4-3 ★ アリス・キャベンディッシュ
4-3 ★ アリス・キャベンディッシュ
「お名前を教えてもらいましょうか、お嬢さん?」
山賊の 頭 かしら は王女様を見据えると、 厭 いや らしい笑みを浮かべながら彼女へ手を伸ばした。
「触らないで、 無礼者 ぶれいもの 」
王女様は 頭 かしら の手を、パシンッと 叩 はた いた。
「こ、このガキ! お 頭 かしら に何をする!」
馬車の後方から手下が乗り込み、王女様を羽交い締めにした。
「やめて!」
ミミが飛び出し、手下の腕につかみかかる。
「この女ぁ! 邪魔だ!」
手下がミミの 襟首 えりくび を絞った瞬間、考えるより早く足が動いた。
「ミミに触るな!」
俺は思い切り手下を蹴飛ばす。手下は馬車から吹っ飛んで、泥水へうつ伏せに横たわった。
「ミミ!」
「けほっ、こほっ、だ、大丈夫よ」
彼女の目元に涙が浮かぶ。怪我は無いようだが、 襟首 えりくび を絞られたことで顔は真っ赤、息は切れていた。
「おっと、動くな」
「きゃっ」
頭 かしら が、王女様の細い首に 小刀 こがたな の切っ先を近付けた。
「正直に答えろ、司祭。このお嬢さんは 噂 うわさ の手配犯なのか?」
「いいや、違う」
「 嘘 うそ だな。殺人者をも救済するのが聖職者の務めか?」
「時と場合による」
「ほーう。手配犯は大層な 賞金首 しょういんくび だぞ? それが狙いか、聖職者のくせに」
「金が目当てなのは、あんたらじゃないのか?」
俺が頭を横目で睨むと、彼は「ケッケッ」と笑った。
「バーカ。殺した方が金になるんだよ」
「なんだって?」
「本当にビアンカ・シュタインだったら殺せと言われた」
「一体誰に?」
「言えねぇよ。ビアンカは、とんだお偉いさんに目をつけられたみてぇだぜ」
――やはり首謀者がいる! ビアンカを殺そうとしているのは誰だ!
「ありました、お 頭 かしら ! リンドバーグ夫婦の旅券です!」
馬車の中を漁っていた手下が、俺の 鞄 かばん から二冊の旅券を見つけ出した。
「でかした。本物を捕まえた証拠になる」
――本物を捕まえた証拠だって? 俺たちを何かの交渉に使う気か?
「おい、ビアンカの旅券はないのか?」
手下たちが総出で荷物を漁ったが見つけられないようだ。
「お嬢さん。あんたの旅券は?」
賊の 頭 かしら が、小刀の切っ先を王女様の首筋へ 更 さら に近付けた、その時。
「その子はビアンカ・シュタインじゃないわ」
ミミが突然大声で叫んだ。
「まったくどこに目がついているの。私と彼女をよくご覧なさいな。髪の色は違っても、似ているでしょう? その子は私の 親戚 しんせき よ! アリス・キャベンディッシュ!」
頭 かしら は目をぱちくりとし、王女様とミミを交互に見比べた。
「言われてみれば……奥様と似ている」
それは俺も不思議に思っていた。
この二人は性格を含めて似ているところが多い。
血縁ではないはずなのに。
「旅券がないのは当然よ。私と主人は国境を越えるのに必要だけど、アリスはこの国に住んでいるのだもの。首都に用があるというから同乗させたの!」
俺たちの目的地は教皇区だが、ザルフォークの首都もすぐそばにあり、方角は一緒だ。
――ミミの嘘を信じてくれるか 否 いな か。どうか信じてくれ。
賊の頭はしばらく黙っていたが「チッ」と舌打ちし、王女様をにらみつけた。
「お嬢さんは、首都に何の用だ?」
「ただの買い物ですわ。それに……ミミお姉様と司祭様とようやくお会いできたので、首都を案内したかったのです」
――ミミお姉様。
彼女が熱にうなされて「 美名 みな 姉 ねえ さん」と 呟 つぶや いたことが頭をよぎる。やはり彼女とミミには何か深い縁があるのではないか。
「金持ちの道楽か。確かにあんたは殺人犯っていうよりは、良いとこのお嬢さんみてぇだな。―― 触 さわ らないで、 無礼者 ぶれいもの だっけかぁ?」
頭は 嘲笑 ちょうしょう を浮かべ、先程王女様にはたかれた手を見た。赤くなっている。
「奥様と同じ一族ということは、貴族の御嬢様ってわけだ。ビアンカ殺しの 褒美 ほうび には 劣 おと るが、リンドバーグ夫婦に、親戚のご令嬢。たんまりと 身代金 みのしろきん をいただけそうだ。こいつらを縛れ!」
手首を背中に回され、身体全体を紐で固く 縛 しば られた。
「おい、くそジジイ!」
賊 ぞく とグルだった老夫は「は、はぃぃ」とすくみ上がった。
「夫婦の旅券を持って、次の村の警察へ行け。道中でリンドバーグ夫婦と共に賊の襲撃にあったが、 人質 ひとじち の価値もないジジィのおまえは伝言役として解放された、とな」
この 老夫 ろうふ に被害者の 皮 かわ を着せるとは、どこまでも 狡 こす い 輩 やから だ。
「リンドバーグ夫婦とアリス・キャベンディッシュの 身柄 みがら は預かった。 身代金 みのしろきん と受け渡し場所は追って連絡するから待ってろと話せ。分かったら早く行け」
老夫 ろうふ は激しく 肯 うなず くと、馬車で足早にその場を去る。なんというか非常に 解 げ せない。やるせなさでいっぱいだ。
「王子様ご一行は我が城へご案内しましょう」
山賊の城なんてたかが知れている。
「到着まで、お楽しみです」
俺たちは手下どもに目隠しをされた。ガタゴトと馬車が動き出す。音から何か分かるものがあるかも知れないと耳を澄ましたが、聞こえてくるのは砂利と泥水の撥(は)ねる音ばかり。
――こんな 下賤 げせん なやつらに捕まっている 暇 ひま は無いのに!
彼らをどう攻略したら良いものか。
【つづく】