第2034話 夏祭りの日でも朝はハンナと朝ごはん!
第2034話 夏祭りの日でも朝はハンナと朝ごはん!
〈万界ダン〉を攻略し、〈エデン〉のギルドハウスで盛大に打ち上げをした2日後。
8月30日。今日から夏祭りが開催される。
「ゼフィルス君~、あ~さ~だ~よ~? お~き~ら~れ~る~?」
「Zzz」
なんだか耳元でこっそり囁くような声が聞こえた気がしたが、昨日消灯時間前まで騒ぎまくってしまった俺の睡魔は布団を手放さなかったんだ。
「寝てる? 起きてる? うん、これは寝てる。私には分かるんだよ。……夏祭りの開催は10時からだし、もうちょっとだけ見ててもいいよね?」
「Zzz」
なんだか近くで誰かが俺を見つめているような気がする。
でもそんな気も眠気には敵わず。一瞬で夢の中に葬られてしまったんだ。
「ふふ、ぐっすり寝てる。最近ずっとダンジョンで忙しそうだったもんね。お疲れ様ゼフィルス君」
「Zzz」
「でもダンジョンばかり行ってるから、私との時間が減っちゃったよ? もう、最後の夏休みだったのに」
「Zzz」
「ふふ、でもゼフィルス君は止まってはいられないもんね。分かってるんだけど……。でも、最後にはちゃんと私のところに帰ってきてね?」
「Zz……んあ? ハンナ?」
「へ?」
ふと一気に目が覚める。さっきまで眠りの底に居たのが嘘のように覚めるのは一瞬だったんだ。そして目が覚めると、俺のすぐ真横に上半身をベッドの上に乗せて寝ころびながら俺を見るハンナが居たんだ。
顔だけそっちに向けると、10センチもないんじゃないかという至近距離。
「え、あ、あ、あ、あ?」
するとハンナの顔がどんどん赤くなっていったんだ。なんだろうこの可愛いの。新しい抱き枕かな? 抱き枕なら抱きしめないといけないかな?
寝ぼけ頭でそんなことを考えてしまう。
そして思わず片手をハンナに回そうとすると、目を回したハンナからこんな問いが届いた。
「ゼフィルス君、もしかして、聞いてた?」
「何を? 抱き枕のこと?」
「へ? 抱き枕?」
「んあ? 抱き枕がしゃべってる?」
んん? っと2人で首をかしげてちょっと冷静になった。
あ、これ抱き枕じゃない! ハンナだ!
寝ぼけた頭が急に覚醒し出した! ええい、もうちょっとボケていれば言い訳できたものを! やっぱりもうちょっとボケていることにして抱き枕にしちゃおうかな?
続きを再開してハンナをやっぱり抱きしめようとする寸前、ハンナも我に返ったのかベッドから飛びのいた。
「わ、わわわ! 分からないんならいいんだよ!? うん、大丈夫! あ、朝食も軽めだけどできてるよゼフィルス君! 早く顔洗って目を覚ましてね!」
「今の俺は寝ぼけてるから目は覚めない方がいいんだ」
「どういうことなのかな!? は、はいはい、ゼフィルス君起きてね~!」
バサッと掛け布団がとっぱらわれる。でも夏なので寒くないへっちゃらだ。
とはいえもう寝ぼけている戦法は使えなさそうで残念。
「おはようハンナ」
「うん。おはようゼフィルス君!」
まだちょっと顔の赤いハンナと朝の挨拶。
俺が寝ている間に知られたくないことでも言っていたのだろうか? 残念ながら覚えてない。俺よ、なぜ寝たふりにしておかなかったんだ!
「え、えへへ?」
可愛いからいっか。
時間を見れば、なんと8時。7時前には起きる俺にしては、遅すぎる時間帯だ。
昨日テンションが上がりすぎてなかなか寝付けなかったせいかもしれない!?
こんな時間まで寝かせてくれたハンナには感謝だ。
顔を洗ってさらに脳を目覚めさせれば、ふと疑問が沸いてきた。
「あれ? そういえばなんでハンナがここに? 今日は来ないって言ってなかったっけ?」
「言ってないよ?」
「あれ? そうだったっけ?」
夏祭りは基本露店で食べることにしているので朝食を抜きにすることも多い。
故に朝食をいつもご馳走してくれるハンナは来ないだろうと思っていたのだが、俺の勘違いだったようだ。
「だって、ゼフィルス君との時間が減っちゃうし」
何やらハンナが小さくつぶやいた気がしたが、それは俺の耳まで届かなかったんだ。聞き返しても教えてくれなかった。
「ゼフィルス君、軽めだけど朝食持ってきたから一緒に食べよう? 露店も良いけど、夏祭りが始まるまでお腹すいちゃうでしょ?」
「そうだな」
ハンナに甘えていつもよりもだいぶボリュームを下げた朝食をいただくことになった。
シリアルに目玉焼き、レタスとミニトマトの付け合わせというメニューだ。普段ならば絶対に昼まで持たないが、つなぎにはちょうどいい量。
ハンナ、完璧に俺の胃の大きさを把握してるよね?
それはともかく美味しそうだ!
「それじゃあいただこうか! いただきます!」
「うん! いただきます!」
まずは冷めやすい目玉焼きからいく。
俺は目玉焼きには醤油派だ。塩コショウ+醤油でも可。
今日のハンナは目玉焼きとレタスとミニトマトを1つのサラダに見立ててマヨネーズで食べるっぽい。
目玉焼き1つ取っても、掛ける調味料は色々違う。特にハンナは調理が得意だからか、毎回目玉焼きに掛ける調味料が違う気がするんだ。
「はぐっ、ん~さすがハンナ、良い半熟具合だ! うんまい!! 完璧!!」
「良かった~」
俺は半熟が大好きだ。焼き加減が完璧すぎて白身も硬くなりすぎておらず食べやすい。黄身を割らないよう気を付けながら口の中に入れれば、中でとろりとあふれる濃厚な黄身の味が楽しめた。う、美味い! これが半熟の素晴らしさだよ!
屋台じゃ半熟卵なんてまず出せないからな。今日ハンナに作ってもらって良かったぜ。なぜかちょっと得した気分になったんだ。
付け合わせのちょびっとサラダも食べると、それは最上級の味。
シャキッシャキのレタスは瑞々しく、ミニトマトはこの子自分を高級フルーツと勘違いしてるんじゃないかという味で美味しすぎ!
〈食ダン〉の追想の食材が地味に朝からすさまじい衝撃を舌に与えてくる。
シリアルもいただいてごちそうさま。
「ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様でした~」
「ハンナは今日はどうするんだ? 店は出さないんだろ?」
「うん。私の作品を露店で出したら大変なことになっちゃうからってアルストリアさんたちに止められちゃったんだ~」
ナイス判断ですアルストリアさん。
ハンナが作るものは錬金だろうと料理だろうと、とんでもないことになるのが容易に想像できるんだぜ。素材が最上級だし、作るのが大人気のハンナだしな。
「だから今日はアルストリアさんたちと行動かな? 〈生徒会〉の活動もあるしね」
「了解だ。じゃあ一緒に回るのは予定通り明日の朝だな」
「うん。楽しみにしてるね!」
夏祭りと言えば誰かと回るのが鉄板。
しかし俺は例のごとく、一緒に回りたいという要望が多く出て、ハンナと2人きりで回るのは2日目、最終日の朝に約束していた。
俺もとても楽しみだ。
時刻が9時を過ぎた辺りで着替える。
今年も浴衣だ。
一昨年から何度も着ているので着付けも完璧。
ちなみにこれはマリー先輩の店で作ってもらったものだ。
今年も良い仕事ですマリー先輩!
「よし、完璧だな」
「うん! ゼフィルス君、良く似合ってるよ~」
「サンキューハンナ!」
最初に見てもらったのはハンナ。
完璧だとは思っても約1年ぶり。1人だと分からないところがある可能性もあるのでハンナに見てもらったが、問題なさそうだ。
「今日の最初は、ラナ殿下だよね?」
「ああ、ラナからだな。果たして今年は1人で来られるのか、はたまた従者連れで待ち合わせなのか」
「あはは」
ラナはああ見えて恥ずかしがり屋なので、俺と2人っきりで居るとなんか耐えられないらしい。あとその様子を楽しそうに従者が物陰から見ているのもポイントだ。そりゃ恥ずかしいだろうて。
「それじゃあ俺はそろそろ行くとしよう」
ラナは早めから待っている可能性があるからな。
「うん。それじゃあ私も出るね。また明日ねゼフィルス君」
「ああ。人込みがすごいからハンナも気をつけろよ?」
「うん! 『隠密』スキル付きの装備を着るから大丈夫! ゼフィルス君こそ気を付けてね!」
「安心しろって、俺には秘策がある」
こうして寮から出たところでハンナと別れ、俺はラナとの待ち合わせ場所、〈戦闘5号館〉が聳え立つ校門近くへと向かった。
今年も〈戦闘2号館〉と〈戦闘5号館〉が夏祭りの舞台だ。