他に何かありますか?」 言い返すだろうとは思っていたが、ここまで躊躇なく言い切るとは思わなかった。「……そういうところ、尊敬するよ」「ふふ、どちらが年上かわかりませんわね」 ふたりのやりとりを眺めやって、ようやく笑みを浮かべたクリスが、剣を握りしめた腕を誇るように突き出した。「では、またひと月後にお逢いしましょう」「はい。お気をつけてお帰りを、殿下」 会釈を交わして、クリスは跳ねるような足取りで踵を返した。あと一歩で光に触れる、というところで、ふいに勢いよく振り返った。「申し忘れておりました、セイジさま。わたくしたち、初対面ではありませんよ!」「は? 今なんて……ちょっ!」 セイジの返答から逃げるようにして、クリスが身を躍らせた。舞い上がった金色の頭髪が、光の壁に吸い込まれ、見えなくなっていった。「……セイジ?」 一歩後ろに佇んでいたマリーの声が背中を刺した。どんな表情をしているのかは、この目で確認するまでもない。「騎士の称号を拝命したときに顔合わせはしたが、言葉も交わしてないぞ」「覚えてないだけじゃないんですか?」「身も蓋もないこと言うなあ……」 まあ、構いませんが。と、マリーが光の壁に背を向けた。差し出された手を握りしめると、かるく地を蹴った身体がふわりと浮かび上がった。「再会までに思い出してあげてくださいね。さもなければ、できたばかりの飛天龍で試し斬りされますよ?」「剣呑な表現から離れてくれ。冗談にもならん」「では、『女の子にはやさしく』ということで」 悪戯っぽく歪んだマリーの唇から魔法の言葉が紡がれて、閉口したセイジの体を空高く、はるか北の地へと導いていった。 ──約束までの日々は、鬼人の里の騒動のような大きな依頼もなく、淡々と時が過ぎていった。ついにクリスのことを思い出せないまま、期日を迎えようとしていた。 だが、果たして、剣呑な懸念は杞憂に終わった。ひと月経たずに届けられた飛天龍を持て余し、もういっそのこと押し付けてきてやろうか、などと考えていた頃合い、羽音とともに飛び込んできた報せから掴んだ情報は、クリスが遅れていることの酌量に十分なものであった。 完全武装した隣国ルーレインの兵が、国境へ向けて大規模な進軍を開始。これを阻止すべく、クリスの国家フェルミーナは彼女を筆頭に軍団を編成した、というものであった。 条約が結ばれて久しい和平。長らく歴史に刻まれることのなかった人間同士の大規模な殺し合い。その陣頭に、クリスが立たされているというのだ。『わたくしたち、初対面ではありませんよ!』 