【ミミ】 春と夏の狭間 〈前編〉
【ミミ】 春と夏の狭間 〈前編〉
春と夏の狭間、私たち夫婦の日常は平穏そのものであった。チャールズが我が家に逃げ込んでくる前のことである。
春は 朧月 おぼろづき の淡い光を頼りに語らい、初夏は川のせせらぎに耳を澄ましながら木陰で読書に 耽 ふけ った。緑豊かなこの町には美しいものが至る所にある。二人きりになると彼は私の手を握ってくれた。少しずつだけれど、夫婦らしい自然な触れあいができるようになった。
――それなのに、最近のつれなさと来たら、どうしたのかしら。
アルは今までのように私に 触 ふ れてくれない。
「はっ、まさか私はまた 会心 かいしん の 一撃 いちげき を喰らわしたんじゃ……」
最近は寝相も良くなったと思っていたんだけどな。そういえば先日、寝ている間にアルを下敷きにしてしまった。あれが原因かな。
――重かったよね。ごめん、アルフレッド。
夫の背中を見つめる。次の町議会の資料を我が家へ届けてくれた役員さんと、玄関先で楽しそうに歓談するアルフレッド。他者への態度は今まで通りだ。
――私の寝相だけが原因? うーん、何か違うような……。
アルは何かを隠している。女の勘は当たるのだ。
それから数日が経っても、アルのよそよそしい態度は変わらない。
もやもやした気持ちを抱えながら、土曜日の朝を迎えた。
「ミミ。そろそろ時間じゃないかい?」
「え、ええ」
今から町の婦人会に出かけるのだ。婦人会は度々、料理、裁縫、園芸の教室を開いている。「奥様も 是非 ぜひ ご一緒に」と誘われるのだが、私は「女性だけの集まり」に少々苦手意識があった。表ではお互いを褒め合っていても、裏でこそこそ陰口を叩いたりするからだ。社交界を出入りしていた頃は、凄まじい 女 おんな のイジメと 派閥争 はばつあらそ いを目にした。
とはいえ司祭の妻として、時々は顔を出さなければならない。今日は園芸教室で、参加者は花の種をもらえるという。庭に華やぎを与える為に参加することにした。
「何の花の種をもらえるのかしら。楽しみだわ」
「ミミは花が好きだよね?」
「大好きよ。花は見ても育てても癒やされるもの」
「そういうミミの優しい心が俺は好きです」
――歯の浮くようなことを、さらりと言ってくれるのだから、もう。
「俺も午前中は少し出てくる。ナンシー、留守番を頼むよ」
「はい、かしこまりました」
今日は書斎で溜まった仕事をこなすと話していたのに、なぜアルは出かけることにしたのかしら。
食事を終えた私は出かける支度を始めた。「土いじりをするので動きやすく汚れても良い服で来てください」と事前に通達があった。庭仕事用の服を着て、玄関へ向かう。
「行ってらっしゃい、ミミ」
二階の書斎からアルが出てきて、吹き抜けの柵に寄りかかる。
「帰りは昼頃になると思うわ」
「そっか。気をつけて」
「うん……」
――あのぎこちない笑顔、やっぱり何かある。寝相が原因なら、はっきり言えばいいのに!
もやもやとした気持ちを抱えたまま私は家を出た。園芸教室が開かれる、婦人会長宅の庭園へ向かう。広い庭に何種類の花があるのか数え切れない。
「まるで天国のように美しいお庭だわ」
夏の花々に囲まれた小道、砂利の敷き詰め方、天使や噴水の置き位置まで完璧ね。会長は庭造りの天才だ。花壇による仕切りをあえて設けずに、植物の特性や開花の時期を理解して庭を造っているという。会長さんの説明を一言一句聞き逃さないように手帳に記す。
「今日説明したお花の種を皆さんにお配りします。ステキな花を咲かせてくださいね」
会長さんは種袋を一人一人へ手渡した。教会の庭が美しいのは良いことだ。皆さん、きっと心癒やされることだろう。早速植えようと帰路に就いた私は、書店の看板が目に留まり、寄り道することにした。
【つづく】
【第2幕】でツルリンが「雑草」と間違えて根こそぎ抜いたのは、ミミがもらった「種」が芽吹いたものでした。
プレイバックエピソード
2-4 ★ この世の誰よりも恐ろしい
【https://novelba.com/indies/works/936658/episodes/9926783】