第2044話 夏祭りにライブ会場現れシエラと夜のクルクル
第2044話 夏祭りにライブ会場現れシエラと夜のクルクル
「待たせたかシエラ?」
「いえ、私も今来たところよ」
軽く手を振って合流すると、自然に定番のセリフが出てきた。
ほとんど意識してなかったのに自然に出るんだから、俺はシエラと一緒にいる時は自然体になっているということだろうか?
だが、そんな考えもシエラの浴衣姿を見た瞬間どこかに吹っ飛んだ。
夜だったので近くまで寄らないと見えなかったんだ。その姿に俺は息をのむ。
シエラの浴衣は薄い紫、いや青紫か? をベースに白でいくつもの花の絵が描かれている。この浴衣の色合いがまた絶妙で、どうやってこの色を出しているのだろうと思わせる、そんな淡くも切なく、シエラの金髪にとても似合う色合いだったんだ。
手には浴衣と同色の巾着袋を持ち、帯は濃い赤紫で、紫系で統一しているのが分かる。しかし青紫と赤紫のコーデとは、マリー先輩の本気度が窺えるぜ。
さらに視線を上げていけば、またも息が詰まるほどの衝撃が飛び込んでくる。
髪をアップしたシエラだ。
普段はストレートな長い金髪のシエラ。
しかし今はその髪は丁寧に結われていてアップされており、こちらにも赤紫の大きな花の簪が入っていた。
端的に言おう。ビューティフォーだと。思わず見とれるとはこのことだ。
ちなみに祭りではみんなシンボルは着けていないので、これがまた新鮮なんだ。
「ゼフィルス?」
「はっ! 思わずシエラの美貌に息を忘れて見とれてしまった」
「な、なにを言ってるのよ、もう。もう少しとりつくろわないと私まで恥ずかしくなるじゃない」
「それほど、思わず俺の口からキザな言葉がでちゃうほど素晴らしかったということだ。だが改めて言おう。シエラの浴衣姿、とてもきれいだ」
「あ、ありがとう。その、嬉しいわ」
顔を赤くしてお礼を言ってくれるシエラがプライスレス。
いやもうプライスレスどころかお金払いたいまである。〈幸猫様〉の神棚に賽銭箱を設置するべきか……。課金したい!
いや違う、落ち着け俺! ビューティフォーが絡むとテンションが暴走しがちになってしまうのが困ったところだ。
こほん。
俺が自分を落ち着かせると、唐突に左腕に幸せな感覚。
シエラがいきなり体を預けてきたんだ。
「シ、シエラ?」
「今はあまり顔を見ないで」
「りょ、了解……」
俺はその場で正面を見続けてシエラが落ち着くのを待った。
た、大変幸せです!
「……ゼフィルスの左手、借りるわね」
「おう。もちろん構わないさ」
ようやく復活したシエラがそのまま左手を繋いでくる。イエス!
「シ、シエラはどこか行きたい場所あるのか?」
「ええ。実は夜のライブ会場というのがあるらしいの」
「ライブ会場!? 夏祭りで!?」
「そこでは1日目とはまた違う、様々な音楽が楽しめるらしいの。ダンスもできるらしいわ」
「おお! なんか凄そう!」
シエラの要望は露店ではない、ダンスだった。
櫓の周りで男女が思い思いにダンスしている場所。
夜の風物詩としても名高い。
聞けば1日目とは違い、2日目は最後のお祭り日とあってさらに盛り上がるよう新たな取り組みが行なわれているとのことだ。それは気になる。
「それじゃあ行きましょう」
「おう」
もちろん俺に否は無いのでシエラと手をつないで進むと、すぐに会場は見えてきた。これは。
「すごいわね……」
思わずシエラがそう言って立ち止まる。というのも、俺たちが来た〈戦闘5号館〉では校庭に多くの櫓が立ち並んでおり、昨日のものと全然違ったのだ。櫓の上で動きやすそうな改造浴衣に袖を通した女子が歌っているな。ギターとかも弾いて、バンド感を繰り出していたんだ。
「いや、思った以上にライブ会場じゃないか?」
「みたいね。ライブを聞きながらリズムに合わせて踊っている人もいるわ」
「あ、あれはちょっと楽しそうだな」
昨日行った〈戦闘2号館〉のダンス会場とは打って変わり、〈戦闘5号館〉の櫓の周囲は夏フェスもかくやというライブ会場だった。
どうやらサイレント系のアイテムで音が出ないようにしていたらしく、俺たちも会場入りしないと何をしているのか分からなかったくらいだ。
あとあのサイレント系アイテム、なんか見覚えあるんだが……?
「思ったよりも楽しそうだわ。ゼフィルス、こっちよ」
「シエラ!?」
なんと、普段はおとなしく静かなところが好きなシエラがライブ会場を気に入った!?
俺はシエラの手に引かれ、いくつもの櫓という名のライブステージが建つ辺りをシエラと回ったのだ。
「やっぱりあれって私たちが手に入れた〈サイレントフィールドバリア装置〉よね? あんな使い方があったのね」
「まさかライブステージがこんなに密接しているのに隣の音が混ざらないとか。マジか」
シエラもあのサイレント系アイテムに覚えがあった模様。あれって 上級中位 ( ジョーチュー ) のランク4、〈聖ダン〉でドロップする、バリアの外に音を漏らさなくするアイテム〈サイレントフィールドバリア装置〉だ。
〈聖ダン〉は音に反応してモンスターが集団で襲い掛かってくるダンジョンなので、対策となるこのアイテムは比較的ドロップしやすいのだ。故に、結構な数を売った覚えがあるが、巡り巡って夏祭りがライブ会場になるとは思いもしなかったんだぜ。
バリアと言っても遮断しているのは音だけなので出入り自由。
櫓ごとにバリアが張られていて、バリア内に入るとその ライブ ( 音楽 ) を聞くことができる仕掛けだ。バリア同士は重なり合ってもくっつくことは無いため、境界線がしっかり分かれている。境界線を越えれば別の会場だ。
密集してバリアを展開すると、こんな個室みたいな会場を作ることができるんだな。すげぇ発見だ。俺は心の〈ダン活〉帳にメモした。
「面白いわね。色々な見どころがあるわ」
「ああ。なんだか煌びやかな雰囲気だ。テンションがムクムクと出てきそうになる」
「それは押さえておきなさいね」
「思わず 暴走し ( クルクル狂っ ) てしまったらシエラが付き合ってくれ」
「…………仕方ないわね」
んん!?
なんだか葛藤があったっぽいシエラだが、なんと了承!
いつもは盾で強制的にクルクルを止めてくるシエラが――了承!?
これは是非狂っておかなければ! こんな機会滅多にないぞ! 俺はタイミングを計る。
「…………ゼフィルス、こっちに来て」
「おお?」
だが、機会を窺っていたところ、シエラから行動に移してきたんだ。
そして気が付けば、俺はシエラと向かい合わせ、両手はシエラの両手に絡まっているという、普通のダンスの体勢になっていたんだ。
こ、これは!
「ゼフィルスが暴走しそうだから。もう私から行って鎮めてあげようと思ったのよ」
な、なんだってー!?
すまし顔――ではなくちょっと照れが見える顔でそんなことをつぶやくシエラ。
まさか自らダンスして緩和させる狙い!?
そ、そんな高度な!?(俺は混乱している)
「ちょ、ちょうどここの曲が気に入ったの。終わるまで踊りましょう」
「もちろん構わないとも!」
気が付けば俺たちが今いるライブ会場ではアップテンポではあるが、どこかしんみりして切なく、心に響いてくる、そんな曲だった。
周りを見れば、ここはあくまでもダンス会場。そこら中で思い思いにダンスしている人たちも見ることができる。シエラと俺もそれに混ざっても、問題なさそうだ。
俺とシエラはゆっくりと踊りだす。
「こういう曲で踊るのは新鮮だけど、良いものね」
「分かる。特に一緒に踊ってくれるのがシエラだ。もう気分は最高潮だよ!」
「もう……。少しは落ち着きなさい。ほら、少しこっちに寄って」
「おお?? こんな感じか?」
「ほら、手を背中に回して、そう」
「シエラ……」
なんだかどんどん密着度が上がってるんですけど、ドキドキが上がってきている。
最初は両の手を合わせて踊っていたのに、気が付けばいつものクルクルダンス並みの近さに! きょ、今日のシエラは優しい!
あといつもの金属装備を身に着けてないので大変です! 何が大変かは言えないけど、とにかく大変なんだ! ドキドキ!
「あ、終わっちゃったわね」
「……無念だ」
これからどうなってしまうの!? というところでなんと曲が終了。
なんだかテンションとは別の気が高まっている感じがするこのドキドキ感。でも悪くない。
なんとなく、しばしシエラと見つめ合った。
「この曲は、ちょっと合わないわね」
「移動するか?」
「ええ。ゼフィルスも落ち着いたみたいだし、しばらくこの周りで楽しみましょう? それで気に入った曲があったら、また私と踊ってくれる?」
「喜んで!」
次の曲に切り替わったのをきっかけに俺たちも櫓巡りを再開。
シエラとはその後も、良い曲を聴きながら少し夕食込みで屋台の出し物をいただき、楽しくライブ会場を巡ったんだ。これが夏フェスとかの醍醐味というやつだろうか? 確かに楽しかったよ。
何度かダンスもした。
お互い浴衣姿なので着崩れないくらいゆったりと、しかしダンスはいつも楽しい。
なんだか回数を重ねるごとにシエラとの距離が近くなっていった気がしたんだ。もちろん物理的にもだ。
今日のシエラは夏祭りの影響か、とても寛容で。クルクルダンスに近くても何にも言われなかったんだ。最高だったよ。
「……そろそろ時間ね」
「ああ。最高の時間だった。でももうちょっと、あと5時間くらいこうしていたい気分だよ」
「もう、日付跨いじゃうわよ。それじゃあゼフィルス、最後の、行きましょう?」
「だな」
シエラとの2人きりの時間もこれにて終わり。名残惜しくても、終わり。
だが、シエラとは別れず、俺たちはそのまま手をつなぎながら別の場所に向かって歩き始めた。
去年もあったが、今年も当然ある。
そう、花火大会だ!
午後8時からは40分間、打ち上げ花火が行なわれるのだ。
俺も、シエラと一緒に去年も予約した花火鑑賞専用の特等席へと向かったのだった。