7-8 ★ その涙は罪悪感ですか?
7-8 ★ その涙は罪悪感ですか?
あの日、書庫で 自裁 じさい に 臨 のぞ んだ時、私は死んでいたのではないだろうか。彼に救われ生かされているという現実が足元から崩れていく。それなのに心臓が激しく脈打って 五月蠅 うるさ い。生者の証たるこの鼓動こそが悪夢の元凶だ。
――あの時、死んでしまった方が良かった。
生きる喜びを知り、幸せを 享受 きょうじゅ する私の心の 苗床 なえどこ に、未だ絶望の 種 たね は埋められていた。愛と生き甲斐は、棺一つに収まり、簡単に土へ埋められてしまう程度のものだ。 棺 ひつぎ の前から動くことができない。涙があとからあとから 零 こぼ れた。消えていた世界の雑音が戻ってくる。聞こえてきたのは貴族たちの噂話だ。
「ミミ嬢が泣いているぞ」
「あれだけチャールズに 酷 ひど い目に遭わされたのに?」
「元婚約者であるし、悲しみも 一入 ひとしお なのだろう」
「チャールズ殿下は優しい 御方 おかた でしたわ。きっとミミ嬢は、 在 あ りし日の思い出を 偲 しの ばれているのよ」
――誰にも私の気持ちが分かるはずがない。
見当違いな解釈と同情ばかりだ。彼らのどこに目と耳がついているのだろう。
「ミミさん」
私の肩に触れたのはアラベラだった。返事をしようにも声が出ないけれど、アラベラがしきりに声をかけてくれるので、倒れずになんとか意識を保つことができた。
「こんなことに……なるなんて」
本物のチャールズは 膝 ひざ を突き、虚ろな眼差しで 棺 ひつぎ を見つめていた。
「これではあまりに……チャールズが 不憫 ふびん だ」
しわがれた男の声が背後から聞こえた。男はどすどすとした足取りで 棺 ひつぎ のそばに来たので、横目に見る。その男は 棺 ひつぎ に寄りかかり、しわがれた声を絞り出すようにして泣き始めた。
――エリオット殿下。アラベラが「見た」と話していた……。
私とアラベラの視線が交差する。
「声、体格……会議にいたのは間違い無く殿下ですわ」
彼女は私の耳元で囁いた。
「なんて残酷で恐ろしいことを……。チャールズを殺したのは一体誰だ!」
エリオット殿下が突然悲しみと怒りを吐き捨てたので、聖堂に 不穏 ふおん な空気が立ちこめる。
「あなた、落ち着いて。チャールズ殿下は事故で亡くなったのでしょう?」
エリオット殿下の奥方、ルイーズ夫人がなだめる。
――確かこの女も、アラベラが「見た」と。
アラベラは「あの女性もです」と私に耳打ちした。
「事故ではない。これは他殺だ! 暗殺予告が出ていたのだぞ。チャールズ……あんなに小さかったこの子が、こんな目に遭うなど。王族としてこれほど不名誉な死があろうか!」
――不名誉な死?
「未来の国王に 剣 つるぎ を向け、 剰 あまつさ え命まで奪った愚か者を私は許さないぞ! 断じて!」
――愚か者はご自分でしょう、エリオット殿下。
一言 ひとこと 吐き捨ててやりたかった。年を重ねたから情に厚くなるとは限らない。より冷たく、より軽薄になる人間は多い。
「チャールズを守る 盾 たて ならば、いくらでもありました」
その声は聖堂の入り口から聞こえた。着席していた貴族たちが一斉に席を立つ。入り口へ背を向けていた私はゆっくりと振り向いた。
――ギョーム陛下。
「 盾 たて を 活 い かすことのできなかった、チャールズの不運としか言いようがございません、 叔父上 おじうえ 」
ギョーム陛下はエリオット殿下を見据え、私へと視線を移した。
「ミミさん。それに……」
ギョーム陛下の視線が、変装しているチャールズへ留まる。けれど陛下は無言でチャールズから顔を背けた。チャールズは呆然と立ち尽くしている。
――なぜチャールズから目を逸らしたの、陛下?
マイケル・ツルリンが変装したチャールズだという情報は陛下にも伝わっているはず。
――ギョーム陛下は、マイケル・ツルリンの容姿を見たことがないから?
それと不可解な点がある。
――陛下も 棺 ひつぎ の真実に気付いていないというの? 自分の息子の顔なのに?
「ギョーム、おまえは冷静でいられるのか? チャールズが亡くなったというのに」
エリオット殿下が 苛立 いらだ たしく 訊 たず ねた。
「冷静でいられるわけがないでしょう。けれどもどうか落ち着いてください、 叔父上 おじうえ 。今なすべきことは、事故の真相究明だ」
「事故? これは他殺ですよ、兄上」
会話に割って入ったのは、トーマ殿下だった。イメルダ夫人、ヒースと並んで着席していた彼は立ち上がり、ギョーム陛下へ歩み寄る。
「チャールズには暗殺予告が出ていた。それが実行されたのですよ、 何者 なにもの かによって」
「何者かとは?」
「チャールズを狙う者は多くいたようです。金銭だけでなく私情も絡んでいたことでしょう。その中で最も、チャールズを目の 敵 かたき にしていた人物がいました」
「誰だと言うのだね、それは」
陛下の問いに、トーマ殿下は「おや?」と 空惚 そらとぼ けた。
「兄上は犯人に目星をつけられていると思っておりました」
「いいや、私には 皆目見当 かいもくけんとう がつかないよ、トーマ」
「兄上、この際、はっきりいたしませんか。チャールズ暗殺を目論んだ犯人は、兄上と関わりの深い者に違いないと私は見ています。兄上も内心お気付きのはずだ」
「気付く? いいや、 全 まった く」
「兄上の目の前にいらっしゃるじゃないですか」
トーマ殿下の視線が捉えたのは。
「ミミさん。チャールズと 確執 かくしつ のあった 貴女 あなた がなぜ彼の死を 悼 いた むのですか」
――私?
「 恨 うら み 辛 つら み 募 つの らせていた 御方 おかた なら、チャールズ殿下の死を望んでいてもおかしくはないでしょう。その涙は罪悪感ですか?」
悪魔は口元に 仄 ほの かな笑みを 湛 たた えた。
【つづく】