7-1 ★ 水くさいじゃないですか
7-1 ★ 水くさいじゃないですか
【第7章】は、アルフレッドが語り手です。
静閑 せいかん な森の深く、木組みの家で 閨房 けいぼう の 語 かた らいに 耽 ふけ ったのは、秋の 錦 にしき が見せた 幻 まぼろし だったのかもしれない。
――ああ、旅立ちの日が恋しいなぁ。
俺たち夫婦の新婚旅行は思いのほか横道に 逸 そ れてしまった。王女様を保護し、山賊に襲われ、散々な旅行となったが、しばらくは大使館の客間でゆっくりできそうだ。俺とミミには清潔感のある広々とした二人部屋があてがわれている。
――壁は非常に分厚いようだな。隣部屋の物音も一切聞こえない。
ここが大使館だろうとどこだろうと、壁が厚いのだから、愛に 溺 おぼ れても構わないだろうと思ったが。
「兄上、ミミ。美味しいお菓子をいただいたので、お茶にしませんか」
水を差す天才が、夜半にお茶へ誘ってきた。
――分かっている。チャールズに悪気は無いんだ。
俺たちと再会できたのが嬉しくて、一緒にいたいのだろう。語らずとも、心の声が顔に書いてある。
「兄上、ミミ。言いそびれたのですが」
三人だけの小さな応接室で、チャールズが 頬 ほお を赤らめ、急にもじもじとし始めた。なんだなんだ、一体どうしたんだ。なかなかチャールズが話し出そうとしないので、この微妙な空気感を取り持つ 為 ため に、紅茶を一口含む。ミミは「 白湯 さゆ が良い」と言って飲み始めた。
「ご 懐妊 かいにん おめでとうございます」
飲んだものをその場で口からふき出してしまいそうになるのを寸前でこらえた。
「カナン巡査からうかがったのです。ミミの体調が 芳 かんば しくない理由を。カナン巡査は僕だけに教えてくださいました。山賊たちに 攫 さら われて、さぞ 胎教 たいきょう に悪いだろう、と心配でたまらなかったそうです」
――あの時の 嘘 うそ が、こんなところまで俺たちをつけてくるとは……。
「水くさいじゃないですか~。どうして僕に教えてくださらなかったんですか。性別はどっちだろう。男子ならばきっと兄上にそっくりで 逞 たくま しく成長するでしょう。女子ならばきっとミミに 似 に て 聡明 そうめい でしょうね。ああ楽しみだなぁ」
チャールズは目をきらきらと輝かせていた。まるで自分のことのように喜んでいる。
「あ、すみません。自分だけがなんだか舞い上がってしまって。ミミの気持ちも考えずに。精神的な 負荷 ふか をかけるつもりはなかったんです。ミミ、 悪阻 つわり は大丈夫? そうだ、お医者様にかかるつもりだったとカナン巡査に聞いたよ。 諸々 もろもろ の事情が立て続いて失念していたね。大使館にザルフォークの名医を呼ぶことにしよう。善は急げ、すぐにそうしよう」
――おまえが父親みたいな心配振りだ……。
ミミは「どうしましょう」と俺を見つめた。
――こうなったら意地でも早いところ、嘘を本当にしなければならないな。
早いところこのお茶会を切り上げて、家族計画を実行に移さなければと決意を固めていると、応接室の扉が静かに鳴らされた。チャールズが入室を 促 うなが す。大使館の職員が一礼して、チャールズのそばへ近付いた。
「チャールズ殿下。実は……」
大使館の職員が彼にこそこそと耳打ちした。
「分かった。すぐに行く」
チャールズの表情は 強 こわ ばっていた。
「チャールズ、どうしたの?」
「なんだか顔色が悪いぞ」
「だ、大丈夫です。兄上たちはゆっくりしていてください。僕は少しだけ席を外します」
チャールズはぎこちない動きで応接室を出た。
「怪しいな」
「これは何かあるわね」
俺とミミは同時に席を立った。応接室から片目をのぞかせ、廊下を去るチャールズの姿を確認すると、彼を尾行した。
チャールズは建物の奥の小部屋へ入室した。俺たちは足音を忍ばせてその部屋の前に来た。辺りに誰もいないのを確認し、扉に耳をつけたその時、曲がり角が急に明るくなって、ランプを 携 たずさ えた誰かが俺たちの前に現れた。
「そこにいるのは誰だ!」
慌ててミミを俺の背後に隠す。ランプの光が俺とミミを照らした。
「おや、お二人は……。リンドバーグご夫妻ではございませんか! これは誠に失礼を」
チャールズの新しい秘書、ジーニー・ブロンテだ。
「なんだ、どうした、ジーニー?」
部屋の中から顔を出したチャールズは、俺とミミを見てぎょっとした。
「兄上、ミミ。どうしてここに……ま、まさか僕をつけてきたのですか?」
「そ、そんなとこ。おまえの顔色が 優 すぐ れないので、心配でな」
「こそこそと一体何をしているの?」
「そ、それはその……い、言えませむ!」
―― 噛 か んだな。ますます怪しい。
「殿下。ここで話すのもなんです。お二人も中へお入りいただいたら?」
ジーニーの提案にチャールズは眉目を寄せた。
「兄上とミミに不快な思いをさせてしまう。特にミミには……」
「私は大丈夫よ、チャールズ。隠し事をされている方が心配だわ」
「何か困りごとなら力になるぞ。教えてくれ」
チャールズはしばし悩んだあと、
「分かりました。じきにお二人にも話すことになるでしょうし。ど……どうぞ」
俺とミミは部屋に入る。最後にジーニーが入室して扉を閉じた。
【つづく】
★次話の更新は5月24日(金曜日)を予定しています。